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紅の挽歌 ~佐久間警部への遺書~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
動き出した歯車
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紅の挽歌(2024年編集)

 ~ 静岡県立 聖隷病院 ~


 一命を取り留めた男は、所持品の免許証から、川野隆司だと判明した。


 静岡市内の大学病院に、緊急搬送され、佐久間は、回復を待つ事にした。


 二日が経過し、桐原刑事が、佐久間の元を訪れた。藁科についての、報告を入れる為である。


佐久間警部(先輩)、お疲れ様です。川野は、目覚めましたか?」


「まだだ、もう目覚めるはずだと、医師が言っていたがね」


「死亡した藁科について、報告します。藁科(わらしな)悠一、二十七歳。新婚で、子供はいません。藁科は、東京都八王子に、所帯を構えておりますが、実家は、静岡市駿河区にあり、昨夜、司法解剖の終了に合わせ、両親に引き渡されました。奥さんにも連絡がついて、実家に向かっています。死因ですが、やはり溺死で、他の要因は、ありませんでした。勤務先の出版社にも、私の方から、連絡をしておきました」


「ありがとう、嫌な役を、申し訳ない。……新婚だったのか。若い命を救えず、ご両親や、奥さんにも、申し訳なかったと、自分の無力に、腹が立つよ」


静岡県警察本部(我々)も、歯痒いですよ。でも、一人の生命は、救えました。本当に良かったです」


(………)


 佐久間は、疲労の色を隠せない、山川を気遣った。


「山さん、宿に戻って、休んだ方が良い。病院での待機(ここ)は、私だけで、大丈夫だよ」


「いえ、一緒にいます。たったの、二日。平気ですよ」


「山さんは、風邪を引いているじゃないか。たまには、上司の言う事を、聞くもんだ。川野は、いつ目覚めるか、分からない。長丁場になった時、山さんが倒れていたら、どうしようもない。桐原刑事、申し訳ないが、山さんを、宿に連れて行ってくれ」


「分かりました。さあ、山川さん。ご案内します」


(………)


「すみません、警部。今日は、お言葉に甘えます」


「うん。ゆっくり休んで、また頼むよ」


 佐久間は、桐原刑事たちを見送り、再び廊下で、川野の回復を待った。



 ~ 待つこと、三時間 ~



「刑事さん、川野さんの意識が、戻りましたよ。もう大丈夫です」


(助かったか!)


「話は、出来ますか?」


「少しだけなら。患者は、重篤でした。今日のところは、十分以内で、お願いします」


 佐久間は、医師の了承を得て、ようやく、川野と対面した。


「まずは、ご無事で、何よりです」


「……あなたは?」


「警視庁捜査一課の、佐久間と申します。二人を止める為、駆け付けましたが、間に合いませんでした。こんな事になり、申し訳ない」


(………)


「…藁科という青年は?」


「残念ですが、亡くなりました」


「…そうですか」


 佐久間は、川野の顔色を見て、端的な質問に、切り替えた。


「明日、ゆっくりと事情を伺いますが、あなた方は、九条大河の企画に、参加している。何が目的で、藁科川まで、来ていたのですか?」


「…小説の、一部分です」


(成田市の小箱も、小説が入るサイズだ。これなら、合点がいく)


「もう一つだけ、聞かせてください。あなた方は、尾形弁護士に、(そそのか)され、藁科川まで来た。違いますか?」


「…それについては、お答え出来ません。申し訳ありませんが」


「何故ですか?」


「尾形弁護士との約束であり、守秘義務が、発生しますから」


「尾形弁護士は、残念ですが、他界しました。守秘義務など、ありませんよ」


(------!)


「馬鹿な!では、あの報酬は、どうなる!」


 突如、川野が、身体を起こし、憤る。


「報酬?報酬とは、どういう意味ですか?」


(しまった)


 佐久間が、僅かに、眉根を寄せると、川野は、布団を被った。


「…話す事は、ありません。本当に、申し訳ありません」


(頑な態度、さて、どうするか)


 佐久間が、思案を巡らせていると、病室のドアが開いた。


「刑事さん、そろそろ、休ませてください」


(------!)


(もう時間か。…仕方がない)


「分かりました、今日は、このくらいに。また明日、伺います」


 口惜しが、一旦、病院を後にした。



 ~  翌日、静岡県立 聖隷病院 ~


 川野隆司から、あの手この手で、情報を引き出そうとする、佐久間だったが、有益な情報を、引き出せない。


 川野は、明らかに、何かを隠している。


(ここまで、頑なになる理由はなんだ?尾形の死を知った時、あからさまに、動揺した。報酬内容は、分からないが、他にも、まだ何か、隠している)


 唯一生存した、川野を皮切りに、何とか、芋づる式に、解決の糸口を見つけたいが、川野の口は、堅く、情報を得られない以上、捜査は、平行線をたどり、困難を極める事が、予想された。


 佐久間は、『時間を空けた方が、良いだろう』と判断し、静岡県警察本部に、川野の監視を依頼し、引き上げたのだった。



 ~ 十月一日。藁科川の事件から、およそ、二週間が経過した午後。 ~


 外回りから戻った、佐久間宛に、一本の外線が入った。総務課の話では、名乗っていないが、男性のようだ。


「お電話代わりました、捜査一課の、佐久間です」


「ああ、佐久間さん。柴田と申します。私を、覚えてますか?」


(………?)


