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第1話 星空マントの小さなヒーロー


 ――星空色のマントが揺れ、星の瞬きのようにきらきらとわたしの瞳を刺激する。


 目の前に突然現れた小さな絡繰り人形は指先から弾丸を発射し、わたしを脅威から救った。


 そう、彼はヒーロー。少し……いや、かなり……小さいのだけど。


 * * *


「ほれユウナ、コイツじゃ」


 おじいちゃんが笑みを浮かべながら母屋から出てきた。しわがれた手には、わたしが心待ちにしていた物が握られている。


「ユウナが作っとったBB弾発射機能もちゃーんと搭載しとるよ」


「わぁー! さっすがおじいちゃん! わかってる!」


 わたしはおじいちゃんから渡された絡繰り人形を抱き上げた。

 嬉しさについニヤっとしてしまう。


 瞳に映る世界で一番カッコイイ絡繰り人形は、三角帽子のナイトキャップと真っ白のマントを纏い、ぜんまいバネや歯車、まるで時計の材料で構成された真鍮と木製の体を隠していた。

 関節の一つひとつにパーツを別けるような線が入っているのが、わたしはとてもかわいらしいと思う。

 表情のない顔面には大きなビー玉の瞳。その下にも人形らしい縦線が引かれている。


「どうじゃユウナ、格好いいじゃろ、わしの傑作オートマタは」


「うん! おじいちゃん大好き!」


 わたしはおじいちゃんにぎゅっと抱きついて、頬ずりした。


「驚くのはまだ早いぞ、今回ユウナのフィンガーショットの他にもわしの独断でガンショットやロケットパンチも搭載したわい。体の中に埋め込んでおってな、腕のスイッチ一つで変形する仕組みじゃ」


 絡繰り人形の指先には小さな穴が空いていて、ここからBB弾を連射することができる。わたしが設計した、この子の標準武器だった。

 人形師のおじいちゃんのハイカラ? なアイデアがたくさん詰まっているわたしだけのヒーロー。


 わたしたちは夕日が差し込む馴染みの庭で、絡繰り人形の性能を幾度となく確かめた。


「ユウナ、もう日も沈んじゃうから早く帰りなさい」


 おばあちゃんが呆れた表情でそう言った。


 * * *


 ――帰り道、見上げるともうすっかり夜空が一面に広がっていた。


 わたしは手に持った絡繰り人形、『リーヴ』を小さな子が飛行機のおもちゃを飛ばすみたいに空に泳がせた。

 小学校六年生にもなって、こんなんでいいのかな、とは思う。

 これでも一応わたしは女の子なのだ。


 普通の女の子はクラスの子たちとカラオケに行ったり、かわいいお菓子を作ったり、お洋服の話で盛り上がったりしているのかな。……まあわたしに同学年の子たちが日々何をしてを過ごしているかなんて知りようがないけど。


 でも、わたしはこういうことが好き。男の子がハマるみたいな、ヒーローアニメや特撮番組、フィギュアが大好きな、いわゆるオタクと言われる部類の女の子だ。


「別にいいもん……わたしにはリーヴがいるもん」


 カッコイイ武器でバンバン悪い奴を倒してくれる世界に一人の正義のヒーロー。


「明日から一緒に遊ぼうね」


 緩む頬を押さえ込むことなく露わにする。周囲には誰もいない。とリーヴにしか聞こえないんだから、今は何を言ったっていいんだ。


 わたしはもう一度夜空を見上げた。少し長めの前髪が片目を隠した。

 内巻きのミディアムヘア。もう少しだけ派手な髪型にしてみたいと思うけど、そんなことしたらクラスのみんなになんて言われるかわかったもんじゃない。


 ――中学生になったらかな……いや、高校生かも。……だ、大学生?

 ぶつぶつ言いながら綺麗な星々に目を奪われていると、何かに肩がぶつかって、わたしは地面に倒れこんだ。


「痛った……って、ユウナじゃん」


「…………ぁ、マ、マナミ……ちゃん」


 クラスメイトのマナミちゃんだった。わたしは彼女のことがとても苦手だ。


「ちゃんと前見て歩けよ、ムカつくな。……てか何ソレ」


 マナミちゃんが指差したのは、床に転がったリーヴだった。


「あ……こ、これは…………その」


「あ~もう、イライラすんな! はっきり喋れよ! だからお前はいつまでもぼっちなんだよ、このオタク」


「あの……そのっ」


 うまく喋れなかった。反論したかったし、ちょっとムカッともした。

 でも――言葉が喉に詰まって言いたいことが言えない。わたしはもしかしたらそういう病気なのかもしれない。


 マナミちゃんは黙って横たわるリーヴを持ち上げた。


「あっ、…………や、やめて……お、お願い」


 もう返ってこないと思った。マナミちゃんにリーヴが拾われた瞬間、面白おかしくバカにされて、どこか遠くに捨てられてしまうか、壊されるか、どちらにせよ私の手元から離れていくイメージを妄想してしまう。


