九条大河の目論見(2024年編集)
~ 警視庁捜査一課 応接室 ~
佐久間たちは、九条大河の手紙を、精査しているが、突拍子もない内容に困惑している。
手紙の一枚目を読み終え、二枚目に差し掛かったところで、佐久間の手が止まった。
(………)
「……白紙だ」
(------!)
(------!)
「ちょっと、貸してみたまえ」
安藤は、二枚目を手にすると、ブラインドを開け、太陽光に翳す。だが、いくら透かしても、文字は見えない。透かしながら、影で文字が出るのかと、テーブルを見るが、何も出ない。
せっかちな山川は、怒りを露わにする。
「警部、九条大河は、人をおちょくるのが、好きなんですかね?実は、何もないとか?」
(………)
佐久間は、左手で、顎先を撫でるように触った。
九条大河は、ミステリー作家である。必ず、この手紙には、文字が隠れている。
(…よく考えろ。一枚目には、シリーズ作品の事を、仄めかしていた。…今まで、読んだ作品の中で、これと、同じ事象があったはずだ。……記憶を辿れ、…どの作品だ…)
(------!)
佐久間は、ふと、何かを思い出し、手紙の裏面を、人差し指で、なぞってみた。
(……なるほど、あったぞ)
「九条大河は、ミステリー作家だ。早速の謎かけ、九条大河らしい、やり方だ」
佐久間は、ほくそ笑むと、ライターで、裏面を炙り始める。
「少し、見ていてくれ」
十秒後。
(------!)
(------!)
じんわりと、ゆっくりとであるが、少しずつ、文字が浮かび上がる。
カラクリを見破った佐久間に、山川は問いかけた。
「何故、これが、分かったんですか?自分には、さっぱり」
「九条大河の作品を、思い出したのさ。確か、『いろは坂』という作品に、主人公が、今回と同じ手法で、手紙の文字を、炙り出したんだよ。読んでおいて、正解だ。九条大河の作品は、自分の記憶が正しければ、ア行の作品名はない。イ行から始まったからね。出だしの謎かけも、これに準じていると、思って、冒頭の作品名から、思い出したんだよ」
(------!)
(------!)
「という事は、やはり、一枚目の通り、殺害計画はあるのでしょうか?」
「そうなるね、胃が痛いが。……まずは、解読をしてみようじゃないか」
佐久間たちは、炙り出された文字を、確認していく。
『 紅の夕陽が、ひとつ沈むとき
蒼い時間に、君は、崖から落ちるだろう
崖へと続く荒野では、馬で走るが、
間に合わず、夢と一緒に折れるだろう
富士山麓の麓には、自分を守る
しがらみが、友と儚く露となる
空回りした川辺には、藤原南家が
滅ぶとき、仏と一緒に、帰郷する
一掃された大樹には、若い芽が出て、
花が咲き、業の深い人間に、
大樹もろとも、消されるだろう
天下を治めた家康も、五代目先まで
予想せず、業火の炎に、消えるだろう
紅の夕陽が、再び昇るとき
新たな夜明けとなるだろう 』
詩は、こう記されていた。
(………)
(………)
(………)
三人で、何度も読み返すが、イメージが沸いてこない。
「警部、何なんでしょうか?」
「ふむう、さっぱり分からんぞ」
(…これは、色々な意見を聞いた方が、早いな)
佐久間は、応接室を出て、一課内のホワイトボードに、この詩を書き写すと、その場にいる関係者に、声を掛けた。
「皆、ちょっと聞いてくれ。先程、私宛に、九条大河から、犯行声明が届いた」
「九条大河?って、あの、ミステリー作家ですか?」
「警部、知り合いだったんですか?」
「ちょっと待ってください、今、犯行声明って」
捜査一課内が、ざわめく。
「まだ、私自身、半信半疑なんだが、九条大河が、最期の作品として、警視庁に対して、ミステリーを解き放つらしい。本来、この手の余興に、付き合うつもりは、毛頭ないんだが、本当であれば、大惨事になるかもしれない。今、書き写した内容だけでも、ざっと、五・六人は、被害に遭うと思わないか?皆の、率直な意見を聞かせてくれ。直感というか、パッと見た、感想でも良い」
捜査員たちは、揃って、首を傾げる。
「そうですね。短い文面は、どれも、不吉な感じがします」
「これは、一小節ずつ、物語があるんですかね?」
「分からん、上から、下までで、一括りの事かもしれんぞ」
「いや、これらの文章は、ダミーで、本当の事は、一つとみたね」
(………)
佐久間は、説明を続ける。
「手紙は、二枚あった。一枚目に書かれていた事なのだが、一ヶ月から二ヶ月のペースで、人が死ぬと、書かれていた。この事から、上から順に、一定の周期で、人が死ぬと、考えるべきだと思う。そして、九条大河のヒントとして、九条大河の、作品数の事が書かれていた事から、一小節ずつ、作品が関わっていると、予想される。九条大河は、一人だが、捜査一課には、何倍もの、知能がある。皆、どうか、力を貸して欲しい。詳細は、作品を読み解くしかないのだが、作品を探す上で、ヒントだけでも、掴みたい。何でも良い、感じた事を口にしてみてくれ。まずは、一小節目から、検証してみようじゃないか」
