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家族になる (Be Family 2015)  作者: 伊都 空色
1/1

本当の幸せとは何か

第1部 ファミリー・サポート・ハウス


1 朝食カフェテリア


「今日もおいしそうなトマトだね」

私の皿を見ながら、おはようの挨拶代わりに妻が言った。

「そう、今朝ね、ボクがちぎってきたんだよ」

妻がトマトの事を言ってくると昨日から知っていたような

感じでボクは言った。

トマトがこんなにも幸せを運んでくれるなんて、最近まで

知らなかった。

「リコピンが豊富なのよね」

そう、この言葉は何百回も聞いたけど、今は、何回聞いても

新鮮に思える。情報としてではなく、心が伝わってくる感じだ。

「あなたの顔色良すぎね。後光が射してるみたいに神々しいわ」

そう。体重も、食事量も減ってはいるが、体調はとてもいい。

「そうだ。サトちゃんが、今週来れそうだって、連絡あったわ」

ボクたちが結婚する前からの夫婦二人の友人の事だ。

「へえ。仕事休んで来てくれるだろう。どの位こっちに居れるって」

「2週間位は大丈夫って」

「そうか」

ボクの口も手も飲むのと食べるので忙しくフル回転していた。

野菜も果物も、それにパンもおいしい。


妻が、笑顔でいろいろと楽しそうに話してくれるが、なぜだか、

内容はあまりボクの頭には入ってこなかった。


お天気もさわやかだし、何の憂いも今は感じない。

すべてを許せそうな、そんな心が晴れやかな感じだった。

「じゃあ。カットフルーツのお手伝いしてくるから、お先ね」

妻はそう言って、いつもの朝と同じようにカフェテリアの奥

に向かって行った。



2 彼の地


 ボクたち家族がここに来てから、もう2年になる。

 最初は、こんな所に来る、それも夫婦のみならず子供たちも

一緒になんて考えられなかった。

第一、それまで、それぞれがやっていた仕事や勤めを辞めて

生活費はもちろん、収入のあてもないままの大人4人が、どう

やって生きていくんだろうと不思議というか、よく決心できた

なって、今さらながら、他人事のように関心してしまう。

 

 ここは、本当にボクの生きている場所だと実感できる所だ。

 でも、場所以上に、このファミリー・サポート・ハウスと

いう仕組みがなければ、それを支えてくれている人びとが

いなければ、ボクたちは今こうして過ごす事はできなかった。

 

 ボクたち家族と同じような形で、この地区には3組の家族が

日本からやって来ている。いづれも末期がんの診断を受けてい

る。ボクは40代だが、他に2人は30代と20代と聞いている。

 20代の女性は、ご両親とご兄弟の5人で来ている。30代の

女性は本人のご両親と夫の4人で来ている。皆、自分の仕事

を辞めて、一緒にここに来ているのだ。

 

 これまでの医療系のファミリーハウスが、大手企業の支援に

よって、子供たちが専門治療を受ける間に病院近くに両親が

一緒に住むための施設だった。

 このファミリー・サポート・ハウス(以下、略してFSH)は

滞在費、食事代はもちろん面倒をみてくれた上に、ここを離れ

て日本に戻る時に、すぐに以前のような仕事に付けるように

採用側企業との調整や、ここでも職業訓練というか心理学も

含めた様々なスキルアップのトレーニングを個別に行ってく

れるというものであった。


 忘れていたが、治療費も全額負担をしてくれている。

 そして、これはアウトリーチ活動といって、必要と思われ

そうな人を、このFSHを運営しているファンド(基金団体)が

自ら探しに来てくれているのである。もちろん、何名かの

候補を選んで、そこで何らかの選抜が行われているのだ。


 今ボクが暮らしているハウスは、ボクたち家族の住む棟

の他に、大学の観光学科のセミナーハウスの棟、占いや心理

メンタルトレーナーのスクール・ハウスの棟の3つが同じ敷地

にあって、食事やイベントは共同のカフェテリアで行われて

いる。そうは言っても、3つ合わせても多くても40人~50人位

だ。

 

