第9話 私って変?
◇◇
俺がモチモチオハダ王国の王様になってから3日がたった。
……が、あまり王としての実感がないのは、領民が自分を含めても4人しかいないからだろうか。
この日も特にやることもなくのんびりしていると、ミントがにこやかに話しかけてきた。
「ヒューゴさん。何かお困りでしたら何なりとお申し付けくださいね」
実は困っていることはない。
王宮の中には食料もたんまりあるし、気候がいいから畑で野菜や果物もよく育つらしい。
近くの森には野生のウサギや鹿もいるし、海では魚もとれる。
ライブラリーによると『収穫力』は『5』ある。
領民1人が年間で消費する食料は『1』らしいから、食料に問題はないのだ。
だから逆にやることがなさすぎて困っていた。
「あ、ああ。ところで何か手伝えることはないか?」
「いえ。ヒューゴさんは王様なのですから、身の回りの世話は私にお任せください」
「そ、そうか……」
働き者の彼女は朝から晩までせわしなく動いている。
どんな仕事でもこなしてくれるのはありがたいのだが、そのせいもあってかすごく他人行儀なんだよな。
まるで『主人』と『奴隷』のような関係のよう。
近くにいるのに、すごく遠く感じるのだ。
「うーん。どうしたものか」
頭を抱えていると、リリアーヌがてくてくと近づいてきた。
「ヒューゴよ。わらわにはお主の悩みが分かるぞ。当ててみせようか?」
「いや、いい」
どうせろくなことじゃないのは目に見えている。
俺はその場を立ち去ろうとした。
……が、彼女は俺の襟首をむんずとつかんで引き留めた。
「この国には領民が4人しかおらぬ。それが悩みなのだろう。だったらわらわが手を貸してやってもよい」
リリアーヌはいやらしい笑みを浮かべている。
俺は手をひらひらして答えた。
「いや、断る」
「どうしてじゃ! ちょっとぐらい話を聞いてもよかろうに! このケチ!」
ぷんぷんと怒るリリアーヌ。しかし気にしたら負けだ。
「ヒューゴのバカ! 大っ嫌いじゃ!」
彼女に背を向けたところで目に留まったのはミントの姿だった。
何か言いたそうにしている。
俺は彼女に問いかけた。
「どうしたんだ?」
「い、いえ。せっかくですからリリニャンさんのお話をうかがってみてはいかがかと思いまして……」
妙に湿っぽい雰囲気だな。何かあるのか?
さらに突っ込んでみる。
「どうしてそう思うんだ?」
「話を聞いてもらえないと悲しいのを知ってますから……」
言葉を濁したミントに代わって、口を挟んできたのはクルルだった。
「ヒューゴおじちゃんこそ、話を聞きたくない理由があるのー!?」
ぐぬっ!
相変わらず痛いところをついてくる幼女だ。
これ以上否定すればボロが出かねない。
「分かったよ。じゃあ、聞くだけだぞ」
むくれ顔だったリリアーヌに笑みが戻る。
「ふふふ。最初から素直にそう言えばいいのじゃ」
「いいから、早く言えよ」
「ふふふ。そう焦るでない」
リリアーヌが一歩また一歩と俺に近づいてくる。
ゾクリと背筋に寒気が走ったとたんに俺は彼女に背を向けて逃げだしていた。
だが彼女から逃げられるはずもなく……。
――ガシッ!
