第33話 城を作ろう!②
◇◇
アメギス帝国、帝都ロンニュー――。
「うむ、アナよ。よく戻った。して、手はずはいかがであったか?」
王の間で大きな椅子にもたれかかりながら、皇帝マーティスは背後に立ったアナに問いかけた。
アナは絵画の女神のような美しい顔をきゅっと引き締めて答えた。
「モチモチオハダ王国の国王ヒューゴにはお会いできませんでしたが、留守を預かるニャモフ族の女性に陛下の書状を届けてまいりました。それから廃墟となったマロン村より、犠牲になったわが国の兵と村民の亡骸を回収してまいりました」
「そうか。……想い人に会えなくて残念だったな」
「えっ!?」
驚きのあまりに目を丸くしたアナの前に、マーティスは数枚の紙を投げた。
彼女は慌ててそれらを拾い目を通す。
そこにはヒューゴについてのことが細かく記されていた。
「これは……」
「趣味が悪いかもしれんがね。ヒューゴのことを調べさせてもらったよ。まさか君と同郷の幼馴染とはね。そうそう。とある神父が君たちが幼い頃に交わした約束をよく覚えていたそうだ。『いつかヒューゴが王様になったら、アナを王妃に迎える』とな。泣かせてくれるじゃないか。ものごころついた時から奴隷だった君を救い出そうとする彼の純愛ってやつに」
「陛下っ!」
アナが頬を赤くして何か言おうとしたのを、マーティスは片手で制した。
「私は弱小国の王と奴隷の恋路には微塵の興味もない。ただし君が私の邪魔をしようとしたら、どうなるか――賢い君ならよく分かっているね」
「はい……」
唇を噛みしめながらうなだれるアナに、マーティスはニコリと微笑んだ。
「いいかい。今は『有事』だ。人類最大の危機なんだよ。魔王の脅威にさらされているわけだからね。でも我々はその危機をチャンスに変えようとしている。帝国が世界を統べるチャンスに。そのためには君の『死者を兵士に変える能力』は不可欠なんだ。生ける者も死せる者も、すべての人間が魔王に立ち向かう――その頂点にいるのが私であり、君だ。だから今だけは私情を挟んだらダメだ。たとえ親であっても歯向かう者には剣を向ける覚悟がなくてはならない。そして全てが終わったその時は――君たちのことを大いに祝福しようじゃないか」
アナは無言のままペコリと頭を下げるとその場を早足で立ち去っていった。
その背中を見つめながら、マーティスは隣で直立していたカルーに命じた。
「モチモチオハダ王国の件については、アナを外し、おまえに全てを任せる。1ヶ月たっても『このまま』なら、容赦なくぶっ潰せ」
マーティスは手にしていたライブラリの画面をカルーに見せる。
そこには『アメギス帝国とモチモチオハダ王国が交戦状態となりましたので、マーティスとヒューゴは戦闘中となります』と書かれていた。
そして彼は低く冷たい声で告げたのだった。
「国王ヒューゴを確実に仕留めろ。死者となった彼をアナの軍勢に加えてあげよう。それがせめてもの慈悲というものだ」
◇◇
アメギス帝国がモチモチオハダ王国を総攻撃するまで残り30日――。
「ヒューゴさん、ここにいるのですね!」
とある洞窟の前でミントが声を弾ませた。
「なんだか辛気臭いところね。ほんとにこんなところにいるの?」
ベルが疑うような目で見てきたので、俺、ヒューゴは首をすくめながら答えた。
「俺の『運』が良ければ、ここにいるはずだ」
「それって新手の嫌味からしら? 大将の運の良さは規格外でしょ」
「まあな。だとすればここにいるはずだ――」
うっそうとした森の中に溶け込むように自然と開いた洞窟の入り口を見つめながら、俺は確信をもって言った。
「世界一の建築技師が」
◇◇
同じ頃、モチモチオハダ王国では――。
「むぅぅぅ!! なぜじゃ!? なぜわらわがこんなことをせねばならんのじゃ!」
島の南西部にある岩山地帯でリリアーヌの怒声が響いていた。
「仕方ないでしょー。リリニャンお姉ちゃんしかできないんだから!」
クルルが無邪気な声をあげる。
リリアーヌはなおも納得いかないようで、頬を膨らませた。
「おのれぇぇぇぇ! ヒューゴめぇぇ! 帰ってきたら会えなかった分、たっぷりと可愛がってもらうからな! 覚悟しておけぇぇ!!」
――ズガアアアアン!!
怒りをぶつけるように、リリアーヌの魔法が岩山を直撃する。
轟音とともに大量の岩石が周辺に転がった。
ドワーフたちはそれらをせっせと拾い上げると、王宮近くに設けた加工場で様々なサイズの直方体に削っていく。
そう、それは王城や城壁に使われる石材だ。
リリアーヌが岩山を削り、ドワーフたちがそれらを加工する――ヒューゴは彼らにそう命じてミントとベルの二人を連れて建築技師を探しにいったのだった。
「今頃ヒューゴはミントとイチャイチャしておるのかぁぁぁ!!」
――ズガアアアアン!!
「寂しいのじゃ! わらわはただ寂しいだけなのじゃぁぁぁ!!」
――ズガアアアアン!!
リリアーヌが叫ぶたびに大量の岩石が山積みになる。
そのうちにこの岩山の中に良質な鉄鉱石の取れる鉱山も見つかった。
そこでドワーフたちは大量の鉄も生産していったのだった。
「ヒューゴなんて、だいっ嫌いじゃぁぁぁ!!」
――ズガアアアアン!!




