第20話 領民を増やそう!⑧
「マロン村で暮らす全ての人々を、モチモチオハダ王国の領民として迎えたい!」
辺りがしん静かになる。
そりゃそうだよな。俺がドワーフでも「こいつ何言ってるの?」ってなると思う。
「ごめん、ごめん。自己紹介がまだだったよな。俺はヒューゴ。絶海の孤島にあるモチモチオハダ王国の国王をやってるんだ」
「国王だと……。貴様のような冴えない男がか……?」
次の瞬間、カルーの頬にリリアーヌの痛烈な平手打ちがさく裂した。
すさまじい破裂音とともにカルーの顔がぐるんと回転し、その反動で体ごと吹き飛ぶ。
「ぶべっ!」
情けない声をあげながら彼は馬から転げ落ちてゴロゴロと転がる。
そして真っ赤に晴れ上がった頬をさすりながら唾を飛ばした。
「ぶ、ぶったな! 俺をぶったな!」
「ふん! 人の『夫』を悪く言ったバツじゃ。その程度ですんだことをありがたく思うがよい」
ぷいっとそっぽを向くリリアーヌをおさえながら、俺は続けた。
「国といっても領民はここにいる4人しかいないんだ。だが島は畑もあるし気候もいい。それに魚も採れるしな。だからみんなでここから引っ越しても暮らしていけると思うんだ。どうかな?」
俺の提案にドワーフたちは互いに顔を見合わせて戸惑っている。
そんな中、突き抜けるような明るい声をだしたのはクルルだった。
「さんせー! みんな来たら楽しそう! クルル、おもちゃ作ってほしー!」
天真爛漫な彼女の声に大人たちの雰囲気が少しやわらいできた。
中には「それもいいかもな」みたいな声もちらほら聞こえはじめている。
だけど村のことを決めるのは村長なんだよな。
俺は村長のモンブランと向き合った。
「わしらに『武器作りを捨てて、隠居生活をしろ』と言いたいのか?」
言葉にトゲがあるが、口調からはあきらめに近い落胆の色がある。
俺は努めて穏やかな口調で返した。
「武器を作らなくてもいいならそれにこしたことはないだろ? それに武器以外にも鍛冶で作れるものはたくさんあるじゃないか」
「気の優しい青年よ。わしらは先祖の頃から武器作りを生業とし、それを誇りとしてきたのだ。それを簡単に捨てることはできぬ」
「その誇りとやらで、他の人間やドワーフたちが苦しむことになってもいいと言うのなら、ここにいる魔王とともに生きればいいさ」
「なっ! 貴様! 謀反をすすめるなど言語道断! 斬り捨ててやる!」
カルーが顔を真っ赤にして俺につかみかかろうとしたが、リリアーヌが再び顔面をぶっ飛ばした。
俺は続けた。
「誇りとは何のためにあるんだ?」
「それは……。ドワーフらしく生きるためかのう」
「ドワーフらしく生きるってなんだ? ここにいるコッポは出会った時から、ずっと何かに対して怒ってばっかだ。笑顔なんてみたことがない。子どもだけじゃない。ここに住む人々の笑顔を俺は知らない。あんたの言う『ドワーフらしく生きる』ってのは人々から笑顔を奪うためにあるのか?」
再び場がしずまる。
俺は一度だけ深呼吸すると、ぐっと腹に力をこめて告げたのだった。
「目の前の子どもすら笑顔にできないんだったら、誇りなんて捨てちまえ! あんたらの先祖が人々の幸せよりも、武器作りを取れって教えがあるなら、そんな教えなんてクソくらえだ! 『ドワーフらしさ』よりも、優先すべきは『自分らしさ』じゃねえのかよ! 一人一人が幸せに、自分らしく生きるために、変わらなくちゃいけないことから目を背けちゃダメなんだよ!」
俺の声が余韻となって場を支配する。
だが、しばらくしてもモンブランは何の反応も見せない。
彼だけではなく、他のドワーフたちも下を向いたまま固まっていた。
――そんな簡単に今の生活を捨てられないってことか。
そう諦めかけた時だった。
――くいっ。
俺のズボンのすそが引っ張られたのだ。
視線をそちらに向けると、顔を赤くしたコッポがうつむいている。
「どうした?」
「……おいらを連れていっておくれ」
「え?」
あまりに小さな声に聞き取れなかった。
すると彼はあたりを震わせるような大声で叫んだのだった。
「おいらはモチモチオハダ王国で暮らしたいって言ってるんだよ! そのためだったら、このちびっこにおもちゃを作ったっていい! 畑を耕せと言われれば耕す! なんでも手伝いをする! だからおいらを連れていっておくれよ! おいらはもう嫌なんだよ! 生きていくために、みんなが悪者になるのは! おいらは正義の味方でいたいんだよぉ!」
彼の悲痛な叫びは、乾ききった大人たちの心をうるわせる水となったようだ。
「お、おれも行くぞ! 武器なんて作らなくたっていい! おっかあと娘が幸せに暮らせるなら!」
「俺もだ!」
「わたしも!」
せきを切ったように続々と俺の周囲に人が集まってきた。
そうしてついにモンブランただ一人となったのである。
「村長さんも一緒に行こうぜ」
「わしは……。ここを出る資格はない」
「おおかた『魔王に武器を売ることを知っていながら、村人たちに武器を作らせていたのは、わしの責任だ』とか言いたいんだろ? そういうのは、いいから。めんどくさいし。来たいの? 来たくないの? 村のためとか、村人のためとか、そんなんどうでもいいからさ。自分がどうしたいかで決めてくれよ」
目を大きくしたモンブランが俺を凝視する。
そしてついに一歩だけ俺の方へ踏み出してきたのだった。
「ワアッ!!」
場が一気に盛り上がり、大歓声に包まれる。
よかった。本当によかった。
そう思えた。
しかし――。
「はぁ……。めんどくさいってセリフを言うのは私の方だし」
けだるい声に俺ははっとなって叫んだ。
「危ないっ!」
だが間に合わなかった……。
まるで熟れた果実が地面にたたきつけられたような音がしたかと思うと、鋭い刃がモンブランの腹から鉄の刃がぬっと飛び出してきたのだ。
「ゴフッ……」
血で真っ赤になった刀身に『栗』の紋様が緑色の光を帯びて浮き上がっている。
「あはは! さっすがマロン産だねー! 持つ人の魔力によって切れ味が変わるんだよね。最高だよ。たった一撃で人を殺せるんだから」
糸のきれた操り人形のように前のめりに倒れたモンブラン。その向こう側にいる魔王エリンがニタニタしながらこちらを見ている。
その憎たらしい姿を見て、ぶわっと血が上った。
「てめえ! 何しやがる!」
「あはは! 武器を作らないドワーフなんか『価値』がないでしょー。だから処分してあげただけだよ。何が悪いの?」
「てめええええええ!」
怒りのあまり理性が飛びそうになる。
一方の魔王エリンは余裕の笑みを浮かべたまま、背後にいる魔物たちに号令をかけたのだった。
「みんなぁ! お待たせー! ここにいる人間とドワーフをぜぇんぶ殺しちゃっていいからねー!」
――グオオオオオ!!
魔物たちが空から一斉に襲いかかってきた。
だが人間も負けてはいなかった。
「負けるな! 人間の強さを見せてやれ! いくぞ!!」
――おおおっ!
カルーの号令で騎士たちが魔物たちに向かっていく。
いたるところで武器と武器のぶつかる音がこだまし、傷ついた兵たちの叫び声が耳をついた。
そしてあっという間にマロン村は戦場に変わったのだった。




