第14話 領民を増やそう!②
◇◇
「ううっ……」
トキドキワープの魔法により島を出た俺は、ゆっくりと目を開けた。
きっと懐かしい故郷が目に映るに違いない。
そう胸を高鳴らせていた。
だが目に飛び込んできたのは、まったく違った光景だった。
「ここはどこだ……?」
とつぶやいたものの、すぐに理解できたのは、少し離れたところに古びた王城がそびえたっていたからである。
言葉にするもの忌まわしいその城を前にして、ゴクリと唾を飲み込む。
ミントとクルルの二人もなんとなく想像がついたようで、尻尾を下げて震えていた。
王城のことを話題に出さず、ここがどこなのかを冷静に見極めた方がいい。
そう考えた直後だった。
「うむ。あれは『魔王城』というやつじゃな」
なんとリリアーヌが何事もないようにさらりと言ってしまったのだ!
案の定、ミントとクルルは恐怖のどん底に叩き落とされてしまった。
「あわわわ」
「ヒューゴおじちゃん、こわいよぉ」
そりゃそうだろうな。
俺だってすごく怖い。
だがここで青い顔を見せたらかっこ悪いもんな。
そこで俺はみんなを勇気づけようと声を張り上げた。
「だ、だいじょうびゅだ!」
やばっ!
緊張しすぎて肝心なところで噛んでしまったじゃないか!
ちらりと横を見ればリリアーヌが「ぷぷぷ」と笑いをこらえている。
まずいぞ! どうにかしなくては!
そんな風にあたふたしていると、背中から少年の声が聞こえてきたのである。
「ようやくおでましか! クソ勇者ども!」
声の主に目を向ければ俺の膝上くらいまでしか背丈はない。
とがった耳に丸い鼻。何よりも特徴的なとんがり帽子。
間違いないドワーフと呼ばれる亜人族の少年だ。
◇◇
少年の名はコッポだという。
そして俺たちが飛ばされてきたのは、マロンという小さな村なのだそうだ。
俺たちはコッポに連れられて村に一つだけある宿屋に入った。
彼の両親がここを営んでいるらしい。
食堂の椅子に腰をかけたところでミントが声をあげた。
「こんなところに村があるなんて驚きだわ」
お茶を運んできたコッポが鋭い声で反論する。
「へんっ! こんなところに人がくるなんて驚きだってんだ!」
俺たちが勇者一行でないことは既に説明済みだ。
魔王城の隣にあるという立地から村に人が訪れることはないらしい。
「こらっ、コッポ。せっかくのお客様になんて口をきくの!」
女のドワーフがしかめ面でやってきた。
彼女はコッポの母、ティーモ。
ドワーフらしくずんぐりとした体型で、背丈は人間の腰ほどだ。
ただよう優しい雰囲気がいかにも母親といった風で、場に落ち着きを与えてくれた。
「でも本当に珍しいのですよ。この村にお客様がやってくるのは」
「そうだったんですか……」
「ええ。数年前に魔王城が出現した後は、ぱったり途絶えてしまってねぇ」
ティーモによれば、マロン村の住民はすべてドワーフなんだそうだ。
ドワーフは『鍛冶』を得意とする種族。
つまり『武具』を作ることを生業として生活している。
「正義のために武器を作るのがドワーフの誇りなんだぜ!」
だそうだ。
たいていのドワーフたちは『鍛冶』の腕前をかわれて、様々な国の首都で暮しているという。
国を守る軍隊の武具を作らせるためだ。
だがコリン共和国に属するマロン村にいるドワーフたちは違っていた。
「クルル知ってるよー! コリン共和国の首都はタマシアだよね! どうしてコッポたちはタマシアで暮さないの?」
その問いに答えたのは、奥からやってきたかっぷくの良いドワーフだった。
「それは『暮らさない』んじゃなくてね。『暮らせない』のですよ」
物腰柔らかい彼はギノといって、コッポの父親らしい。
妻のティーモと同じように穏やかな顔つきが印象的だ。
彼はゆったりとした口調で続けた。
「タマシアには既に政府に雇われたドワーフたちが暮していてね。それ以上は『必要ない』のだそうだ」
