第17話 領民を増やそう!⑤
◇◇
後から追いついてきたリリアーヌを加えて、俺たち三人はマロン村の宿に戻ってきた。
ドアを開けた瞬間、
「ヒューゴさぁぁぁん!!」
尻尾をぶんぶんと振りながら俺にダイブしてきたミントを、俺はしっかり受け止める。
――ムニュッ!
柔らくて大きな胸がクッションがわりになって衝撃を緩めてくれたので、後ろ倒しにならなくてすんだ。
「ミントさん。大丈夫だから」
「ほんとに? ケガはない?」
そう言えば飼っていた犬のジローは、俺が家に帰ってくるたびに、こうして抱きついてきたっけ。
そしてこの後お決まりなのが……、
――ペロッ。
そうそう。
こんな風に顔をペロペロとなめてくるんだよな。
健気で可愛いから嬉しいんだけど、顔がよだれだらけになっちゃうから「やめて!」って言うんだ。
……って、今誰かに頬をなめられたよな?
「えっ?」
はっとなってミントに目をやると、顔を真っ赤にしてうつむいている。
「ごめんなさい……。つい……」
「へっ? いや、別に謝らなくても。ちょっと嬉しかったというか……」
「えっ!? う、嬉しい?」
潤んだ瞳で見上げてくるミントと目が合い、ドキドキと胸が高鳴っていく。
でもこの展開にはお決まりのオチが待っているんだよな……。
「ヒューゴォォォ……。ゆるさんぞぉぉぉ……」
この後、慌ててミントから離れた俺が、必死にリリアーヌをなだめたのは説明するまでもないだろう。
もう少しでマロン村が『超魔王城』になるところだった。
危ない、危ない。
◇◇
ミント、クルル、コッポの両親を前にして、俺が事の顛末をつぶさに話すと、リリアーヌが悔しそうに地団駄を踏んだ。
「魔王エリンをスカウトすれば、モチモチオハダ王国の領民は増えるし、マロン村の近くから魔王は消えるし、全部丸く収まるはずじゃったのにぃ! 惜しかったのう!」
「待て待て! 全然惜しくないから!」
魔王を領民にしようとしたというくだりのところで、ミントが恐怖のあまり失神しそうになっちゃうし、魔王軍の武器にマロン産のものが使われていたというくだりでは、コッポの両親が泣き出してしまった。
完全に場が大混乱に陥ってしまったわけだが、クルルだけは冷静のようだ。
「んで。これからどうするのー?」
「どうするのって言われてもなぁ……」
正直言ってまったく考えが浮かばない。
するとリリアーヌがぐいっと俺の腕を引っ張った。
「次の町に移るだけじゃ。もたもたしている暇はないぞ。早くここを出るのじゃ!」
「ちょっと待てよ! マロン村をこのままにしておくつもりか!?」
「むむっ? ヒューゴは領民を増やしたいのじゃろ? なぜマロン村の世話を焼く必要があるのじゃ?」
リリアーヌは心底不思議そうに小首をかしげている。
俺は正直に自分の気持ちを吐露した。
「俺だって自分の気持ちが分からない。だって今まで面倒なことをなるべく避けてきたし、責任みたいのは父さんや兄ちゃんに押し付けてきたから」
「ならばもうよいではないか」
「いや、よくない! 魔王エリンの前で無力感に打ちひしがれながらも、懸命に唇を噛んでこらえていたコッポの姿が頭にこびりついて離れないんだ。だから俺がなんとかしなくちゃならないんだよ!」
コッポが目を大きく見開いて俺を凝視している。
彼だけじゃない。
彼の両親、ミント、クルルも俺の顔を見つめていた。
彼らの視線にこらえきれず、
「あ、あんまりジロジロ見ないでくれよ。恥ずかしいから」
と漏らすと、リリアーヌがふぅとため息をついた。
「まったく……。ヒューゴはお人よしじゃのう」
俺はふいっと顔をそむける。
「だってしょうがないだろ」
「ふふ。じゃがそれでこそ、わが『夫』じゃ。よい、わらわも手伝ってやろう」
ちらりとリリアーヌの顔を覗くと、ニコニコしてる。
その爽やかな笑顔は『超魔王』には似合わないぜ。……なんて言えるはずもないよな。
◇◇
マロン村の人口は50人。
そのうち半数が男性で、全員が鍛冶職人だという。
ドワーフにとっては鍛冶をすることは、歯をみがくのと同じようなものなのだそうだ。
それを聞いたリリアーヌが眉をひそめた。
「変わってるヤツらよのう」
「うっせえ! あんたに言われたくねえよ!」
うん。俺もコッポの言う通りだと思う。
さて話を戻すと、一口に『鍛冶』と言っても色々な工程があるらしく、それらすべてを自分たちで行っているそうだ。
鉱山から金属を採掘し、武器や道具の型を作って、金属を溶かして型に流し込む。
さらに完成したものを依頼主まで届けるところまで。
「すっごーい! でも、みんなが一斉に鉱山へ採掘しにいったり、作った武器をタマシアまで運びにいったら、女たちだけで留守番しなくちゃならないってことでしょ? 大丈夫なのー?」
クルルの疑問にギノが答えた。
「採掘と運搬は当番制になっているんですよ」
採掘は3日おきで、運搬は10日に1回。
村人全員の分を数人で行うそうだ。
「明日は父ちゃんが運搬係なんだよな!」
「ああ。しかし……」
ギノが言葉を濁したのは、タマシアに届けた武器がいずれ魔王に売り払われることを知ってしまったからだろうな。
「ねえ、ヒューゴさん。どうにかしてマロン産の武器が魔王の手に渡らないようにできないかしら?」
上目遣いで俺の顔を覗いてくるミントの期待に応えたいが、どうすればいいのか分からない。
うーんと唸っていると、ティーモが恐る恐る提案してきた。
「とりあえず村長様に相談してみる、というのはいかがでしょう?」
聞けばマロン村のルールは村長が決めるのだそうだ。
ゴブリンの商人ディオと交渉するのも村長の仕事らしい。
そこで俺たちは村長の家に行くことにしたのだが、
「今日はもう遅いですから、明日になさってくださいな」
というティーモの言葉に従って、宿に泊まらせてもらうことになった。
例のごとく、真夜中はリリアーヌとの『戦い』があったものの、まあ普段通りと言えば普段通りだったんだ。
ここまでは……。
翌日――。
ティーモに連れられて、村長の家に向かっている途中のこと。
「た、た、大変だぁー! と、父ちゃんが!!」
血相を変えてこちらに向かって走ってくるコッポの姿に、ただならぬことが起こる予感を感じたのだった――。