私怨の泉4 佐久間の覚悟(2024年編集)
~ 十二月六日、東京都新宿区 ~
佐久間たちは、三度、尾形弁護士事務所を訪れている。
受付を済ますと、山本弁護士が、直ぐに駆け付ける。明らかに、営業スマイルではなく、仏頂面で、敵意に満ちている。
(いかにも迷惑してますっていう、面構えだ。…良いぞ、好都合だ)
「また、あなたですか?警察に、何度も来られると、迷惑です。見てください、通常営業中なんです。お客様たちだって、不審を抱くじゃないですか。前回も話しましたが、尾形個人がした事は、当社には関係はないと、何度説明すれば、分かって頂けるんですか?いい加減、訴えますよ!!」
(公然で、自分に非がないと、猛主張。そう来る事は、お見通しだよ)
佐久間は、ほくそ笑むと、周囲にも聞こえるように、ゆっくりと話始める。
「この弁護士事務所が、警視庁が追っている事件に、関与している疑いがあり、今から、この事務所を、家宅捜査する。一時間程で、完了する予定だ。営業を直ちに中断し、一般客を、速やかに撤収させよ。これは、依頼でなく命令だ」
(------!)
(------!)
(------!)
「家宅捜索だってよ!」
「この事務所、ヤバいんじゃん?引き上げようぜ」
「悪徳事務所じゃん、ネットに晒そうぜ」
「マジか、過払い金手続き、どうなっちゃうんだ。帰らないかんの?」
周囲が、一気にざわめき始め、山本をはじめ、他の弁護士たちも、動揺を隠せない。
「なっ、何を馬鹿な!令状は?」
山川は、嬉しそうに、ポケットから令状を取り出すと、山本の前で、これみよがしに、広げた。
「ちゃんと、法令に則り、裁判所の許可を得て、発行しております。…ご確認を」
(------!)
(------!)
(------!)
「山本弁護士。私は、あの日のやり取りを、ハッキリと覚えていますよ。もしやとは思いますが、あなた、まさか、関与していませんよね?あなたも弁護士なら、お分かりのはずだ。警察組織が、証拠を差し出す前と後では、結果が違いますよ。令状内容の通り、事務所の保管金まで、捜査対象です。情報源は話せませんが、企画参加者の情報提供では、確か、報酬として、一人あたり、一億円支払われるとの事。…そうですねぇ、事件の被害者数から、逆算していくと、八億円から九億円。この事務所のどこかに、九条大河からの入金があるはずだ。…調べは、ついています」
(------!)
山本は、顔色が一気に悪くなり、汗を拭き始める。
「わっ、私は、急用を思い出しました。少しだけ、席を外します」
佐久間と山川が、行く手を阻むように、立ち塞がる。同時に、二十名の捜査員と警察官が、事務所の入口を封鎖する。
(------!)
(------!)
(------!)
