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紅の挽歌 ~佐久間警部への遺書~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
動き出した歯車
16/28

藤原家殺人事件2 厄災(2024年編集)

 ~ 静岡県 ~


 翌朝、佐久間たちは、JR東海道新幹線で、静岡市に向かった。


 静岡駅では、静岡中央警察署の桐原刑事が、出迎えてくれる手筈になっている。


「今度こそ、間に合いますかね?昨日であれば、お終いですが」


「それは、大丈夫だろう。昨日の時点で、休みに入ったんだ。昨日は、下準備に使ったのだと、思うよ。行動を起こすとしたら、今日からだよ」


「しかし、台風が来てるっていうのに、本当に来ますでしょうか?聞いた話では、一週間、休暇を申請しています。台風が過ぎ去ってからでも、良いと思いますがね?」


(………)


「金に目が無い連中は、天候など関係ないさ。一週間あると思うか、一週間かしかないと思うか。おそらく、後者だと思う。だから、藁科は、絶対に現地に行く。藁科川は、延べ、三十人体制で、捜索する事になったが、川の延長が長いのと、この悪天候だ。果たして、捜査網が、藁科を見つけられるかどうか。藁科が、水嵩が増した、急流の前で尻込みして、探索を諦めてくれるのが、一番良いのだが……」



 ~  藁科川 ~


 川野と藁科は、藁科川の堤防を、北上している。普段であれば、容易に、河川敷を探索出来るのだが、増水で、見る影も無い。


「川野さん、それらしき場所を、一箇所だけ、思い出したんですが」


「どこだ?」


「この場所から、かなり上流ですが、戦没者慰霊の廟が、確か、橋の欄干、裏側にあったと思います。普段は、奉った廟と、河川敷の高さに、落差があるので、管理者でもない限り、廟までは行けませんが、水嵩が増している今なら、水面と廟が、同じ高さになるので、行けると思うんです」


(------!)


「……思い出したよ。『藤原家殺人事件(あれ)』の、後半部分だな」


 藁科は、力強く頷く。


九条大河(先生)は、この状況を、廟の側で取材して、執筆したのでしょう。そうでもしない限り、普通の人間では、書けない設定です。取材力と、発想力には、驚かされます。台風が通過する前の、今なら、まだ間に合うかもしれません」


(………)


「急ぐとしよう。この悪天候なら、河川管理者の巡視も、まだないだろう。監視の目が届く前に、何としても、廟を調べるんだ。堤防から廟まで、おそらく、泳いで渡る。藁科くんは、泳げるか?」


「ええ、五十メートル程度は」


「…良し、さっさと、確かめに行くぞ」


 二人は、時折、吹き荒れる強風に、足を止められるが、ひたすら上流を目指す。


(歩けど、歩けど、何も無い。どこまで、歩くんだ?)


「おい、藁科くん。本当に、右岸側で合っているのか?何も見えないぞ?左岸側じゃ、ないだろうな?」


「多分、右岸側(こちら)で、正解ですよ」


 半信半疑で、右岸側を北上する事、ニ十分。前方に、橋桁が見えてくる。歩く前は、威勢の良かった川野も、相当、疲れているのだろう。一言も、言葉を発しない。


(一時間くらい、歩いた気がする)


 戦没者慰霊廟が、かろうじて、肉眼で確認出来る。藁科は、大きく深呼吸すると、念入りに、身体をほぐし始める。予想通り、急流の中を、生死を賭けて、渡らなければならない。


(もう少しで、億万長者になれるんだ)


 暴風雨が、一層強まり、視界が霞む。


「五十メートル以上、あるかもしれないな。果たして、泳ぎきれるだろうか?…もうずぶ濡れだから、構わないけど、この嵐で、目を開けてられないぞ。自分は、まだ若いから、ギリギリ大丈夫だと思うが、川野さんは、ダメかもしれないぞ?体力的に、持たないだろう」


 藁科は、急に、川野の事が心配になり、振り向いた。


(------!)


 一瞬の出来事であった。


 物凄い力が、藁科の頭を、藁科川に沈める。


「何……を……ヴヴ、するん……ヴヴ。ちくし……ヴヴ」


 残された力で、抵抗するものの、押さつける力に、抗いきれない。


(さ……ち……)


 薄れゆく意識の中で、妻の名前を呼ぶ。無情な力は、いつまでも続いた。



 ~ 一方その頃、静岡駅 ~


佐久間警部(先輩)!」


「桐原刑事、久しぶりだね。助かるよ」


「そんな、水くさい。事情は、聞いてます。話は、パトカー()で。急ぎましょう」


 挨拶も、そこそこに、静岡中央警察署のパトカーは、藁科川を目指す。


佐久間警部(先輩)、九条大河の件は、警察庁からの通達で、大体は把握してますが、静岡県内で起こるとは、思いませんでした。『藤原家殺人事件』とは、どんな内容なんですか?」


 山川も、興味深く、耳を傾けている。


「この作品は、藤原南家という、南北朝時代に栄えた、一族のしがらみが、長い時を経て、子孫たちに降り注ぐ厄災を、描いたものなんだ。特徴としては、土地名や建物名など、現在では、容易に特定出来ない、構成にしてある。その代わり、人物描写や感情が、上手く引き出されていて、歴史好きには堪らない、玄人向けだ。そして、ここが、九条大河の巧さなんだが、作品を、何度も読み返し、文献を調べたり、関連書籍と照らし合わす事で、大江、竹俣、藁科という、一族との繋がりが見えてくる」


