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第22話 ネクロマンサーの美女

◇◇


 転職――。

 一定の条件を満たした人が別のジョブに代えること。

 転職してもこれまで獲得したスキルやステータスは引き継がれる。

 そのうえであらたなジョブに適した能力が身につくのだ。

 またあのクソ生意気な転職の女神にあわなくちゃならないのはうんざりだが、なかなか魅力的なイベントと言えよう。

 

 しかし『遊び人』の俺が『大賢者』になれるなんて、考えたこともなかった。

 『大賢者』になれば、あらゆる魔法をマスターでき、魔力にいたっては限界突破が約束されているらしい。

 だが1000年前に現れたきり、大賢者のジョブについた者はいない。

 どんなに高名な魔術師のじいさんだって大賢者になるための条件を満たせないって言うじゃないか。

 しかもその条件すら分かっていないんだから……。

 

「ありえないよな」

「何がありえないのー?」


 ここは船の上。

 マロン村からモチモチオハダ王国までは船で三日ほどかかることは、ライブラリーで分かっている。

 途中立ち寄った町でたんまりと食料と水を買ったから、あとは海の上を行くだけだ。

 

 船べりでため息をついているとクルルがニコニコしながら見上げてきた。

 

「あ、いや、なんでもない」

「ふーん。じゃあ、私をだっこしてょ! 私、海が見たいの!」

「ああ、わかったよ」


 クルルをひょいっと持ち上げて肩に乗せる。

 思ったよりずっと軽くてびっくりだ。

 ふさふさの尻尾が首筋をなでてきて、ちょっとくすぐったい。

 

「うわぁー! 海、おっきいー!」


 クルルの声が耳元で弾ける。

 俺も彼女と同じように視線を水平線に向けた。

 青い海を太陽が照らして、白くキラキラ輝いている。

 さえぎるものは何一つなくて、どこまでも進んでいけそうな気がした。

 

「ヒューゴおじちゃん! 領民が増えてよかったね」

「え、ああ、そ、そうだったな」

「これからもっと増やそうね!」

「あ、ああ」


 そうか。

 俺は『遊び人』とか『大賢者』とか言う前に、『モチモチオハダ王国の国王』なんだ。

 今は国づくりのことに集中しよう。

 なんだかクルルに励まされてような気がした。

 

「ありがとな、クルル」

「ん? えへへ。よく分からないけど、どういたしまして!」


 さあ、今日の夕方には島に着く。

 到着の準備をしよう。

 そう心に決めた俺は、ドワーフたちがいる甲板の方へ足を進めたのだった。

 

【モチモチオハダ王国】

国レベル:6(↑4UP!)

人口:34人

収穫力:5

防衛力:1

技術力:25(↑24UP!)

交易力:0

観光力:12

鉱山:0

国の規模:極小

水道:〇

電気:×

鍛冶:〇(×→〇)

特徴:

・超魔王が領民として住んでいる

・空飛ぶ水道が見られる

・ドワーフたちが住む(←New!)



◇◇


 ヒューゴがドワーフたちを引き連れてモチモチオハダ王国に入った頃。

 アメギス帝国の帝都ロンニューに、『ハヤブサ軍団』が帰還した。

 指揮をとるカルー将軍は腕と腹に大けがを負っているが、痛むそぶりなど微塵も見せず、真っすぐに皇帝マーティスの元に報告へ向かった。

 

「陛下。申し訳ございません。ドワーフどもに逃げられたうえ、魔王アドラゼルの率いる軍勢に多くの兵を討たれました」


 無念そうに話す彼に対し、マーティスは淡々とした口調で返した。

 

「そうか」


「なんとお詫びを申し上げたらよいか分かりません」


「詫び? 俺にか? ふふっ。そんなものは必要ない。親族であるおまえがこうして生きて帰ってきたことに喜んでいるのだから」


 カルーはその言葉に救われたようにほっとした表情に変えた後、せきを切ったかのように早口でまくし立てた。

 

