第15話 領民を増やそう!③
「黙って聞いておれば、貴様はけつの穴の小さい男じゃのう」
「なにぃっ!」
コッポが小さい体でぐいっとリリアーヌに詰め寄る。
俺は慌てて彼女を止めようとしたが、彼女は蔑むような冷酷な視線を彼に向けながら続けた。
「では聞くが、貴様は何をした?」
「何をってなんだよ?」
「そのままの意味じゃ。魔王が近くにいる、勇者はこない。この状況で貴様は何か行動したのか、と聞いておる」
「なっ……!?」
コッポは顔を紅潮させて言葉をつまらせた。
リリアーヌはやれやれといった風に首を横に振っている。
「ふざけんな! 相手は魔王なんだぞ! おいらに何ができるっていうんだ!」
「何もできないと本気で考えているなら、負け犬のように吠えてないで部屋にこもって震えておればよい。耳障りじゃ」
「て、てめえ!」
コッポが小さな体を投げうってリリアーヌに飛びかかる。
知らないから仕方ないとはいえ相手が悪すぎる。
「ふん!」
鼻で笑ったリリアーヌはピンと指を弾いた。
――ドゴッ!
彼女の人差し指がコッポのおでこに触れただけで、鈍器で殴りつけたような音がこだます。
「うあああ!」
コッポは派手に吹き飛ばされて床にたたきつけられた。
「いってえええ!」
「コッポさん!」
尻を抑えな方ゴロゴロと転がるコッポをミントが優しく起こす。
俺はリリアーヌと彼の間に立った。
「リリニャン! やめろ」
「わらわは襲われたから撃退しただけじゃ。命をくれてやっただけでもありがたく思って欲しいのう」
ふいっと顔をそらした彼女に対し、コッポの両親が頭を下げた。
「あの子がお客様に無礼なことをしてしまい、なんてお詫びを申し上げたらよいか……。ごめんなさい」
「息子にはよく言ってきかせますので、どうかお許しください」
二人が必死に謝る中、コッポはその場から動かずにうつむいている。その瞳には涙を浮かんできた。
リリアーヌはふぅとため息をつくと首を横に振った。
「ちなみに聞くがギノとかいう男よ。息子に何を言ってきかすのじゃ?」
「え、いや、それは……」
「どうせ勇者はこない。魔王は魔王城に居座り続ける。貧乏のまま、耐え忍ぶしかない。そう言い聞かせるのか?」
今度はギノが黙ってうつむいてしまった。
リリアーヌは冷たい口調で続けた。
「どちらも意気地なしには変わりないのう」
その言葉にコッポが声を張り上げた。
「ふざけんな! どこにいるか分からない勇者を呼びにいけるわけないじゃんか!」
「ならばすぐそこにいる魔王をどうにかすればよいのではないか?」
「はあ? 魔王が言うことを聞いてくれるわけないだろ!」
「本人に聞いたのか?」
「だからぁ、そんなことできっこないんだって!」
「できっこない……のう」
リリアーヌが言葉を切る。
コッポはじっと彼女を睨みつけていた。
しばらくしたところで、彼女がちらりと俺の顔を覗いてきた。
彼女のいわんとしていることはよく分かるさ。
だってこの村にとってはそれしかないんだからな。
ミントとクルルもまた俺を見つめている。
こうなったら仕方ないな。ただしどうなっても知らないぞ。
俺はできる限り軽い調子で口を開いたのだった。
「じゃあ、聞きにいってみようか! 魔王に!」
◇◇
俺が突拍子もないことを言いだしたものだから、みんなあっけに取られてしまったのは言うまでもない。
けどリリアーヌだけはノリノリだったんだよな。
――かくなる上は仕方ないのう。よし、わらわもついていってやろう!
絶対に彼女は最初から魔王へ会いにいくつもりだったに違いない。
その口実にコッポを利用しただけだ。
ちなみにミントとクルルには村の宿屋で待機してもらっている。
彼女たちを危険にさらしたくないからな。
そういった意味では……。
「や、やいっ! なんでおいらが魔王城へ行かなきゃなんないんだよ!」
コッポも同じなのだが、リリアーヌが彼の首根っこをつかんで強引に連れ出してきた。
「ふふふ。言い出しっぺの貴様が行かないのはありえんだろうに」
「お、おいらが言い出したんじゃないやい! 勝手に言いだしたのはそこの兄ちゃんだ!」
「これっ。人の『夫』を兄ちゃん呼ばわりするでない」
「夫だって? あんたら夫婦だったのか!?」
「ふふふ。その通りじゃ。よぉく覚えておくといい。数年後にはわらわたちの子どもが……」
「お、どうやらついたようだぞー」
最後まで言わせるかっての。
さて。目の前には魔王城の巨大な門がある。
巨大な錠がかけられており、鍵がないと開けられそうにない。
「おいおい、どうするんだよ。これじゃあ城に入れないじゃんか。仕方ないから村へ帰るか!」
コッポは早くも踵を返そうとしている。
だが次の瞬間……。
――ドガアアン!
轟音とともに門が木端微塵に砕け散ったのである。
当然リリアーヌの仕業だった。
「ふふ。今の若い小僧は『鍵がなければ壊せばよい』ということわざを知らんようじゃな」
そんなことわざ聞いたことがない。
もっとも1000年以上生きている彼女に比べれば、俺も小僧だからかもしれないが。
「人間か!?」
「人間だ!」
「おのれ! 覚悟しろ!」
あれだけ派手なことをすれば、魔王城を守る魔物たちが集まってくるのは当たり前だろう。
あっという間に周囲をぐるりと囲まれてしまった。
『魔物たちとの戦いです。彼らは戸惑っております。先制のチャンスです』
「ど、ど、どうすんだよ! おいら嫌だからな! こんなところで死ぬのは!」
できれば目立つようなことをしたくはなかったんだが、そうも言ってられない。
俺は例の魔法を唱えたのだった。
「クルクルプーン!」
薄暗い魔王城の中庭がさらに暗くなる。
そして一筋の光が空から降ってきたかと思うと、俺たち3人の周囲が一斉に大爆発に巻き込まれた。
――ズガアアアアン!
『アルティメット・エクスプロージョン発動。周囲の敵のせん滅に成功しました』
土煙の収まった頃には魔物の姿は一体もなく、地面には大量の金貨が散らばっている。
それを見たコッポが大きく目を見開きながらつぶやいた。
「あんたら……。何者なんだ……?」
リリアーヌは腰に手を当てながら、コッポの顔をぐいっと覗き込んだ。
「モチモチオハダ王国の王ヒューゴと、王妃リリニャンじゃ!」
俺が訂正したのは言うまでもないことだ。
「モチモチオハダ王国の王ヒューゴまではいいが、ここにいるリリニャンはただの領民だからな」
こんな調子で俺たちは難なく魔王城の中を進んでいった。
そうしてついにひときわ豪勢な扉の前までやってきた。ここに魔王がいるに違いない。
ゴクリと唾を飲み込む。ドキドキしながらドアノブに手をかけようとしたその時。意外にも部屋の中から扉が開けられたのだ。
――バンッ!
すると勢いよく飛び出してきたのは、ショートヘアの女の子だった。
彼女は俺の手を取ると、屈託のない笑顔を向けた。
そしてとんでもないことを告げてきたのだった。
「こんにちはー! 私はエリン・アドラゼルだよ! 一応これでも魔王やってまーす! よろしくねっ!」