第6話 幼い頃の『王様になりたい』という夢がかなう時がきたようだ
◇◇
意識を失っている間、10歳の頃に教会の裏にある小さな畑のそばで、アナと将来の夢を話した時のことを思い出していた。
あどけない顔したアナは大きな瞳を俺に向けながら、真剣に話を聞いてくれたっけ。
――俺はいつか王様になりたい!
――ヒューゴが王様? なれるの?
――なるんだ! もし俺が王様になったらアナは俺の国で暮らすんだ!
――え? 私? いいの?
アナは両親が『奴隷』の階級。そのため、彼女は8歳の頃から奴隷として、町を治める侯爵ルーブ・マイダンの家で働かされていた。
彼女に自由が許されるのは、教会での毎朝のお祈りの時のみ。神父さんはすごくいい人で、お祈りの時間をほんの少しだけ偽って、アナが同年代の友達と遊べるように計らってくれていたんだ。
――いいに決まってるだろ! だってアナは……。
――私は?
――俺のお嫁さんになるんだから!
幼い頃の勢いってのは怖いものだな。
あの頃の俺は当然酒なんて飲めないから、しらふだった。それなのにあんな恥ずかしいことを大声で言っちまったんだから……。
でも彼女は太陽のように顔を明るくして答えてくれたんだっけ。
――うん! 私、ヒューゴのお嫁さんになりたい!
ってな……。
あれからもう10年か。
しがない道具屋の次男。そのうえジョブは『遊び人』。
そんな俺が『王様』なんかになれるわけない。
それでもアナは待ってくれているのだろうか――。
そんな恥ずかしい思い出にひたっているうちに、頬をつんつんと木の枝で押される感触で、俺は目を覚ましたのだった。
◇◇
波の音が聞こえる。それに口の中にじゃりじゃりとした違和感がある。
どうやら海岸の砂浜で仰向けになっているらしい。
そこまで分かったところで幼い少女の声が聞こえてきた。
「うわあああ! ミントお姉ちゃん! おじちゃんが目を覚ましたよ!」
「おい、待て。おじさんだって? 俺はまだ二十歳だ。それにヒューゴという名前だってある」
相手が誰だか確認する前に思わずつっこんだ。すると目の前には幼い女の子が目をクリクリさせていた。
猫のような耳が髪の間からひょっこり出ている。さらに白のTシャツからのぞく細い腕はオレンジ色の毛でおおわれていた。
いわゆる獣人ってやつだろう。ピンクの肉球や長い尻尾もまた、俺の考えが正しいことを物語っていた。
「どうしたの? クルル」
幼女の横からぬっと顔を出してきた女の子もまた、大きな耳をショートヘアの合間からのぞかせている。
いかにも活発そうな細身の体。
そして何よりも特徴的なのはビスチェを突き上げる大きな胸だ。
そう、それはまさに『爆乳』。
クルルと呼んだ幼女の横に並んだだけで、たゆんと大きく揺れた。
「奇跡よ! 奇跡が起こったんだわ!」
そう叫んだ彼女は俺に抱きついてきた。
顔全体が彼女の胸に沈む。
感じたこともないほどの心地よさが、目を覚ましたばかりの俺を幸せにいざなった。
そうして俺は幸せに包まれながら、再び意識を手放したのだった――。
「ミントお姉ちゃん! そんなにぎゅってしたら、おじちゃんが呼吸できなくなっちゃうよ!」
「あっ! いけない! 『新しい王様』! しっかりしてぇぇ!」
◇◇
再び目を覚ますと、今度は大きなベッドの上で寝かされていた。
「ここはどこだ?」
大きな部屋だが家具はあまりなく質素だ。
ただ部屋の隅に置かれている大きな壺だけは、派手な装飾がされている。
「なんだ? これは?」
残骸が床に散らばっていることから、つい最近まで蓋がされていたのだろう。見ればお札のようなものも張られている。
こういうのは興味本意で近づいてはいけないって、じいちゃんから聞かされたことがある。
「うん。見なかったことにしよう」
壺から目を離した俺は部屋の外に出た。
「あ、おじちゃん! もう動いて大丈夫なの?」
先ほどのケモ耳幼女クルルが、目をくりくりさせながら俺を見上げている。
もはや「おじちゃん」という部分にツッコミを入れても無意味なんだろうな。
俺は彼女と目線を合わせるために低くかがんだ。
「ああ、おかげで大丈夫だ。君とお姉ちゃんがここに運んできてくれたのかい?」
「うん! お姉ちゃんがおんぶしたんだよー!」
女の子におんぶされたのか……。
知り合いのいない場所でよかった。
「なあ、ここはどこなんだい?」
「ここは王様のおうちだよぉ!」
「王様? へえー。じゃあ王様にお礼を言わなくちゃいけないから、どこにいるか教えてくれるかい?」
「うん!」
そう元気に返事をしたクルルが俺に向けて指をさしている。
俺は背後を振り返った。
しかしそこは壁。
壁の向こうは俺が寝かされていた部屋で中には誰もいない。
「どういうことかな?」
「おじちゃんが王様だよ!」
「は?」
「だからおじちゃんが王様なの!」
ちょっと何を言っているのか分からない。
きっと今どきの幼女の間で流行っている新手のギャグなのだろう。
だがそんな俺の思い込みは、爆乳ケモ耳美少女ミントによってあっさりと破られたのだった。
「国が滅びる前日。天から救世主が降り立ち、国を救うだろう。そして救世主は王となって国の発展に尽力する……。この国の伝承です。つまり空から降ってきたあなたこそ救世主様であり、未来の王様なのです!」