第4話 アルティメット・エクスプロージョンが効かない敵が現れたら、大変なことが起こった
◇◇
俺が勇者パーティーと離れてから5日がたった。
『クルクルプン』のおかげで……というよりも『アルティメット・エクスプロージョン』のおかげで旅は順調そのもの。何の不自由もない。
途中でレベルもアップし、新たな戦闘スキル『セクシーポーズ』を手に入れた。
ライブラリによれば、その名の通りにセクシーポーズで敵を魅了し、確率で敵を寝返らせることができるらしい。なんとごくわずかな確率でそのまま仲間になるなんてこともあるそうだ。
だが『アルティメット・エクスプロージョン』がある限り、そのスキルを使うことはないだろう。それに相手がモンスターとはいえ、セクシーポーズをするのは恥ずかしすぎるからな。
だがこの日、想定外のことが起こったのである。
『モンスターが現れました! 悪魔ベルドスです。あらゆる魔法とスキルを跳ね返すマジックミラーアーマーを装備しております』
聞いたことあるぞ、悪魔の軍団長の一人ベルドス。
大きな腹をした人型の悪魔で。いわゆる中ボスってやつだ。
エメラルドグリーンの大きな宝石がついた指輪をしているのが気になる。
なんでヤツが平原の道ばたに現れたんだ?
「グフフ。そこの遊び人よ。『アルティメット・エクスプロージョン』が使えるからって、ずいぶんと好き勝手してくれているらしいじゃねえか。あんまり調子に乗っているから俺様自らきてやったのだ」
ありがたいことに、ご丁寧に説明してくれた。
取り巻きの悪魔も同じ鎧を装備しているから魔法とスキルが効かないんだろうな。
当然、『アルティメット・エクスプロージョン』が使えないということだ。
「これはまいったな……」
ベルドスはよく肥えた腹をゆらしながらゆっくりと近づいてくる。
「グフフ。観念しろ。アルティメット・エクスプロージョンが封じられた遊び人など、ただの遊び人だ」
ちょっと言っている意味が分からない。
……が、これは本気で困った。
もはや武器であるパチンコだけで戦わなくちゃならないってことか。
ライブラリから声が聞こえる。
『中ボスからは逃げられません。頑張ってください』
感情のない声で「頑張ってください」と言われても、あんまり頑張れる気がしない。だがこうなったら腹を決めて戦うしかないんだよな。
「よし。『運の良さ』を信じてやってやるか」
俺は何も考えずに魔法を唱えた。
「クルクルプーーーン‼」
「ガハハハッ! 自分の魔法で爆死することを選ぶとは! なんと潔いヤツなのだ! ガハハハッ!」
ベルドスの大笑いする声がこだます中、あたりは真っ暗になった。
ああ、このパターンはやはり『アルティメット・エクスプロージョン』だ。
やはり『運の良さ』が限界突破したからといって万能なわけないよな。
母さん、父さん、先逝く我が子をお許しください。
……それにアナ。
小さい頃に約束した『お嫁さんにしてやる』を守れなくてごめんな。
そろそろ大爆発が起こる頃だ。
俺は目をつむってその時がくるのを覚悟した。
……と、その時だった。
「うふふ……。わらわを再び召喚するとは……。お主はよほど命知らずのアホだのう……」
ねっとりと絡みつくような妖艶な声が空から聞こえてきたのだ。
俺ははっとして目を開いた。
すると目に飛び込んだのは、ベルドスと俺の間に立っている美女、いや悪魔だった。
あの時と同じ、紫色のドレスを身にまとっている。
間違いない、魔王を超える悪魔、超魔王リリアーヌだ。
「くくく。震えながらひれ伏すといい」
「ははーーーっ!」
あれほど傲慢だったベルドスが正座をして平伏している。
リリアーヌは真っ赤な唇をかすかに緩ませた。
「おい、そこの冴えない男。貴様、頭が高いぞ」
どうやら俺に向かって言っているらしい。
どうせ逃げられないのは分かっているんだ。
こうなったら開き直るしかない。
「待て待て。まだ会って二回目なのに、冴えない男呼ばわりはひどくないか」
「ほう……。貴様、わらわに口ごたえするか?」
「ふん! 魔王を超える悪魔だか何だか知らないが、実力も見たことないのに頭を下げられるかってんだ! どうせ口だけなんだろ?」
リリアーヌの細い眉がピクリと動いた。
みるみるうちに殺気を漂わせ、黒い炎となって背後に現れる。
「後悔してももう遅いのじゃ」
低い声でそう告げた彼女は俺の方を向いたまま、左手の人差し指を上に突き出した。直後に黒い光線が彼女の背中に伸びていく。
――ドンッ!