俺は彼女に背中から羽交い締めにされた。
「な、何をするんだ!」
「ふふふ。足らぬものは増やせばよかろう、と言っておるのじゃ」
もはや最後まで聞かなくても彼女の言いたいことは分かっている。
だが彼女は声高に言ったのだった。
「子作りじゃ! わらわと子をたくさん作ればよい!」
「おいおい、正気か!? ここにはミントもクルルもいるんだぞ」
クルルがきょとんとした顔でミントに問いかけた。
「ミントお姉ちゃん。子作りってなぁに?」
「そ、それはね……。えーっと」
ミントは顔を真っ赤にしてどもった。
「ほら! ミントさんが困ってるだろ!」
「ふふふ。ならば実際に見せてやればよいではないか」
「ふざけるな! や、やめろ!」
必死に腕をほどこうと試みるが、超魔王の怪力になすすべもない。
このままではまずい……。
『リリニャンとの戦闘が開始されました』
ライブラリーの無機質な声が聞こえてくる。
だが背後から羽交い締めされている以上、スキルが使えない。
――フゥー。
リリアーヌが首筋に息を吹きかけてきた。
ぞわっと悪寒が走る。
「ひっ! た、助けてくれ!」
そんなことを言ったって、誰も助けられないのは分かってる。
だが、次の瞬間。驚くべきことが起こったのだ。
「分かりました。ヒューゴさん」
――ヒョイ。
「へ?」
なんとミントが軽々とリリアーヌを持ち上げたのだ。
リリアーヌも意外だったらしく言葉を失っている。
「あはは! ミントお姉ちゃんは力持ちなんだよー!」
「こらっ! クルル! 恥ずかしいでしょ!」
顔を赤くしているミントを凝視していると、彼女はぼそりとつぶやいた。
「勘違いしないでくださいね。ニャモフ族の男は足が速く、女は力が強いんですから……」
「でもミントお姉ちゃんは特別に力持ちなんだよね!」
「こらっ! クルル!」
いやいや、特別ってレベルじゃないぞ。
だって超魔王リリアーヌを俺から強引に離したのだから。
俺は急いでライブラリーを開いた。
「ミントのステータスを教えてくれ」
『かしこまりました』
【ミント・ミケのステータス】
レベル:12
HP:135
MP:10
腕力:2348
魔力:5
素早さ:36
運の良さ:25
「腕力が『2348』じゃと……」
ちなみにリリアーヌのステータスは腕力、魔力、素早さ、運の良さの全てが「999」。
これでも限界突破しているから異常なわけだが、ミントの腕力はさらにその上をいくとは……。
「もうその画面を閉じてください。は、恥ずかしいです!」
「あはは! ミントお姉ちゃんは昔から力仕事ばかりをやらされていたから、いつの間にかすっごい力持ちになっちゃったんだよねー!」
力仕事をしていたから腕力が限界突破したなんてありえるのか?
現に俺が勇者のパーティーメンバーだった頃は荷物持ちをしてても、まったく腕力の数値が上がったことはなかったのに……。
どういう力仕事をすればそこまで腕力が上がるんだろうか。
「ビックリしたら喉がカラカラになってしまったではないか」
青い顔をしたリリアーヌが水飲み場へと向かう。
なおこの島には水道と井戸がないため、巨大な石の甕に水が貯められている。
その大きさは大人の男性がゆうに5人は入れるほどだ。
その甕に視線を移したミントが目を大きくした。
「あ! いけない! 今朝の洗濯で水を全部使ってしまったんだった!」
「なんじゃと? どうするのじゃ! このままではわらわは干からびてしまうぞ!」
ぷくっと頬を膨らませてミントにつめよるリリアーヌ。
俺は二人の間に割って入った。
「それは言い過ぎだろ。でも困ったな。どこで水をくむんだ?」
俺の足元にいたクルルが声をあげた。
「島の南にある『サラサラ川』だよー!」
「サラサラ川?」
「うん! スベスベ山の中にある渓流で水をくむの!」
クルルが指さした方角を見ると小高い山が見える。
聞けば俺たちのいる王宮から歩いて1時間くらいの距離だそうだ。
「なるほど。しかし巨大な甕を満たすとなると、バケツで何往復もする必要があるな」
「うむ。だからミントは腕力がついたのではないか」
俺とリリアーヌがそんな話をしていると、クルルがブルブルと首を横に振った。
「違うよー! そんなめんどくさいことしないもん!」
「なに? どういうことじゃ?」
「ミントお姉ちゃん! 見せてあげて!」
「え? や、やっぱりやらなきゃダメかな……?」
恥ずかしそうにもじもじするミントに全員の視線が集まる。
その視線に耐えられなくなったのか、彼女はガクリと肩を落とした。
「はあ……。分かりました」
トボトボと甕に近づいていく。
その脇には大きなバケツが3つある。
俺なら水で満たされたバケツ1つを持つのが精いっぱいだろう。
きっと彼女は3つとも持てるんだろうな。
そう考えていたのだが……。
彼女の怪力は俺の想像の斜め上をいったのである。
「ほっ!」
――ドゴッ!
なんと巨大な甕を軽々と持ち上げたではないか!
何でもないかのように、ひょいっと右肩に乗せている。
「まじか……」
驚愕のあまりに言葉が出てこない。
するとクルルがいつになく暗い声をあげた。
「大人たちはミントお姉ちゃんの怪力をいっつもバカにしてたの。ヒューゴおじちゃんとリリニャンお姉ちゃんも同じなの?」
「こらっ、クルル。余計なこと言わないの!」
「余計なことじゃないもん! 大人たちはミントお姉ちゃんばっかりに仕事を押し付けたじゃん!」
「クルル! やめなさい!」
「お姉ちゃんがいくら『無理です』って言っても誰も耳を貸そうとしなかったんだよ!」
なるほど……。
――話を聞いてもらえないと悲しいのを知ってますから……。
そう言ってたのは彼女の過去のことだったのか。
「それなのに怪力になったお姉ちゃんを『変な女』っていじめて! 挙句の果てには船が定員オーバーだからって、とってつけたような理由をつけてお姉ちゃんを置き去りにしたの! でも『あいつは変なヤツだから連れていくのはやめよう』って大人たちが話しているのをしっかり聞いたもん!」
「……私が『変』だから仕方なかったのよ」
そうか。ミントは知らず知らずのうちに、他人に対して自分で壁を作っていたんだな。きっと他人と深く関わればろくなことにならないのを知っていたから……。
「ねえ、ヒューゴおじちゃん! リリニャンお姉ちゃん! 怪力のミントお姉ちゃんは『変』? おじちゃんたちもミントお姉ちゃんをいじめるの? 置いてけぼりにしちゃうの?」
ミントは今にも泣き出しそうな顔でうつむいた。
こんな時、どんな風に声をかけたらいいのだろうか。
そう悩んでいると、リリアーヌがさらりと口を開いたのだった。
「ああ『変』じゃな」
リリアーヌのやつめ!