「やはりマロン村のドワーフどもは魔王に武器を提供しておりました。人間に味方すると見せかけて裏で魔王の手助けをしていたなんて、許すまじ悪行にございます。そんな彼らをすべて領民として受け入れたのがモチモチオハダ王国です。奴らもドワーフどもと同罪かと」


「ほう。モチモチオハダ王国か。聞いたことないな」


 マーティスがちらりと横を見ると、斜め後ろに控えていた若い女が前に出てきた。

 少女のようなあどけない顔に、妙齢の女性を思わせる目元と口元が絶妙にマッチした美女だ。

 小さくて痩せた体からして、身分の低い出自であるのは間違いないだろう。着ている服も質素でシンプルそのもの。

 そんな彼女が派手な装飾がされてあるライブラリーを片手に柔らかな口調で答えた。

 

「モチモチオハダ王国は、北の海に浮かぶ島にある国レベル10以下の小国です。住民はすべてニャモフ族とのことです」


「ニャモフ族? ああ、あの猫とも犬とも区別のつかんやからどもか」


 マーティスが苦々しい顔つきで吐き捨てるように言うと、カルーが口を挟んだ。

 

「どうやらその情報は古いようです。国王と名乗った青年は明らかに人間でした」


 マーティスの眉がぴくりと動く。

 

「ほう。詳しく教えてくれ」


「はい。ヒューゴと名乗る青年がモチモチオハダ王国の国王とか。しかし彼の連れの女はまるで魔王のように強く、我が軍の兵がたばになってかかってもまったく歯が立ちませんでした」


「ヒューゴ……?」


 マーティスの脇にいた女が大きく目と口を開き、ライブラリーを床に落とす。

 

「す、すみません」


 慌ててそれを拾う彼女に対して、カルーは冷ややかな視線を浴びせた。

 

「気をつけろ。そのライブラリーは奴隷の身である貴様が一生かかっても弁償できないほど高価なものだ。それに情報が古いとはけしからん。アップデートを怠ったな。怠慢は罪だ」


「ご、ごめんなさい」


「貴様の『ジョブ』がなければ、わざわざ田舎町の奴隷など連れてくる意味はなかったのだ。陛下のそばにいるからといって、気を抜いたら俺が許さんぞ」


「はい。気をつけます」


 しゅんとなった女をかばうように、マーティスが大きな声で笑い飛ばした。


「ははは。カルーよ。それくらいで許してやれ」


「はっ」


 カルーは頭を下げて口をつぐんだ。

 そしてマーティスは平伏している女に対して、一つ指示を飛ばした。

 

「フォレスト伯爵とともにモチモチオハダ王国へおもむくのだ」


 彼女はぱっと頭を上げて、マーティスを凝視した。

 彼はニヤリと口角を上げた。

 

「ヒューゴとやらをここへ連れてこい。何を考えているか、俺が直々に問いただしてやろう」


「か、かしこまりました!」


 女が急いで部屋を後にしようとする。

 その細い背中と長いブロンド色した髪に向けて、マーティスが声をかけたのだった。

 

「それが終わったら、マロン村へ一人で向かうんだぞ」


 足が止まり、ピクリと彼女の背中が動く。

 うつむいた彼女は、消え入りそうな声でたずねた。

 

「……私に何をせよとおおせでしょうか?」

 

「聞くまでもなかろう。そこにある『モノ』を回収してこい。貴様の『ジョブ』を活かしてな」


 小さく首を横に振った彼女だが、刺すようなマーティスの視線が有無を言わさない。

 

「……分かりました」


 マーティスは深々と椅子に体をうずめる。

 女が再び部屋の外へ出ることころで、彼はどすの利いた低い声で締めくくったのだった。

 

「頼んだぞ。『ネクロマンサー』のアナよ」


 と――。



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