第27話 エルフの涙⑤
勇者レオン。
戦士ダグラス。
聖女ミレイユ。
魔術師マリリン。
そして……。
「ん? このちっこいおっさんは誰だ?」
俺は金ぴかの鎧に身を包んだゴブリンを指す。
するとゴブリンは顔を真っ赤にして唾を飛ばした。
「誰がちっこいおっさんじゃ! わしを何と心得る!?」
「知らないから、ちっこいおっさんって呼んだんだけどな」
「ふんっ! 聞いて驚くな! 誉れ高き勇者のパーティーメンバーの一人にして、ゴブリンをまとめる『ディオ・カンパニー』のCEOのディオじゃ!」
ディオが胸を張ってドヤ顔している。
「誉れ高きねぇ……。お主ら世界樹をこのような惨状にしておきながら、誉れとぬかすか」
リリアーヌが冷たく言い放つと、戦士ダグラスが反論した。
「おいおい! ねーちゃん、何言ってやがる!? 俺たちがエルフが自分たちだけの長生きのためだけに独占していたものを、こうして世界中の人々に開放してやったんだぜ。しかも『穏便』にな」
「穏便……ですって……?」
ベルがダグラスをにらみつける。
そこにマリリンが口をはさんだ。
「だってエルフの人々は抵抗するどころか、みんな喜んでここを出ていったのよ。『これで古いしきたりに縛られず、自由に生きられる』ってね」
ベルがヤコブに鋭い視線を向けた。ヤコブは苦しそうにうつむく。
今度はミレイユが口を開いた。
「確かに伝統やしきたりに従って、森や海などの自然を守ることは貴いことです。しかし救われる命がある。さらに生態系も維持できるとなれば、破らねばならないこともあるはずです。それが人々の進歩と言えるでしょう」
「僕たちは悪いことをしたとは思っていない。確かに伝統を重んじてきたエルフが今の世界樹を見たら憤慨するかもしれない。でもそれは彼らの目が曇っていたんだ。『世界樹を守らねばならない』という義務感と古いしきたりによってつちかわれてきた歪んだ価値観が、彼らの目を曇らせていた。それを僕らがクリアにしてあげたというわけさ! これも勇者としてのつとめだと思う!」
「ふざけるなあああああ!」
ついにベルの怒りが爆発し、レオンに殴りかかった。
しかし戦士ダグラスが右手を伸ばし、彼女の体をわしづかみにする。
「離せ! 私はお前たちを絶対に許さない!」
「ぴーちくぱーちくうるさいエルフじぇねえか。ちょっと痛い目あわせた方がいいんじゃないか?」
ダグラスが淡々とした口調で言うと、ミレイユが首を横に振った。
「ちょっとダグラス! エルフにはいっさい手を出さないって、そこにいるヤコブさんとの約束でしょう。ねえ、あなたベルだったわよね? 金貨を多めにあげるから、おとなしくしてくれないかしら? ツアーにきているご老人たちが驚いちゃうから」
「て、てめぇ! なめんな!」
「あれ? 余計に怒っちゃった? どうしてかしら?」
ああ、この聖女もけっきょくは『金』が大好きってことか。そういえば着ている身なりも全員ずいぶんと良くなっている。
よく見ればレオンなんて腹が出てるじゃないか。
つまりあそこでニタニタしているディオにうまくまるめこまれたってわけか。
まあ元からあっさり仲間を切り捨てるような奴らだったからな。
今さら失望も驚きもない。
「おい、ヒューゴ。どうするのじゃ?」
リリアーヌが低い声で問いかけてきた。
彼女の目じりがぴくぴくと震えている。きっとキレる寸前って感じなんだろうな。
だがここはあくまで『穏便』に、がベストだ。
「ああ、悪いんだが、ベルを離してやってくれないか。ベルもここは冷静になってくれ。こうなった以上、今さら騒いでも何も変わらないだろ」
「くっ……。それはそうだけど……」
「ダグラス。離してやれ」
「ちっ! 相変わらず甘めえな」
レオンの一言でベルは解放された。代わりにリリアーヌが彼女の手をつかみ、暴れないようにする。
レオンが俺に向き合って手を差し出してきた。
「元気そうでよかった。これでも心配してたんだよ」
俺は差し出された手を無視して首をすくめる。
「そりゃ、どうも。あんたも随分と元気そうじゃないか。特に腹回りが」
「ははっ……。これは恥ずかしいところを指摘されちゃったね。でもこれでいいんだ」
「これでいい? どういうことだ? 魔王を倒すのに、体を鍛えずに、旨いもんたらふく食って肥えればいいって道理がどこにあるんだ?」
「おいっ! 調子に乗ってんじゃねえぞ! この役立たずで追放されたクズが!」
ダグラスが眉間にしわを寄せて詰め寄ってくる。
だがリリアーヌが彼の前に立ちはだかった。
「この顔、忘れたとは言わせぬぞ。尻尾巻いて逃げた臆病者めが」
「あ、あああああ! あんたは超魔王!」
ダグラス、ミレイユ、マリリンがさっと武器を取り、戦闘態勢になる。
「三人とも腰が引けて、足は震えてるじゃねえか。こんな調子で本当に魔王とやりあおうってのか?」
俺がさらりと問いかけるとレオンが大笑いした。
「あははは! 大丈夫さ! 僕たちは僕たちのやり方で魔王と対峙してみせるから」
「俺たちのやり方? どういうことだ?」
俺の問いかけにレオンが「しまった」といった風に苦い顔をする。
するとディオが割って入ってきた。
「かかか! 話はそこまでじゃ! わしらは忙しくてのう! 次の困っている人々を助けにいかねばならん!」
明らかに何かを隠してるな。
胸の中にモヤモヤしたものが湧き上がり、ここでそれを聞き出さないと、大きな災いが降ってきそうな予感がする。
そう思ってさらに踏み込もうとしたその時だった。
「きゃああああああ!!」
遠くの方で女性の叫び声が聞こえてきたのだ。
「ま、魔物だぁぁぁぁ! 魔物が入ってきたぞおおお!」
森の入口の方に目をやると黒い煙が立ち込めている。
魔王軍、襲来――。
俺はリリアーヌと顔を合わせてうなずきあうと、疾風のように駆けだしたのだった。




