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七重探偵事務所の事件簿  作者: シクル


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17/26

FILE17「ボクの家族」

 その日は、厭になるくらい晴れた日だったと思う。

 気分はこんなにジトジトじめじめしていて、出来れば日陰にいたい時に限って太陽は照りつける。雨が降って欲しいわけじゃない、ただもう少し曇って、寄り添って欲しかった。

 昨日はあんなに降り続いていたのに、今は嘘みたいに晴れている。

 雨上がりの空は、今の私には眩し過ぎた。

「よぉ、何してんだ?」

 一人ベンチに座る私に、知らない男が軽い口調で話し掛けてくる。その言葉を無視するようにそっぽを向いても、男は立ち去らずにそこで私を見ていた。

「……何ですか、一体。人を呼びますよ」

「おいおい世知辛ェな。今じゃ親切なお兄さんはどいつもこいつもお尋ね者か?」

「そういう世の中です」

「どういう世の中だよ全く……」

 おどけたように肩をすくめて、男はカラッと笑ってみせる。

 ああ、今日の空みたいだ。そう思うと少し突っぱねたくなってくる。

「しかし綺麗な格好してんな。どっかのお嬢様か?」

「あなたには関係ない」

 問うてきた男へ、突き放すように私がそう答えると、男は小さく嘆息した。

「俺はこう見えても探偵なんでな。ちょっと推理させてくれ。そうだな……若干着衣に乱れがあるし、髪型もちょっとばかし崩れてるな、さっきまで走ってたのか?」

「えっ……」

 そういえば鏡も見ていなかったし、少し汗もかいている。男の推理を肯定するようで嫌だったけど、どうしても気になって私は着ているクリーム色のワンピースを見える範囲で整え、髪も手櫛で少し直した。

「よしよし、当たったな」

 得意げに笑みを浮かべる男から、私は思わず顔をそむける。単純に色々と乱れているところを見られたことが恥ずかしい。

「家に帰らなくて良いのか?」

「どうして家出だと思うんですか」

「そう見えたからな。何か事情があるのか?」

「私は……あそこにいたくないし、いるべきじゃない」

「……そうかい」

 男は呟くような声音でそう答えると、私の隣へ座った。

「何で隣に座るんですか」

「ここは公園で、このベンチは公共のモンだ。アンタのモンじゃない……だろ?」

 ニッと笑みを浮かべてそう答える男に、私は溜息を吐く。もうこれ以上何を言っても仕方がないのかも知れない。

「人、呼ばねえのか」

「……別に良いです。隣にいるだけなら、好きにしてください。あなたは別に、何かするつもりじゃないんでしょう?」

「ああ、ねーよ」

 それから、どれくらいの時間が経っただろうか。黙ったまま座る私と、隣の男。赤の他人ではあったけど、何故か彼の隣は、居心地が悪くなかった。

 最初は変な男だと思ったし、冷たく突き放そうと思っていたけど、何だか一緒にいると気が紛れるような気がする。

 やがてその沈黙を私が心地良く感じ始めたところで、やっと私は自分が心細かったことに気がついた。

「家以外に行くあてがないのか?」

 答えたくなくて黙り込んでいると、男はそれ以上追求するのをやめる。

 そのまま男は何も言わず、ただ黙ったまま私の隣に座り続けた。その隣で私もまた、同じように黙ったまま座り続けている。時折長い自分の髪を指でつつきながら、そんな静かな時間を過ごしていた。

「それにしても雨上がりってのは眩しすぎて厭ンなるよなァ……。お天道様の都合で、そうコロコロこっちの気分まで変えれるかっての。俺は昨日まで雨と一緒にじめじめ気分だったんだっつの」

