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第29話 エルフの涙⑦

◇◇


「セクシー・ポーーーーズ!」


 周囲に群がる魔物たちが一斉に俺から背を向ける。


「さあ、同士討ちを始めやがれ!」

「ぐおおおお!」

「ぎゃおおおお!」


 世界樹のすぐ目の前で壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 しかし全方位から襲ってくる魔物の大軍をたった三人で抑えられるはずもない。

 炎の化身、ファイアエビルが世界樹にとりつき、幹から煙がたちこめる。

 それを見たベルが甲高い声で叫んだ。


「ウィンド・フレアァァ!」


 空気の塊が世界樹の周囲で大爆発を引き起こす。

 強烈な爆風によってファイアエビルたちは粉々になった。

 だが強力な魔法を唱えた後ほど隙ができるものだ。

 彼女の背中めがけて4体のサル型の魔物、シルバーモンキーが襲い掛かった。

 

「させぬ!!」


 リリアーヌがドンと足を踏み鳴らす。

 

「うぎゃっ!」


 地面から伝わった衝撃でシルバーモンキーたちを後方へ吹っ飛ばした。

 ところが今度はリリアーヌの横から魔物たちが一斉に炎の魔法を世界樹に向けて放ちはじめたのだ。


 ――ゴオオオオ!


 ついに世界樹が真っ赤な炎に包まれ始めてしまった……。

 俺はリリアーヌのそばに駆け寄った。


「リリアーヌ! こうなったら世界樹を凍らせるんだ!」


 リリアーヌが目を大きく見開く。

 だがそこに口を挟んだのはベルだった。彼女は魔法を操りながら、声だけをこちらに響かせた。


「ダメ! そんなことしたら世界樹が枯れちゃうかもしれないでしょ!」

「そんなことを言ってる場合じゃねえだろ! それとも燃え尽きるのを待つってのか!?」

「それは……」

「迷ってる暇も、後悔してる暇もない! リリアーヌ、頼む!」


 リリアーヌが小さくあごを引いた。

 古城のような大木を凍らせるのだから、超魔王といえどもすぐにというわけにはいかない。

 彼女は両手を空に掲げて呪文を唱える。


「氷の精霊よ。わらわに力を貸すのじゃ……」


 空気中の水分が凍りだしてキラキラと輝きはじめた。

 リリアーヌの手のひらの真上には白くて巨大な球体が作られていく。

 ……が、その時だった。


「リリちゃぁぁぁん! これあげるぅぅぅ! あははは!」


 あたりがピカッと光ったかと思ったとたんに、空がオレンジ色の炎で埋め尽くされていたのだ。

 こんな大それたことができるヤツは一人しかいない……。


 魔王エリンだ――。


「ちっ!! 小癪なぁぁ!!」


 リリアーヌは氷の球体を上空に向かって放つ。

 

 ――ドガアアアアアアン!


 耳をつんざく爆音と一緒に耐えがたい衝撃波が襲ってきた。


「きゃあああ!」

「ベル! つかまれ!」


 吹き飛びそうになったベルが俺の腕につかまり、俺は足を踏ん張って何とかしのぐ。

 だが次の瞬間、すぐ目の前にエリンが降り立ってきたのだ。


「あはは! リリちゃんと遊び人くんはわたしと遊ぶからねぇ! だって世界樹はそこにいるエルフちゃんが守る役目なんでしょ? せいぜい頑張ってねぇ。わたしの部下たちは容赦しないから」


 エリンがそう言い終わらないうちに俺に向かって突進する。

 

「ベル! 俺から離れろ!」


 ベルは弾かれるようにしてしがみついていた俺の腕から飛び立つ。

 同時にリリアーヌがエリンと俺の間に仁王立ちとなった。

 

「ヒューゴには指一本触らせぬ!」

「あはは! 減るもんじゃないし、ちょっとぐらいいいじゃん! リリちゃんはケチだなぁ」


 ――ガツッ!

 

 エリンとリリアーヌの拳同士が派手にぶつかる。

 あまりの衝撃に空気がぐわりと揺れた。


「ヒューゴ! ここはわらわに任せてベルを助けるのじゃ!」

「あはは! だからさせないって!」


 エリンがぴゅうと口笛を吹くと、空から巨大な黒龍があらわれた。

 その大きさは世界樹と同じくらい。

 一目見ただけで、相当ヤバい奴なのは明らかだ。

 

「エンシェントブラックドラゴンくんのおでましだよー! わたしの可愛いペットなんだけど、最近運動不足だから、たっぷり遊んであげてね! あははは!」


『エンシェントブラックドラゴンとの戦闘開始です。あらゆる状態異常、デバフのスキルを跳ね返すため、ご注意ください』


 なるほど……。

 セクシーポーズやスモールオアビックも効かないってことか。

 しかもこんな巨大なドラゴンが世界樹の目の前で大暴れしてみろ。

 世界樹が大きなダメージを受けるのは明白だ。

 となればやれることは一つしかない――。

 

「逃げる!」


 俺は黒龍から背を向けて駆け出した。

 

「グオオオオオオ!」


 強烈な咆哮とともに黒い影が追ってくる。

 

「俺に魅了された魔物たち! あいつをどうにか足止めしてくれ!」

「ガアアア!」

「グルルル!」


 魔物たちが一斉にドラゴンに襲いかかった。

 

「グガアアアア!」


 ぐしゃっという鈍い音がとめどなく聞こえてくることから、魔物たちはなすすべなく倒されているのだろう。

 だがそんなことを気に留めている場合ではない。

 俺は目の前に立ちふさがる魔物たちをセクシーポーズで魅了させ、次から次へと彼らをドラゴンに向かわせた。

 少しずつドラゴンとの距離が開いているようだ。ドラゴンの咆哮が少しだけ遠くから聞こえてくる。

 

「ちょっとは足止めになっているようだな」


 懸命に手足を動かしながら周囲を見た。

 木々には火が放たれ、草花は踏み散らかされている。

 

「森は死んでしまったのか……」


 何代にもわたってエルフが守ってきた大切な森が、わずか1日でこんなことになってしまうなんて、にわかには信じられない。

 ベルの心持ちを思うと胸が張り裂けそうになり、同時に抑えきれない怒りがこみあげてきた。

 そうして世界樹からじゅうぶんに離れた、森の入り口近くまでやってきたところで、俺はくるりと振り返った。

 迫りくるエンシェントブラックドラゴンと魔物たちの大群。

 

 もう迷う必要も、止める理由もない――。

 俺はありったけの大声であの魔法を唱えたのだった。

 

「クルクルプーーーン!!」


『ラッキー! アルティメット・エクスプロージョンが発動!』

 



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