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兎龍王子の逆転箱

今回、一部不衛生なシーンが有りますので、食事中の方はご注意してください。

 山田が「自室でないと落ち着かない」と言うので、俺たちは209号室から、彼女の部屋である207号室に移動していた。部屋の中を見回すと、とても女の子らしい部屋……とはこれっぽっちも言えないほどの、はっきり言えば『ゴミ屋敷』と化していた。


「おい山田、お前いつもこんな汚い部屋に住んでるの?」

「わあーっ、ありがとうございます。私の部屋を汚いって褒めてくださって……」

「褒めてねーよ」


 山田は、自分の部屋を汚部屋と言われたことを、心底喜んでいるようだ。ダメだこいつら、価値観が違いすぎる。こんな部屋、一刻も早く去るに限る。俺は、そう判断して山田に告げる。


「悪いが、もう帰らせてもらう。お前らの世界に行くのは無理だ」

「残念でした。きっと二階堂くんはそう言うだろうと思って、対策済みだよ〜」


 そう言うと、彼女はSF映画に出てきそうな光線銃っぽいものを取り出して、俺に向かってトリガーを引いた。


「グアアアァッ!」発射された光線をまともに食らった俺は、悲鳴を上げた……筈だった。しかし、実際のところは痛みがなく、寧ろとても気持ちが良かったくらいだ。


「これは、一時間だけ価値観が逆になる光線銃だよ。私たちがこの世界で暮らすには、必要なアイテムなの」


 なるほど、それは便利なアイテムだ。


「ほら、あそこを見てみて……」


 彼女の指差す方角を見ると、とても愛くるしい生き物の姿を見つける。


「か、可愛い……。ほらおいで〜、怖く無いでちゅよ〜」


 俺はそいつの気を引こうと猫なで声で夢中に呼びかけるが、俺の気配を感じ取ったそいつはササッとどこかに隠れてしまった。


「あああー、ゴキちゃん居なくなっちゃった〜」

「ねっ、殺したくなるほど可愛いでしょ。ゴキブリって……」


 真逆になっているはずの価値観が中途半端に相まって、ゴキブリを殺したいと言う感情は同じようだ。


「ねえ斎藤さん……」

「マーヤで良いよ、二階堂くん」

「マーヤ。俺マーヤのお嫁さんになっても良い(・・・・・・)よ」

「うふっ。二階堂くん……言質、頂きました。大っ嫌い(・・・・)


 こうして、俺はマーヤと付き合うことになった。後にして思えば、無理矢理マーヤの嫁候補にさせられてしまった感じしかしない。


 一時間後、価値観が元に戻った俺は、自分が下着姿でいることに落胆していた。価値観が逆になっていた際、自分の衣服を全て破り棄ててしまった俺は、着るものがない。俺が恥ずかしそうにしているとマーヤがクスクスと笑って言う。


「二階堂くん、私がいつも学校でどれだけ恥ずかしい思いをしてたか、今なら分かるよね」

「ああ、分かる。今の俺の気持ちが、いつものお前の気持ちそのものだったんだな」

「ご名答! だからもう君は、この世界には居られない人間なんだよ」


 そう言うと彼女は、俺に絆創膏(転移装置)を渡す。


「これ、乳首に貼るだけで良いのか?」

「そだよー。 隠すような感じで貼ってね」


 俺が絆創膏を貼り終わるのを確認すると、マーヤはブラジャーを脱ぎ捨てた。その下には俺と同じように絆創膏が貼られていた。


「さて、転移の準備はできたけど、言語の違いを修正するために、このドリンクを飲んでください」


 そう言ってマーヤは、俺にエナジードリンクのような瓶を渡す。


「これ、一本飲むと一年間、異世界の言語が自由に使えるようになる夢のようなドリンクです」


 俺は、早速もらったドリンクを飲み干した。とても甘くドロドロとした液体という感じた。一瞬、心臓の鼓動が早くなり、ハンマーで叩かれたような激しい頭痛を起こしたが、すぐに回復する。


「試しに、この本を読んでみてください。私たちの国で一番ポピュラーな絵本です」


 そういうとマーヤは、床に落ちている絵本を一冊、俺に手渡した。俺はマーヤから受け取った本を見る。初めて見る文字だったが、ちゃんと読めるようだ。どれどれ、どんなお話なんだろう――


 * * * * *


『あるところに、とても心の醜い王子様が居ました。


 ある日、王子が散歩をしていた時に、一匹のウサギが複数の少女達によって、撫でられたり人参を食べさせられたりするという惨たらしい光景を目にします。

 

 あまりの光景に見かねた王子は、少女達に「こんなことは即刻やめるように」と、注意します。


 それでも一向にやめようとしない少女達に、ついに王子は「これ以上続けると、国家反逆罪と見做し、この場で全員、《生涯着ぐるみ着用の刑》にするぞ」と脅して、無理矢理やめさせました。