「何これ……キッモ、人形? ロボなの?」


「……それは…………おじいちゃんが――」


 おじいちゃんという単語を言えば、良心からもしかしたら返してくれるかも知れないと思った。そんな卑怯な自分が、わたしはあまり好きではなかった。


 ――そんなことを思ったとき。


 突然、地響きのようなものが辺りに響き渡った。


「わっ、何?」


 マナミちゃんが不機嫌そうな表情で顔を傾けた。わたしも怖くて身を縮こませる。

 まるで、近くに隕石でも落ちてきたかのような衝撃だった。


「え、地震? ヤバくない? デカくない?」


 マナミちゃんは明らかに困惑していた。怯えた瞳がこちらに向く。


「…………か、返してっ」


 わたしは近場で起きた自然災害よりも、リーヴのことのほうが気がかりだった。

 小声でつぶやく。でもマナミちゃんにはきっと聞こえないだろう。

 もっと大きな声が出せたらいいな、とつくづく思う。

 でも相手が悪い。きっと大きな声を出したら、もっと気持ち悪がられるだろうし、絶対馬鹿にされる。

 わたしは自分の力で大切な物を取り返すこともできないんだ。


 しかし――次の瞬間。


「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 マナミちゃんは聞いたこともない叫び声を上げながら、リーヴを放り投げて逃げ去っていく。

 わたしは地面に横たわったリーヴをぎゅっと抱きしめる。


「…………マナミ……ちゃん?」


 わたしはわけがわからないまま、マナミちゃんの背中を見つめた。


「…………うぇっ?」


 あまりのことに、つい変な声が出た。


 黒い影のようなものが、ゆっくりとわたしのほうへと歩いてきている。

 大きな星空を一部切り取ったような、綺麗な色の得体の知れない生き物……?


 気が動転して、心臓がバクバクする。

 幸せを運んできてくれた使者には決して見えなかった。


 ――に、逃げなきゃ……。


 直感的にそう判断し、わたしはおぼつかない足取りでよろよろと道路を進む。


「……あっ」


 けど、何もないところで転んだ。流石に自分で自分に呆れる。

 こんなとき、自分一人で逃げることもわたしはできないのかな。

 頭はぐるぐるするし、もう何がなんだかわかんないし、身体は思う通りに動かないし。


 ――散々だ。でも――。


 わたしってきっとそういう子なんだ。ここでこの生き物に食べられちゃうんだ。


 地面を這いつくばりながらも、なんとか曲がり角を曲がる。


「…………そんな……行き止まり?」


 目の前には大きな壁。もう逃げ道なんてなかった。

 背中を壁に預けて、瞳を閉じた。


 だめ。やだ。……食べられちゃう。


 ――怖い、怖い怖い怖い怖い怖い。

 怖いよ。


「誰か……助けてっ」


 リーヴを強く握りしめて、わたしは誰かに助けを求めた。

 でも同時に――わたしは知ってる。


 ――ヒーローなんて、そんなの……この世界にはいないってこと。


 テレビや紙の中じゃないと、ヒーローは動いてくれない。わたしのことを助けてくれない。

 薄く瞼を開ける。謎の生き物はすぐそこの突き当たりまで迫ってきていた。もう出口は完全に閉ざされた。

 あまりの恐怖に唇が震える。瞼を強く閉じて、お守り代わりに絡繰り人形のリーヴに願った。


「……お願い、わたしの……ヒーロー……」


 わたしが目を閉じて、そう祈ったときだった。


 突然――ドドドドという重低音が轟いた。まるで――銃声。

 その音と共に青白い光が辺り一面に飛び散る。

 すぐそこまで迫ってきていた謎の生物が光の弾丸で穴だらけになり、そのまま消えた。


「……ヒーローっていうのは、こんな感じかい?」


 わたしの前に佇む体長20センチほどの絡繰り人形は、夜空の光を浴びながら星空色のマントを風に靡かせる。

 突きだした右手の指先からは、青い光の残留がキラキラと輝いていた。


「……何か、それらしいことを言いたいな。せっかくだからさ。ええとだね……ううむ」


 リーヴはくるりと身を返して、小さな手を差し伸べてくる。

 木と真鍮でできた、少し変わったヒーローの救いの手だった。


「ボクが来たからにはもう大丈夫さ。泥船に乗ったつもりでいてくれたまえよ」


 汚れのない青いビー玉の瞳に、生気を帯びた純粋な光が差していた。

 それはまるで生きた人間のようだった。


 ――こうして、わたしは世界でたった一人の小さなヒーローに出会った。



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