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紅の挽歌 ~佐久間警部への遺書~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
九条大河の過去
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忘却の彼方2 大樹と太樹(2024年編集)

 ~ 愛知県豊田市 ~


 十月に入り、順番が回ってきた、長田太樹と小川大樹は、愛知県豊田市内にある、浄土宗の寺を、片っ端から回っている。


 九条大河の、『忘却の彼方』が、ミステリーを解く鍵である事は、編集長の長田太樹には、分かりきっていた。会場で、合同説明を受けた時点で、長田は、心の中で、万歳した。


 一方の小川大樹は、独創的な発想が苦手で、昔から、良さそうな文章を盗作しては、小遣い稼ぎ程度に、短編小説を出す、小悪党的な作家であり、本格ミステリーなど、正直、分からなかった。今回も、何故、自分が選ばれたのか、人違いでは無いのか、不審に思ったが、億万長者になれる好機である。初めから、著作権は諦め、金だけ欲しい小川は、傲慢な長田に、頭を下げて、雑用を買って出たのだ。



 ~ 豊田市、高徳寺付近 ~


「長田さん、この浄土真宗寺でも、ありませんでしたね?」


 県道491号線から、室町6丁目交差点を右折し、矢作川沿いの寺院を捜索するが、小説に出てくる、大樹には、中々、辿り着けないでいる。


「おかしいな?間違いなく、この街の浄土宗寺に、最期の小説未完部分(お宝)は、あるはずだ。あと何寺だ?」


「あと、四寺です。国道248号沿いに、南光寺という寺院があります。隣接には、大樹寺という名前の寺がありますが、一応行ってみますか?」


(------!)


 長田は、小川の消極的な態度が、気に入らない。


「一応とは、なんだ。大樹寺(そこ)が、当たりじゃないか!」


「それが、名前は、大樹寺なんですが、小さなお寺で、浄土真宗でもありませんよ。松平家と徳川家の、菩提寺です。歴代将軍の、位牌を祀る点では、有名ですが、小説の観点からすると…」


(………)


 言い分としては、理に適っている。


「それなら、意味合いが違うな。『忘却の彼方(あれ)』は、徳川家に由来しないからな。他の詩に、関係しているのかもな。他の所は?」


 小川は、目を輝かせた。


「他の詩なら、今回分と合わせて、獲得出来ませんか?報酬も、二倍になりますよ、きっと。他の場所ですが、猿渡川から、県道56号沿いに進むと、同じ名前ですが、南光寺という寺院。名鉄三河線の若林駅と、竹村駅の中間地点に、本尊寺という寺院が、二寺あります」


「馬鹿な事を言うな。九条大河の事だ、きっと何か、カラクリがあるに決まっているし、ここら辺とも、限らないじゃないか。それより、残りはそれだけか?」


「ええ。長田さんが言う、『大木のある寺院』かどうかは、行ってみないと。本当に、浄土真宗の寺院だけを、捜索するんですか?」


(………)


(もし、浄土真宗の寺院でなければ、途方もない数の寺を、回らなきゃいかん。口コミサイトの探索条件を、大木のある寺に絞るか?…いや、ダメだ。これは、九条大河の作品。そんな簡単なお題では、ないはずだ。作品からは、浄土真宗に関する部分が、臭っていた。浄土真宗(この条件)は、外してはダメだ。豊田市で無いのなら、岡崎市とか、他を当たれば良いだけだ)


「無論だ。…今日は、もう遅い。宿の手配は、してあるな?」


「はい。直ぐに、チェックイン出来ます。今日は、終わりですか?」


「ああ、明日に、全てを賭ける。…小川、宿に着いたら、腰と足を揉んでくれ。労力差を考えると、まだまだ、俺への忠誠と、配慮が足らん。一億円分は、しっかりと、こき使ってやるぞ」


 小川は、愛想笑いで、胡麻を擂る。長田も、冷ややかに、暴言も吐きながらも、小川の、従順ぶりを試している。


「一億円の為なら、靴だって、舐めますよ」


(人の足元を、見やがって。……我慢だ、我慢)


「ふん、…まあ良い」


 探索を打ち切り、レンタカーに乗り込もうとした時、長田の携帯が鳴った。


(プルルルルルル…)


「はい、長田です。誰だ、あんた?……」


(------!)