 凶暴な少女達は王子にキスをすると「へっ、今日のところはこれくらいで勘弁してやる」と、捨て台詞を残してどこかへ去って行きました。


 キスをされて満身創痍の王子は、ウサギを殴ります。


「さあウサギ、もう大丈夫だ。もう悪い奴に捕まるなよ」


 そう言って王子がウサギを蹴り上げようとした時、ウサギの体が突然光りだしました。


 王子が驚いていると、光り輝くウサギは突然喋り出します。


「王子様、助けて頂いてありがとうございます。お礼に龍空城へとご案内します」


 ウサギの背中に乗った王子は、ウサギの羽ばたく耳で、遥か空高くにある龍空城へと到着します。


 そこはとても魅力的なゴミ屋敷でした。次から次へと出される生ごみを片っ端から平らげた王子は、そろそろ帰らなければならないことに気がつきます。


漢姫(おとひめ)様、そろそろ帰らなければなりません」


 王子が屋敷の主人にそう告げると、主人は何処からか、小さな箱を持ってきて言いました。


「名残惜しいですが王子、これはお土産です。帰ったらこの箱を開けてください」


 漢姫様はそう言うと、王子を殴って立ち去りました。


 王子は名残惜しそうにウサギに乗って、地上へと帰ってきます。


 後日、箱を開けた王子は龍空城での記憶以外の全てのことを忘れてしまいました。


 その後、王子は天から迎えにきた漢姫様に殺されました。


 めでたし、めでたし。


 * * * * *


 俺が、絵本を読み終わると、マーヤが話しかけてきた。


「二階堂くん、どうだった?」

「うーん……。浦島太郎の話が、お前の世界だとこんな感じに伝わってるのかな? ……お前たちの価値観では、きっとこれがハッピーエンドなんだろうけど、はっきり言って俺には意味がわからない。」


 俺は、思ったことを正直に告げる。


「……そうかもね。でも、これがもし『この世界』を『私たちの世界』と『二階堂くんたちの世界』の二つに分けた原因だと言ったら、どう思う?」

「えっ? それってどういう――」

「私たちの世界には、『この兎龍王子(とりゅうおうじ)が開けた箱は、世界の価値観を完全に逆転させる道具だった』という説が有るの。

 実は、私たちの世界は人類が緩やかに衰退し続けているのだけれど、その原因を探すために『時空間を超える技術』が異常なほどに発達したわ。その技術のおかげで、私はここに来ることが出来たの。

 私、こちらの世界に来てみて、この『兎龍王子の逆転箱』説が正しいものだと確信したわ。そして、この世界をいろいろと見た結果、『私たちの世界は、もしかしたら、この世界の一部だったのではないか』という考えに至ったのだけれど……」


 なるほど、マーヤの考えてることは良く分からないが、彼女の世界には『時空間を超える』技術があるらしい。


「なあ、その時空間を超える技術って、タイムトラベルとかも出来るのか?」

「一応、技術的には出来るわ。でも、過去に戻ることしか出来ないみたいだけれど……」

「いや、過去に戻れるだけでも大したものだろう。馬券を買ったり馬券を買ったり、はたまた馬券を買ったりすれば、あっという間に大金持ちだ!」


 俺がタイムトラベルの活用法に想いを馳せていると、マーヤが呆れ顔で言う。


「あなた、お金儲けの方法を『馬券を買うこと』しか思いつかないのですか? 数字を選ぶクジとか、他にもいろいろあるでしょう?

 ……そもそも、お金なんて貧乏人が持つものですわよ」


 マーヤの異世界ツッコミが炸裂した。そうか、彼女の世界ではお金は貧乏人が持つものなのか。


「なあ、お金を持ってる奴が貧乏人ってことは、お前たちの世界の金持ちは、いったい何を持ってるんだ?」

「……ゴミですわ。あと、私たちの世界では『お金持ち』ではなく、『お(ごみ)持ち』と呼びます」

「ああ、だからこの部屋はゴミ屋敷になっているのか」――俺はそう言いながら、改めて部屋を見回した。……凄く汚い部屋だった。


「さて、雑談はこの辺で終わりにして、そろそろ私の世界に行きましょうか?」

「それなんだけどさ、もう夜も遅いし、明日にしないか?」


 俺がそう言うと、彼女はこう言った。


「ご家族と学校には『私とあなたの二人で海外旅行をする』と言う連絡を、既に私の方からしてありますわ。でも……そうですね、出発は明日の夕方にしましょう。ちょうど明日は日曜日ですし、それまでに用事があれば済ませて来てください」


 そう言うと、彼女はその場で軽く手を振りかざした。その瞬間、目の前に物凄く見覚えのある扉が現れる。


「な、なんで俺の部屋が此処に……」

「言ったでしょう。時空間を超える技術が発達していると……」


 なんてことだ。服が無いので、家まで半裸で外を歩かないといけないかと気が滅入っていたが、そんな必要は無かったようだ。とりあえず助かった。


「もし、時間になっても来ないようなら、この技術で無理矢理に連れて行きますから、必ず来てくださいね」

「ははは……、ちゃんと来るって……」


俺は、乾いた笑いを浮かべながら、自分の部屋へと帰って行った。

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