第16話 領民を増やそう!④
◇◇
ピンク色のショートヘアに、とがった八重歯。スレンダーな体型に、小さな羽と長い尻尾。
どこからどう見ても普通の悪魔にしか見えないこの少女が、魔王アドラゼルだって……。
「ウソだろ……」
「ほんとだもーん! じゃあ、魔王っぽいところ見せてあげる!」
頬を膨らませた彼女は右手の手のひらを、広い部屋の中へ向けた。すると巨大黒い炎の玉が現れたのだ。
「ヘル・ファイア!」
彼女の高い声とともに火の玉が部屋の奥へと飛んでいく。
そして床に落ちた後、ゴオっという音とともに太い火柱が天井を焦がした。
あんなのをまともに食らったら、瞬時に灰になってしまうだろうな。
とんでもない魔力だ。
「ははっ! どう? 信じてもらえた?」
どうやら信じざるを得ないらしい。
こんな奴とまともに戦えば、運の良さが限界突破した遊び人でもどうなるか分からないな。
とにかく刺激をしないように言葉を選ばなくては……。
「魔王エリンよ。一つ相談があるんじゃがよいか?」
リリアーヌのやつめ! また勝手にしゃべりやがって!
俺は懸命に「しゃべるな!」と合図を送る。
……が、まったく通じていない。
やはり俺と彼女では意思疎通ができないんだな。
「うん! いいよー! 魔王は懐が広いからねー! 聞けることならなんでも聞いてあげるよー!」
「うむ。それは助かる。ここにいるヒューゴが王をつとめておるモチモチオハダ王国には領民が4人しかいなくてのう。領民を募集中なのじゃ」
「ふむふむ」
この時点ですごく嫌な予感がする。
もう一度「それ以上はやめろ」という合図を送ったが、彼女は「任せとけ」と言わんばかりに胸をたたく。
「そこでじゃ。ヒューゴに忠誠を誓ってモチモチオハダ王国の領民にならぬか?」
ま、ま、ま、まじか!?
魔王を領民に誘いやがった!
しかも魔王も「うーん」と眉間にしわを寄せているじゃないか!
怒ってる。確実に怒ってる!
このままだと戦闘になだれ込んでしまう。
ダメだ! そうなったら俺とコッポの命はない!
「ちょっと待ってくれ! 今のは冗談だからな! 本気にしなくていいから!」
魔王エリン・アドラゼルがちらりと俺に目をやってきた。
そしてほっとした表情を浮かべたのだった。
「はぁ、よかったぁ! 冗談だったんだね。だって本気で困っちゃったんだもーん」
「むむっ? 冗談などではないぞ」
顔をしかめるリリアーヌに俺は「やめろ!」と口パクで伝えたところ、彼女は「なんでじゃ!」と口パクで反論してくる。
俺たちがそんなやり取りをしているうちに、魔王が口を開いた。
「ははっ! ごっめんねー! わたしやっぱりモチモチオハダ王国の領民にはなれないかなー」
「うむ。どうしてじゃ? 理由をきかねば引き下がれぬ」
いや、そこは引き下がるべきだろ。そもそもなんで誘ちゃうかなぁ?
……と口を挟む間もなく、魔王が答えた。
「だってこんな風に見えて、わたしは世界中に散らばっている魔物たちの女王だからねー。わたしが隠居しちゃったら、あの子たちが困っちゃうでしょ」
「うむ。なるほど。ならば仕方ないな。ヒューゴよ。他を当たろう」
ずいぶんとあっさりしているな。
しかも部屋を出ていこうとしているし。
「ちょっと待てよ。まさかもう行くつもりか?」
「ん? 領民を増やしたいのだろ? だったら他の者を誘うことにしよう、と言っておるのだが、何かおかしいことを言ったか?」
「いやいや! お、おまえもしかして、最初から魔王を領民に誘うためだけにここにきたのか?」
「おお! さすがはわが夫じゃ! 最後まで言わずともわらわの意志が伝わるとはのう。これも愛のなせるわざか。やっぱりわらわとヒューゴの国には強い者が領民でないといけないからな! さあ、次の強い者を探しに旅へ出ようではないか!」
こいつ……。本気で言ってるとしたら頭がおかしいとしか言えないぞ。
いや、前々からおかしいとは思っていたが、ここまでとは……。
「やい! さっきから黙って聞いてればくだらねえことで盛り上がりやがって! 肝心なことを忘れてるだろ!」
コッポが顔を真っ赤にして前に躍り出てきた。
魔王エリンはニンマリ笑って彼と目線を合わせる。
「あれぇ? こんなところにドワーフくん発見! どうしたのぉ? 迷子になっちゃったとか?」
「違うやいっ! あ、あ、あんたがここにずっといるから、俺たちすごく困ってるんだ! 早くどっか行ってくれよ!」
おお! よく魔王を相手に言いたいことを言えたものだ!
感心している俺の横で、リリアーヌは目を細め口に微笑を携えている。
「もしかして君、マロン村に住んでるの?」
「そ、そうだよ!」
「そっかぁ、君たちは困ってたんだね。わたしはてっきり喜んでいるんだと思ってたよ!」
「喜ぶだぁ!? んなわけねえだろ!」
確かにコッポの言う通りだ。魔王がすぐ隣に住んでいて喜ぶ者がいるだろうか。
不思議に思っていると、魔王エリンは「ピーッ!」と口笛を吹いた。
――ガシャッ! ガシャッ!
現れたのは全身を鎧で包んだ『アーマーデビル』という魔物だ。
コッポが顔を青くして俺の背後に隠れる。
まさかこいつらと俺たちを戦わせる気なのか?
