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FILE6「月下美人」

 あれから数日間、拍子抜けするくらい何事もなかった。手紙もあれから来ることはなかったし、ボクと晴義が見張っていたおかげかどうかはわからないけど、不審な人物が現れることもないまま日々は過ぎていく。そうこうしている内に招原さんもあの手紙のことは悪戯か何かだったんだと思うようになっていった。

 警護中、家綱が警護を担当することは、驚くことに一度もなかった。事務所に戻った後は家綱に戻ってるんだけど、警護が始まって招原さんと行動を共にすることになると途端に晴義に切り替わってしまう。そのせいか、ここしばらく家綱より晴義の顔ばかり見るようになってしまった。しかしボクとて晴義対応のプロ(?)、あしらい方もナンパの止め方も前よりかなりスマートでスムーズになったように思う。自己判断だけど。

 そうして選挙当日まで残り二日目を切った今日、市内のとある公民館で招原さんの講演会が行われることになった。



 リノリウムの床に長机を囲んでパイプ椅子に座り、ボクと晴義は招原さんと一緒に講演会の時間を待っている。

 近くの自販機で買ったお茶を飲みながらのんびりしていると、どこか招原さんがそわそわしていることに気がつく。どこか落ち着かないその様子に、ボクが声をかけようとすると、隣にいた晴義が先に口を開く。

「何か不安なことでも? 僕で良ければいくらでも力になりますよ」

「ああいえ、その……」

 招原さんは少し晴義から目を逸らした後、少し気恥ずかしそうに視線を下に落とす。脈あり! みたいな顔してるけど多分違うよ晴義。今日まで何回口説いてもなびかなかったわけだし……まあ多分だけど。

「私、少しだけあがり症なんです。もう講演会なんて何度もやってるハズなのに、やっぱり直前は緊張してしまって……」

「え、そうなんですか? ちょっと意外でしたけど、誰だって緊張すると思いますし、そんなに気にしなくて良いんじゃないですか?」

「そう、ですよね。いつも話してる時は夢中になっていて気にならないんですけど、どうしても直前は……」

 招原さんってしっかりしていてかっこいい人だと思ってたけど、こういうかわいい所もあるんだなぁと思うと微笑ましい。誰だって全部完璧に出来るわけじゃないってわかってはいても、やっぱりこういう一面を見ると少しホッとする。

「……手の平を、見せてもらえますか?」

 晴義がそう言うと、招原さんは少しキョトンとした顔で右手を差し出す。すると、晴義は机の反対側へ身体を乗り出し、招原さんの手ををそっと左手で下から支え、右人差し指でそっと触れる。

「僕が拭い去りましょう。あなたの、不安を」

 晴義はもう完全にキメ顔って感じで、漫画やアニメならキラキラのエフェクトが出てる感じなんだけど相変わらず招原さんはキョトンとしている。びっくりする程二人の認識がズレていてこのまま眺めるのも悪くないかなと思ってしまう。

 というか招原さん、これだけ晴義にアプローチされても、なびかないどころか怒りもしないでいられるのは何か理由があるように思う。これだけ言い寄られてピンと来ない人でもないだろうし、普通に彼氏とかいるんじゃないかな……言わないだけで……。

「良いですか。手の平に”人”という字を……」

 あ、メチャクチャ普通のこと言ってる。もう晴義もあんまりネタがないんじゃないかな……。

「ネタ切れなら無理しない方が良いよ晴義……その辺にしときなって……」

「…………」

 ピタリと動きを止めて、晴義はボクを見つめたまま数瞬硬直する。そしてそっと招原さんの手を放し、自分の椅子に落ち着いてからため息を吐く。

「君は痛い所を突くようになったね」

「そりゃここ数日ずっと晴義の相手してればね」

「ふふっ……僕達、すごく通じ合ってる」

「はいはいそーだね」

 適当にあしらいながらも、晴義とこうして軽口を叩き合うのは悪くない。何となく居心地の良さを感じていると、そんな様子を見守っていた招原さんが上品に笑みをこぼした。

「あ、すいません、うちの馬鹿がいつもいつも……」

「なんだか、お二人のやり取りを見ていると緊張が解けた気がします」

 こうやって結果的に招原さんが安心出来たなら、晴義の軽口も無駄じゃない。そこまで考えていたとは思わないけど。





 少し身構えていたボク達の思いとは裏腹に、講演会自体は滞りなく行われた。公演中の招原さんは、少し前まで緊張していたのが嘘だったみたいにしっかり喋っていたし、ついついそっちに聞き入ってしまいそうなくらいだった。

