第26話 エルフの涙④
◇◇
ベルを追いかけて世界樹の森までやってきた俺とリリアーヌ。
「な、なんじゃ? これは……」
怖いものなしの超魔王ですら驚きのあまりに言葉を失ってしまったのも無理はない。
世界樹の森が『開拓』されていたのだから――。
正確には森の中に世界樹へ向けて真っすぐ伸びた道が作られていたのだ!
世界樹から採取したと思われる蜜をせっせと運ぶ、ゴブリンたち。
『世界樹見学ツアー』という旗を持ったお姉さんを先頭にして、ずらずらと歩いていくご老人たち。
そんな彼らを相手に甘いモノやドリンクを売っている屋台の人々……。
まるで『観光地』のような賑わいではないか……。
「う、そ……。こんなのウソよ! だって森には『エルフの涙』がないと入れないんだから!」
ベルが顔を真っ赤にして叫ぶと、小ぎれいな身なりをしたゴブリンがニタニタしながら近づいてきた。
「おや、お嬢さん、よくご存じだねぇ。そうだよ、ここから先に行くには『エルフの涙』が必要なのさ。私は『エルフの涙』をレンタルする商売をしてましてね。よかったら一つどうです? 世界樹の手前までなら銀貨1枚。世界樹で蜜を採取して持ち帰るツアーに参加したい場合は金貨3枚だよ。世界樹の蜜はカプセル1つで金貨1枚だからね。それがカプセル5つ分採取できて金貨3枚なんだから、絶対にお得なのさ。どうだい? ツアーに参加してみないかい?」
「なるほどのぅ。『晴天の洞窟』の入り口をベルに開けさせてから、そのまま彼女を寝かせた。その隙に多くのゴブリンたちを洞窟の中に忍び込ませて、『エルフの涙』を大量に採取させたというわけじゃな。姑息なヤツらめ」
「おや、ご婦人様。姑息とはあんまりではないですか。『エルフの涙』を命がけで持ち帰ってきた同胞たちのおかげでこうして多くの人々に世界樹の蜜が届けられるんですから、称えられてしかるべきですよ」
リリアーヌがなおも何か口にしようとしたが、俺は彼女とゴブリンの間に割って入り、彼に金貨を9枚差し出した。
「へい、毎度あり! では心ゆくまでお楽しみください」
ゴブリンから小さな宝石が入った透明のケースと、金のバッジを三つずつ受け取る。
リリアーヌとベルが抗議しようとしてきたが、俺は彼女たちの手を引いて森の中へと入った。
まずは騒ぎを起こさずに状況を知ることが先決だ。
それにもし数人でもエルフが森に残っていたら、ベルを彼らのもとへ届けてあげることができる。
それを二人に説明したところ、彼女たちは渋々うなずいた。
遥か先に見える世界樹の巨木を見つめながら、俺たちは先を急いだのだった。
◇◇
世界樹の森にエルフは誰一人としていなかった。
莫大な財産と快適に暮らせるリゾート地を得たことで、彼らが我先にと森を出ていったのは想像に難くない。
いや、一人だけ残っているエルフがいた。
世界樹からほど近くにある池のほとりでひっそりと息をひそめるようにしていたのは、ベルと同じように手のひらサイズで、白くて立派なひげが特徴の老人だ。
彼を目にした瞬間にベルが叫んだ。
「長老様! ヤコブ様!」
どうやら彼はエルフの長老で名をヤコブというらしい。
「長老様! これはいったいどういうことなの!」
「おまえは……ベルか……」
顔を真っ赤にしてつめよるベルに対して、ヤコブは目を合わせようとしない。
その仕草からして、後ろめたいものがあるのは火を見るよりも明らかだ。
口をへの字に曲げて何も答えようとしない彼に対し、ベルはさらに突っ込んだ。
「わずか数日で、世界樹の蜜を販売するまでのルートを作って、観光のツアーまで組むなんて、段取りが良すぎるわ! つまり勇者たちはこの森に入った時から、こうするつもりだったんでしょ? 長老様とずーっと前から話がついていたんでしょ!? ひどいわ! 世界樹を守るのがエルフの役目じゃなかったの!?」
ヤコブは顔じゅうに汗をかいたまま沈黙を貫いている。
そうしてしばらくしたところで彼は席を立つと、近くの繁みの中から大きな袋をもって戻ってきた。
「なによ? これ」
袋の中からは10枚の金貨。
「おまえの分だ。ベル」
「はあ?」
「これは今まで世界樹を守ってきたエルフたちへの心遣いだそうだ。これを持っておまえもリーバ島へ移りなさい」
「なっ……!」
ベルの顔が一変した。
彼女はヤコブの手をすさまじい勢いではたくと、彼の胸ぐらをつかんだ。
「ふざけないで! 私たちエルフは伝統と規律を重んじて、世界樹を守り抜くのが使命なんでしょ! それを『金』であっさり捨ててしまうなんて信じられない! おばあちゃんはこう教えてくれたわ! 『何があっても変えてはならないことがある』って! 私たちエルフにとって、それは世界樹を守ること! それなのにあなたたちは金に目がくらんで、変えちゃいけないことを変えてしまった! もう取り返しのつかないことをしてしまったのよ!」
何があっても変えてはいけないこと、か……。
あまり深く考えたことがなかったけど、俺にとってそれは何なのだろうか。
これまで『何となく』でここまできてしまったように思えてならない。
特に運の良さがチートになってからは、あれよあれよという間に超魔王が仲間となり、モチモチオハダ王国の王となった。
周囲も自分もめまぐるしく変化していく中で、『変えてはいけないもの』の存在を意識したことなんて一度もない。
その時、俺はなぜかリリアーヌの横顔に目がいった。
俺の視線に気づいた彼女が不思議そうな表情で俺と視線を合わせたところで、俺はベルたちの方へ注意を戻したのだった。
「もし世界樹に何かあったらどうするんですか!?」
そうベルが大声をあげた直後だった。
「かかか! エルフの少女よ! その心配はないぞ! 世界樹の蜜は今のペースで採取し続けても、あと1000年は持つという予測が立てられておるからのう! かかか!」
耳障りな甲高い笑い声が森の中に響いてきたのである。
いっせいに全員の視線が声の持ち主に集まる。
そこには金ぴかの鎧に身を包んだ、背の低いゴブリンの姿があった。
いや、彼だけじゃない。
その背後にはよく見慣れた人間たちも立っているではないか!
「あ、君はヒューゴ!?」
「ヒューゴじゃねえか!」
「ヒューゴさん!?」
「あー! ヒューゴだ!」
忘れもしない。
彼らこそ勇者レオンとその仲間たちだ――。