「ちっ、ちょっと、待ってくれ」


 小川は、電話の声が漏れないよう、車から距離を取った。不審がる長田に、『ちょっと待っていろ』と、手で合図を送りながら、会話を続けた。


「もしもし、待たせて申し訳ない。あんたは…?…ふんふん、それで?…それは、間違いないんだな?信用するぞ。……分かった。報酬は、後払いになるが、金が入ったら、即日振り込むと、約束しよう。後で、振り込み先を教えてくれ」


 レンタカーに戻ると、案の定、小川が質問してくる。


「どうしました?企画が、変わったとか?」


(ちっ、このタイミングで、電話が入れば、当然、勘ぐるよな。……仕方がねえ)


 伝えるか、躊躇する長田だが、隠しておいても、仕方が無い。淡々と、要点だけを教える事にした。


密告(タレコミ)だったよ。…小川、出発前、申しつけた通り、ロープ類は、持参したな?」


「はい、念入りに、準備してます」


「…良いだろう。では、今夜、二十三時に決行だ。竹村駅側の、本尊寺に向かうぞ。最期の小説未完部分(お宝)は、釣鐘の、内側にあるそうだ。ロープで、釣鐘の内側を、引っ掛けて取れば、問題ないだろう。今のうちに、宿で、身体を休めておくぞ」


(------!)


「本当ですか!でも、どうして、今から行かないんですか?その密告(タレコミ)、信用出来ますか?」


「馬鹿を言うな。この時間に行ったら、目立つだろうが?それに、密告した奴が、張ってたらどうなる?裏切ったと思われ、警察か住職に、通報されたら、手に入らないどころか、捕まるかもしれないんだ。ここは、大人しく、情報提供者の、言う事を聞くんだ」


「…言う通りに、従いますよ。大人しくすれば、億万長者になれるんです」


 宿に到着するなり、二人は、景気祝いに、豪遊する事にした。決行まで、あまり時間がないが、綺麗どころの、風俗嬢を呼び、『明日の夜は、最後まで付き合うように』と、前金を手渡す。二十万円も、前払いで出す客は、皆無だったらしく、短い時間ながらも、風俗嬢の接待は、至極なものになった。


「おい、小川。桃源郷にいるかもしれないが、意識は、無くすなよ。本番は、これからだぞ」


「分かってますって。それよりも…」


 酔っ払いながらも、中々、種明かしをしない長田に、酒の勢いを借りて、問いただす。具体的な指示など、何も聞かされていないからだ。


「長田さん、密告って、誰からです?」


(………)


「こんな所で、無粋な事を言うなよ。…まあ、仕方が無いか。匿名だから、誰かは知らん。でも、女の声だったな。どういう訳か、こちらの素性と、行動を把握してやがる。『一千万円で、秘密のありかを教えてやる』だと。『自分には、参加資格がないが、あなた達は、一億円貰えるから、安いもんでしょう?』だってよ。当然、お前の報酬から、払ってもらうぞ」


(------!)


 長田は、涼しい表情で言い切ると、風俗嬢の谷間に、顔を沈める。


「そんなぁ。折半にしましょうよ」


「馬鹿を言うな。だったら、お前をおいて、一人で対処するまでだ。そうしたら、俺には、お前の分と合わせて、一億九千万円が手に入る。どちらか選ぶんだ。一千万円を失うのと、一億円を放棄するのと、どちらが、得でしょう?カウントダウンするか?はい、スリー、ツー、ワ…」


「……分かりましたよ」


「世の中、賢く生きる。ここで、俺様に、恩を売っておけば、生涯、お前の作品を、贔屓してやる」


「編集長には、負けます。その代わり、次回作も、連載枠下さいよ」


「ああ、勿論だとも。だが、次は、編集長呼ばわりは、許さん。局長と呼べよ?」


 二人は、決行時間まで、生き急ぐように、(むさぼり)りついた。



 ~ 二十三時、豊田市、本尊寺 ~


 車窓から、人通りが消えた事を確認し、こっそりと、車外へ出る。今夜は、月も出ておらず、闇夜に紛れやすい。境内に、足音を忍ばせ、侵入すると、住職が住んでいる、家屋からも、光が消えた。


(……良し、決行だ)


「長田さん、上手くいきましたね。門番代わりの、犬もいないし、楽勝ですよ」


 小川の口ぶりが、軽くなる。成功確率が上がり、余裕が出たようだ。


「小川、そういえば、若手のホープなんだって?まだ、出版社(うち)では、出してないよな?約束通り、今度、見てやるから、作品を持って来い。但し、宿でも言ったが、局長と呼ばなかったら、追い返すけどな」


「分かってますって。それより、長田さん。竹藪で、益々、薄暗くなってきましたよ。懐中電灯を、点けますか?」


「いや、ダメだ。普通に点けたら、目立ちすぎる。地面ギリギリの位置で、足元だけ、照らすように歩け。多少、時間を掛けても、問題ない。心配なら、俺がロープを持つから、お前は、足元だけ、集中するんだ。ほら、ロープを寄こしな」


「優しいですね。長田さんは、大丈夫ですか?」


「俺は、猫と一緒で、夜目が利くんでね。この暗さなら、ほぼ見えるんだ」


 長田を心配した小川は、ホッとして、自分の心配をしようと、気持ちを切り替える。長田の提案通り、ロープを預け、懐中電灯を、地面ギリギリに照らす。牛歩の如く、慎重に、身体をくの字に曲げて、進む。


(本当に、こいつは。根が真面目というか、馬鹿正直というか。それじゃあ、歩き難いだろうに)


 牛歩戦術で、進む事、七分。竹藪が、少しだけ広がり、奥の釣鐘が、うっすらと見えてくる。


(------!)

