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紅の挽歌 ~佐久間警部への遺書~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
終焉のとき
26/28

自暴自棄と理性の間(2024年編集)

 ~ 名古屋市中区 愛知県警察本部 ~


「よく来たな、待ってたよ」


「榎本課長、お久しぶりです。また、お世話になります」


「安藤からも、『くれぐれも、よろしく』と言われたよ。今回の事件は、稀に見る、奇っ怪な事件だ。喜んで、協力するさ。さあ、皆、集合してくれ」


 挨拶もそこそこに、佐久間の到着を待って、捜査会議が開かれる。


(流石は、愛知県警察本部。本気度が分かる)


 捜査員たちは、佐久間の言葉を待っている。


「全員、キツネにつままれたようだから、出来れば、この事件の全体像を、聞かせて欲しい。何故、ここまでの事件となったのか。皆、その点を知りたがっている。何せ、警察庁から、異例の通達が出たくらいだからな」


「承知しました。かなり長くなりますが、説明します」


 佐久間は、全員が注目する中、ホワイトボードに、これまでの事件背景、被害者情報、作品内容、詩と犯行の関連性、今後の展開など、詳細に説明していく。事前説明だけで、四十分も要した。


 事件背景が、複雑過ぎる為、佐久間は、捜査員たちの表情で、理解度を確認しながら、話を続け、首を傾げる捜査員に対しては、話を戻って、再説明する配慮をした。


「…以上が、これまでの経緯です。多少、端折った部分もありますが、全体像としては、これで見えるかと思います」


(………)

(………)

(………)


「何と言ったら、良いのだろう。九条大河の執念というか、また大層な、犯行計画を立てたというか。犯罪史に、残るんじゃないか?死者が、ここまで、拘るかね?被害者は、相当恨まれていたんだな」


「今後の焦点が、気になります」


「これらの犯行を、何人で実行しているのか。組織的な臭いがしますが?」


「九条大河って、肺がんだったよな。死の淵で、ここまで、準備出来たのかね。甚だ、疑問だ。共犯者が、跡を継いでいるにしても、見えてこないな」


 犯行の特異性に、驚愕しながらも、前向きな意見が、多く出ている。犯人像の特定と、焦点をどこにするかが、議題に掛けられ、今後の展開を予想する。相手の人数が見えない中では、捜査規模を広げて、網を張るしかない。そのような、空気に包まれた。


(流石は、愛知県警察本部。警視庁とは、また違う議論が出来そうだ)


 榎本が、ある提案をする。


「佐久間警部、本来は、愛知県警察本部(我々)が主導で、と言いたいところだが、事件内容を鑑みて、警視庁に、指揮を任せよう。この者たちを、上手く使ってやってくれ。まず、何を協力すれば、解決になるのかね?意見を聞かせてくれ」


 佐久間は、深く頭を下げた。


「まずは、この捜査に、快く協力頂いて、本当にありがとうございます。皆さんの協力無しに、絶対に、真犯人を挙げられません。今、警視庁捜査一課では、九条大河のパソコンに、偽の情報を流し、山本が雇った探偵と、加藤康成の距離を、一定以上空けるよう、細工しています。押収した物的証拠の中に、探偵の情報がありましたので、罠に掛かった探偵が、偽の安宿に現われましたら、身柄拘束をお願いします。私と山川刑事は、この後、加藤の元に乗り込み、本人確認が取れ次第、身柄を確保します。加藤に関しては、接触後、捜査協力を試みます」


(佐久間警部の頭では、ほぼ詰んでいるのだろう)


「面白い展開になりそうだ。豊田警察署(所轄)に、優秀な刑事がいる。佐久間警部とも、上手くやれるだろう。岡元刑事に、捜査支援させるから、面倒を見てやってくれ。探偵の方は、愛知県警察本部(我々)に、任せておけ」


「何から何まで、助かります」


「困った時は、お互い様だ。逆の立場になった時は、安藤に、泣きつくさ。安心して、加藤を確保してくれ」


「榎本課長、ありがとうございます。皆さん、どうか、よろしくお願いします」


 こうして、佐久間たちは、豊田市へ向かった。



 ~ 二時間後、愛知県豊田市内 ~


「警部、また来ましたね。和尚たち、元気にしてますかね?」


「元気にしているし、また、会えるさ」


(………?)


「詳しくは、後で話すよ。まずは、加藤の身柄だよ。外出していなければ、良いが。急がないと、行方不明になる」


 佐久間たちは、愛知県警察本部が調べ上げた、加藤が滞在する、宿に到着した。山川が、外で見張りを行い、玄関口に出て来た女将に、警察手帳を提示する。


「警視庁の者です。小声で失礼します。愛知県警察本部から、先日、加藤康成さんの所在を、確認されたと思いますが、この宿で間違いないですか?」


(------!)


 女将は、緊張気味に頷く。


「ええ、ご宿泊されてますが。…犯罪者なんですか?逮捕されると、正直困るんですが」


(………?)