「認めません。まず、あなたの身柄を、拘束させて頂きます。状況によっては、二度と、営業が出来なくなるかもしれませんね。…全員、携帯電話の使用、パソコンの使用、私語、全ての動きを、制限する。その場で動かず、良いと言うまでだ。挙動不審者は、公務執行妨害で逮捕する。……では、皆、捜査を開始してくれ!」
こうして、尾形弁護士事務所の、家宅捜査が始まった。
~ 愛知県、豊田市 ~
(…久しぶりだなぁ、この辺りも。『私怨の泉』では、主人公が、裏切り者に成敗を果たして、自ら火を放ち、命を絶った。これと同じなら、自分も誰かに、成敗されるのか?だとしたら、いつ、誰が、自分を?…何としても、殺される前に、小説を見つけて、逃げ切ってやる)
加藤康成は、軽く散策を済ますと、大樹寺付近の安宿を見つけ、一ヶ月間の滞在費用、二十四万円を、先払いした。
この安宿を拠点にして、小説探索を試みるつもりだ。作品の内容から、焼殺だと予測した加藤は、自己防衛として、消火器を自腹で購入すると、部屋の四隅に置いて、対策を講じる。
(最低限、これで大丈夫だろう。火が出たら、直ぐに逃げよう。最悪、ガラスを、突き破れば良い)
入室する時、消火器を持ち込む姿を見られ、不審がられた。家族が、家事で死んでから、保身の為に、どこでも、こうしていると説明し、二万円も、余分に先払いして、口止めもした。背に腹は、かえられないのだ。
小説を見つけるのが先か、自分が殺られるのが先か。加藤なりに、自分の人生を、賭けてみようと思っていた。
~ 一方、その頃。東京都、新宿区 ~
尾形弁護士事務所では、警視庁捜査一課による、家宅捜査が行われている。各弁護士のパソコン、書庫、机を捜索しているが、中々、物的証拠が出て来ない。そこで佐久間は、尾形の部屋を、側の弁護士に、尋ねた。
「尾形弁護士の部屋は、どこだ?」
鬼気迫る表情に、嘘はつけない。前回見かけた表情や、仕草とは、全く別人だからだ。
「…五階の、一番奥の部屋になります。今は、誰も使用していませんが」
(……臭うな)
「皆、引き続き、各階の捜索を頼む。三名程、一緒に来てくれ」
佐久間たちは、五階の、尾形が使用していた部屋を、念入りに捜索する。
封印されていた部屋には、九条大河関係の資料が、纏まって整理されており、金庫内には、九条大河から尾形への、指令が書かれたメモや、尾形が書いたと思われる、議事録が見つかり、尾形の手先として、山本が、企画期間中の監視役、並びに、探偵を雇い、手分けして、盗聴や盗撮を行う、犯行計画も出てきた。
(…これで、確定したな。思った通りだ)
「警部、あらかた、物的証拠が見つかったようです。引き上げますか?」
(………)
「まだ待て。山本弁護士を、この部屋に呼んでくれ」
山本が、佐久間の前に、連れて来られる。
「山本弁護士、あなたが、尾形弁護士と企てた内容は、全部、この場所で明らかになりましたよ。まだ間に合うと思いますが、隠している事は、ありませんか?」
(………)
「警部?」
「山本、被害者を監視している人間、放った探偵は?…愛知県のどこにいる?」
(------!)
「なっ、何故、それを?」
佐久間は、敢えて、こもりのある低い声で、重圧を掛ける。
「……吐け。殺人幇助だけではなく、殺人教唆も、適用するぞ。盗聴・盗撮・殺人教唆・殺人幇助・死体遺棄、全て、適用された場合、死刑は免れても、無期懲役になる事くらいは、分かるだろう?」
(------!)
完全に、逃げ道を塞がれた山本は、両腕を支えられても、立っていられず、座り込んだ。
「……愛知県豊田市に潜伏しながら、監視しているはずです」
「他には?…誰が、この犯行計画を、実行しているんだ?誰が、真犯人だ?どこにいる?」
佐久間の、容赦ない追求が続く。
「それは、本当に知りません。当事務所は、あくまでも監視、盗聴、盗撮をして、九条大河へ報告するだけ。預かった金も、企画が終了次第、支払いの半分は、返す契約ですから」
「報告手法は?」
「事務所のパソコンから、九条大河のパソコンに、メールで行っています」
「なら、九条大河のパソコンには、警察組織が指示する内容を、今後送信するんだ。九条大河側に、悟られないように、今月末まで、振る舞え。無論、警視庁の牢屋でな。まずは、愛知県で、加藤康成を監視している探偵との、接触方法を教えるんだ。警察組織が、犯行直前に、身柄を拘束する」
(------!)
(…加藤康成の名前と、行き先まで。本当に、全てを知っている。…この刑事を、甘く見ていた)
「もう、お前には、抗う術はない。少しでも、警察組織の捜査に協力して、罪を軽くするんだな」
「は…い…」
一階のロビーに、全関係者が集められる。
「尾形弁護士事務所の、全員に告ぐ。警察組織の捜査は、十二月二十四日が、山場である。この弁護士事務所から、真犯人へ連絡が入り、捜査情報が漏れた場合、人が、一人死ぬ。よって、有無を言わさず、国家権力を持って、今、この瞬間から、全員の身柄を、十二月二十五日まで、拘束する。携帯等は、全て没収し、外部への接触・通話を一切禁止する。業務上の連絡、顧客への説明も、許可しない。家族への連絡も、全て、警察組織が行う」
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(------!)
