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第23話 エルフの涙①

◇◇


 島に帰るとエルフの少女が、お腹を膨らませて爆睡していた――。

 

「ぐがぁ……。すごぉ……。むにゃむにゃ。いやん。そこはダメ……」


 なんちゅう夢を見ているのやら。

 ちなみに体長は俺の手のひらサイズ。

 ウエーブのかかった緑色の髪で、目鼻立ちのはっきりした綺麗な顔立ちをしている。

 ただよだれを垂らしながら、いびきをかく寝顔は「残念」としか言いようがない。

 なんでこんなところで寝ているんだろうと不思議に思っていると、ミントが青い顔をして駆け込んできた。

 

「ああー! ヒューゴ様! 大変です! 食べ物が食い荒らされております!」

「お水もほとんどないよー!」

「いったい誰の仕業かのう……」


 全員の視線が無防備な格好で寝ている少女に向けられている。

 

「こいつしかいないよな」


 俺がそう言い終わらないうちに、エルフは縄でぐるぐる巻きにされたのだった。

 

◇◇


「うわあああああん! びえええええん!」


 髪を揺らしながら大泣きしているエルフ。

 名前はベルっていうらしいことは分かった。

 どうやらこの島に迷い込んでしまったらしい。

 誰もいなくてお腹も空いたから、ほんの出来心で盗み食いしてしまったそうだ。

 ただそれ以上のことを問いただそうとすると、こうして赤ん坊のように大声で泣くものだから、たまったものではない。

 

「はぁ……。もういい。縄を解いてあげよう」


 俺が首をすくめながら言うと、エルフはケロッと泣き止んだ。

 

「あはっ! さっすが大将! よっ! 太っ腹!」


 リリアーヌが眉をひそめた。

 

「よいのか? こいつは大切な食糧を勝手に食い散らかした、はしたない罪人なのだぞ」

「なっ! はしたない罪人って何よ! そりゃ、あたしだってこんなことしたくなかったわよ! でもね、お腹が空いちゃったんだからしょうがないじゃない! それにそもそも台所に鍵もかけずに食べ物を置いておく方だって悪いじゃない!」


「なんじゃとぉ? 貴様、この場で葬り去ってやってもよいのじゃぞ」


「おうおう! 威勢だけはいいようね! このエロ女!」


「なぁにぃ!?」


「なによっ!」


 参ったな。これ以上リリアーヌを挑発されたらエルフだけじゃなくて王宮ごとぶっ飛ばされるぞ。

 それにリリアーヌの言うことも一理ある。

 だからと言って、このまま縄でぐるぐる巻きにしておくのもかわいそうだしな。

 

「仕方ないか。コッポ。一つ頼まれごとをしてくれるかい」


「なんだい?」


 こうして俺はコッポを通じて、ドワーフたちにとあるものを作ってくれるようにお願いしたのだった。

 

◇◇


「ちょっと! ここから出してよ! ねえ!」


 ベルが鉄格子をがしゃがしゃ揺らしている。

 まさか一番最初にドワーフたちに作ってもらったものが『牢獄』になるなんて、思いもよらなかった。

 牢獄と言っても、ベルの大きさに合わせたものだから、地面から膝のサイズしかない。

 ご丁寧に簡単なトイレと、わらで作った布団まで設置されているのだから、牢獄というよりは部屋だ。

 とりあず王宮の中庭にある水を貯めたかめの横に置いた。

 

「へへーん。いい気味じゃ」

「なっ! このあばずれ女ぁ! 覚えてなさいよね!」


 相変わらずベルはリリアーヌを挑発しているが、リリアーヌの笑みには余裕がある。

 ひとまずベルが牢獄に入っている間は問題は起こらなそうでほっとした。

 

 だがそれでもこうして牢獄に入れっぱなしというのも気が引ける。

 ひとまず彼女がどうしてここにたどり着いたのか、それを聞き出さなくては。

 

「だから! 迷い込んだって言ってるでしょ!」


「しかしここは孤島だ。迷い込んだというのは無理があると思うんだよな。そもそもエルフはめったに『世界樹の森』を出ないと聞いたことがあるぞ」


「むっ……。なかなかやるわね大将」


 ベルは腕を組んでふいっと顔をそむける。

 どうやらしゃべる気はないらしい。

 しかし。

 

 ――くぅぅぅぅ……。

 

 可愛らしく腹の鳴る音が響いた。

 ベルの顔が真っ赤に染まる。

 俺はニタリと笑みを浮かべた。

 

「取引といかないか?」


◇◇


 エルフ族が暮しているのは『世界樹の森』という広大な森だ。

 世界の面積のうち、およそ1割が世界樹の森なのだから、その広さは想像を絶すると言っても過言ではない。

 森の中央には『世界樹』という巨木があって、あらゆる生命の根源と言われている。

 実際に世界樹の樹液をなめただけで、あらゆる病気やケガが治るとされているが、本当かどうかは知らない。

 