そしてベルドスの取り巻きの体を鎧ごと貫いた。
「グギャッ!」
短い叫び声とともに悪魔はあっさりと絶命してしまった……。
おいおい、魔法もスキルも跳ね返す魔法の鎧じゃなかったのかよ。
「くくく。驚いておるようじゃな。冴えない男よ。どうじゃ? わらわにひれ伏す気になったか?」
リリアーヌは既に勝ち誇ったようにニヤニヤしている。
憎たらしいが、とんでもない力を持っているのは認めざるを得ない。
どうしたものかと戸惑っていると、ベルドスが俺に向かって声をあげた。
「おい! 冴えない遊び人よ! 貴様はどうせ死ぬが、リリアーヌ様に頭を下げなければ死後の世界でも苦しむことになるぞ! それでもいいのか!?」
いちいちカチンとくる野郎だな。俺はとっさに言い返した。
「ふん! 俺はこんなところで死ぬもんか!」
「うふふ。この期におよんで、そのような大口を叩くとはのう。よかろう。ならば一撃だけチャンスをやろう。好きな様に魔法でもスキルでも使うがよい」
そう言い放ったリリアーヌは両手を大きく広げた。
大きな胸がふるると揺れたが、気に留めている場合ではない。
さて……。どうしたものか……。
もし『アルティメット・エクスプロージョン』を放ってリリアーヌに直撃させたとしても、背後にいるベルドスに跳ね返させれてしまう。
当然、俺は木端微塵になるだろうが、人智を超えた強さを誇るリリアーヌに果たして効果があるものなのか……。
自爆したのに敵は無傷、というのが一番むなしいからな。それだけは避けたい。
そもそも『クルクルプン』で『アルティメット・エクスプロージョン』が確実に放てるとも限らないしな。
もっと確実な方法はないか……。
しばらく考え込んでいると、リリアーヌがバカにしたような声をあげた。
「くくく。考えても無駄じゃ。そうだのう。もしわらわと同じかそれ以上に強い者を味方につけたなら、勝負はどうなるか分からないがのう」
「ガハハハッ! リリアーヌ様! そいつは残酷な考えでございます! リリアーヌ様と同じかそれ以上に強い者など、この世にはおりません! リリアーヌ様は唯一無二の絶対的な女王なのですから!」
「うふふ! その通りじゃ! わらわを超えられるのはわらわしかおらぬ! あきらめよ! お主に手立てはないのじゃ!」
その言葉を耳にした時、脳裏に一つの考えが閃いた。
「あ、そうだ。もしかしたら……」
だがこれは本当に運が良くなければ成功しない。
俺の『運の良さ』が勝つか、リリアーヌのあり得ない強さが勝つか、二つに一つだ!
俺は高らかとスキルを口にした。
「セクシーポーーーズ!」
次の瞬間から体が勝手に動き出した。
右腕をあげ手が後頭部に回ったことで、わきの下を見せつける格好となる。
さらに胸を張ってリリアーヌの方に向け、腰と顔は左にひねった。
ゆっくりと顔をリリアーヌの方へ向けたところで、ウインクをしてダンディな声を出したのだった。
「愛してるぜ」
「……」
「……」
「……」
全員が黙ってしまった。しばらく沈黙が続く……。
笑いをこらえているのか、リリアーヌはうつむいていた。
「……」
「……」
「……」
こういう時の沈黙って拷問だよな。
顔から火が出るほどに恥ずかしい。
そんな中、俺を助けてくれたのはベルドスだった。
「ギャハハハ! 貴様、ついに狂ったか! そんな恥ずかしいポーズがよくできるな! それに『愛してるぜ』ってなんだよ!? ギャハハハ!」
俺もその通りだと思う。
でもスキルを唱えた直後から体が勝手に動いたのだから、これは俺のせいではない。むしろスキルのせいだ。
などと頭の中で言い訳をしていた。
……だが、この後ありえない展開が待ち受けていたのである。
それは、うつむいていたリリアーヌがぼそりとつぶやいたのが始まりだった。
「……わらわの『夫』を侮辱した罪は万死に値する」
「夫?」
俺が聞き返そうとしたがリリアーヌはそれを待たなかった。
彼女はくるりと振り返る。
そして右足でベルドスの顎を目いっぱい蹴り上げた。
――ドゴオオオオン‼
痛烈な爆裂音とともに、ベルドスが派手に吹き飛ばされていく。
「ぎゃあああ‼」
――ドサッ……。
はるか彼方で大の字で倒れたベルドスはそのまま絶命したのだった――。
「まじか……」
何が起こっているのかさっぱり分からない。
混乱の真っただ中にいる俺に向かって、ライブラリが無機質な調子で声をかけてきた。
『セクシーポーズ成功。リリアーヌが仲間に加わりました』
と……。