第28話 エルフの涙⑥
◇◇
森の入り口はすでに多くの魔物で埋め尽くされていた。
彼らは一様に『エルフの涙』を首からぶら下げている。
「うそ……。まさか魔物たちまで洞窟の中に入ってしまったの!?」
「その答えは後だ! ベル! 危ないからどこかで隠れてろ!」
「いやよ! わたしが世界樹を守るんだから!」
ベルはそう叫ぶなり両手を上に掲げた。
みるみるうちに空気の渦がたまっていく。
「食らえ! ストーム・クラッシュ!」
体の小さなベルが作ったとは思えないほどに巨大な風の玉が数体の魔物にヒットした。
「ぎゃっ!」
「ぐへっ!」
魔物たちが派手に吹き飛び気を失う。
ベルは休まずに風の魔法を自在に操り、魔物たちを翻弄していった。
「わらわも負けておられん」
「リリアーヌ! 魔法はやめておけよ! 森が吹っ飛ぶから!」
「わかっておる! こんな奴ら素手でじゅうぶんじゃ!」
そう言い終わらないうちに彼女は地面を蹴った。
――ドンッ!
すさまじい爆裂音が響いたかと思うと、次の瞬間には魔物の群れの中に飛び込んでおり、前後左右の敵を拳と蹴りで滅多打ちにしている。
一方の俺はというと……。
無力だった――。
いや、だってここで『クルクルプン』を使って『アルティメット・エクスプロージョン』が発動したら、それこそ森の木々は根こそぎ消滅してしまう。
かと言ってその他のスキルはどうかと言われれば、近づいてくる敵に「すっころぶ」で奇跡的に急所をついて大ダメージを与えるくらいしかできない。
やっぱり戦闘用のスキルはもう一つくらい欲しいな。
そんなことを考えているうちにリリアーヌの大声が聞こえてきた。
「ヒューゴ! ここからだけじゃなく、森のあちこちから魔物たちが侵入しはじめておる! このままでは分が悪い!」
「奴らの狙いは世界樹よ! 後退して世界樹の近くで食い止めるわよ!」
ベルの掛け声で俺たちは後退。
魔物たちは次から次へと数を増やしていき、まるで雲海のように森を包み込みはじめた。
逃げ遅れた老人たちが魔物の牙にかかって倒れていく。
「かくなるうえはやむを得まい!」
リリアーヌは全身を黒い炎で包むと、左手を魔物の群れに向けてかざした。
「凍りつけ! ヘル・フリージング!」
ビキビキと音を立てて魔物たちが黒い氷に包まれる。
そしてリリアーヌがパチンを指を鳴らすと彼らは粉々に砕け散った。
しかしそれも焼け石に水。
徐々に世界樹の方へと押されいく。
リリアーヌが鬼の形相で叫んだ。
「くっ‼ 人手が足りん! 誰かおらんのか!?」
周囲を見回すと、勇者たち一行が目に飛び込んできた。
「レオン! 手伝ってくれ! このままだと世界樹がやられちまう!」
だがレオンたちは俺の呼びかけなど無視して、一塊になって一目散に森の入り口の方へ駆けていく。
中央にディオがいることから、彼を守りながら逃げているのだろう、
……と、その時だった。
「ひぃ! お、お助けを!」
彼らのすぐ隣で老夫婦が3体の魔物たちに囲まれたのだ。
だがレオンは信じられない言葉を投げかけたのだった。
「うるさい! こっちは仲間を守るのに必死なんだ! 生きたいなら自分で戦え!」
信じられん……。
あれが勇者のセリフか……。
「くっそ!」
俺は後先を考えずに老夫婦のもとへ走る。
だが距離がありすぎて間に合いそうにない。
「させるものですか! ウィンド・ブレード!」
ベルが老夫婦に襲いかかろうとしている魔物に向けて風の刃を飛ばした。
――ザシュッ!
鈍い音とともに1体の魔物の首が吹き飛んだ。
しかし残り2体の手によって夫婦の命は無惨にも奪われてしまった。
「くっ……!」
「ヒューゴ! 悔やんでる暇はないぞ! 敵が世界樹に火をかけようとしておる!」
「やめてぇぇぇ!!」
ベルが背中の羽をちぎれんばかりに動かして世界樹の方へ飛んでいく。
俺は彼女の背中を追った。
――俺にもっと力があれば……。
そんな風に思いながら……。