 そして世界樹は強い結界を作って森を守っている。

 そのため、特別な魔力が備わっていないと森の中では生きていけない。

 森の中で暮らすエルフ族や動植物はみなその魔力が備わっているらしい。

 そして人間や魔物が森に足を踏み入れるには、『エルフの涙』という特別な宝石を持っている必要があるのだそうだ。

 

「エルフの涙のう。ならばおまえが散々流したではないか」


「ぞればぢがうのー!」


 頬を魚でいっぱいにしながらしゃべるものだから、何を言っているのか分からないが、今のは「それは違うのー」という意味だろう。

 

「何が違うんだ?」


 俺が問いかけるとベルはごくんと口の中を空にした。

 

「エルフの涙ってのは宝石だからね。『晴天の洞窟』ってところでしか採掘できないんだよー」


「ふむ。それはよいが、おまえがここにいる理由とは何の関係もないのじゃ」


「ぶー! 関係大ありだから!」


 ベルが頬をふくらませる。

 俺は首をかしげた。

 

「どういうことだ?」


 するとベルは真っ平な胸を張った。


「へへん! 聞いて驚かないでね! あたしは勇者様一行のお供に選ばれたのだよ!」


「勇者の!?」


「そうなの! すごいでしょ! 勇者様とはいえ、世界樹の森には入れない。けど魔王を倒すためには、勇者の剣を世界樹の魔力で強化しなくちゃいけないみたいなの。けど『晴天の洞窟』に入るには入り口の扉を開けなくてはならない。そこであたしのスキル『エルフ・ノック』が必要だったのよ!」


「なるほど。でも、なんでここにいるんだ?」


 結局はその問いにたどり着く。

 ベルは顔を赤くし、うつむきだした。

 

「……はぐれちゃったの」


「はぐれた?」


 彼女が言うには、『エルフの涙』を無事に手に入れた後、塔のふもとにある町で祝宴をあげたそうだ。

 そこで飲み過ぎた彼女が目を覚ますと、すでに勇者一行は旅立った後だったらしい。

 急いで彼女は勇者たちの後を追いかけて海に出たが、途中で嵐にあってしまいここまで飛ばされてしまったとのことだ。

 

「ぎゃははは! 情けないのう! 勇者様のお供が飲み過ぎたうえに迷子になるとはのう! ぎゃははは!」


 腹を抱えて大笑いするリリアーヌの一方で、ベルは牢獄の隅で小さくなって体育座りをしていじけている。

 俺はリリアーヌの肩をぽんと叩いた。

 

「まあまあ、その辺にしてやれよ」

 

 リリアーヌはつまらなそうに俺を見たが、仕方ないと言わんばかりに首をすくめる。

 俺はなおもいじけているベルに話しかけた。


「それは災難だったな。よし、分かった。じゃあ、俺が世界樹の森まで送り届けてやるよ」


 ベルがぱっと立ち上がって目を丸くした。

 

「うそ! やったぁ! 大将! 愛してるぅ!」


 リリアーヌは「なっ……」とつぶやきながら、驚いている。

 彼女に変な気を起こさせたら厄介だからな。

 しっかりと理由を説明しておかねば。

 

「このままここに居られても、食糧を食いつぶすだけだろ。悪気があってこの島にやってきたわけじゃなさそうだし。それに、いずれにしても食糧の買い出しは必要そうだ。そのついでに森の端まで送り届けてあげよう」


 いずれは自給自足の生活ができたらいいが、それまでには畑を耕す必要があり、まだ時間がかかりそうだ。

 幸いなことに俺の所持金は金貨1万枚以上あり、領民34人くらいならゆうに数年は養うことができる。

 できれば島から一番近い港町へ赴いて、定期的に食糧と日用品を売る行商人の派遣を頼みたいところだしな。

 

 あとはアナのこともあるし……。

 

 とにかく島を出ることは大きな意味がある。

 島から出るにはドワーフの船を借りれば問題ない。

 ただ別の問題はあった。それは……。

 

「むぅ。ヒューゴはわらわを置いていくつもりなのだろ?」


 ぷいっとそっぽを向くリリアーヌ。

 そう彼女のことだ。

 でもそれももう決めている。

 俺は穏やかな口調で告げた。


「いや、俺と一緒に来て欲しい。よろしく頼むよ、リリニャン」


 彼女を島に残したら何をしでかすか分からないからな。

 この島はミントさんとドワーフに任せよう。

 

 リリアーヌはぱぁっと顔を明るくした。

 

「ヒューゴがそこまで言うなら仕方ないのう! わらわがずーっと一緒にいてやるからな!」


 いや、ずーっとというのはやめて欲しいんだけどな。

 でも彼女が嬉しそうに笑っている様子を見て、そんなことは言えなくなってしまった。

 なんだかんだ言って、彼女と一緒に旅をすることに、ワクワクしている自分がいるのも知ってるんだ。

 

 こうして俺、リリアーヌ、ベルの三人旅が始まった。

 まあ、お察しかもしれないが、とんでもない事件に巻き込まれることになるわけだが……。

 



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