(------!)


「…もう少しで、釣鐘が出てきます。ほら、あそこです。見えますか?」


「おっ、そうか?……小川、大事の前に、小便したいな。お前も、付き合えよ。暗いから、このまま、もう少しだけ、開けた所に行ってくれ。ミミズがいないか、ちゃんと地面を、目を凝らして、確認してくれよ」


「そうですね。小便を、ミミズに引っかけたら、大惨事です。キチンと、確認しますね」


 小川は、言いつけを守り、念入りに、地面を確認する。心の視野が狭い小川は、足元しか見ていない。


「…ミミズは、いないようで…」


(------!)


 二重に束ねられたロープが、容赦なく、小川の首を締め上げる。


「ググググゥ---」


 長田は、無表情、かつ、冷徹に、最期の言葉を掛けた。小川も、必死に抵抗を見せる。顔面は、真っ赤になり、額には、血管が浮き始める。


「…決まってるだろ?消えてくれ、俺の為に」


「……ググググゥ」


 小川は、最期の抵抗も叶わず、唾液を垂らしながら、崩れ落ちる。死んだ振りをしているかもしれないと、長田は、しばらく力を緩めず、気を抜かない。ロープの摩擦で、両手の皮が剥がれ、痛みと共に、血が出てきたので、そこで、やっと我に帰り、手を放した。


(…くたばったか?)


 懐中電灯で、両目の瞳孔を照らす。反応がない事を確認すると、両手の痛みを我慢しながら、竹藪に引きずり込み、とりあえず遺棄した。


(…小川。しばらく我慢しろ。最期の小説未完部分(お宝)を手に入れたら、後できちんと、弔ってやる。お前の分まで、余生を楽しむから、安心しな)


 良心の呵責に苛まれる。前途ある若者を、私利私欲で、この手に掛けたのだ。小川にも、家族があるだろうし、恋人もいるはずだ。人を殺す事は悪で、地獄行き確定だろう。金の魔力に、心を奪われて、どうしようも無いことも、重々、認識している。だが、弱肉強食の時代だから、仕方が無かったと、自分に言い聞かせながら、今は何も考えず、釣鐘へと向かう。釣鐘だけを目指し、周囲の音が消えた。四十メートル程歩いて、鐘を見つけると、ふと足が止まった。何故か、進むのを、躊躇する。


(何だ、この、嫌な感覚は?…怖いのか?…もしなかったら?…いや、絶対にある。歩け、歩くんだ!)


 疑心暗鬼ながらも、釣鐘の内側を覗いた。


(………)


(………)


(------!)


 貼り付けてある、白い紙切れを、発見した瞬間に、全身の力が抜け、その場に座り込んだ。


(……良かった。これで、何も無かった日には、ただの人殺しだ。身体に力が入らない事って、本当にあるんだな)


 約十分間、座り込んだまま、釣鐘の内側を、無心で見上げる。少しだけ、力が戻った為、身体を痙攣させながらも、紙切れを、片手に収めた。懐中電灯で、中身を確認すると、九条大河らしい、文章が書かれており、本物だと確信する。


(……終わった。これで、何もかも。後は、小川を弔うだけだ。一度、車で治療してから、また来よう。朝まで、まだ時間的に、余裕がある。…もう、焦らなくても良いんだ)


 肉体的にも、精神的にも、疲れ果てた長田は、足音に注意して、とりあえず、その場から立ち去ろうとした。境内を出れば、すぐそこに、ゴールの車がある。戻りながら、この先の事を考える。


(あの電話に救われた。だが、あの女は、どこの、どいつだ?どこかで、聞き覚えがある、声なんだが。…どうしても、思い出せん)


「首尾は、上手くいったようだね、長田さん?」


(------!)


 境内を出る寸前、背後からの声に、身体が硬直する。


 反射的に、振り向いた瞬間、思わず長田は、声をあげた。


「あっ、あんたは、確か、あの!」


(------!)


「ググググゥ---」


 小川を絞め殺したロープが、今度は、長田の首を、容赦なく締め上げる。迷いの無い、明確な殺意が、ロープに伝わる。長田は、抵抗する間もなく、いとも簡単に、絶命したのである。


 小川大樹、二十三歳。


 長田太樹、五十二歳。


 小説捜索を開始した、当日に絞殺される。…短く、そして、儚い人生であった。


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