(…聞き覚えのある声だが、思い出せない。どこで会った?北海道か?)


(………)


「その様子では、お分かりに、ならないようですね。佐久間警部(あなた)が、『九条大河の件で、困っている』と、風の便りで聞きましてね。宜しければ、私が知っている情報を、教えようかと、思いまして、電話した次第です」


(------!)


(九条大河の件?一体、どういう事だ?)


「それは、助かります。実は、難儀していまして、情報提供は、喉から手が出る程、欲しいんです。喜んで伺います、どこに行けば、宜しいですか?」


 暗礁に乗り上げている、この状況では、情報提供は、素直に嬉しい。佐久間は、藁をも掴む思いで、赴こうと、準備を開始するタイミングで、山川が、珍しく反対する。


「警部、少しお待ちください。きな臭い感じが、プンプンします。尾形のように、罠かもしれない。私は、反対です。捜査線上にない、人間からの情報は、当てにしないに、越した事ありません」


「山さんの言う事も、理解出来るよ。でも、このままでは、ジリ貧なんだ。有力情報を貰えるなら、外国でも、飛んで行くさ。犠牲となった、彼らの為でもあるんだ」


 佐久間は、反対を押し切って、庁舎を出た。都営地下鉄の、扉が閉まる直前に、山川が、乗り込んできた。


「警部を、死なす訳にはいきません。死ぬ時は、一緒ですよ」


「死にはしないが、ありがとう、山さん」


 二人は、電話の男が指定してきた、目的地に向かう。



 ~ 東京都中央区新川二丁目 指定された場所 ~


「ここは、どこだ?本当に、出版社なのか?」


 佐久間は、建物に面食らった。これまでの出版社とは、規模が違う。かなりの、大手出版社だ。


「ランクAと、いったところでしょうか?」


「あながち、嘘とは言えないね。まずは、相手の出方を、見るとしよう」


 受付で、警察手帳を提示すると、六階の応接室に、案内される。豪華そうな、額縁に飾られた、創始者の肖像画を眺めていると、背後から、声を掛けられる。


「初めまして、佐久間警部」


(------!)

「あっ!」


 佐久間たちは、意表を突かれた。


 一月五日、ホテルの記者会見で、九条大河の死を公表し、報道陣の質問に、受け答えしていた人物が、正面に、立っているのだ。


「そういう事ですか。九条大河について、詳しいはずだ」


 柴田は、満面の笑みを浮かべる。


「そういう事です、柴田智大と、申します」


 互いに、名刺交換をすると、山川は、社名を口にする。


「ん?だいゆうしゅっぱんの、…」


 柴田は、明確な、否定を見せる。


「たいゆうです。大有出版(うち)は、『だ』ではなく、『た』いゆうです。社名を間違える人間には、否定的になりますよ」


(社名には、拘りがあるようだな)


「大変、失礼しました。大有(タイユウ)出版の、柴田智大さん。警視庁捜査一課の、佐久間と山川です。九条大河について、有益な情報が聞けそうで、楽しみです」


「この間、ニュースを、たまたま見ていたら、評論家の川野隆司が、事故に遭ったと、知りました。興味本位で、色々と調べたら、知り合いが、他にも死んでいました。九条大河の絡みで、不可解な事件が多いようですが?」


(------!)

(------!)


 柴田の言葉が、痛いところに、突き刺さる。


「何故、それを知っているのですか?警察組織(我々)は、公表を避けていますが?」


「自慢じゃありませんが、仕事の能力には、かなりの自信があります。『計画ばっちりの、柴田』と、呼んで頂きたい」


(記者発表では、かなり、堅いイメージだったが。大分、イメージが、かけ離れるな)


「つまり、どういう事を、仰りたいのですか?」


 柴田は、ほくそ笑んだ。


「最期の、ミステリーですよ」


「ミステリー?」


「…お惚けを。現在、起きている一連の事件は、九条大河の、最期のミステリーでは、ありませんか。『紅の挽歌』という、未完作品の」


(………?)

(………?)


 佐久間たちは、顔を見合わせる。


「紅の挽歌?」


(………?)


 柴田智大は、腑に落ちない表情で、佐久間に聞き返す。


「もしかして、この事を知らないで、今まで捜査していたと?……教えてください。今まで、あなたが、どこまで解いたのか?不躾な言い方になりますが、それにより、情報提供の、内容量を決めます。損得勘定で商売するのが、出版社なもので」


「はあ、そうなんですか。捜査が進展するなら、喜んでお話します」


 佐久間は、記者発表の後、自分宛に届いた、詩の内容と、これまでの事件状況を、細かく説明する。経緯を把握した柴田は、ただただ、驚愕した。九条大河の計画ではなく、佐久間の、推理に対して、感心している。


紅の挽歌(この作品)を、読んでないのに、ここまで、読み解きますか?…いやあ、世の中には、いるもんですね。自分と同じ、天才肌というものでしょうか?」


(…面倒くさい奴だな)


 山川は、心の中で、唾を吐いた。


「あっ、あなた!今、面倒くさい奴と、思いましたね?」


(------!)