「逮捕する訳ではありません。ただ、ある事件で、加藤()の身を守る事になったので、動いております。それよりも、先程の困るとは、どのような意味でしょうか?」


「いえね、一ヶ月分の滞在費を、前金で貰っているので、返金はちょっと。もう、他のお客さんを、断っちゃてるしね。空き部屋になるのは、勘弁です」


「加藤は、いつまで、滞在すると?」


「十二月末まで、一ヶ月分です。消火器を持ち込んだから、迷惑料として、二万円上乗せしました」


(予想通り、消火器を持ち込んだか)


「事情は、よく分かりました。早く撤退する場合は、警視庁で差額を支払います。それで、如何ですか?」


(満額貰って、部屋も空く。断る理由はないわね)


 女将の、表情が緩んだ。


「それなら、全く問題ありませんわ。加藤さん、今日はまだ、お休み中です。ちょっと行って、呼んで来ましょうか?」


(------!)


 佐久間は、やんわりと、断りを入れた。


「不在でないなら、こちらから、伺いますよ。部屋まで、静かに案内して貰えますか?応援の刑事が、到着してから、また声を掛けます。それまでは、何もしないようにお願いします」


「ええ、分かりました。では、後程)


 女将は、仕事に戻っていった。


 佐久間は、宿の外で、岡元刑事の到着を待った。


「山さん、加藤は、部屋にいるようだ。女将には、根回しをしたから、岡元刑事が到着次第、身柄を確保しよう」


 時間にうるさい山川は、苛立ちを募らせる。


「一刻も早く、加藤を確保したいんですがね、その刑事は、いつ到着するんで…」


「遅くなり、申し訳ありません。豊田警察署、刑事課の岡元です。佐久間警部と、ご一緒出来るとは、光栄です」


 山川がくだを巻いていると、岡元が低姿勢で合流した。


「警視庁捜査一課の、佐久間と山川です。急な事で、済まないね。他の事件を?」


「ええ、早朝に、市内の繁華街で、傷害事件がありまして。現行犯逮捕してきました」


(思った通り、優秀そうだ。これなら、問題ないだろう)


「では、到着したばかりで申し訳ないが、早速、重要参考人(マルタイ)の、身柄を確保したい。接触は私が行うから、岡元刑事は、裏口を固めてくれ。山川刑事は、そのまま、玄関口で待機してくれ。ここで逃げられては、全てが泡とかすから、発砲してでも、身動きを止めてくれ。責任は、私が取る」


「山川刑事、お世話になります」


「ああ、よろしく頼みます。では、警部そろそろ」


「うん。では、配置についてくれ」


 再び、玄関口で、女将を呼んだ。女将は、洗い物でもしていたのだろう、エプロンで、手を拭きながら、やって来る。


「はいはい、思ったよりも、早いんですね。じゃあ、案内しますか?」


「お願いします。先程お願いした通り、静かに案内してください」


 細心の注意を払って、廊下を歩く。部屋の前で、声掛けを女将に頼んだ。


「私は、ここで、控えていますから、普段通り、加藤を起こしてください」


 女将は、平静を装いながら、部屋のドアを叩いた。


「……コンコン」


「…加藤さん、お目覚めですか?」


(………)


「……コンコン」


「加藤さん、女将です。おはようございます、お食事が出来ていますよ」


(………)


(起きて来ないな?……踏み込むか?)


 様子見するか、踏み込むか、判断を迷っていると、ドア越しに、加藤の声が聞こえる。


「…もう、こんな時間か。…おはようございます」


(良かった、生きているぞ)


 女将が、振り返ると、佐久間は黙って頷いた。その合図で、女将は、話を続けた。


「今日は、どこかに、お出かけですか?お急ぎなら、握り飯でも、ご用意しましょうか?」


(………)


「カチャッ」


 しばらくすると、加藤が欠伸をしながら、ドアを開ける。


「ふぁぁぁ---、おはようございます。夕べは、つい飲み過ぎました」


「大丈夫ですか?目が覚めました?」


「んんん、まだちょっと、寝たいかな。…握り飯は、結構です。今日は、午後から……」


(………)


(………?)


「おはようございます、加藤康成さん」


(------!)


 加藤は、驚きの余り、後方へ尻餅をついた。


「誰だ!刺客か!」


 佐久間は、両手を挙げ、害がない仕草をすると、加藤も、安心したように、立ち上がった。


「手紙を託された刑事ですよ。どうしても、助けたいと思いまして、まだ早いですが、手を打つ事にしました。あなたの命は、あなたの予想以上に、風前の灯火だ。一億円ではなく、命を落としますよ」


(------!)


(あの手紙は、中林さんに託したはずだ。何故、もう、今ここに刑事がいる?)


