第10話 二人だけの戦いかた
「……キャンサー、いや……タイチ。正気に戻っているのなら、返事をしてくれ」
「…………」
リーヴの呼びかけに、キャンサーは返事もしない。地面に横たわったまま俯けに横たわったまま、動かない。
――お願い、もう動かないで。
わたしはぎゅっと両手を握って祈った。
なぜなら、リーヴは“星命力”の残量もなければ体もボロボロだからだ。
これ以上の長期戦は、わたしたちにとって不利でしかない。
ジェットコースターでの落下、リーヴがわたしを救うために余分な“星命力”を消費してしまったのも痛い。
なんとか、なんとかしなくちゃ。
でもまだ一つだけ、わたしたちにはとっておきの必殺技がある……。
* * *
「ユウナ、ボクの“星命力”だけど、実はもうすぐ底をつきそうなんだ」
「っていうことは……」
わたしはリーヴにとある処置を施し終えた。今回最大のわたしたちの武器。
正直言って、うまくいくかどうかはわからない。
そんなわたしの不安を差し置いて、ジェットコースターはどんどん加速していく。
「直に“星命力”は使えなくなる。調整具合や“星能力”にもよるけど……そうだな。あと、二、三回ってところかな」
「そんな……あっ、そうだ! わたしの中にもいっぱいあるんでしょ? “星命力”。それを使ってよ」
「そうしたいところなんだけど、ボクの媒体は決して強くない。それはユウナが近くにいないってだけで、行動不能になってしまうほどだ。だから君から微量の“星命力”を常に吸収している。でも、これで最大限なんだ。ごそっと奪い去るようなことはできない。細い管から頑張って水分補給しているようなものさ」
選んだ媒体によって“星命力”を溜められる量が変わってくるってこと? だからキャンサーは先生から距離を取っても大丈夫なのかな。
「つまり、残りの数発でキャンサーを行動不能にしなくてはいけないってことさ」
「できるの……?」
「それはわからない。さっきユウナが提案してくれた作戦が、今ボクたちの持つ最高のカードだから、これにかけるしかないだろうね」
「……リーヴ、そのタイチくんは……どうなっちゃうの」
「ユウナが思っているようなことにはならないさ。だからそこは心配しなくていい。ボクは何もタイチを破壊したいわけじゃないから。タイチの媒体からキャンサーを出したいのさ。だから……頭を狙う」
「頭……?」
「ニンゲンは頭部に衝撃を加えれば気絶するだろ。そうすれば何かの拍子にタイチの中からキャンサーが抜け出るかもしれない。ニンゲンを媒体に選んだからこその弱点があると、ボクは踏んでいるわけさ」
「リーヴ……もしかしてまたお母さんのドラマ見てたの?」
「見た。ジョシコーセーと学校のキョウシが頭部を衝突させて中身が入れ替わるというやつだったよ。とてもよかった。あれはいいものだね」
「……こんなときでも……もう。リーヴはリーヴだねっ」
「? 何かおかしなことをいったのかい? ボクは」
リーヴは顔を傾けてくる。わたしはそんな彼の瞳をじっと見つめてから、言う。
「がんばろ、リーヴ。タイチくんを助けて、マナミちゃんも助けて。みんなを助ける。わたしたちは二人でヒーロー。そうなんだよね」
「……なんだか、短い間にユウナは……とてもイイ感じになったね」
「え? そ、そう?」
「ああ……とてもイイ感じさ!」
リーヴは木製の指を突き立ててニカッと笑った。
* * *
作戦は一応練った。だけど、成功する保証もないし、できればやりたくない。
ここでタイチくんが目を覚ますのが一番いい。
――お願い、タイチくん。目を覚まして。
わたしは硬く瞼を閉じてもう一度だけ祈った。
「……うっ……ぅう」
タイチくんが身体を起こすと、首を撫でながら周囲を見渡した。
「……あれ、ここは……一体」
「……タイチくん!」
わたしは喜びを抑えられなくて彼の元へと駆けよった。
――そんなわたしの胸を蹴りつけたのは、リーヴだった。
「……はい、残念さーん」
切り裂く音。
宙に浮かぶリーヴの右腕――。
がちゃりと地面に叩きつけられたのは、リーヴの片腕と体だった。
「……甘い! 甘すぎるぜ、サジタリウス! バカ正直すぎて逆に面白いけどな! 演技に決まってるじゃねえか。手加減したんだか知らねえが、それがお前の敗北に繋がるってこと、しっかり覚えておくんだな」
「……やはり、背中にしては威力を弱めすぎたようだ。……ボクの調整ミスだ」
リーヴは離れた位置の転がった指先からキャンサーに攻撃を当てた。背中に命中させただけでも十分凄いはずだ。
リーヴは失った片腕の断面を一瞥してから、何十倍も大きな体を持つキャンサーを見上げた。
「これでさっきみたいな遠隔ビームも撃てねえだろ。物理的に破壊したモンは“星人形”とは認識されないはずだ」
「フン……」
「何ほくそ笑んでんだよ、お人形ちゃん」
「ユウナ……逃げるんだ」
リーヴはキャンサーに目線を定めたまま、わたしにそう言った。
「え……? リーヴそれって――」
もう……諦めるってこと……?