だがどうやらそうではなさそうだ。
「ははは! ごめんねー! ドワーフくんを怖がらせちゃったね! でも安心して! 今は攻撃させないから」
今は、という部分が少し引っ掛かるが、まあいい。
彼女の言葉の通りにアーマーデビルは武器を持ったまま整列し、それ以上動く素振りを見せていない。
恐る恐る俺の背中から顔を出したコッポ。
直後に素っ頓狂な声をあげた。
「あっ! それは!!」
彼が指さしているのはアーマーデビルが持っている巨大な剣。だが彼を驚かせたのはその剣だけじゃなかったようだ。
「それと、それも!」
すべてのアーマーデビルの武器を順に指さしていく。
俺とリリアーヌは訳が分からず目を見合わせていると、魔王エリン・アドラゼルがさらりと衝撃的なことを教えてくれたのだった。
「あはは! この子たちが持っている武器はぜぇーんぶ『栗』のマークがあるでしょ!」
よく見てみるとたしかに栗をモチーフにした刻印が刀身に押されている。
「これは『マロン産』を意味するってことだよー! あはは!」
マロン産……。
つまりコッポたちが暮らすマロン村で作られたものということだ。
「そんな……。父ちゃんたちが作った武器がこんなところにあるなんて……」
「あれぇ? てっきりドワーフくんも知ってるものだと思ってたんだけどなぁ。ディオから聞いてなかったのぉ?」
ディオってゴブリンの商人のことか。
「なるほどのう。マロン村のドワーフたちから安く武器を買い取って、魔王に売り払っていたというわけか」
リリアーヌの口調からは何の感情も感じられない。
一方のコッポはあふれ出した様々な感情を自分でもどう処理してよいか分からないようで目を白黒させている。
「ドワーフくんたちが武器を作って、ディオを仲介して私たちが買う。そうすればドワーフくんたちにもお金が入るでしょー。私たちってウィンウィンの関係だったと思ってたのになぁ」
「ウソだ……。魔王に武器が渡っていたなんて……。そんなのウソだ!」
顔を真っ赤にして反論するコッポの肩に魔王エリンはそっと手を乗せた。
そして今までとは全く違って、ねっとりとまとわりつくような口調で言ったのだった。
「ウソなんかじゃないわ。これが現実なの。それを受け入れたくないなら、そうディオに言えばいい。『魔王に武器を売るな』ってね」
「もしそうなればマロン村以外で武器を調達するだけじゃな。生活に困っておるドワーフは世界中にいっぱいおるからのう」
「ふふふ。もしそうなればマロン村のドワーフくんたちはどうなっちゃうんだろうねー」
「村を出て他に稼ぎ口を見つける旅に出るか。それとも……」
「あはは! いっそのことわたしの配下に加わればいいんじゃない?」
ひどい話だ。
自分たちを苦しめている相手に武器を提供していたなんて……。
しかもそれを断ち切ろうものなら、待ち受けているのはいばらの道。
幼いコッポ少年にも正しく理解できたらしい。
彼はただ涙を流しながら震えている。
その様子をニタニタしながら眺める魔王エリン。
相当性格が悪いのはよく分かった。
俺はコッポの肩に置かれたままの彼女の手を振り払った。
「もういいだろ。そろそろ帰ろう」
コッポが無言でうなずく。俺は彼の手を引いて部屋を後にしようとした。
しかしアーマーデビルたちが前をふさぐ。
「あはは! せっかくだから少しだけ遊ぼうよー!」
「悪い。今はそういう気分にはなれないんだ」
『魔王エリン・アドラゼルとアーマーデビルたちとの戦いです』
俺の答えなどお構いなしにライブラリーが戦闘開始を告げる。
俺はほぼ無意識のうちに叫んでいた。
「そこをどけぇぇぇ‼」
『アルティメット・エクスプロージョンが発動』
――ドガアアアン‼
まばゆい光とともに爆音がとどろく。
煙が周囲から消えると、道をふさいでいたアーマーデビルの姿もまたなくなっていた。
「やるねぇ! ちょっとビックリしたよ」
背中から魔王エリンの声が聞こえてきた。
やっぱり無傷だったか……。
だが幸いなことに、襲い掛かってくる気配は感じられない。
だから俺はコッポの手を引いて足早に立ち去ったのだった。
◇◇
ヒューゴとコッポが一足先に部屋を出ていった後、リリアーヌもまたゆっくりと廊下に出ようとした。
アルティメット・エクスプロージョンを食らっても無傷だったエリンが彼女の背中に声をかけた。
「あはは。超魔王ともあろうリリちゃんが『あんなの』と一緒にいるだなんて」
リリアーヌの足がピタリと止まる。
「調子に乗るでないぞ、エリン」
「ん? どうしたのぉ? まさか『あんなの』に本気で惚れちゃってるとか言わないよね。ただの人間だよ、彼」
リリアーヌは答えずに足を進める。
「もちろん知ってるよね? かつてリリちゃんを封印した『大賢者モーセ』って、もともとは『遊び人』だったってこと」
再びリリアーヌの足が止まった。その表情は鬼のように険しく、目は赤く光っている。
だが魔王エリンは涼しい顔で続けた。
「それにさぁ。さっきの『アルティメット・エクスプロージョン』なんだけどぉ。『クルクルプン』を唱えずに放ったよねー」
「……だったらなんだというのじゃ」
「あはは! 分かったぁ! リリちゃんは彼を『ジョブチェンジ』させないように見張ってるんでしょ!?」
リリアーヌの目が大きく見開かれた。
ステップしながら彼女の目の前に躍り出たエリンは、にやっと口角を上げる。
そして低い声で締めくくったのだった。
「もし彼が『大賢者』に『ジョブチェンジ』したら、リリちゃんは封印されちゃうもんねー! あはははは!」