藤原家殺人事件1 藁科川(2024年編集)
~ 九月十二日。一級河川、藁科川 ~
静岡県浜松市の天竜川と並び、静岡市内では、屈指の、安倍川水系の支流である。悠久の美しさが、際立ち、鮎釣りも盛んだ。
降りしきる雨の中、静岡市葵区と駿河区に跨る、河川敷きの堤防に、二人の男性が、立っていた。
「藁科くん、何故、この企画に、参加しているのかね?あんなに、盗撮や盗聴に、異を唱えた男が?」
(………)
「著作権よりも、妻の為に、億万長者になろうと、思いましてね。そういう、あなたこそ。評論家に、著作権など、無縁では?執筆する訳でも、ないのに」
「ふん、若い君には、分からんだろうが、著作権というものは、扱う者次第で、何億にも化ける。君は黙って、金だけ掴むのだな。儂の邪魔だけは、しない事だ。…まだ、職を失いたくないだろう?それとも、何か?儂を出し抜く、秘策でもあるのかね?そんな、甲斐性があるとは、思えんがね」
日頃から、上から目線の川野が、藁科は、どうしても苦手だ。評論家は、得てして、自己顕示欲が強い。
「あなたとは、連みたくないですね。行動も、別々にしましょう」
川野は、感情を露わにする、藁科を一喝する。
「馬鹿か、お前は?好き嫌いで、社会は動かんぞ。利害関係で、動くもんだ。説明を聞いてなかったのか?二人対象という事は、単独で解決する、倍の難しさがあるんだぞ。儂だって、お前と連むなんて、まっぴらごめんだ。だが、手を組まないと、十中八九、お宝は見つからん。それくらい、理解するんだな」
「…分かりましたよ。それで、どうするんです?闇雲に探すんですか?」
(………)
「その小さな、脳みそをフル回転させて、考えるんだよ。『藤原家殺人事件』に、ヒントは、必ず隠されている。藁科川と、お前の苗字、藁科も、視野に入れてな」
「ゴオオオォォォ」
「…台風が来るまでに、解決した方が、良さそうだ。嫌ですが、手は組みますよ」
大型で、強い勢力を保ちながら、北上を続ける台風が、本州を直撃しようとしている。この日は、未明から、川が唸っており、水嵩が増し始めている。
九条大河企画の順番が、川野と藁科となり、悪天候にも関わらず、この場所で、遭遇したのである。
「まさか、この場所で、揃うなんてな。という事は、スタート地点は、合っている。あとは……」
「ゴオオオォォォ」
荒れ狂う、藁科川。なす術もなく、二人は、その場に、立ち尽くしていた。
〜 前日、九月十一日。東京都 警視庁捜査一課 〜
警視庁捜査一課では、九条大河の四小節目について、夕方まで、打合せが続いている。
『空回りした川辺には、藤原南家が
滅ぶとき、仏と一緒に、帰郷する』
佐久間は、この詩が、今までとは違う臭いを、放っていると感じていた。三小節目までは、小説を読んでいけば、ある程度は、地名や時期など、容易に判別がついた。しかし、この節から、明らかに、難易度が上がったのだ。
「警部、私には、見当すらつきません。申し訳ございません」
「良いんだよ、山さん。捜査は、一人でするものではない。私にも、ある程度しか、想像が出来ていないからね」
(------!)
「分かるんですか?」
「まず、藤原南家だ。藤原は、南北朝時代に、必ずと言って良い程、歴史の表舞台に、出てくる一族だ。だが、『藤原南家』で、この詩を追うと、複雑過ぎて、目的に辿りつけない。そこで、ヒントは、駿河なんだ」
(………?)
「はあ、駿河ですか?」
「そうだ。駿河は、静岡市。見方を変えると、藤原南家も、駿河に存在し、藤原南家から、大江、竹俣、藁科と、繋がりが見えてくる。さらに、歴史上、この繋がりと関係が深い、地点を手繰っていくと、現在の静岡市駿河区と、葵区に跨る川、つまり、藁科川へと、行き着く。この事を、詩に当てはめてみると、このようになるんだよ。
○空回りした川辺には、藤原南家が滅ぶとき
⇒ 空回りは、通常とは、違う意味だと想定する
⇒ 台風などの、異常気象時=九月と想定する
⇒ 藤原南家が滅ぶ=性が、藤原、大江、竹俣、藁科の者が、死ぬと想定する
⇒ 台風と掛け合わせると、水死、溺死と想定する
○仏と一緒に、帰郷する
⇒ 犯人か、発見者が、川で死んだ者を、葵区か駿河区に、連れて帰る
「この詩が、適用される作品は、十中八九、『藤原家殺人事件』だろう。しかし、作品を読むだけでは、場所の特定には、辿りつけないんだ。この詩について、真意が分かるのは、藤原南家の扱いに、着目出来る評論家や、作品に携わった編集者だと思うよ。出版社に確認して、予想した苗字の者がいたら、まず、間違いない」
日下が、出版社を確認する。
「出版社は、秋桜文集社と書いてありますね。早速、問い合わせてみます」
「いつもながら、脱帽いたします。警部の、足元にも、及びません」
「人には、向き、不向きがあるからね。守備範囲が、広いだけだよ」
日下が、電話を終えたようだ。
「警部、藁科という男が、この作品の、担当者との事です!」
(------!)
(------!)
「担当者は、何名いる?複数か?」
「一名です」
(…他の者はいない。今回の対象者は、一名だけなのだろうか?)
「藁科はどこに?今、出版社に?」
「それが、本日から、一週間程、有給休暇を取っているようです」
(------!)
(------!)
「山さん!葵区は、確か、静岡中央警察署の管轄だ。藁科という男を見かけたら、身柄を確保して貰ってくれ!日下は、もう一度、出版社に電話をして、藁科の氏名と、顔写真を入手してくれ。直ぐに、静岡中央警察署に、照会画像を送信するんだ!急がねば、間に合わなくなる!」
佐久間は、安藤に、事情を説明した。
明朝より、静岡県警察本部と合同で、藁科の行方を追うべく、捜査協力を求める事にしたのである。