「……それは、私もそう思います」

 あんなにカラッと笑って見せたわりに、思っていることが近かったことに驚いてしまう。どこか親近感がわいてきて、男に少しだけ興味が出てきた。

「あの……あなたは、本当に探偵なんですか?」

「ンだよ疑ってたのかよ! 名刺いるか!?」

 心底がっくりした、と言った様子で大げさにリアクションを取った後、男は名刺入れから名刺を取り出して私に差し出す。

「あ、いえ、名刺は別に……」

「お、おう……」

 少し残念そうにしていたから申し訳なかったけど、名刺をもらってもどうしようもない。

 また沈黙が訪れて、私はこれからのことを考え始める。男の言う通り行く宛がない。持っているお金もすぐに底をついてしまうだろう。

 何とも言えない不安が押し寄せてきて、心だけがまた曇る。折角少しだけ、雲が晴れそうだったのに。

「なあ」

 風が、吹いた。

 私の髪を舞わせたその風に飛ばされぬよう、男はかぶっているソフト帽を右手で押さえながら言葉を続ける。

「俺は今助手がいなくてな」

「……そうなんですか」

 突然そんなことを言い始めた男に、私は首を傾げた。

「行くあてがないなら……うちで助手、やらないか? 泊り込みでな」

 思いがけない男の提案に、私は目を丸くする。

「給料はちゃんと払う……どうだ?」

 もう一度、差し出される名刺。

 それを受け取りながら、確かボクはその時――――

「考えとく」

 そう、答えたんだ。









「……いや、流石の俺もこれ以上はな……」

 この町の頼れる探偵、七重家綱。助手のデスクの前で頭を抱えて独り言。

「わかってンだ……いくら最近余裕があるっつってもな……無駄遣いすれば金はなくなる……金は使えばなくなるんだ……わかってンだ……」

 ある日の昼下がり。生活用品の買い出しで由乃が出かけているせいで一人きりになった事務所の中で、家綱は自分の欲望と戦っていた。

「けどなァァァァ! あの新台は出るだろォォォォッ! 田中のおっさんなんか万枚出してンだぞ! あの糞台にしか座れねえ田中のおっさんが出してンだよォォォォ!」

 田中のおっさんとは家綱のパチンコ仲間で、パチンコ屋でよく顔を合わせる男だ。彼の負け額は家綱の比ではなく、彼の惨状を見る度に俺はまだ大丈夫、と家綱は自分を慰めている。

 しかし、その田中が新台で大勝ちしたのである。

 由乃に怒られ過ぎて流石に控えていた家綱だったが、そんな話を聞いてしまっては居ても立ってもいられない。こうして由乃の目を盗んで彼女の管理する資金をデスクから盗み出そうとしているのだが……。

「くッ……ダメだ、俺にゃ出来ねェよ……こんな卑劣な真似……!」

 家綱も人の子。自分を信頼してくれているかわいい助手を簡単には裏切れない。

「だがな……俺だって勝てば由乃に良いモン食わせてやれンだよ……! あんま飾らねえアイツに、綺麗な服の一着や二着だって買ってやれるンだぜ……!」

 そんな大義名分を掲げつつ、家綱は由乃のデスクに手をかける。

「許せ由乃……俺は負けられねえ……」

 誘惑に惨敗しつつデスクの引き出しを開ける家綱だったが、すぐにその表情は驚愕に染まる。

 ないのだ。

 今まで由乃がデスク内で管理していたカードがデスクの中にないのである。

 小さな鍵付きの箱の中に入っていたハズなのだが、箱ごと消えている。通算十回目の鍵交換だったが、これまで幾度となくピッキングをしてきた家綱(事務所の中でだけだが)には解錠出来る自信があった。