当然、反発する弁護士がいる。佐久間の怖さを知らない、若い弁護士である。
「横暴だ!違法捜査だ!そんな不当な事が、この日本で、罷り通るのか。いや、絶対におかしい!断固として、戦うぞ!私は、敏腕弁護士なんだ!刑事なんかに、舐められてたまるかってんだ!」
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(------!)
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(やめてくれ、これ以上、佐久間を刺激するな。お前では、絶対に勝てない)
山本は、これ以上、佐久間を挑発するなと、目で訴えるが、気が付いていない。その心配は空しく、佐久間に一蹴される。
「お前たちの事務所が、これまでした事は、違法ではないのか?…お前たちの事務所のせいで、何人死んだ?そこの、戯言をほざいた、小僧。次に、被害者が出たら、お前が、罪を背負うのだな?この事務所での犯行を、お前は知っていて、暴言を吐いたのだな?よく考えて、口を開けよ。十秒だけ、待ってやる」
(------!)
(------!)
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(だから、やめろって。早く、早く、謝れ!捕まるぞ!)
「なっ、何を……」
若い弁護士は、唾を飲み込んだ。答えた時点で、逮捕される危険性があるからだ。
佐久間は、腕を組み、発言を待っている。
「どうした?私と、闘うんだろう?早く答えろ、お前は、敏腕弁護士なんだろう?」
「佐久間警部、こいつは、何も分から…」
(………)
佐久間が、ひと睨みすると、山本は、声を発する事も、諦めた。若い弁護士も、恐怖心で、心が折れ、佐久間の目を、見られない。
「…話にならんな。生半端な覚悟なら、私に、噛みつかないことだ!こちらは、命を賭けて、捜査している。異論があれば、お前たちの、その中途半端な知識で、今直ぐ、論破するがいい。警察は確かに、巨大な権力を持っている。時には、発する言葉自体が、暴力だ。だがそれは、正義にのみ、使用が認められ、決して、えん罪に使用してはならない。ここまで罪が確定した中で、異を唱える事が、お前達に出来るのか?出来ないなら、黙っていろ!」
もう誰も、佐久間に、抗う者はいなかった。捜査で、自分たちの事務所が、犯行に加担していたと判明した事、この事務所に、先がない事、佐久間の言う事が、理に適っている事、正論な事、多少強引ではあるが、捜査情報の漏洩を防ぐ為に、超法規的措置が取られても、世論も、それを味方するだろうと、どの弁護士にも、容易に分かる事であった。とばっちりで、逮捕されない様に、保身だけを考え、従う気配も見え始めた。
(………)
ロビー内の空気を読んだ山川が、佐久間に声を掛ける。
「警部、このシマは、抑えましたな。本気の警部を見るのは、何年振りでしょうか。武闘派の部下が、揃って、萎縮していますよ。ほら、見てください」
弁護士はおろか、捜査員たちまで、直立不動となっている。これには、佐久間も、苦笑いするしかない。
「…大人気なく、空気を読めない弁護士に、本気で説教してしまったよ。山さん、まだまだ、下山先輩には、程遠いようだ。諫めてくれて、ありがとう」
長年、佐久間と共に、苦楽を駆け抜けてきた、山川だけが機能する。
「何を、仰いますか。この後の展開は、どうされるおつもりで?」
(………)
「尾形弁護士事務所では、マズイな。捜査一課に戻り、全員に話そう」
こうして、弁護士事務所、延べ十八名の身柄が、拘束された。佐久間は、後続の応援部隊として、派遣された警察官たちに、細かく拘束中の注意点、食事の手配などを指示してから、引き上げた。