「必要ない……ってひどい言いぐさだな」
ぼそりとつぶやいた俺の言葉をギノが素早く拾った。
「ドワーフは『鍛冶』以外に価値はないとね。私の曽祖父の頃のことですよ。私たちのご先祖様たちは、どこの町に行っても断られて、ようやくたどり着いたのがここだったのです」
夏は酷暑で冬は極寒。
ろくな作物は育たない。
あえて言えば近くの鉱山から良質な金属が採れるくらいなもの。
生活するにはあまりにも過酷なこの地しか住むところがなかったそうだ。
ギノに代わってティーモが続けた。
「けっきょく私たちドワーフは『鍛冶』をするしかありません。作った武具は『ディオ・カンパニー』というゴブリン族が経営する会社が買い取ってくださいます」
「へんっ! おいらたちの弱みに付け込んで安く買いたたいてから、高額で他に売りつけているんだぜ!」
「こらっ! そう悪く言うものじゃありません。ディオさんのおかげで生活できているのですから」
俺だって道具屋の次男坊だ。
アイテムを仕入れて、そこに利益を乗せて売るのは当たり前であることくらい知っている。
だからそれが悪いことだとは思わない。
それでもコッポの憤りを目の当たりにすれば、ディオというゴブリンは相当あくどいやり方で商売をしているのかもしれない。
いずれにせよ今にも崩れそうな建物といい、コッポたちの貧しい身なりといい、生活が厳しいのはよく分かる。
――奴隷は生かさず、殺さずが鉄則だ。
歴史の先生がそんなことを言っていたのを聞いたことがある。
生きるために最低限の施しをして自由を奪い、仕事をさせる。余計なことを考えたり、行動する余裕を与えなければ、いつまでも従順に言うことを聞く。それが主人と奴隷の理想的な関係だという。
きっとディオにとってマロン村のドワーフたちは奴隷のようなものなのだろう。
奴隷と言えばアナだってそうだ。
きっと彼女も生きることで日々精いっぱいの生活を強いられているに違いない。
早く迎えに行かなくては、という気持ちが沸き上がってくる。
だが俺は『トキドキワープ』でここに飛ばされてきた。
それはきっと俺がこの村で『やらなくてはならないこと』があるからではないか。
そんな風に目に見えない使命感を覚えながら、気になることがあったので問うことにしたのだった。
「ところで『クソ勇者』とコッポは言ってたけど、あれはどういう意味だい?」
「へん! クソはクソだ! 人の金をなんだと思ってんだ!」
「人の金?」
「人間が知らないとは言わせないぞ! 勇者が現れてからは『勇者税』とかいって、おいらたちからお金をむしり取りはじめたじゃんか!」
そんなものがあったのか……。
一時的とはいえ、勇者のパーティーにいたから世間のことに疎くなっていたのかもしれない。
聞けば、人間、亜人問わずに世界中の人々は毎月『勇者税』を納めているらしい。
なんと集まった金は勇者レオンたちに支払われているというではないか。
そんな話、聞いてないぞ。
それに宿賃を稼ぐために必死に魔物たちと戦ったことだってあったのを覚えている。
本当にそんな収入があるのか?
それともレオンが一人で懐を温めていたのか?
「いつになっても勇者はこないじゃねえか! 噂によればヘタレなヤツがパーティーから抜けたっていうし!」
ぐさっ!
それは俺です、なんて言えるはずもない。
「それに魔王だってクソだ! あいつがすぐ近くにいるせいで誰もこねえ。だから危険をおかして、武器を届けたり食料を買いにタマシアまで行かなくちゃなんねえんだぞ!」
怒りを爆発させて、暴走した馬のようになったコッポを両親も止められないでいる。
そんな中、冷たい声を発したのはリリアーヌだった。
「黙って聞いておれば、貴様はけつの穴の小さい男じゃのう」
ああ、これは場が荒れるな。
だがこの後、マロン村を舞台にとんでもないことが起こるのだが、そこまでは予想できなかった。