第10話 『水道』を作ろう!①
◇◇
スベスベ山の中腹。
豊富な水量をたたえた川がゆったりと流れている。
「ここがサラサラ川です」
ミントが川岸に石の甕を置いたところで、クルルがピョンと俺たちの前に出てきた。
「ねえねえ! せっかくみんなでここまで来たんだから、水を汲んでおしまいじゃつまらないよぉ!」
クルルが目を輝かせると、リリアーヌが便乗した。
「うむ。そうじゃな! せっかくだからここで子作り……」
「ああ、クルルは何がしたいんだ?」
最後まで言わせるはずないだろ。
俺はリリアーヌを押しのけてクルルの目の前でかがんだ。
するとクルルは竹で作られた筒のようなものを道具袋から取り出した。
「ニヒヒ! 水かけ合戦しよっ!」
「水かけ合戦?」
「水をかけあって戦うんだよー! いっぱい濡れた方が負け!」
――ピュッ!
「のあっ!」
おもちゃの水鉄砲だ。
レバーを押し出すことで、筒の中に入っている水が小さな穴から勢いよく噴き出す。まるで一本の道のように真っすぐと俺の服へ伸びてきた。
――びしゃっ!
「冷たっ!」
俺が悲鳴を上げたところで、ライブラリーの無機質な声が聞こえてきたのだった。
『クルルとの戦いの開始です。ただし水でしか攻撃できませんのでご注意ください』
「おいおい! 水だけで戦うって、素手の俺は不利じゃないか!」
そんな風に文句をつけているうちに、クルルが容赦なく連続で攻撃してきた。
――ビュッ! ビュッ! ビュッ!
「あはは!」
「やめろ! びしょ濡れになるだろ!」
逃げ回る俺。
執拗に追いかけまわすクルル。
そんな俺たちの戦いに、目を輝かせたリリアーヌが川の中に入った。
「おお! 面白そうじゃな! それっ!」
――バシャッ!
彼女もまた俺に向かって水をかけてくる。
「だからやめろって!」
なおも逃げ惑っていたその時だった。
――ビュッ!
「きゃっ!」
ミントの小さな悲鳴が聞こえてきたのだ。
「ミント! 大丈夫か?」
彼女の方へ目を向けると、白いシャツがびしょ濡れになっている。
さらに淡いピンク色の下着と大きな胸の谷間が透けて見えたのだ……。
「ゴクリ……」
「ヒューゴさんのエッチ」
ミントが顔を真っ赤にして胸元を隠した。
「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」
これも『運の良さ』のおかげかな。
なーんてね。
むっ? 何か音が聞こえる……。
――ゴオオオオ! ズバアアア!
「うああ!」
水が勢いよく巻き上げられたかと思うと、龍の形に変化したのだ。
そして鼓膜を震わせたのはリリアーヌのどすの利いた低い声だった。
「おのれヒューゴめ……。わらわという『妻』がいながら、他のおなごにうつつを抜かしおってぇ……」
「ま、待て。誤解だ。俺は悪くない」
「問答無用じゃぁぁ!」
彼女の大声とともに水の龍が俺に襲いかかってきた。
「ぎゃあああ!」
やはり俺は運が良いらしい。
だって荒れ狂う龍に襲われている最中、大木に引っ掛かって難を逃れたのだから……。
やはり超魔王の能力をあなどったらヤバいな。
その力がいつミントやクルルに向くか分からない。
これからさらに気を引き締めなければいけないと、木の枝に吊るされながら決意したのだった。
◇◇
水で満たされた甕は、空の状態の倍は重いだろう。
それでも涼しい顔してミントは持ち上げた。
「よいしょっ! じゃあ、戻りましょう」
何事もないように明るい声をあげたミント。
しかし石の甕の重さを示すように足が地面に食い込んでいる。
それを見た俺は、ずっと考えていたことをみなに告げた。
「水道を作ろう! ミントの負担を減らすために!」
しかし……。
「ヒューゴおじちゃん! 水道ってどうやって作るの?」
水道の仕組みについては、学校で習ったことがある。
「大きな管を川から王宮まで通すんだよ」
「どうやって!?」
「どうやって、って……。それは……」
確かにどうやって通せばいいんだ?
そもそも大きな管をどうやって作るんだ?
