知能と知能(2024年編集)
~ 東京都 新宿区 ~
佐久間たちは、東京都新宿区にある、尾形弁護士事務所を訪れている。
テレビコマーシャルで、有名な尾形弁護士事務所は、弁護士二十七名が、在籍する大所帯である。
過払い金の相談窓口が、特に混んでいるようだ。正面を進むと、清楚な受付嬢が、迎え入れる。
「尾形弁護士事務所に、ようこそ。本日は、どのようなご相談ですか?」
「尾形弁護士に、面会を希望する者なのですが、お会い出来ますか?」
「面会予約は、ございますか?」
「いえ、いきなりの、訪問で申し訳ありません」
(………)
「それでは、予約をお取りいたします。今からですと、来月、最終営業日の十六時になりますが、如何しますか?」
「それは、困りました。では、これでは、如何でしょうか?」
(------!)
「少々、お待ちを。上に確認を取ります」
佐久間は、名刺を差し出すと、受付嬢は、一瞬、真顔になり、直ぐに内線を入れる。
(さあ、尾形弁護士は、どう出るかな?)
内線を切った受付嬢は、満面の笑みを浮かべた。
「尾形が、お会いになるそうです。奥の特別応接室へ、ご案内いたします」
(…特別ね)
「可愛い、受付嬢ですな」
「大手だからね。見かけだけでなく、中身も賢そうだ。所作で分かるよ」
「こちらに、お掛けになって、お待ちください。只今、お茶を、お持ちいたします。尾形は、接客中につき、二十分程、お時間を頂戴いたします」
特別応接室で待つ事、二十分。尾形が、応接室に入ってきた。
「お待たせして、すみません」
「いえ、こちらこそ。面会予約無しで、無礼を働きました。申し訳ございません」
「本日は、どのようなご用件で?先日の契約話については、前回、説明した通り、何もお話出来ませんよ。九条大河の守秘義務が、ございますので」
「重々、承知しています。本日は、それ以外の話を、伺いに参りました」
(………)
「伺いましょう、お座りください」
尾形は、佐久間たちが、何の目的で、来たのかを、察したようだ。僅かながら、身構えている。
「尾形弁護士、あなたは、警視庁捜査一課に来る前日に、加納謙一の出版社を訪れた。どんな用件で、訪問されたのですか?」
(めざといな)
「個人的な話をしただけです。内容までは、お答え出来ませんな」
「何故だ?警察組織には、聞く権利があるぞ」
「佐久間警部、どなたですか?人の事務所に乗り込んで来て、事もあろうに、弁護士を、恐喝まがいに、脅す方は?」
「警視庁捜査一課の、山川だよ。どの辺が、恐喝まがいだ?いつから弁護士は、そんなに、偉い存在になったのかね?法廷では、力無き弱者に、容赦無く、暴言吐く弁護士も、いるってのに」
(………)
「まあまあ、山さん。とりあえず、私と尾形弁護士で、話をさせてくれ。話が、続かないよ」
佐久間は、山川を御すると、切り口を変えた。
「守秘義務は、結構です。だが、あなたが、加納謙一の元を訪れた事は、裏取りが済んでいます。加納謙一は、一月八日から、長期取材で北海道に渡り、二月十四日、十七時頃に、襟裳岬近くの、崖下に転落。翌日、二月十五日に、遺体となって、発見されたんです。良いですか?先程話した通り、あなたが接触した加納謙一は、あなたと接触後、北海道へ飛び、何者かに殺された。それでも、しらを切るおつもりか?」
「……まさか」
尾形の表情が、曇る。
「その、まさかです。あなたが、九条大河から依頼を受けた内容は、ご存知無いでしょうが、私への犯行声明でした。そこには、詩がしたためてあり、連続殺害を、仄めかす内容でした。信憑性が出てきたのは、犯行内容が、詩の内容と重複したからです。拡大解釈すると、あなたは、殺人ほう助の、疑義に抵触する可能性があります」
(………)
百戦錬磨の弁護士らしく、佐久間の揺さぶりに、動じない。
「これは、異な事を仰る。加納謙一の元を訪ね、佐久間警部の推察通り、依頼主からの手紙を、渡したまでです。この行為は、契約に基づき、実行したものであり、中身も見ていないのですから、知る由がありません。つまり、殺人ほう助には、該当しません、残念ながら。それに、殺人ほう助とは、明らかに、殺害の念をもって、その行為に、力を貸す事を問うもので、少しばかり、的を射ていないのでは、ありませんか?」
尾形の反論に、山川が、怒りを露わにする。
「何だと!!」
「待つんだ、山さん。では、少しだけ、要点を変えましょう。空港で、麻薬を隠した人間が、検閲で発覚して、逮捕される。確信犯もいれば、中身を麻薬だと知らされず、誰かに依頼され、運んだ場合も、無条件で、逮捕となります。検閲には、道中の状況、本人の事情は、関係ありません。彼らは、理由を問わず、逮捕される。何故ですか?」
「それは、単に、違法で悪い行為だからです」
佐久間は、ほくそ笑んだ。
「全くの同感です。違法で、悪い。だから、捕まる。あなたのしている事と、同じなのでは?」
(------!)
「りっ、理論のすり替えだ。そんな暴言、どこにありますか?暴言を続けるなら、お引き取りください。客を、待たせているので」
尾形は、僅かだが、動揺した。
(揺らいだな?)
