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紅の挽歌 ~佐久間警部への遺書~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
終焉のとき
21/28

私怨の泉1 懺悔(2024年編集)

 ~ 東京都、文京区 ~


 加藤康成は、最近、過労死レベルの残業を、強いられている。


 十二月から、一ヶ月の長期休暇を取る為、『抱えている懸案を、全て解決してから休め』と、会社から、厳命を受けたからである。


 加藤は、上司の中林綱夫に、周囲に聞こえないように、小声で話しかけた。


「中林さん、お疲れ様です。今、話しかけても、大丈夫ですか?」


(------!)


「びっくりさせるなよ、加藤人事部長。まさか、定年間際の儂に、肩叩きじゃないだろうな?年を越せなくなるから、やめてくれよ。人事部長に、側を歩かれると、気になって仕方がない」


 周囲が、ドッと笑った。


 加藤は、慌てて否定する。


「とんでもない。長年の功労者である先輩に、そんな事しませんよ」


「そうか、なら良いんだ。それで、どうしたんだ?」


「実は、少しだけ相談が。『仕事の軽減化』について、なんですが、いつもの店で、一杯どうですか?」


(軽減化ねぇ?…何かあるな)


「功労者が、相談に乗ってやろう。じゃあ、十八時でどうだ?」


「助かります。では、十八時に」


 中林綱夫は、定年間近だが、老害と揶揄される頑固者ではない。人当たりがよく、誰からも好かれる。中林とは対照的に、加藤は、人事部長の肩書きが災いし、周囲から敬遠され、嫌な上司として、社内では有名だ。


 周囲は、この二人が、連んでいるとは、夢にも思わない。


 二人は、昔から馬が合い、部門が違っても、互いに、悩みを共有していた。



 ~ 東京都墨田区、馴染みの居酒屋 ~


「中林さん、来て頂いて助かります。実は、折り入って、ご相談がありまして」


 馴染みの居酒屋で、二人は、いつものように落ち合った。


「加藤くん、長期休暇を取るんだって?社内で、噂になっているぞ。それも、人事部長、自らだなんて、思い切ったじゃないか。若い奴ならともかく、儂にも、そんな勇気があればな」


 加藤は、謙遜する。


「全然、良いもんじゃないですよ。とりあえず、ビールで良いですか?すみません!ビール二つ、枝豆と、冷ややっこ、お任せの刺身もね」


 ビールを、グイッと飲み干すと、二杯目を注文する。ここまでは、暗黙の了解である。


 酒の肴が、揃ったところで、中林が本題に触れる。


「それで、相談って何かな?仕事の軽減とか、難しそうな議題を言っていたな。エリート人事部長さまが」


「茶化さないでくださいよ。本当は、そんな相談ではないんです。中林さんにだけは、打ち明けておきます」


「…作家としてかね?」


 加藤が、作家として活動する事を、会社では、殆ど知る者がいない。というのも、加藤は、趣味で執筆活動をするだけで、本業ではないからだ。無論、副業は禁止されているのだが、人事部のポジションを利用し、取締役には、予め、事情説明と、確定申告を個人で行う旨を通知し、社長からも、『当社の品位を、下げない程度であれば、特例として認める』との了承を得ている。同僚には、秘密で過ごしてきたが、中林だけには、知らせていたのである。


「……はい。詳しくは言えませんが、胸騒ぎがしましてね」


「宜しくない話題だな?」


 中林は、一旦、箸を置いた。加藤の表情が、普段よりも冴えないからだ。とりあえず、説明を待った。


「実は、とある企画に招待されたんですが、決められた期間毎に、特定の人間だけで、謎を解く形式で、来月が、自分の番なんです」


「ほう?それで、長期休暇を取得したと?」


「はい。でも、ニュースで、知ったんですが、他の参加者が、事故に遭って、死んでいるんです」


(------!)


「なら、その企画は、中止したんじゃないのか?」


「それが、問い合わせても、続行しているみたいなんです。一度参加すると、途中棄権は、認められません」


 中林は、理不尽な仕打ちに、憤りを覚える。


「何て、馬鹿げた企画だ。俺が、キチッと、文句言ってやろうか?そんなんじゃ、困るだろう?」


 中林は、普段は温厚だが、仁義に反する事、理に叶わない事を、押し付けられるのが、何よりも嫌いな、昭和の団塊世代であり、困っている加藤を、助けようと思った。


 だが加藤は、首を横に振る。


「ニュースを見た時に、悟りました。この企画は、懺悔なんだろうと」


「懺悔?どういう意味だ?」


(………)


「作家として、人を裏切った事があります。その代償を、支払う時が来たのかなと。…今まで話した事、ありませんでしたが」


「人を裏切った?加藤が、誰を?」


 加藤は、周囲を気にして、小声で答える。


「…九条大河です。今だからこそ、話しますが、過去に、小説の一部を、盗作した事があるんですよ」


「九条大河って、あの、テレビ会見の?」


 加藤は、静かに頷いた。


「生活の為だったとはいえ、作家としては、失格です。長期休暇は、不正行為(それ)を、清算する為のものなんです。もし、この休暇中に、私の身に何かあれば、これを、警視庁に渡してください」


(警視庁に?)