 だが、ないのだ。

「バカな……まさか……ッ!?」

 そして家綱は、デスクの上にある小さな黒い箱に気がつき、そして絶句する。

「そうかアイツッ……! いつの間に……クソ! やられたッ!」

 頑丈な金属によって作られ、数桁の暗証番号によって鍵を管理する人類の叡智。

 人はそれを、金庫と呼ぶ。

「だーーーーッ! クソ! 暗証番号なんかわかるかァーーーーッ!」

 ちなみにこの金庫は事務所の経費ではなく、由乃が先日支払われた給料で自腹を切って購入したものである。

「……田中のおっさん……後は任せたぜ……」

 届きもしない言葉をのたまいつつ、家綱はがっくりと肩を落として自分のデスクへ戻る。すると、それと同時に入り口のドアがノックされた。

「あ、いけね、そういや人が来るんだったな」

 家綱は湯杉ゆすぎという依頼人から連絡があり、今日来ることになっていたのをついつい忘れていた。時計を見れば、時間は丁度依頼人が指定した時間だ。

「あーすいません、中へどうぞ」

 慌てて身だしなみを整えつつドアの向こうへそう言う。中へ入ってきたのは、きっちりとスーツを着こなした初老の男性だった。

「先日お電話させていただきました湯杉忠信ゆすぎただのぶという者です。七重家綱様でございますね?」

「はい、ここの探偵の七重です。さ、どうぞおかけください。今お茶を淹れましょう」

 丁寧に一礼する湯杉にそう言いつつ、家綱は立ち上がってお茶の用意を始める。由乃が予め用意していてくれたようで、お湯ももう沸いている。

 簡単な紅茶を淹れて向かい合って座り、家綱は要件を聞く。すると、湯杉は重苦しい表情でまっすぐに家綱を見据えた。

「由乃お嬢様はどちらに?」

「由乃……お嬢様? ――――アンタは……ッ」

「ええ、和登グループの者です」

 湯杉のその言葉に、家綱は表情を一変させた。





「活躍してるかなぁ、金庫」

 必要なものを必要なだけ買い、ボクはホームセンターを出る。買ったばかりの金庫に思いを馳せると、悔しがる家綱の姿がイメージ出来て面白い。

 あの暗証番号は八桁だ。ブルートフォースアタックを地道にしかければ解読出来るかも知れないけど、対策として三日に一度は暗証番号を変更している。流石に毎回暗記出来ないからメモを取ってるけど、そっちは肌身離さず持っている。ロザリーに協力されるとまずい気はするけど、ボクは家綱よりロザリーを信じていた。

 彼女はきっとパチンコには協力しない。

「……ボクの勝ちだ……家綱」

 何故か得意げに勝利へ浸っていると、不意にボクの前に高級そうな黒い車が一台止まる。どこか見覚えのあるその高級車をジッと見ていると、助手席のドアが開く。

「……え?」

 そして降りてきた女の子を見て、ボクは戸惑いの声を上げる。

「お久しぶりです」

「な、何で……」

 見覚えのあるその少女の顔に、知らず、ボクの声は震えていた。

 ツインテールに結われた金髪。気品のある雰囲気。どこかのお嬢様中学校のものであろう、高級そうなブレザーの制服。そのデザインの制服は、数年前……かつてボクの着ていた制服と同じものだ。

友愛ゆあ……」

「お久しぶりです、お姉様」

 ニコリと微笑み、友愛()は一礼してからそう言った。





 由乃が友愛と出会った頃、事務所の中は重たい空気で満ちていた。

「あなたが良くしてくださっているのはわかります。ですが、由乃お嬢様をどうか和登家に戻るよう説得していただけないでしょうか」

 真摯な眼差しでそんなことを懇願する湯杉に、家綱は狼狽する。

「ちょ、ちょっと待ってください! 由乃がお嬢様だなんて俺ァ……」

「……ご存知のハズですが」

 シラは切れないか、と家綱は心の中で舌打ちする。いくら何でも知らないというには無理があったのだろう。

「お嬢様が家を飛び出してから早二年……。お嬢様に帰ってきてほしいというのは、和登グループの総意でございます」

 和登グループ。ここ罷波町に本社を置く、それなりに大きな企業だ。全国的に見れば知名度はそれ程高くないものの、本社のあるこの罷波町では非常に知名度が高く、由乃が和登グループの社長である和登岩十郎わとがんじゅうろうの娘であることは、由乃と出会った時から家綱も何となくわかっていたことだ。