「中林さんに、手紙を託したのは事実ですが、早すぎます。もしや、中林さんの身に、何か?」


 佐久間は、首を横に振った。


「事情を説明します。中林さんが、私の元へ来たのではなく、警察組織(我々)が、先に動きました。『私怨の泉』を巡って、関係者を調べる為に、まず旭出版社へ行きました。そこで、あなたが所属する、商事株式会社に、辿り着いたんです。初めは、人事課長が対応していたのですが、途中から、社長が出て来て、社長から、中林さんを紹介されたんです。少々、説明が長くなりましたが、あなたの、勇気ある手紙が、一連の事件に、風穴を開け、解決に繋がります。警察組織(我々)としては、感謝しかありません」


(------!)


「…では、あの手紙を?」


 佐久間は、黙って頷いた。


「あなたは、誰よりも苦しみ、懺悔した。もう、十分ですよ。辛かったですね」


(------!)


 その言葉に、涙が、加藤の頬を伝った。


 誰かに、ずっと言って欲しかった言葉。だが、誰にも打ち明けられない、葛藤。


 人生を諦め、自暴自棄と理性の間で、戦場の舞台となる地を、探索した、この数日間。


 日が落ちると、『いつ、襲われるのか』と不安になり、眠ってしまったら、それが、永遠の眠りとなるかもしれない。朝、目を覚ます確証もない。そう思うと、この世に未練が残った。刹那的な生き方に、変わってしまった日常。見るもの、全てが愛おしく、光に満ちあふれる風景。この世に、『日本人として、生まれてきて、本当に良かった』と感じるその裏で、第三者によって、無慈悲に、奪われかねない生命。未練と渇望、諦めと抵抗の感情が入り交じり、押し潰されそうだったのだ。


 加藤は、佐久間の一言が、何よりも嬉しかった。


「…そうですか。…あなたが、佐久間警部。想像以上の、お方だ。九条大河が、夢中になるはずだ」


(………)


 佐久間は、加藤の肩に手を置き、心に語り掛けた。


「この事件を解決する為には、あなたの理解と協力が、絶対条件となります。あなたを監視する者も、間もなく捕まります。あなたには、今から、この事件について、全てをお話しします。これは、あなたを捜査関係者、つまり、警察組織(我々)の仲間として、信頼するからです。過去の事は、忘れましょう。中林さんの為にも、これからは、前を向いて、生きてください」


「…はい。……はい。ありがとう、…ありがとうございます。話を聞かせてください。一度は、諦めた命です。こんな自分で良ければ、幾らでも、こき使ってください」


 事情をあまり知らない女将も、思わず、感情移入し、涙が頬を伝う。佐久間が頼む前に、外で待機している山川たちを、呼びに行ってしまった。


(女将なりに、気を利かせたのだろう)


 佐久間は、山川と岡元が合流すると、加藤に紹介した。山川は、いつもの様に、苦言を呈する。


「間に合って良かったよ。死んではいかんぞ。まだ、若いんだから」


「まあまあ、山さん。無事だったのだから、勘弁してやってくれ」


「…面目ありません」


「では、説明を始めよう」


 女将に、丁寧に礼を言い、席を外して貰うと、佐久間は、ちらしの裏紙を使って、岡元と加藤に、全貌を説明した。


 岡元はともかく、参加者の加藤は、驚きを隠せない。


 自分以外の参加者が、ほぼ死に絶え、事件の終わりを告げようとしている。九条大河の完全犯罪が、足元まで来ている。


 加藤なりに、事件を止めようと思った。


「佐久間警部、心より感謝します。あなたと巡り会え、闘える。これから、どう捜査を?自分は、何を手伝えますか?」


「その事なんですがね、とても良い事を閃きました。このまま、偽の情報操作で、事件当日までいきましょう。そして、真犯人を騙したうえで、捕らえたいと思います。皆さん、お耳を拝借します」


「ボソ・ボソ・ボソ・ボソ」


(------!)

(------!)

(------!)


「本気ですか?それは、幾ら何でも、やり過ぎでは?」


 加藤は、土肝を抜かれた。


「でも、何も行動しなかったら、この宿が、間違いなく、そうなりますよ?」


 山川は、今後の事を考えて、頭を抱えている。佐久間の性格を、知り尽くしている為、捜査がその方向に進むのが、目に見えているからだ。


「岡元刑事、愛知県警察本部(本部)には、私から相談しますので、一任して頂けますか?」


「勿論です。そんな事が、本当に可能なら、逆に見てみたい。だって、ドラマみたいじゃないですか?心底、刑事で良かったと思います」


「ふふふ、そうですね。実を言うと、私もです。九条大河は、強引にでも、物語を完結させて欲しいと、言った。その希望通り、事件日は、真犯人の確保に加え、関係者にも、この物語が完結する事を、ぜひとも告知したい。()()()()を、秘密裏に呼んで頂けませんか?」


(………?)


「分かりました、誰を呼べば良いですか?」


 佐久間は、岡元に耳打ちする。


(------!)


「なるほど、分かりました。直ぐに、手配しましょう」


 佐久間は、ここで初めて、満面な笑みを浮かべた。


(では、最後の準備に入ろうか)


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