穏やかな休日
マーヤの部屋から自分の部屋に戻ると、彼女は手を振って消えていった。俺は、放課後から色々と驚かされ続けたため、物凄く疲れていた。
* * * * *
「ふうぅ〜、やれやれ。今日はなんか疲れたから、風呂入って寝るか……」
そう言って、俺は下着姿のままで風呂場へ向かった。脱衣場でパンツを脱ぐと、そのまま勢いよく風呂場のドアを開ける。
お風呂場には既に先客が居た。ちょうど髪を洗い終わったところだったらしい妹が、俺のほうをマジマジと見てからこう言った。
「あっ! お兄ちゃんお帰りなさい……。カノジョさんと旅行に行くって聞いたけど、まだ出かけてなかったんだね。よかった――」
俺は最近少し胸が膨らみ始めてきている妹の姿に、少しばかりドギマギしているのだが、こいつは自分の裸を見られていることにも俺の裸を見ていることにも全く動じていない。まあ、家族なんだし、それが正常なのだろうが……。
「お兄ちゃん、……ボク、お兄ちゃんが居ないと淋しいの。……今夜だけでいいから一緒に寝てもいいかな?」
以前は、よく一緒の布団で寝ていたが、妹が小学生になったのをきっかけに、別々の部屋で寝るようになった。
「ああ、今晩だけだぞ……」
「うんっ! 久しぶりにお兄ちゃんと一緒に寝れて嬉しい」
俺は、妹の頭をポンポンとしてやると、妹と一緒に湯船に浸かった。妹が、俺の方を向いて神妙な顔つきで言う。
「お兄ちゃん、ボクのお話、聞いて……」
「ああ、なんでも聞いてやるよ」
やべっ……今、なんでもって言っちゃったけど、出来ないこと言われたらどうしよう。
「あのね、お兄ちゃん……。朝だよ……。起きて……」
「……」
* * * * *
「お兄ちゃ〜ん! 朝だよ〜! 起きて〜!」
「んー、もう朝か……」
枕元に置いたスマホにセットされた目覚ましアプリが朝を告げる。目覚ましの音声の影響で変な夢を見たようだ。
俺は寝ぼけまなこで、アラームを止めようとするが、手をお腹のあたりまで上げたところでプニョプニョとした柔らかな感触に阻まれてしまう。
「んんん〜? なんだこれ……」
俺はその障害物を避けようと必死に手を動かしたが、なぜか避けることが出来ない。手のひらに吸い付いてくる吸着感は、例えるなら……そう、まるでおっぱいのようだ。あまりにも心地が良い感触に、つい我を忘れてそのおっぱいを揉んでいると、「あーっ、お兄ちゃん。やっと起きたね。……えへへ〜。おはよう。今日も頑張ろうね」と言う音声とともに、アラームが止まった。
しばらくすると、目の前にいるおっぱいの主が声を発した。
「んもぉ〜、ケーくん、さっきから私のおっぱい揉みすぎ。……ねぇ、私のおっぱい、そんなに気持ち良い?」
そう言って俺の毛布を剥ぎ取ったのは、隣の家に住む一つ下の幼馴染、ミユキだ。
「はぁ〜、……おい、ミユキ。俺の寝ている布団に潜り込むの止めろって、いつも言ってるだろう」
「えへへ〜っ。だって私、ケーくんのお嫁さんになるんだもん」
……そうだった。こいつにはちゃんと伝えておかないといけないな。
「ミユキ……。実は俺、昨日彼女が出来たんだ。……それで、急なんだけど今日の夕方から、彼女と遠いところへ行くことになってる。だから、お前とはもう会えないと思う」
「……知ってるよ。ケーくんと同じクラスの齋藤真綾って人でしょ? 彼女すっごい美人さんだよね。でも、ケーくんのお嫁さんになるのは私だよ。あんな女にケーくんは渡さない。私も旅行について行くことに決めたから。そしたら、ケーくんとずっと一緒に居られるよね」
――いや、異世界に行くんだからミユキが付いてくるのは無理だろう……とは、さすがに言えないか。
「ミユキは今年、受験生だろ? いい高校に入らないと、カノコさんが泣くぞ」
「お母さんなら、ケーくんと旅行に行くって言えば『あら、行ってらっしゃい。ちゃんと子作りしてくるのよ』って言ってオッケーしてくれると思うんだよね」
「あー、確かにカノコさんなら、そう言いそうだな」