「しかし何故急に……? 和登家の後継者はもう決まったハズだ……、ですが……」

 思わず崩れそうになっている敬語を取り繕いつつ、家綱は疑問を口にする。

 由乃がここで助手をやるようになってから一年経った頃、和登グループの後継者が正式に由乃の妹である和登友愛に決まった、という記事が新聞に載っていたし、当時は事務所にテレビがなかったせいで見れなかったが、地方のニュースでも報道されていたハズだ。

「確かに、後継者は友愛様に決まりました」

「なら何で今更――」

 言いかけた家綱に、湯杉は訝しげな表情を見せる。

「家族に帰ってきてほしいと思うのが、そんなに不自然でしょうか?」

 湯杉のその言葉に、家綱はハッとなって言葉を失った。

 家族に帰ってきてほしい。その思いはあまりにも当然過ぎて、家綱は何も言い返すことが出来ない。

 その当たり前の思いを、一体誰が否定出来ようか。

「それに、理由はそれだけではないのです」

 そして湯杉は、もう一つの理由を静かに語り始めた。





 罷波町の中心部にある噴水公園。そこにボクと友愛は来ていた。しばらく来ていなかったせいか、この公園の景色が随分と懐かしく感じる。

 公園の中央にある噴水は、小さな虹を作り出しながら太陽に向かって水を噴射し続けている。何度見ても、この光景は綺麗だな、と目を奪われてしまう。前は噴水なんて気にもとめなかったのに。

「こうしてお姉様と話をするのは、二年ぶりですね」

 適当なベンチに腰掛け、友愛は感慨深げにそんなことを言った。

「……そうだね」

 それに対して複雑な思いを抱きつつ、ボクは友愛の隣にゆっくりと腰掛けた。

「お姉様がいなくなってからの二年間……お父様は徹底的に私を後継者として育てました。今まで『保険』程度の扱いだった私への教育は、一気に力が入れられました」

 父が、ボクに今までしてきたこと。そのことを思い出せば、妹が……友愛がこの二年間、どれだけ苛烈な教育を施されていたかが手に取るように理解出来た――と同時に、ボクは彼女を身代わりにして、辛いことから逃げ出したんだという罪悪感を覚えてしまう。

 ボクは、逃げた。

 後継者であることから、その重責から、逃げた。

 辛くて、苦しくて、不自由で、そこにボクの意思はなくて……そんな生活から、ボクは逃げ出した。

 妹の友愛を、身代わりに。

「お姉様、そんな顔をしないで下さい」

 ボクの心中を察したのか、友愛はうつむくボクの顔を覗き込むようにして微笑んで見せる。無理して笑っているようには、見えなかった。

「でも、ボクは……」

「良いんです。私は、望んで後継者になろうとしたんです。私、お姉様のことが羨ましくて仕方ありませんでしたから……」

 ――――どうして、お姉様ばかり!

