きれい?
知人E子に聞いた話である。
皆さんは「湯灌」という言葉をご存じだろうか。
「湯灌」とは、平たく言えば「亡くなった方のご遺体をきれいに入浴(洗浄)させる」儀式の一種で、葬儀に際に行われるものである。
都市伝説にある「死体洗いのアルバイト」などでも語られているが、このアルバイトは実際に存在する。
しかし、業者や地方によっては「死体に触れる=死の穢れに触れる」という考えが残っており、アルバイトには任せないことが多い。
そして、湯灌後、ご遺体には専用の装束が着せられる。
さらに、ご遺体が女性の場合、看護師が「エンジェルメイク」という死化粧を施す。
これを施すことで、葬儀の際に、お棺の窓から弔問客が、故人と最期の顔合わせをする時に、生前の面影が出るようにするのだ。
E子が看護師をしていた時、この「エンジェルメイク」を実際に見る機会が何度かあった。
ご遺体は(やるせないことに)、時折、苦悶の表情を浮かべているものもある。
そうしたご遺体を、そのまま納棺するのはご遺族からしても望むものでは無い。
そうした意味でも、エンジェルメイクは単なる「死後処理」ではなく、故人が心安らかに旅立ったことを知らしめる意味でも重要な措置と言える。
そんなご遺体の中に、ある一人の女性のご遺体があった。
まだ年若い、少女ともいえる女性だ。
E子は、先輩の看護師と共に、故人の冥福を祈り、エンジェルメイクを施し始めた。
死化粧といっても、そう特別な化粧品を使うわけでもなく、中には、私物のメイクセットで行われることもあるらしい。
そうして、化粧を施し終え、装束も着せ終わった後である。
ご遺体の横で、道具を片付けながら、E子は先輩看護師と話した。
E子「まだお若いですね」
先輩「そうね…まだ、本格的にメイクしたことないくらいかもね」
E子「これが最初のメイクだなんて…可哀想」
先輩「うん。でも、その分気合入れたわよ」
??「きれい?」
先輩「勿論、きれ…え?」
処置室に沈黙が落ちる。
たった今聞こえた、居るはずのない「三人目」の声に二人は押し黙る。
顔を見合わせると、先輩看護師はE子を指差した。
「今のは貴女?」という意味だ。
それに、E子は真っ青になって首を横に振った。
その後、二人は言葉も交わさず、最高速で片づけを行い、部屋を飛び出したという。