「奥が深い、小説なんですね。厄災というのは?」


「栄華を極めた藤原南家は、水面下で、徒党を組んだ源氏たちに、鹿狩りの際、討たれたとなっているが、頭領の弟は、かろうじて生き残っていたんだ。だが、力を失くした藤原南家は、呆気なく滅ぶ。弟は、一族再建のため、裏切った大江、竹俣、藁科を、何とか討ち果たそうとするが、逆に捕まって、溺死させられる。討ち入り前、失敗する事も考えた弟は、『自分が死んだ場合、一族の再建を、子孫に託す』と、手紙に記し、友人に託したんだ。そして、弟は死に、想いだけが、この世に残った。手紙を託された友人は、弟だけではなく、頭領にとっても、無二の親友だ」


 パトカーは、駿河区に差しかかる。


「時代は、昭和に入る。たまたま、集団疎開で、上野から駿河に、逃げてきた主人公が、見えない糸に引き寄せられる様に、空襲から身を隠すため、古民家に逃げ込んだ。そこで、祖先の手紙を見つけ、読んだのさ」


「現実では、あり得ない設定ですね」


「この部分はね。流石の九条大河も、設定には、苦労したのだろう。手紙を読んだ主人公は、時代は変われど、思い当たる節がある。腐れ縁だが、裏切ったり、裏切られたりする、三名の人間が、脳裏に浮かんだ。疎開から帰ると、三人の先祖を調べ、大江、竹俣、藁科の子孫である事を、突き止めた。主人公は、親友に、先祖からの手紙を見せ、終戦の混沌に乗じ、上野や流山で、この三名を、次々と粛清していく」


 山川は、溜息をついた。


「これは、復讐を描く、物語なんですね」


「でも、何故、『藤原家殺人事件』なんですか?これなら、『藤原家の復讐』でも、タイトル的に良いような気がします」


「その通りだよ。でもこれは、九条大河作品だ。落ちが、ちゃんとある。無事に、復讐を果たした主人公は、親友と先祖に報告する為、再び、疎開先に戻る。あいにくの雨だったが、増水した川を越えないと、墓前に行く事が出来ない。二人は、手を取り合い、一歩一歩、危険を顧みず、墓前を目指した。何とか辿り着き、安堵した主人公が、親友に話し掛けようとした、瞬間……」


 車内の、全ての者が、続きを待った。


「どっ、どうなるんですか?」


「…話し掛けようとした瞬間、親友である男の手が、主人公の頭を掴み、増水した川に沈め、溺死させる。そして、意識が遠のく、主人公に対して、親友は、最後に、こう言ったんだ。『長い時を経て、まだ悲劇は続く。昔、鹿狩りで、源氏たちに、頭領を討たせる為、裏切ったのは、俺の先祖。頭領の、親友だった男だ。そして、また同じように、親友だと思っている男に、お前は殺される。時代は、繰り返すんだ』と。こうして、信じる者の手によって、主人公は、その生涯を終えたんだ」


 一同が、言葉を失う。


「時を越えた、負の連鎖か。裏切って、裏切られ。でもどうして、二度も、親友が裏切ったんでしょうか?」


「藤原南家の頭領は、人を信じない男だった。そして、私利私欲のため、非情な事も平気で行う、冷徹な男だった。その為に、寝首を掻く目的で、親友の振りをして、近づいた。その男は、表向きは、藤原側の人間だと、公言していたが、本当は、源氏の一族だったんだ。頭領の弟から、手紙を預かった親友は、後の世を憂い、弟の手紙とは別に、自分の子孫宛に、手紙を残したんだ。『時を経て、藤原南家の子孫が、源氏たちの子孫に、害を及ぼす事あれば、これを討ち、阻止せよ』とね。藤原南家の子孫とは違い、親友の直系子孫は、代々、言いつけを守り、藤原南家の乱に備えた、という訳さ。昭和に、なってもね」


「藤原南家の視線で見ると、悲劇。ところが、源氏側から見ると、英断か。本当に、奥が深い作品です。あっ、佐久間警部(先輩)。そろそろ、藁科川です」


 堤防沿いの、遥か先に、パトカーが集結している。一目で、藁科の、居場所が分かった。


(間に合ったようだ、今度こそ)


 佐久間は、傘も差さず、中心に向かった。


(………)

(………)

(………)


 またしても、九条大河が、敗北を告げる。


 陸に上げられた、二つの遺体が、無情の現実を、突きつけたのである。


「二人とも、死因は、溺死です」


「…また、間に合いませんでしたね」


「どうしても、犯人に、先を越されてしまう。あと一歩の、ところでだ!」


 佐久間にしては、珍しく感情を露わにし、激しく水を叩きつける。


 次の瞬間。


(------!)

(------!)

(------!)


 信じられない光景に、思わず、大声で叫んでいた。


「桐原刑事!一人、動かなかったか?」


 何と、一人が、息を吹き返したのである。


(------!)

(------!)

(------!)


「藁科ではなく、別の男だ」


「救急車を!絶対に、死なせるな!」


 この事件で、初めて、命を救えた瞬間であった。


 佐久間と山川は、我を忘れ、抱擁した。


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