『紅の夕陽が、ひとつ沈むとき
蒼い時間に、君は、崖から落ちるだろう』
捜査員が、忌憚ない意見を口にする。
「紅は、赤や朱など、女性のイメージがあります。夕陽が、ひとつ沈むは、『九条大河が、死ぬ』という事では、ないでしょうか?赤い夕陽、つまり、自分を太陽に見立て、沈む=九条大河が、死ぬ。記者会見でも、九条大河は、女性だと、公表していましたから」
「僕も、そう思います」
(………)
「これは、冒頭の、サービス問題かもしれないな。二行目はどうだ?」
安藤が、首を傾げる。
「蒼い時間か。この蒼い時間とは、いつ頃を指すのか。詳しい者は、いないか?」
(………)
(………)
(………)
日下が、何かを、思い出したようだ。
「そういえば、好きな歌詞の、解説を見た事があります。確か、夕暮れから夜にかけての、表現だったような。夕陽が沈んだ後ですから、正確には、夕陽が沈み切って、真っ暗になるまでの、僅かな時間帯だと思います」
「では、崖から落ちるだろうとは?」
今度は、小島が意見を出した。
「そのままの意味か、どこかの、高台からの転落でしょう。海のイメージがします」
「そうだな。では、一小節目は、『日没後の、直ぐの段階で、どこかの崖から、海へ転落する』としよう。では、二小節目に移ろう」
『崖へと続く荒野では、馬で走るが、
間に合わず、夢と一緒に折れるだろう』
「これは、どうだ?」
先程に続いて、小島が意見する。
「一小節目に出て来た、崖に続く荒野を、指すのでしょうか?馬で走る荒野は、全国を探せば、結構ありますが、荒野と崖を、セットで考えると、雄大な場所をイメージします。自分の場合は、宮崎県の都井岬とか、北海道の納沙布岬なんかです。でも、九条大河の作品に、関わっているのであれば、当該部分を探すのが、先決ですね。『夢と一緒に折れる』の、意味は、心が折れる=諦めるのかなと、感じます」
山川も、口を挟む。
「二小節目の人物は、競馬関係者なんでしょうか?馬と夢を、一緒に考えると、競馬で落馬して、台無しになった。崖というのは、場所ではなく、天皇杯とか、何かこう、大舞台を指すとか。荒野というのは、馬場の状態を表しているのかも、しれません」
(………)
(………)
(………)
「九条大河の、四十八作品で、確かめるしか、無さそうだな。これは、一旦、保留としよう。三小節目に、移ろう」
『富士山麓の麓には、自分を守る
しがらみが、友と儚く露となる』
「これはどうだ、佐藤?」
(………)
「富士山麓の麓というと、静岡県側か、山梨県側になりますが、青木ヶ原樹海の、イメージが強いですね。これだけで、どちらかは、特定出来ませんが」
「日下、何か、言いたそうだな」
「『自分を守るしがらみ』は、沢山の意味が、あるかと思います。『友と儚く露となる』とは、友と一緒に、生き絶えるの、意味だと思います。万葉集や、古今和歌集なんかで、平家滅亡に因んで、出て来そうな単語です。死にたくなかったが、やむを得ず、青木ヶ原樹海で、友と一緒に心中する、イメージが強いです」
「では、三小節目は、とりあえず、青木ヶ原樹海で、心中を図る。と仮定しよう。四小節目に、移る」
『空回りした川辺には、藤原南家が
滅ぶとき、仏と一緒に、帰郷する』
「山さん、どうだ?」
(………)
「『空回りした川辺』の、意味が不明ですな。藤原南家も、全く分かりません。日本史の、どの段階で、藤原南家と、呼ばれていたのか、調べてみない事には。どうも、歴史は苦手ですから、歴史を研究している機関に、問い合わせた方が早いでしょう。『仏と一緒』とは、一族が滅んだ時に、生き残った人間の末裔が、時を経て、先祖を連れて故郷へ戻った、という事でしょうか?直感ですがね」
(………)
「後半部分は、同意見かな。となると、前半部分が、問題だな。これも、ひとまず保留としよう。五小節目に、移ろう」
『一掃された大樹には、若い芽が出て、
花が咲き、業の深い人間に、
大樹もろとも、消されるだろう』
安藤が、意見を出した。
「『一掃された』とは、四小節目まで、九条大河の思惑通り、何人も粛清された、と言う意味だろう。邪魔者がいなくなり、きれいになった場所とも、読み取れるがね。『若い芽が出て、花が咲き』は、人材が育つ事を指すのか、邪魔者がいなくなり、しがらみに関係ない者が出て来た、とも読める。『業の深い人間に』と、いうからには、九条大河の関係者に、嫉妬欲の強い人間が、いるのだろう。消されるは、単純に、殺される意味だと思うが…」