 同じ敷地内といっても、ボクらが暮らすハウスは他のハウス

からは少し離れていて、静かにのんびり過ごせるし、カフェテ

リアや他のハウス棟に行けば、多くの若い人たち、高齢者の方々

とも楽しく話しができる事が、何よりもボクを穏やかにさせて

くれている。

 

 

 

3 出会い


 2年前、ボクの病気治療を、というよりもボクの生き方、いや、

ボクたち家族のそれまでの常識そのものを変える出来事、変えて

くれた人たちとの出会いがあったから、ここに来たのだった。

 ボクは、10年前から、仕事をしながら、がん治療を定期的に

受けていたが、4年程前からは、体力的にも仕事を同じように

続けていきながらの治療は厳しくなっていた。

 仕事を辞めた後の治療費の経済的な心配もあったが、それ

以上に、まだ学生だった子供たち2人の学費や仕送りなんかの

心配もあって、妻もパートで稼いでくれていたが、仕事を辞め

る決心はどうしてもつかなないままだった。

 

 ボクの担当の医師は、とても丁寧に診てくれて、説明も十分に

してくれていたが、そうした経済的な相談は、専門に相談できる

ソーシャールワーカーにした方がいいと勧められた。

 確かに、いろいろな経済的な支援制度の事は、よく知って

いるとは思ったが、20代後半の若い女性に、ボクの思い悩んで

いる人生の相談なんてできなかった。

 その頃は、まだ子供たちにもボクの本当の病気の事は話して

いなかった。ただ、肝臓が悪いっていう程度は話していた。

 

 病院そのものを変えようかどうしょうかと迷っていた頃だった。

 FSHの日本人スタッフが、ボクたち夫婦が食事をしていた横から

話しかけてきてくれたのだった。

 ボクは、その時も病気の事については話はしてないはずだが、

子供たちの事も含めて、どうしょうかという話を夫婦でしていた

のは間違いなかった。

 「突然失礼とは思いますが、もしよろしければ、お二人のお悩み

を聞かせていただけませんでしょうか。こんな若造に話しても何の

解決にもならないと思われるでしょうが、それなら尚の事、何の損

もお二人にはありませんよね。別に宗教とかツボとかの話はありま

せんから」

 

 この日、本当にボクは、よくしゃべった。人生でこんなに人に

話をしたのは初めてという位に話した。話していて、妻が何度も

ボクに言った言葉が忘れられない。

「そんな事、私に一度も話してくれなかったわね」

何度も、そう言われた事だけは覚えているが、自分で何を話したのか

全くと言っていい程覚えていない。思い出そうとしても思い出せない。

いつか、あの時の彼に、ボクが何を話していたかを聞くことができた

らと思う。


 彼に出会った日から、手続きや面談などで、決定を受けるまでには

3ケ月程かかった。決定を受けてからも、まだボクの気持ちは、本当に

そういう選択をして間違いはないのかという事に、迷いしかなかった。

 せっかくいただいたチャンスなのに、うれしいというよりも、そんな

人生の選択、妻や子供たちも含めた家族全員の人生を大きく変えるよう

な選択をして良いのだろうかと、迷い続けた。


 そんな時、FSH財団のCEOから、ボクのところへ電話をもらった。

 のちのち、このCEOにお目にかかることになったが、その時は電話だけ

で十分だと思った。

 彼の一言が、ボクの迷いを、迷いをなくしたいという思いを捨てさせて

くれたのだ。

 

「迷いを持っているあなた自身を大切にすればいいんじゃないですか。

迷いをなくしたいと思えば思うほど、迷っているあなたを鞭打つだけ

ではないですか。ご自分に鞭打つのを止めるというのが、今回、あなた

と私共が出会いをいただいた事の意味だと、私は思います」

彼はボクの病気の事についても、子供達のへの事も、何も言わなかった。

ただ、この言葉を繰り返し言ってくれた。

「ご自分を鞭打つのを止めると決めませんか。 それを決めないまま

生きていれば、そのうち、あなたは、あなたの身近な人々を鞭打って

も平気になってしまいますよ」

この時は、その意味がよく理解できなかったが、一番大切な事は、

自分で自分を鞭打つことを止めると決める事だと、迷いが消えた。



4 夫婦 (に続く)





 


 


 



 

 


 





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