わたしと考えた作戦は……しないってこと?
胸のなかでざわめきが生まれる。それと同時に、なんだかとても泣きたくなった。
――わたしたちは……負けてしまうの……?
「大丈夫、平気さ。すぐに追い付く。彼の相手は……ボクに任せておくれよ」
「でも、でもっ……リーヴ!」
リーヴはボロボロの体で立ち上がると、わたしに笑顔を向けた。
「ボクは、君のヒーローさ。大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」
リーヴは片腕でばさりと星空色のマントを風に靡かせる。
ここで――こんなところでお別れなんて……。
そんなの――ダメだから。
絶対に――ダメだから。
「おいおい、ここでヒーローごっこか。泣かせるねサジタリウス。いつからそんなに落ちぶれたんだか。実に滑稽でカッコイイよ、お前は」
次の瞬間、キャンサーは思いっきりリーヴの体を蹴った。
まるでサッカーボールでも蹴るみたいに。
「リーヴッ!!」
リーヴの体は宙で粉々に粉砕し、バラバラの破片になってしまった。
唯一形として残った頭部はゴミ箱にぶつかって、その場に転がった。
「アッハッハッハッハッハッハ! 面白すぎだろッ! 自慢の体がバラバラじゃねえか、サジタリウス! “星々の人”の中じゃかなり強い部類に入るお前もこっちじゃガラクタ以下の存在ってことだよなあ!」
キャンサーが狂ったような高笑いを空に向ける。
「本当にお前なんでそんなガラクタ媒体にしたんだよ、バカすぎだろ! オレを見てみろ。ニンゲン様は最高だぜ。お前みたいな制限がないどころか“星命力”は“星々の人”に限りなく近いんだぜ」
「リーヴは…………ガラクタじゃないよ」
「……は?」
わたしはリーヴの頭部を拾ってから、胸にぎゅっと抱きかかえた。
「……ユウ……ナっ……?」
消えそうな声でリーヴがわたしの名を呼ぶ。
諦めたわけじゃない。リーヴは……諦めたわけじゃないんだ!
わたしが……足手まといだから、きっと逃がそうとしただけ。
リーヴは別に戦意喪失したわけじゃない。
でも不利であることに変わりはない。リーヴは頭だけになってしまったから。
でも――わたしは……ッ!!
「リーヴ、わたしたち……二人でヒーローだよね」
「……あ、ああ。……ユウナ、だが」
わたしはリーヴの言葉をかき消して、
「わたしだって、あなたに守られてるだけじゃない!」
わたしは叫んだ。手元でカラカラと音を鳴らす頭だけのヒーローに想いを伝えた。
「だって、ヒーローだから!! わたしとあなたは二人で! ヒーローだから!」
わたしが空に響くように叫ぶ。
頭だけになったリーヴがくすりと笑い、瞳の色を変える。
「……それも、そうだったね。ユウナ、すまない……ボクが悪かったよ」
「あ? お前ら……さっきから何をごちゃごちゃと言って――」
キャンサーが不満そうに表情を歪めてこちらへ歩いてくる。
「リーヴ、“星命力”フルで!!」
「……言われなくても次でラストさ。もうボクにそこまでの力はないよ。あとは……ユウナ、君にかかっている」
わたしはリーヴの頭部を胸の前でぎゅっと、固定する。
まるで標準を定めるように、キャンサーにリーヴの頭部を向ける。
「……おい、なんのつもりだよ、お人形ちゃん」
キャンサーの表情から、いやらしい笑みが消える。
「最期の足掻きさ。カニくん。どうか受け止めてくれ」
――リーヴの頭部がぼんやり青く発光する。
そして、リーヴの口が部品を飛ばしながらバカンと大きく開いた。
口内にはとんでもない光量の星のエネルギーの塊。
正真正銘、最期の一撃。これにすべての“星命力”を……。
――わたしの“星能力”は、“機械いじり”だった。
わたしの唯一のオタク特技は“星の守りびと”になったことで、人間の限界を越えた力となったらしい。
ジェットコースターの上で、わたしはリーヴに改造を施した。
道具も何もないのに、リーヴに手を翳すだけで、頭の中で設計したわたしだけの妄想回路が、リーヴの体に反映されたのだ。
だから既存の材料で再構成して、新たな仕掛けを作った……!
わたしたちは二人で一つ。
オタク女子と、人形のヒーロー。わたしたちだけの戦い方がある!




