捜査方針(2024年編集)
~ 東京都 警視庁捜査一課 ~
九条大河に、先手を打たれた捜査一課は、次の犯行を未然に止めるため、総力を挙げて、九条大河の作品を、精査している。四十八作品の中から、十六作品を、詩の対象候補とした。
「だいぶ、絞り込めたようだな」
安藤は、絞りこんだ作品の、タイトルを確認しながら、選択理由について問うと、佐久間は、要旨を取り纏めた資料を、提示した。
「これらの作品は、九条大河の詩に、『一部でも、関連がある』と判断したものです。もしかしたら、別の作品かもしれないですが、次の周期を考えると、やむを得ずの選択ですが、確率は高いと考えます」
「九条大河の手紙では、犯行の周期は、一ヶ月から二ヶ月だったからな。今、手を打たないと、手遅れになると、判断したのだな?」
「仰る通りです。警視庁捜査一課には、時間がありません」
佐久間は、ホワイトボードに、作品タイトルを書き出した。
○戦いの記憶
○オホーツクに消えた女
○途切れた愛の記憶
○そして、誰も愛せない
○荒野への疾走
○木更津 連続殺人事件
○北見山地 殺人ルート
○青木ヶ原での復讐
○浅間山荘 密室殺人
○少年の心 〜 遠い記憶 ~
○晴れ、時々、殺人
○藤原家殺人事件
○忘却の彼方
○私怨の泉
○伊豆箱根 連続失踪事件
○終焉の記憶
「皆、よく調べてくれた。九条大河は、捜査一課の、緊張感が無くなるタイミングを、見計らって、仕掛けてきた。ミステリー作家らしい、やり口だ。一小節目が実行されたことから、賽が振られたと判断し、今後は、一ヶ月から二ヶ月の周期で、被害が出るものとして、捜査していく。一から、プロファイリングをしていくつもりだ。襟裳岬で捜査している間に、分かった事を教えてくれ」
日下が、報告を始める。
「これまで判明した事を、中間報告します。被害者は、加納謙一、四十八歳。東京都在住。勤務先は、東京都大手町の、出版社です。加納謙一は、この出版社で、編集長をしていました。過去に、九条大河の作品を手掛けており、その作品が、『オホーツクに消えた女』でした」
(……ほう?)
「つまり、『オホーツクに消えた女』を、担当した男が、皮肉にも、その作品のように、襟裳岬で殺された。……皮肉なものだな」
(加納謙一は、途中で、変だとは思わなかったのか。その点が、気になるな。だが、朧気ながら、犯行の手口は見えた。九条大河は、作品に関わった者を、抹殺していくつもりだ)
「他には、どうだ?加納謙一の、足取りは掴めたか?」
「加納謙一は、一月八日から、釧路湿原や日高山脈、襟裳岬を取材していたようです。出版社から、裏が取れました」
(------!)
山川が、首を傾げる。
「編集長、自らかい?編集長ってのは、偉いんだろう?机に、どっぷりと座って、仕事をするイメージがあるけどな。取材なんぞ、下っ端の役目だろうに」
「出版社の話では、一月七日に、尾形と名乗る弁護士が、加納謙一に、会いに来たらしいです。面会を終えた加納謙一は、急に、『大スクープだから、今すぐ、長期取材に出掛ける』と上層部を説得して、出版社を飛び出したそうです。ただ、上層部が、承認するにあたり、スクープの内容について、問い詰めても、加納謙一は、明言を避けたと。困り果てた上層部は、結局、加納謙一に押し切られ、許可を出したと言っていました」
「一月七日と言えばは、尾形弁護士が、警視庁に来る、前日ですよ」
(……きな臭いな)
「尾形弁護士事務所で、本人から、事情を聞くしかあるまい」
佐久間は、ホワイトボードの、『オホーツクに消えた女』を、二重線で、見え消しすると、次の指令を出した。
「一小節目の犯行から推察するが、小説内容と犯行は、リンクすると考えてくれ。九条大河は、作品と関わりを持つ対象者を、作品の内容に倣って、粛清するのかもしれない。まずは、絞りこんだ作品から、担当した出版社と、担当者を調べて欲しい。調べが終わった者から、手分けして、聞き込みを開始してくれ。それと、これらの作品が完成した日・初版発行日・重版発行日・犯行日が、重複するかも、調べてみてくれ。ミステリー小説だけに、相当な、小さな糸口から繋げないと、紐解けない事件となるだろう。相手は、九条大河の事を知り尽くした、優秀な知能犯だと思え。よろしく頼む」
「はい。捜査班を三班に分けて、聞き込みを開始します」
「山さんは、尾形弁護士事務所に同行してくれ。尾形弁護士を、揺さぶってみよう」
「分かりました、ご一緒します。……ん?どうされました?」
佐久間は、左手で、顎先を撫でるように触った。
「……いや、ここで、尾形弁護士が、浮上してくるとは、想定外だった。初めから、きな臭いとは、思っていたんだが、目立ち過ぎるんだ。九条大河も、初動捜査で、捜査一課が、加納謙一の出版社を訪れて、尾形弁護士と接触した事実を知ると、百も承知のはず。……九条大河は、何を企んでいる?」
「行ってみないと、何とも、言えません」
「そうだね、まずは、尾形弁護士の出方を見ようか」