 山川は、慌てて、首を横に振った。


「冗談はそれくらいで、本題に戻りましょう。今度は、こちらの質問です。柴田さんは、紅の挽歌については、ご存知なんですね?」


「知ってるも何も、担当ですからね」


(------!)

(------!)


「担当者?では、この後の展開も、ご存知なんですね?だから、情報を話そうと思った?」


 柴田は、首を横に振った。


「分かりません」


「おちょくってるのかね?」


「山さん、話の腰を、折らないでくれ。『分からない』というのは、ここで、未完になったという事じゃないか?柴田さん、合っていますか?」


 柴田は、ほくそ笑んだ。


「はい、正解です。ここまで、作品に、忠実な謎解きをしてくれた警部に対して、尊敬の念を抱き、特別に、大有出版社で保管しております、九条大河の遺作、『紅の挽歌』をお見せしましょう。ただし、写真撮影や、書き写し、持ち帰りは、ダメです。この場で、お読みになってください」


 柴田は、佐久間たちを、資料室に案内すると、打ち合わせテーブルに、紅の挽歌を置いた。


「…では、確認させて頂きます」


 佐久間は、手袋を装着すると、約一時間かけて、作品内容を把握していく。物語を読むにつれ、一小節目からの流れと、事件状況が、脳裏に浮かんでくる。


「怖いくらい、見事に、一致しますね」


「ここまで、酷似するとはね。この詩についても、私に送ってきた、そのものだよ。九条大河は、この詩を解読して、止めてみせろと、言っていた。本気で、未完を完成に、導くつもりなんだ」


九条大河(先生)は何と?会見後、九条大河(先生)のスタッフとは、接触がないものですから」


 佐久間は、手紙の内容を、覚えていた範囲で説明する。


「…なるほど。すると、ここから先は、あなた方の行動が、本当の意味で、紅の挽歌を、完成させる事になりますね。当社でも、四小節目までしか、作品が書かれておらず、難儀していたんです。詩はあるのに、中身がない」


「九条大河の生前、この後の展開について、何か触れませんでしたか?」」


九条大河(先生)は、『三小節目までは、普通の推理小説。四小節目からが、本当の謎解きだ』と、仰っていたんです。そして、五小節目からは、『自分の想いや、奪われた幸せを取り戻す為、完結に導くつもりだ』と。それが、九条大河(先生)との、最後の会話です」


「そうですか。柴田さんは、五小節目と六小節目について、どう感じましたか?私は、五小節目は、『忘却の彼方』で、六小節目は、『私怨の泉』だと、思っています」


(------!)


「全くの、同感です。…いや、これしかないでしょう。あなたとなら、対等に、仕事が出来ますね。警視庁を辞めて、大有出版社(うち)に来ませんか?あなたなら、直ぐにでも、トップを目指せます」


(警部が、辞める訳がなかろう!)


 山川が、苛立ちを募らせるが、佐久間が、御した。


「ご冗談を。だが、これで、確証を得ました。捜査の進展に繋がる、貴重な情報です」


「最後に、九条大河(先生)の過去について、少しだけ、情報提供です。他言無用で、お願いしたい」


「ぜひとも、教えてください」


九条大河(先生)は、昔、愛知県の大樹寺に、捨てられていたところを、和尚に拾われて、育てられたようです。五小節目の大樹と、関係があるかもしれません。それと、もう一つ。『忘却の彼方』作品に出てくる、娼婦達を、精神を操作(マインドコントロール)して、次々と被害を出させる、犯人の太樹が、非業の死を遂げる、金沢八景も、関連するかもしれません。この二つの、どちらかに絞った方が、良いでしょう。あくまでも、担当者としての意見で、申し訳ないですが」


(愛知県の大樹寺。金沢八景の太樹。…覚えておこう)


「大変、参考になりました。早速、捜査本部に戻って、洗ってみようと思います。心より、感謝します」


 礼をする佐久間に、柴田もまた、頭を下げる。


「何としても、謎を解いてください。大有出版社としても、お蔵入りは、避けたい。それ程の、最高傑作なんです。ただ、実際に、何人も犠牲が出た、今となっては、出版社としては、世に出せなくて、残念ですがね。未完のまま、お蔵入りではなく、完成したが、公表しない。この方が、はるかに良い。物語自体のエピローグは、誰もが望むと思いますよ」


 佐久間と柴田智大は、硬い握手をして別れたが、山川だけは、苦虫を噛み潰した。辞職を促した、柴田の神経が、どうしても、許せないようであった。


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