 加藤は、通勤バッグから、取り出した手紙を、中林に託した。


「誰でも、良いのかね?窓口に出せば、良いのか?」


「警視庁捜査一課の、佐久間警部に、渡してください」


「佐久間警部?知り合いの、警部かい?」


「いえ。九条大河が、『佐久間警部の追っかけをしていた』と、聞いた事がありまして。それが事実なら、相当な切れ者なのだろうと。ミステリー作家が、追いかける位ですからね」


「……分かった。何をするかは知らんが、定年最後の仕事には、しないでくれよ。まだ君には、やるべき事がある。こんな老いぼれより、先に逝く事は、絶対に許さんぞ」


 加藤は、ほくそ笑んだ。


「死にはしませんよ。私だって、命は惜しい。何かあれば、反撃しようと思います。今夜は、ゆっくり飲みましょう、先輩」


「そうだな。少し早いが、儂の送別会の、練習という事で、ご馳走になるかな」


 二人は、改めて乾杯をした。



 ~ 十二月。警視庁、捜査一課 ~ 


 師走を迎えた。


 島根県で、凶行を聞いた佐久間は、局面が、最終段階に入った事を確信した。


 九条大河の詩も、六小節目に入ったからだ。


『天下を治めた家康も、五代目先まで

 予想せず、業火の炎に、消えるだろう』


(九条大河は、作品の集大成として、何かを終わらせるつもりだ。その思考は、自分に似ている。自分が、九条大河なら、何をするかを考えるんだ)


 島根県から戻ると、今までの被害者について、山川と日下に、調べさせていた。


 ○性別と住所

 ○職業

 ○九条大河と関係した作品

 ○作品の初版、重版日

 ○事件日と、作品発売日

 ○詩と事件内容の、重複度合い

 ○事件日の天気と、類似作品の天気


「警部、全貌が見えて来ました。警部の、読み通りですよ」


「分かった事を、ホワイトボードに書き込んでくれ。性別と住所は、省いて構わん」


「では、書き出します」


 一課内にいる、捜査員を招集する。


「皆、集まってくれ。今から、もう一度整理するから、よく確認してくれ」


 ○第一犯行(詩:一小節目)

  加納謙一、四十八歳、出版社編集長。

  事件日:二月十四日、転落死。

  作品名:『オホーツクに消えた女』

  初版日:二月十四日、重版日:九月十二日

  詩と作品の比較「ともに転落死」


 ○第二犯行(詩:二小節目)

  馬場 公、三十歳、出版社副編集長。

  事件日:四月六日、絞殺。

  作品名:『荒野への疾走』

  初版日:九月三日、重版日:四月六日。

  詩と作品の比較「ともに絞殺」


 ○第三犯行(詩:三小節目)

  青木哲男、五十歳、出版社編集長。

  原田 守、五十九歳、評論家。

  事件日:七月十三日、毒殺。

  作品名:『青木ヶ原での復讐』

  初版日:七月十三日、重版日:一月八日。

  詩と作品の比較「ともに毒殺」


 ○第四犯行(詩:四小節目)

  川野隆司、四十歳、評論家。

  藁科悠一、二十七歳、出版社副編集長。

  事件日:九月十三日、溺死、溺死未遂

  作品名:『藤原家殺人事件』

  初版日:九月十三日、重版日:三月三日。

  詩と作品の比較「ともに溺死、川野のみ未遂」


 ○第五犯行(詩:五小節目)

  長田太樹、五十二歳、出版社編集長。

  小川大樹、二十三歳、作家。

  事件日:十月五日、絞殺。

  作品名:『忘却の彼方』

  初版日:四月二十日、重版日:十月五日。

  詩と作品の比較「ともに絞殺」


「…以上となります」


(………)


 佐久間は、ホワイトボードをしばらく眺めながら、続きを書き足す。全員が、成り行きを見守った。


「警部、何か分かったんですか?」


「何となくね」


 ○第六犯行(詩:六小節目)

  氏名不明、年齢不明、私怨の泉を評価した評論家、盗作したか、引用した作家。

  事件日:十二月二十四日、焼殺。

  作品『私怨の泉』

  初版日:六月十五日、重版日:十二月二十四日。

  詩と作品の比較「ともに焼殺」


「今までの作品傾向から、私怨の泉を評価した評論家か、盗作・引用を疑われた作家を、何としても割り出すんだ。明日、私と山さんは、出版社で関係者を調べてみる。他の者は再度、私怨の泉を読み、犯行場所を、見つけ出して欲しい。十二月二十四日まで、まだ時間はあるが、敵は、既に動いていると、思ってくれ。何としても、阻止するんだ!」


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