まったく考えていなかった自分が情けない。
「ふふ。ヒューゴさん。お気持ちだけでじゅうぶんに嬉しいです」
甕を担ぎながらミントはニコニコしている。
それでもドスンドスンという足音を耳にすれば、やはりこのままではいけないという気持ちが強くなってきた。
だが肝心のアイデアが浮かばない。
どうしたものかとあごに手をやりながら歩いていると、リリアーヌが近寄ってきた。
「フフフ。困っておるな。手助けしてやってもよいのだぞ」
「人手を増やしてバケツリレーをすればよいのじゃ、とか言って、子作りしようとするんだろ? その手に乗るか」
「ば、バカ者! わらわがまるで常に子作りのことしか考えておらぬようではないか!」
「違うのか?」
「………」
「……図星か」
「う、うるさい! ヒューゴのバカ! 大っ嫌いじゃ!」
プリプリと怒りながらそっぽを向くリリアーヌ。
するとクルルが俺たちの間に割り込んできた。
「ところでヒューゴおじちゃんはどんな魔法やスキルが使えるの!?」
「ククク。よくぞ聞いてくれた、ニャモフ族の少女よ。聞いて驚くな。ヒューゴは『プロポーズ』を使えるのじゃ!」
「ブフォッ! ちょ、ちょっと待て!」
リリアーヌめ!
なんてこと言いやがる!
「プ、プロポーズ!?」
ミントが目を丸くしている。俺は彼女に対して手を振りながら弁解した。
「ご、誤解だからな! プロポーズじゃない! セクシーポーズだ!」
「せ、せ、セクシーポーズ!?」
ミントが顔をリンゴのように真っ赤にして震えている。
甕から水がびちゃびちゃと溢れてきた。
まずいぞ。これ以上彼女を刺激したら甕ごと落としてしまうかもしれない。
そこで俺は話題をそらした。
「そ、その他にも『すっころぶ』ってスキルも使えるんだぜ」
「すっころぶ? どんなスキルなの?」
クルルが眉をひそめるのも無理はない。
スキル名だけを聞いたら、俺だって同じような反応をするだろうからな。
だが数ある遊び人のスキルの中でも、唯一まともな攻撃スキルだ。
俺は真剣な表情でクルルに説明した。
「転ぶようにして全身ごと敵にぶつかっていく……。一撃必殺のスキルだ」
「ふーん。なんかびみょーだね」
ぐさっ……。あっさりと流された……。
だがリリアーヌは別の意味でとらえたようで、両手を俺に向けて広げている。
「フフフ。ヒューゴよ。ならば『すっころぶ』とやらをわらわに食らわせてみよ。その威力をニャモフ族の少女に見せつけてやればいいのじゃ! さあっ!」
その手に乗るか。
どうせそのまま抱きしめられて、卑猥なことをされるに違いない。
俺は完全にスルーしてライブラリーをクルルに見せた。
「その他にもこんなスキルが使えるんだ」
ライブラリーを覗き込んだクルルはとあるスキルを指さした。
「これはどんなスキルなの?」
「ん? どれどれ。『ビック・オア・スモール』か」
このスキルは武具や道具を『大きくしたり、小さくしたり』できるもの。
例えば戦士の盾をこの魔法で超巨大化させれば、パーティーメンバー全員を敵の攻撃から守ることができる。
そして一度変わった大きさは、壊れるまでそのままとなる。
ただどれくらいの大きさになるかは完全にランダムだ。
逆に小さくなってしまうかもしれない。
たいていは中途半端な大きさに変わるだけなので、まったく使い物にならない。
ちなみに重量は変わらない。『ヘビー・オア・ライト』という重さがランダムで変わるスキルもあるのだ。
まあ、どっちもゴミスキルだな。
「レベル3で覚えたが一度も使ったことないな」
だがクルルは興味しんしんといった感じで目を輝かせている。
「あはは! これ面白そう!」
「面白い? なんで?」
「だっておもちゃをおっきくすることができるかもしれないんでしょ!」
「おもちゃを大きく……」
そうつぶやいたとたんに、一つのアイデアがひらめいたのである。
リリアーヌの両肩をつかむと、弾んだ声を上げた。
「お願いがあるんだ!」
「む? なんじゃ? 子作りをする気になったか?」
「違う! 勝負してくれ!」
「勝負?」
「水かけ合戦で勝負をして欲しいんだよ! 水道を作るために!」
眉をひそめるリリアーヌ。
ミントとクルルも何事だろうと首をかしげている。
だが俺は確信していた。
『遊び人』のゴミスキルで『水道』を作れる、と――。