「分かりました。では、最後に、尾形弁護士。あなたは、確かに、九条大河から、依頼されただけ。私の所にも、加納謙一の所にも、手紙を届けただけ。守秘義務の観点から、依頼主の名を明かせない、あなたの事情は、理解出来ますし、それは、正しいことです。否定しませんよ」
佐久間は、敢えて、肯定から入る事で、揺さぶる事にした。わざと、数秒、間を置く。
「ここからが、重要です。心して、聞いて頂きたい。九条大河の宣言通り、既に、一人犠牲になりました。これは、歴とした殺人事件です。あなたは、『私への手紙を見るな』と、九条大河から言われた為、内容は知らない。これは、警視庁からの情報提供であり、九条大河からでは、ありません。この犯行は、少なくとも、今後、五件は続く事になるでしょう。これについて、何か、ご存知ありませんか?捜査が展開してからでは、手遅れになります。今のうちに、何か知っているのであれば、捜査協力した方が、この弁護士事務所が、揺らぐ事がないと思いますよ?」
(------!)
尾形の顔色が、明らかに変わった。先程までの、自信に満ちた面構えが一転し、苦悶の表情を浮かべ、冷や汗が、落ち始める。
(…完落ちか?それとも、まだ半落ちか?)
「おっ、お答え出来ません。依頼主の信頼には、応えなくては」
佐久間は、静かに、尾形を見つめる。
「…分かりました、結構です。あなたの態度で、確信しました。山川刑事、今から話す時刻を、記録しておいてください。尾形弁護士も、よろしいですね?」
(------!)
「尾形弁護士事務所の尾形弁護士に、警視庁捜査一課、佐久間より警告します。あなたは、九条大河からの依頼を受けて、殺人ほう助の疑いが、後に生じるが、この時点では、露知らず、手紙を届けた。…ここまでは、大丈夫でしょう。また、既に、残りの犯行に関わる者たちに対して、九条大河からの依頼で、個別、もしくは、一堂に会し、周知したと推測します。これも、事件の事を知らずに、行っているのであれば、情状酌量が認められます」
佐久間は、意図的に、再び、間を置いた。
「良いですか?これは、殺人事件です。あなたは、知らないうちに、大量殺人のきっかけを、関係者に提供したのです。今後、この件で、あなたが、事件に繋がる行為を行い、警察組織が、捜査の過程で見つけた場合は、躊躇なく逮捕します。また、今後、捕らえた犯人、もしくは、関係者から、あなたの氏名が出た時点で、その身柄を確保します」
(------!)
(…頃合いだ)
佐久間は、動揺しきった尾形に、最後の台詞を付け加える。
「あなたは、頭の良い弁護士だ。これが、あなたの言う、恐喝となるなら、私は、甘んじて逮捕されましょう。……よく、お考えください」
佐久間は、引き上げる仕草を見せた。これ以上は、弁護士が相手だ。発言一つで、全てが、覆る可能性もある。なりより、佐久間の直感が、危険信号を出している。
「おっ、お待ちください」
退室しようと、ドアノブに手をかけた時、尾形は、佐久間を引き留めた。
「…どうされましたか?」
「少しだけ。…少しだけ、お待ちください。頭を、整理したいんです。佐久間警部は、相手の、空気を読む事に長けた、敏腕警部と見込んで、可能な範囲内で、お話したい。もう一度、お座りくださいませんか?」
(……半落ちだな)
佐久間は、静かに、座り直す。
「…では、伺いましょう」
「あなたに、初めてお会いした日、お話した内容は、事実であり、偽りはありません。また、あなたが先程、警告した内容については、否定も、肯定もしません。…いや、語弊があるな、訂正します。否定も、肯定も出来ません。まず、これは、ご理解ください。こちらの意を、汲んで頂きたい。一連の原因者、つまり、その氏名は、明かせません。また、佐久間警部に面会後、私が、八名程度と接触し、ある物語を語った事、ある時期毎に、決まった人間による、ある物語を解く為の、指南をする事は、絶対にありません。私は、弁護士です。依頼のために、関係ない編集長や、副編集長、評論家、ましてや、有望な作家と、面会はしますが、ある物語を語るのに、監視や盗撮、盗聴をけしかけ、脅す事など絶対にしない。それは、依頼主に対する、私の誠意です。これを破ると、私の身が危ない。あなたとお話して、現状の危うさが、よく分かりました」
(…尾形は、八人と接触し、九条大河の詩の内容に沿って、犯行場所に行くよう、破格の条件を提示したに、違いない。おそらく、詩の上から順に、八人が死んでいくのだろう。時期は、手紙の通り、一ヶ月から二ヶ月間隔と、いったところか。見立て通り、九条大河の作品に関与した、編集長・副編集長・評論家・作家が、事件対象者だ。監視・盗撮・盗聴は、何だ?脅すとも、言っていたな?…この船に乗った者は、途中で降りる事は、死を意味すると、脅したのだろうか?)
佐久間は、真っ直ぐ、尾形の目を見据え、一言だけ、告げる。
「…尾形弁護士の辛さ、理解しました。そして、苦悩と、立場もね。あとは、警察組織が、引き受けます」
「本日は、お疲れ様でした」
「ご配慮、感謝します。尾形弁護士も、気をつけてください」
弁護士事務所を後にした途端、山川は、尾形の変わり身に、首を傾げた。
「警部、尾形の奴、一体、どうしたんでしょうか?掌を返すとは、正に、この事ですな?」
(………)
「そうだね、おそらく、尾形は、……」
(------!)
山川は、気が付いていない。
背後から、強烈な、殺意を感じる。
佐久間は、山川に、囁く。
「山さん、それ以上、何を喋るな。決して、振り向かずに。……尾行されているぞ」
(------!)
(一体、どこから、尾行している?)
「……分かりました」