第7話 ひじのあたりに胸を押し付けられたら嬉しいのは当たり前だと思う
「俺が救世主? 王様? 俺の名はヒューゴ。田舎町の道具屋の次男でジョブは『遊び人』。どこからどうみても救世主や王様といったがらじゃないだろ」
誰だってこういう反応になるのは当たり前だと思う。
ただ……。
「お願いします! もう私たちには救世主様しか頼れる方がいないの! お願いですから……。ううっ……」
可愛い女の子に泣きながら懇願されてしまったら、
「……分かったよ。やれるだけやってみるよ。その代わり、その『救世主様』ってのはやめてくれ。ヒューゴでいいよ。ヒューゴで」
と答えてしまうのも、男として普通だと思いたい。
「やったぁ!」
――むにゅっ!
可愛い女の子にやわらかい胸を押し付けられたら、
「うへへ」
と顔がにやけてしまうのも、男ならば当然の反応なのである。
だからケモ耳幼女クルルよ。
そのように獣を見るような目を俺に向けるでない。
「よろしくお願いします! ヒューゴさん!」
「こちらこそ分からないことだらけなんだ。よろしく頼むよ。ミントさん」
こうして俺は救世主をへて王様になることになったわけだが、確認しなくてはならないことが山ほどある。
そこで先ほど寝かされていた部屋へ戻り、ミントとクルルの二人に聞くことにしたのだった。
◇◇
まず『ここはどこか』という疑問についてだ。それはクルルが教えてくれた。
「世界の果てにある島国『モチモチオハダ王国』だよー!」
「モチモチオハダ? すごい名前だな」
「私たちの種族の古い言葉で『龍のむくろ』という意味なの」
「龍のむくろ……」
ふざけた名前に反して物騒な意味合いだな。
ゴクリと唾を飲み込む俺に対し、ミントが低い声で続けた。
「もう千年も前のこと。この島は私たちニャモフ族と、後からこの地にやってきたドラゴン族に分かれていたの」
「ニャモフ族という名前も微妙にふざけているが、まあいい。続けてくれ」
「ドラゴン族はこの島を乗っ取ろうとニャモフ族を攻め立てた」
「クルル知ってるー! モチモチニャモフ戦争だよー!」
「なるほどモチモチは龍という意味なのはよく分かった。んで?」
「ドラゴンの圧倒的な力によって、ニャモフ族の戦士たちは次々と死んでいったそうよ。そしてついに王宮……つまりこの館がドラゴンに囲まれてしまったの。そこで長老たちは『最凶の悪魔』の封印を解く決断をくだした」
「最凶の悪魔……」
なんだかすごく嫌な予感がする。
だが気のせいだと言い聞かせる。
しかし嫌な予感ほど当たってしまうもんなんだよな……。
「魔王を超える存在よ」
「ああ、まじかぁ……。もしかしてそれってリリアーヌって名前か?」
「え? 超魔王リリアーヌを知ってるの?」
「知ってるもなにも……。いやなんでもない。俺も超魔王のことは学校で習ったからな」
リリアーヌの封印を解いたのは俺。
セクシーポーズのスキルで彼女とパーティーを組んでいるのも俺。
パーティー以上の関係を求められて逃げ出してきたのも俺。
……なんて言えるわけない。
「そうだったのね。ならば話は早いわ。リリアーヌは一瞬でドラゴン族を全滅させると、私たちニャモフ族に従属するように迫ってきたの。そこで長老たちはこの王宮を手放した。すると彼女は『わらわが世界を恐怖と混とんに陥れるのじゃ!』と宣言したのよ! ひどいと思わない!?」
「そうか……」
昔も今も痛い発言に変わりはないんだな、と喉まで出かけた言葉を引っ込める。
とりあえず真剣に考えこむふりだけしておくことにした。
「このままではニャモフ族は超魔王の言いなりになって世界中の悪者になってしまう……。そんな絶対絶命の危機で、たまたま世界を旅していた大賢者モーセ様が島にやってきたの」
「そしてモーセがリリアーヌを封印した、と」
「ええ。そこにある壺にね」
質素な部屋に似合わない派手な壺だとと思っていたが、そういうことだったのか。
「モーセ様はリリアーヌを監視するために王宮に住んで、王様としてこの地を統べたのよ」
「クルル知ってるー! モーセ様はすっごくいい王様でニャモフ族のみんなは幸せに暮らしたんだよねー!」
「うん、その通りよ。それから1000年。モーセ様の死後はニャモフ族の長老によって治められていたのだけど伝承だけは残ったの」
「なるほどね」
「そしてつい先日、超魔王リリアーヌの封印が解かれてしまった」
ミントがちらりと派手な壺に視線をやった。
「突然蓋が粉々に砕けてしまったの。中から紫色の煙が立ち込めて風と共に消えてしまったわ」
「姿は見てないのか?」
「ええ。でも長老様は『超魔王リリアーヌは必ずここへ戻ってくる』と……」
「おじちゃんは誰が封印を解いたか知ってるぅ?」
ギクゥッ!
「い、いや知る訳ないだろ」
「ふーん」
クルルがジト目で俺を見つめる一方で、ミントは眉間にしわを寄せた。
「きっと悪いヤツが解いたに違いないわ!」
グサッ!
心に大きなダメージを受ける。
「ん? おじちゃんどうしたの? 顔が青いけど」
「え、いや、なんでもない」
「ふーん。クルルには『おじちゃんがすっごくイケないことをしてしまった』ように見えたけど」
この幼女。なかなか鋭いな。
「こらっ! クルル。ヒューゴさんが困ってるでしょ!」
ミントに怒られたクルルが涙目になる。俺は彼女の頭を優しくなでた。
「ああ、いいんだ。ミントさん。俺は困ってないから怒らないでくれ」
「ニャフフ! おじちゃんは優しいね! クルル、大好き!」
なんだ……?
このすごい罪悪感は……。
俺は話題を変えた。
「ところで他のニャモフ族はどこにいるんだ?」
俺の問いにミントは暗い顔になってうつむいてしまった。
「リリアーヌが復活してからみんな島を出てしまったの……。残ったのは私とここにいるクルルだけ」
「どうして二人はみんなについていかなかったんだ?」
ヒックヒックと泣き出すクルル。
彼女を抱きしめたミントが消え入りそうな声をあげた。
「島を出る船に乗せてもらえなかったの……」
「そんな……どうして?」
その問いにミントは答えようとしなかった。
「クルルと私には身よりがありません。だから頼れる人もおらず、この国と一緒に滅びるのを悲しく待っていたのです。その時です。ヒューゴさん。あなたが天から降りてきたのは……」
「お願い! おじちゃぁん‼ クルルとお姉ちゃんを助けてよぉ! うわあああん!」
こんな状況の二人を前にして……。
引き下がったら男じゃねえよ――。
「大丈夫だ。安心しろ。俺が二人を守ってやるから」
二人の目が大きく見開かれる。
俺は少しでも安心させようと、慣れない笑顔を作った。
……とその時だった。
「やっと見つけたぞ。ヒューゴ」
聞き覚えのあるねっとりとした妖艶な声……。
俺たち三人はその声の持ち主の方へ顔を向けた。
「くくく。わらわはもう二度とお主のことを離さぬ」
つややかな黒髪、紫のドレス、そして切れ長の目……。
間違いない。この美女は……。
「わらわとヒューゴは切っても切り離せぬ『愛』で結ばれておるのじゃ!」
超魔王リリアーヌだ――。