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【幕間】世界の中心で起こっていること

◇◇


 ヒューゴが世界の果ての小さな島からワープした日。

 世界の中心では大きな会議が行われようとしていた。


 そこは永世中立国ジャイス公国。

 王宮の横にある大会議場に、世界の指導者たちが集まっていたのだ。

 

 世界の『平和』に関する重要な議題を話し合う時は、いつもここが利用されている。

 なぜならこの会議場では一切の暴力が許されておらず、指導者たちの安全が確保できるからだ。

 なお集まった人数は100人近く。中には亜人の姿もある。


 これほどの人数が世界中から集まったにも関わらず、話し合われるのはたった一つの議題なのだから、よほど世界情勢はよくない傾向にあった。

 そしてその議題こそ『勇者レオンの支援について』だったのだ。


◇◇


 まず発言したのは金髪の青年だ。

 彼は会場の空気を震わせるような大声をあげた。

 

「勇者レオンとその一行は、魔王アドラゼルを相手に苦戦を強いられている、と聞いた。それは本当か!?」


 彼の名はマーティス。圧倒的な軍事力で『世界の帝王』を自負するアメギス帝国の若き皇帝である。

 国レベル『98』と、この世界の中で最も高い国の王らしく、彼の全身からは自信がみなぎっている。

 

「答えてもらおうか! ソフィア殿!」

 

 彼の視線の先には青と白の聖職者の服に身を包んだ、妙齢の美女の姿があった。

 名をソフィアといって、トラッティア聖国の人である。

 トラッティア聖国は国レベル『85』とアメギス帝国の次に国レベルが高い。

 彼女はその国の首長である教皇の次に身分の高い聖女長だ。

 

 レオンに『勇者の剣』を授け、パーティーメンバーとして聖女ミレイユを送ったのは、何を隠そう彼女であった。

 そして彼女はミレイユを通じて、勇者の動向について把握しているのだ。

 マーティスの貫くような視線をまともに受けながらも、表情一つ変えないあたり、かなり肝がすわっているのが分かる。

 彼女は淡々とした口調で答えた。

 

「旅の途中でパーティーメンバーの一人が離脱したようですの。態勢を立て直すために時間を費やしているとうかがっております」


 マーティスはあきれ顔で首をすくめた。

 

「腑抜けの一人や二人が抜けても、どうにかするのが勇者ではないのか? 情けない」

「それはいかがでしょう? 相手は魔王アドラゼル。対峙するためには万全を期する必要がありますわ。たとえ抜けた穴が小さくともそれを埋めるためには、相応の時間を要するかと」


 その答えにいち早く反応したのは狼型の獣人族、ワーウルフの族長であるインハルト。

 彼の国はワーウルフ族国といって、国レベルは『25』。

 人口と国土がトラッティア聖国の倍以上ある大きな国にも関わらず、国レベルが低いのは、文明が未発達で経済力に乏しいからだ。

 彼は勢いよく立ち上がり、声を荒げた。

 

「ふざけるな! こっちは『勇者基金』をねん出するのに苦労しているんだ! ろくでもない理由で旅を長引かせるわけにはいかん!」


 勇者レオンとその一行は魔物の討伐によって金銀を得られるが、それとは別に毎月の報酬が支払われることになっている。その財源は世界中の国々からの支援によってまかなわれているのだ。

 それを『勇者基金』という。

 

 『勇者基金』はレベル10以上の国に対し、領民の数に応じて負担が割り振られている。

 ワーウルフ族国のように領民が多いが経済力の乏しいところは、領民への負担が大きく、不満の温床であった。

 トラッティア聖国は『勇者一行とコンタクトがとれる』という理由で『勇者基金』の管理を任されており、彼の怒りの矛先は自然とソフィアに向いた。

 だが彼女は何でもないように冷たい口調で返した。

 

「ならば今すぐに勇者を呼び戻し、わが国の秘宝である『勇者の剣』を回収してもよいのですよ」


 インハルトは顔を真っ赤にしたまま席につくしかない。

 そんなことできないでしょう、と言わんばかりにソフィアが口元に笑みを浮かべる。

 

 そう。それはできないのだ。

 

 なぜなら古くからの伝承で『魔王を倒せるのは勇者の剣のみ』というのが常識だからである。

 つまり『勇者の剣』を取り上げられてしまえば、魔王を倒すことはできなくなってしまう。

 