 幼い頃、そう言って涙を流していた友愛の表情が、今でも忘れられない。

 父は、ボクだけに愛をそそぐかのように教育を施した。ボクを、和登家の後継者にするために、ボクへの教育に全力を注いでいた。

 友愛は決して放置されていたわけじゃない。だけど、ボクと彼女の扱いに明確な差があることは子供にでも理解出来る程だった。

 きっと友愛は、昔からボクよりずっと向上心のある子だったんだと思う。だからこそ、更に上へ上へとしつけられるボクが羨ましかったんだ。

 でもボクは、もっと普通の子供みたいに生きてみたかった。もっと遊んで、もっと自由に……裕福じゃなくても良いと。

 ボクは友愛のような生活を求め、友愛はボクのような生活を求めていた。

 なんて、皮肉。

 人間はいつだってないものねだりだ。持つ者と持たざる者、そこに明確過ぎる差があれば、怖いくらいにすれ違っていく。

 すれ違いざまに、大なり小なり傷をつけあって。

「ごめん、友愛」

「お姉様が謝ることなんてありません。誰も、悪くないんですから……」

 そう答えて、友愛はそっとボクの髪に触れる。不意の行動に驚きを隠せないボクに、友愛は悪戯っぽく笑った。

「髪、切ったんですね……喋り方も変わりましたし」

「……うん」

 二年前。家綱の元で助手をやるって決めた時、ボクはボク自身を徹底的に変えた。長かった髪を切って、喋り方を変えて……。まるで過去の自分を否定するかのように、ボクは過去と逆であろうとした。女の子っぽい格好もしなくなったし、大人しめだった性格も無理矢理変えた。

 今の方がしっくり来るのは多分、これがボクの本当の姿だからだと思う。前もそんなに嫌ではなかったけど、和登家の令嬢としてしつけられたものでしかなかったから。

「それに、前より何だか活き活きしています」

「……そうかな」

「そうです」

 そんな会話をして、ボクらは顔を見合わせて笑う。

 二年前なら、こんな会話は出来なかった。ボクは友愛に、友愛はボクに嫉妬していて、とてもじゃないけど二人仲良く――なんて関係ではなかった。

「友愛の方が、やっぱ後継者に向いてたのかもね」

「どうしてです?」

 キョトンとした表情で問う友愛に、ボクは微笑む。

「活き活きしてるもん」

「そうですか?」

「そうだよ」

 そのやり取りが、先程のやり取りとそっくりだということに気が付いて、ボクらはもう一度顔を見合わせて笑みをこぼした。

「……そういえば、何か用なの?」

 そう問うた途端、確かにさっきまでそこにあった和やかな空気は一瞬にして消え去る。

「はい」

 真剣な表情で、友愛はコクリと頷き、言葉を続けた。

「お姉様に、帰ってきてもらいたいのです」

 友愛の言葉に、ボクは表情を一変させる。さっきまでの穏やかな気持ちが一気にかき乱されていく。

「な、なんで今更!」

 知らず、語気が荒くなった。

 ボクが和登家を飛び出して二年……。父は、和登岩十郎はボクを捜そうともしなかった。確かに髪型や服装も変わって、見つけにくくはなっていたけど、和登家ならボクを簡単に見つけ出せるハズだ。なのに、ボクの元へおじいちゃん意外に和登家の人間が来たことは一度もない。それどころか、父はボクの代わりに平然と妹を後継者にした。

 まるで、ボクがいなくても問題がないかのように。

 帰りたくはなかった。でも、帰ってきてほしいと言われないのも辛かった。

 そんな矛盾を抱えて、それでも何とか押し込んで。

 少しだけ忘れて、やっとあの事務所で楽しくやっていけているのに。

 こんな形で急にかき乱されるのはとてつもなく不愉快だった。

「お父様が、お姉様を呼んでいます」

「だから何で今更なんだよ! お前らには、ボクはいらないハズだろっ!」

 いつの間にか、ボクは友愛を怒鳴りつけていて、友愛は悲しげに目を背ける。自分が何を言ったのか、言い終わってから気がついてボクは思わず目をそらす。

「あ……」

 友愛を怒鳴りつけても、何にもならないのに……。

「……気持ちはわかります。同じ立場でしたら、私もそう思いましたから」

「だからって友愛を怒鳴りつけるのは違うよ……ごめん」

 困ったようにはにかんでから、友愛は良いんです、とだけ呟く。

「でもボクは……帰らないよ……。帰りたくない」

 だけど意思は変わらない。今更戻ろうだなんて思えなかった。

「そう……ですか」

 悲しそうに一度目を伏せた後、友愛はボクへ真っ直ぐに顔を向け、伏せていた目を開いた。


「お父様が、もうじき亡くなる――それでもですか?」


 ボクはただ、言葉を失うことしか出来なかった。



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