 講演会や挨拶を終え、後片付け等を手伝っている内に日は暮れ、気がつけば外は暗くなってしまっていた。講演会自体が夕方くらいに行われたので、予想通りではあったけど一気に時間が経ったみたいで少し驚いた。

「すいません、色々手伝ってもらってしまって……」

「いえいえ、ボク達も何もしないでいる気にはなれませんし」

 一応警護自体はしているけど、作業している招原さんやスタッフさんを傍観している気にもなれず、ボクと晴義はなるべく手伝うようにしている。選挙の決まりで、招原さんはボクと晴義には手伝ってもらった分の報酬を支払うことが出来ないから、どうしてもボランティアの形になってしまうのが申し訳ないみたいだった。

「このくらいは依頼の内ですよ、気にしないでください。それよりどうですか? この後食事でも」

「いえ、有権者の方との会食は出来ませんので」

 いやもうやめとけって。



 スタッフさん達とわかれて、ボクと晴義は招原さんの後ろをついて歩いて行く。講演会の会場から招原さんの家まで、距離はあまりない。元々スタッフさんの車で送る予定だったんだけど、少し歩いて落ち着きたい、というのが招原さんの意見で、一緒に歩いて帰ることになった。今更何かしてくるとは思わなかったけど、どっちにしたって女性を夜中に一人で歩かせるべきではない。これは晴義の弁だけどボクも勿論同意だった。

 軽口ばかり叩く晴義だけど、こうやって女性を尊重する、という部分については徹底している気がするからそこは好感が持てる。

 そのまましばらく歩いて行くと、人通りの少ない道に出る。ちょっとした茂みに挟まれた小さな道路だ。薄暗くて少し気味が悪いけど、慣れているのか招原さんはあまり気にしていないようだった。

 会話が途切れ、ボクも二人も黙ったまま歩いていると、ふと晴義が歩を緩める。

「……晴義?」

 やがてピタリと足を止めた晴義にそう問うても、晴義は答えない。ただジッと黙ったまま茂みの方を見つめている。それに気づいた招原さんが訝しげな顔で振り向くと同時に、晴義はポケットから何かを取り出した。

「――晴義っ!?」

 月明かりに照らされて銀色に光るソレは……拳銃に見えた。晴義は目にも留まらぬ速さでコッキングすると、それを茂みに向ける。それと同時にガサガサと何かが動くような音が茂みからしたけど、晴義は躊躇なく引き金を引いた。

「――ッつァッ!」

 パン、と軽い音がして銃から弾が発射され、茂みから声が上がる。招原さんは唖然としていたけど、ボクはその銃がモデルガンだということを知っていた。

 晴義の趣味はモデルガンの収集と改造だ。おまけに射撃の腕は超一流で、どんな的も外さない。

「……」

 静まり返った夜よりも冷えた目が、茂みを射抜き続ける。数秒待った後、晴義はそのまま二発、三発と引き金を引く。そうすると、やがて中から一人の男が悲鳴を上げながら這い出してきた。

 晴義は、暗闇の中だろうと茂みの中だろうと何かを見失うことは決してない。葛葉さんにパイロキネシスがあって、アントンに怪力があるように晴義にも固有の特技というか能力がある。それが晴義の……目だ。

「おい」

 低く重い声が短く空気を裂き、晴義のしなやかな左腕が男の胸ぐらを掴み上げる。そして間髪入れずに膝蹴りを叩き込むと、呻く男の後頭部をモデルガンで殴りつけ、倒れた男に馬乗りになってモデルガンを突きつけた。