「とにかく。今私たちにできることは、勇者レオンとその一行の無事と魔王討伐を果たすことを祈るだけです。そして少しずつ『痛み』を分けることこそが、『平和』の恩恵だけを受ける私たちの義務ではないでしょうか」


 理路整然としたソフィアの言葉に誰も何も口を挟めない。

 静寂が場を支配する中、甲高い笑い声が響き渡った。

 

「かかか! 皆さまお困りのようですのう!」


 見れば灰色の肌に小さな体をした男が気味の悪い笑みを浮かべている。

 彼はゴブリン族の族長ディオ。

 魔王出現とともに真っ先に魔王の手下になると見られていたゴブリン族であったが、意外にも人間側についた。

 

 彼らは全員、ディオが代表をつとめる『ディオ・カンパニー』という会社の従業員であり、世界中の各都市で領民として商売をしている。

 一方のディオはコリン共和国という国レベルが『13』の小さな国で平民として暮らしていた。

 だが『平民』の肩書など、当然表向きのものだけだ。

 実際には首都タマシアの大部分は彼の所有地。

 そして政庁よりもはるかに巨大で、まるで要塞のような『本社宮殿』を構えているのだ。

 もっと言えばコリン共和国の収入の実に90%が『ディオ・カンパニー』からの献金であり、首長のキントンという太った男は『ディオの操り人形』と揶揄されていた。

 

「貴様のような下賤の者が口をきいてよい場所ではない」


 マーティスが軽蔑の視線を向けたが、ディオはむしろ喜んだ。

 

「かかか! ほまれ高きマーティス公に声をかけられただけでも、恐悦至極というものだ! 家に帰ったらかみさんに自慢しなくてはならんのう! 彼女もマーティス公の隠れファンでな。事あるごとに『アメギス帝国へ移り住みましょう』と耳打ちしてくるのだ」


 キントンが顔を真っ青にする。


「ディオ様。そんなことを冗談でも口にしないでください。もしうちの国から『ディオ・カンパニー』がなくなれば、うちは破綻してしまいます!」


 ディオはキントンの丸々と太い腹をボヨボヨと叩いた。

 

「かかか! 冗談、冗談! わしはコリン共和国とおまえさんが好きなんじゃ! 引っ越すなんて考えは微塵もないから安心せい!」


「そ、そうですか。それはよかった……」


 キントンが細い目をさらに細くしてため息をつく。

 だがディオはぎろりと目を鋭くした。

 

「もっとも。そうなればわしが国ごと買い取ってやるから安心せい」


 キントンが再び顔を青くしたのも無理はない。

 もし国ごと買い取られたならば、それは全国民が『ディオ・カンパニー』のために生きねばならないということ。

 つまりディオの『奴隷』となることを意味しているからである。

 

「おい。ここはおたくらの内輪もめを眺める場所ではない。控えよ」


 マーティスの言葉にキントンはうなだれた。

 だがディオはまったくめげずに、むしろ会議場の中央までやってきた。

 そして大きな身振り手振りで宣言したのだった。

 

「勇者様は世界中の希望だ! いくら生活が苦しくても、勇者様を支えたいとみなが思っているのは間違いない! しかし一方でない袖は振れぬのは当然のこと! そこでじゃ! わしがこれからの『勇者基金』を全て負担いたそう!」


 ――おおっ! それは素晴らしい!

 

 場がにわかに沸き立つ。

 それもそのはずだ。

 貧困にあえぐ国にとっては、まさに渡りに船なのだから。

 気分を良くしたディオはますます饒舌になった。

 

「かかか! 皆さま、ありがとう! では、条件と言ってはなんじゃが、わしから一つだけ『要望』をしてもよいかのう!?」


 カネを出すと言われれば、「ダメだ」と言えるはずもない。

 再び場が静寂に包まれたところでディオは甲高い声を響かせた。

 

「勇者様のパーティーメンバーに、わしも加えておくれ! 魔王討伐の冒険に出るのがわしの夢だったのだ!」


 なお議決は『国レベルの合計が高いか』によって可決か否決かが決まる。

 ディオの提案に対して、高い経済力を誇るアメギス帝国とトラッティア聖国は『反対』した。

 しかし貧しい小国の多くは『賛成』に回った。

 これにより彼は勇者レオンのパーティーメンバーに加わることになったのだった。

 

 


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