「何人も、被害者が出た後、傲慢な人物が、追い打ちを掛ける。それを、示唆しているんですかね?」
佐久間も、意見を口にする。
「少しだけ、解釈を変えてみたら、如何でしょう?大樹は、グループか、地域、あるいは、地名と仮定して、考えてみると、過去に被害を受けた地域では、やっと人材が育ってきたが、何かがきっかけで、逆恨みを買い、グループ、もしくは、地域毎、抹殺される。これだと、大勢、人が死んでしまいますが」
(………)
「佐久間警部の、仮説が正しければ、ここでは、甚大な被害が出るな」
「正直、外れて欲しいですね。では、六小節目に、話を戻しましょう」
『天下を治めた家康も、五代目先まで
予想せず、業火の炎に、消えるだろう』
「これは、どうかな?」
「前半部分は、皆目、分かりません。『業火の炎』は、悪事で身を滅ぼすと、考えますが」
(………)
「場所が、一番悩むな。家康の、『五代目先まで』とは、徳川綱吉の事だと思うが、綱吉に関係した人物が、火事で焼け死ぬのかもしれない。単純に、家康も、子孫の五代目が、焼死するとは、予想出来なかった、と言いたいのか、他の意図があるのか、分からないな。ただ、『業火の炎』とは、文章的に、如何なものだろうか?紅蓮の炎でも、良さそうだが、先程の、『悪事で身を滅ぼす』が、正解で、大惨事の火事か、恨みの炎と、読み解くべきだろう。では、次が、最後の七小節目だ」
『紅の夕陽が、再び昇るとき
新たな夜明けとなるだろう』
「これは、九条大河の思惑通り、『犯行が完遂して、陽の目を浴びる』、意味だろうか?それとも、警察組織が、事件解決をしても、真相は闇の中で、真の悲劇が生まれる事を、示唆しているのか、色々な解釈に分かれるな」
「一小節目で、九条大河が、死んだ事を示唆するのであれば、再び昇るは、生き返る事になりますね。現実的に、それは無いので、一小節目の意味も、見直す必要がありそうですね」
「九条大河は、一連の事件が、完結した暁には、何か、仕掛けを施しているのでしょうか?」
「『新たな夜明け』とは、喜ばしい意味では無いな。これは、九条大河にとって、良い結果であり、警察組織にとっては、最悪の結末を、示唆している」
一通り、意見を出し合ったが、個々の犯行場所について、特定はおろか、予想にも繋がらない。
佐久間は、初動の意見交換としては、これを良しとした。
「皆、九条大河の詩を見る限り、『どの小節も、一筋縄ではいかない』と、思い知らされたはずだ。これらが、実際に行われた場合、甚大な被害が出るだろう。癪ではあるが、九条大河の作品を読んで、特定していく他あるまい。その温度感が伝わっただけでも、御の字だ。全員、この詩をメモしてくれ」
捜査員全員が、メモを取り終えたところで、佐久間が方針を示す。
「九条大河の手紙には、『警察は、事件が起きないと、捜査が出来ないでしょうから、近日中に、日本のどこかで、一人目が死んで、あなた宛に、連絡が入ります』と、書かれていた。一人目が死ぬと、宣言されて、それを鵜呑みにする訳にはいかない。捜査一課は、現時点より、捜査を開始する。まずは、手分けして、九条大河の作品、四十八作品の中から、この詩に、近い作品を絞り込むのが、先決だ。強行犯の捜査をしている者を除き、班を編制する」
佐久間は、まずは、各班を三名とし、六班に分けた。
「各班は、九条大河の作品中、冒頭の作品から八作品ずつ、割り当てて、確認作業を行って欲しい。作品を、大筋で読むと共に、作品の概要をまとめた、抜粋版を作ってくれ。大半は、あとがきを見れば、第三者が、講評している。そこには、ある程度、あらすじを、取り纏めているから、活用して欲しい。ただ、注意点としては、講評と言うのは、物語に対しての感想だから、地名や人物、核となる部分が、抜けている可能性も高い。パッと見、詩の表現や、場所に辿りつくかも知れないが、ある程度、読み込まないと、紐解けないかもしれない。九条大河は、くどいが、ミステリー作家だ。一小節毎、容易に辿り着けないと、思って読み込んで欲しい。地味で、苦痛を伴う作業となるが、よろしく頼む。目的を見失うなよ、あくまでも、詩のイメージと近い小説を探して、犯行場所や、人物像を特定するんだ。現時点の頑張りが、未来の被害者を救う。そう思って、臨んで欲しい。あらすじを纏めて、終わりではないぞ」
「分かりました、やりましょう!」
「正直、読むのが苦手なんですが、仕方がないので、やります」
「鋭意努力します」
「とりあえず、嫁にも手伝って貰います」
「正直、苦痛ですが、我慢します」
(前途多難な、捜査になりそうだ)
こうして、手探りの捜査が、始まった。