俺はミユキの言い分に妙に納得してしまう。カノコさんはそういうことを平気で言っちゃうような人だ。たとえ冗談でも中学三年生になる娘に『子作りしろ』なんて言う親は、世界中探してもカノコさんくらいのものだろう。俺はため息をつくとミユキに言った。
「なあ、ミユキ……。お前の胸、思ってたより小さいんだな」
「えっ? 今……、なんて言ったのかな? ケーくん。……私、クラスでは皆んなに『デカ乳』って言われてるくらいなんだけど。……もしかしてケーくん、私より大きなおっぱい揉んだの? ……齋藤真綾はチンチクリンだから、他の女だよね……」
ミユキがなんだか怒り出した。
「うーん……。キスはされたけど、おっぱいは揉んだ覚えが……」
「へえー……、キス……したんだ……ケーくん」ミユキの様子が急におかしくなった。「私のケーくんにキスするなんて……。そいつには死んでもらわないと……だね〜」
ミユキがどこから持ってきたのかバールのようなものを取り出し、不敵な笑みで物騒なことを言う。怖い怖い怖い……。今まで彼女が居なかったから気づかなかったけど、ミユキって実はヤンデレだったのか。
「ミユキ、安心しろ。セバスちゃんたちにとって、キスすることはビンタに相当するらしいんだ――」
俺は、今までの経緯をミユキに説明する。
「――というわけで、俺はマーヤのお嫁さんとしてあちらの世界に行った後、世界を正しい価値観に戻してやるつもりなんだ。そうすればきっと、全てが丸く収まると思ってる」
「へえー、殺すことが愛情表現になる世界……ねぇ。……だったら私、そのセバスって巨乳女に、服を着せまくってみんなの前で辱めてあげる……。アハハハハ、私のケーくんにキスした罰を存分に味あわせてあげるわ」
もう、ミユキはヤンデレというか悪役そのものだった。でも服着せるだけなら実害もないしほっとけば良いか……
「よしっ、まあミユキが来たいっていうなら、一緒に行こうか。価値観が違うからマーヤも許してくれるだろう」
とりあえず俺はミユキを連れて行くことに了承した。……いや、連れて行かないとミユキに刺されるかもしれないなんてことは、これっぽっちも思っていないけど……ね。
その時、「ガチャリ」と、部屋のドアが開く音がしたので、俺はドアのほうを見た。
「……もう、お兄ちゃん、いつまで待たせるの? ボク、昨夜からずっとベッドでお兄ちゃんが来るの待ってるのに……」
ドアから入って来たのは妹の唯香だ。若干13歳にして声優をしている妹は、さっきのボイスアラームの音声を担当していたりする。つまり俺は、毎朝バーチャルなリアル妹の声で起こされているというわけだ。まあ、アラームを仕掛けたのはこいつなんだけど……。
「ていうか……唯香、ベッドで待ってたって何? もしかして昨夜、俺と一緒に風呂入ったのは現実だったの?」
「お兄ちゃん、もしかして寝ぼけてるの? 昨夜お風呂の中でボクのおっぱい舐めながら、一緒に寝てくれるって言ったよね」
――いや、断じてそんなことはしてない……ハズ……だと思いま……す?
「ケーくん、唯香ちゃんになんてことを……」
ヒイィッ! ミユキが凄く怒ってらっしゃる。
「いやいや、絶対してないって、そんなこと……。なあ? そうだよな、唯香」
「……お兄ちゃんにおっぱい舐められて、……ボク、すごく興奮しちゃった。」
「ウソだーっ! 頼むからウソだと言ってよぉぉぉ!」
「ケーくん、やっぱり……」
うわああぁぁっ! ミユキが俺に向かってバールのようなものを振りかぶっている。
「やめてくれミユキ! 誤解だ。多分そんなことは絶対にしていない……」
「ケーくん、『多分』なのか『絶対』なのか、はっきりして……」
「しっ、してないッ! 絶対にっ……!」
グシャアッ! という音とともに、ミユキが振り下ろしたバールのようなものが床板を叩き壊す。それは、思わず尻餅をついた俺の股間から、わずか5センチメートル程の場所に深く突き刺さっていた。
あまりの恐怖に俺は失神してしまっていた。