俺は慌てて彼女の口をふさごうとした。
しかし彼女はその隙を与えなかった。
「貴様の考えは『変』じゃ」
「え?」
ミントがぱっと顔を上げる。
リリアーヌは不機嫌そうに続けた。
「お主の怪力は毎日コツコツと仕事をこなしてきた証ではないか。胸を張るならまだしも、うつむくようなことではない。それを自分で『変』と考えるなど笑止千万」
「リリニャンさん……」
「ふん! 都合の良い時だけ強い者を頼り、用済みとなれば排除するとはのう。大昔からまったく変わっておらぬではないか。これだからニャモフ族は嫌いじゃ」
まさかリリアーヌがそんなことを言うなんて思いもよらなかった。
俺だって負けてられない、という気持ちがふつふつと沸きあがってくる。
そこで素直に感じたことを口にしたのだった。
「俺も『変』だなんて思わない。ミントさんの力は素敵だ。よほど頑張ったんだな」
「ふあっ!?」
ミントは顔を真っ赤にした。ふさふさな尻尾で顔を隠そうとしている。
気恥ずかしくなった俺はちょっとだけ顔を背けながら続けた。
「これからは俺がミントさんの仕事を手伝うからさ。ミントさんだけに辛い思いなんてさせない。だから色々と教えてくれると嬉しい」
ミントが俺をじっと見つめている。その大きな瞳には涙がたまっていた。
それを見たクルルがニンマリと笑った。
「うふふ! もしかしてミントお姉ちゃん泣いてるの?」
「な、泣いてなんかない!」
彼女は左手で涙をぬぐった。
「ありがとうございます! ヒューゴさん! リリニャンさん!」
思わずドキッとしてしまうほどキラキラした笑顔だ。
彼女の大きな瞳で見つめられ、顔の温度が上がっているのが分かった。
だがそれを面白くないと思う者がいるのをすっかり忘れていたのだ。
「ミントの力が素敵……じゃと?」
おどろおどろしい声をあげたリリアーヌ。
目が赤く光り、黒い炎に包まれている……。
ふわりと浮き上がった彼女は、ミントの目の前に降り立った。
「まずい……! 何をするつもりだ!? リリニャン!」
「そんなこと決まっておる!」
リリアーヌの両手がミントの首のあたりに伸びていく。
まさか首を絞める気なのか!?
「やめろ!」
俺がそう叫んだ瞬間だった――。
――ガシッ!
なんとリリアーヌがミントから石の甕を奪ったのだ。
「ぐぬぬぬぅぅぅ。なんのこれしきっ!」
両足を踏ん張って甕を担ぐリリアーヌの顔は、まさに悪魔と言うにふさわしいほどに歪んでいる。
「ひゅ、ヒューゴよ。ど、どうじゃ? わらわは素敵か? 素敵じゃろ? ぐおおおっ!」
「お、おう……」
あまりに凄まじい気迫に押されれば、そう答えるしかない。
「ふふ……。ふふふ。そ、そうか。わらわは素敵か! よ、ようやく認めおってぇ。お、遅すぎるのじゃ! ぐああっ!」
「リリニャン!」
「ミントお姉ちゃん、早く甕をどかしてあげて! リリニャンお姉ちゃんがぺしゃんこになっちゃう!」
「う、うん! リリニャンさん! 今助けますから!」
◇◇
この後、俺たちはみんなで川へ水をくみにいった。
結局、ミントが石の甕を担ぐことになったのは仕方ないよな。
それでも彼女は嫌な顔一つせずに終始笑顔で、ずっと尻尾を嬉しそうにブンブン振ってた。
彼女と本当の意味で打ち解けられた気がして、すごく嬉しい。
それに意外な発見もあったし。
「なんじゃ? わらわの顔に何かついておるのか?」
「いや、なんでもない」
なにはともあれ『水』の確保は国づくりの課題だ。
このままではいつまでたってもミントに負担がかかってしまう。
そこで俺は『水道』を作ることに決めたのだった。