 その一連の動きには、招原さんだけでなくボクも唖然としてしまう。豹変したかのようにも見えるけど、怖い以上に晴義の動きは美しい。一切の無駄のないその動きは、見る者を釘付けにする。間違いなく、これが晴義という男の真価だ。

「痛かっただろ? もう少し欲しいか?」

「ま、待ってくれ……!」

「悪いけど、女性に危害を加えかねない男に優しくしてやる理由は僕にはないんだよな。手短に事情を話せ」

「お、俺ッ……俺は、ただ……」

 男がどもった途端、ゼロ距離で弾が放たれる。痛々しい悲鳴を上げる男に、思わずボクと招原さんは目をそむけてしまう。

「手短にって言ったろ。意味がわからなかったのか?」

 そんな調子で、晴義の容赦ない尋問は行われた。あれから後……二発か三発くらいは撃ってたかな……?










 晴義が捕らえた男は、ただ雇われただけで詳しい事情は知らないらしかった。ただ招原さんを連れて来い、と言われただけで詳しいことは聞かされていないのだという。

 あの後警察に突き出され、更に詳しい尋問と調査が行われたって聞いたけど、結局詳しいことはわからずじまいだった。


 さて、今回結果的に全く何もしなかった家綱はというと……

「もう、流石に三日も経ってるんだから機嫌直しなよ、子供じゃあるまいし」

「ったく……お前らだけで全部終わらせやがってよォ」

 ちょっと不貞腐れていた。

 そもそも警護してる間も家に帰るまで晴義に主導権を握られっぱなしで、やや不機嫌ではああったんだけど、今回は事件が終わるまで全く出番がなかったのが気に入らなかったらしい。当日はともかく翌日はぶすっとしてて、昨日は少し落ち着いてたんだけど、さっき招原さんから改めて連絡を受けた時、誰だかわかってもらえなかったのが何となく気に入らなかったようだった。一応招原さんには説明してたんだけど、家綱とは一度も会わなかったしなぁ……。

 ちなみに招原さんにはやっぱり彼氏がいたみたいで、依頼が終わった後にそれを知った途端晴義は全く出てこなくなってしまった。わりと本気だったんだな、アイツ……。

「でも、結局何も解決しなかった気はするよ。ただ収束したってだけで」

 そう、解決はしていないのだ。

 結局犯人はわからなかったし、とりあえず招原さんの護衛、という依頼は達成出来たものの、ボクも招原さんも晴義も……そして家綱もどこかしこりが残ったような気持ちでいる。

「まあな……。おまけに結局市長になったのはどっかの知らねーおっさんだしよ」

「兼ヶかねがはらさんね」

 招原さんはかなり得票数を集めていたけど、最終的には兼ヶ原琢郎かねがはらたくろうという人が市長になった。残念だったけど僅差だったし、招原さんは悔いはありません、と話していた。

「ていうか、そこまで主導権握れないものなの? 主人格って家綱だよね」

「ん? ああ、まあそりゃそーなんだが……」

 歯切れ悪くそう答えた後、家綱はコーヒーを一口すすってから語を継ぐ。

「晴義に限った話じゃねーが、アイツらだってたまには外に出てえだろうしな。こっちの都合で大人しくしてもらってる気もするし、我儘言ってる時くらいは聞いてやらねーと……ってな」

「……そっか」

 少し気恥ずかしそうに答えた家綱に、ボクは微笑みながら短く答える。家綱と他の人格は別にコンタクトが取れるわけじゃないらしいけど、全く繋がっていないわけじゃないらしい。現に別の人格でいる間の記憶は家綱にもあるわけだし。

「それにしても気持ちわりーな、今回の件」

「……そうだね、結局何だったんだろう」

 超能力を規制されると都合の悪い誰かが犯人、ということになるんだけどそんなの捜せばいくらでもいる。最後まで詳しいことが何もわからなかったのは、家綱の言う通り気持ち悪い。


 何となく厭な感覚を覚えたまま、事件はひとまず、収束してしまった。


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