青木ヶ原での復讐1(2024年編集)
~ 東京都千代田区、真東文芸社 ~
成田市から戻った佐久間は、山川と、手分けして、捜査する事にした。山川には、尾形弁護士事務所で捜査している、日下の応援を頼んだ。佐久間は、捜査一課に戻る前、真東文芸社に向かう。馬場 公の、当日の足取りと、これまでの事情を、精査するためである。担当者には、ある程度の情報を伝えてある。
「いらっしゃいませ、真東文芸社へ、ようこそ」
「二時間程前に、面会予約した、佐久間と申します」
受付嬢に、警察手帳を見せると、既に、話が通っており、受付嬢から連絡を受けた、編集部局長が、駆け下りてきた。
「わざわざ、お越し頂き、申し訳ありません。応接室で、詳しく伺いたいのですが」
「こちらこそ、痛み入ります。警視庁捜査一課の、佐久間と申します」
「真東文芸社の飯島です。ささ、どうぞ、応接室に」
丁重に案内され、応接室のソファーに、腰掛けるタイミングで、コーヒーが、運ばれてくる。来客をもてなす姿勢に、感心した。
(上司が、何も言わなくとも、部下が、配慮して行動出来る。普段から、教育が行き届いているのだろう。中々、雰囲気の良い、会社だな)
名刺交換を行うと、飯島は、コーヒーを勧める。
「佐久間警部は、コーヒー、大丈夫ですか?」
「ええ、大好きです」
「真東文芸社は、来客用のコーヒーに、気を遣っていましてね。何の豆か、分かりますか?」
「それは、楽しみですね。では、早速。……キリマンジャロ、…いや、ブルーマウンテンかな」
「正解です、大したものです」
場が和んだところで、飯島は、本題に入る事にした。
「まずは、真東文芸社の馬場が、この度、多方面に、ご迷惑を掛けた事、お詫びいたします。そして、早々に、連絡を入れて頂いた、警視庁捜査一課に、感謝申します」
「頭を上げてください、当然の事をしたまでです」
「まだ、信じられません。昨日まで、普通に働いて、元気だった男が。しかも、都内でなく、千葉県でなんて。勤怠記録を見ましたが、遅くまで、残業していたようです」
「現場検証に、立会ましたが、死亡推定時刻は、昨夜の、二十二時三十分から、二十三時三十分です。勤怠記録の、退社時刻は、いつですか?」
「二十時二十分です」
(………)
「この場所からですと、直ぐに、首都高速道路に乗れますな。おそらく馬場さんは、首都高速道路から、湾岸線経由で千葉県入りし、千葉北JCTで、東関東自動車道に入ると、成田ICを、目指したはずです。高速道路を降りた馬場さんは、一般道で、現地まで向かった。時間的にも、計算が合います。そして、程なく殺された」
「腑に落ちません。仕事終わりに、むざむざ、殺されにいくなんて。一体、何が?」
(………)
「馬場さんは、中途採用者ですか?」
(………?)
「いいえ、大学卒業後、新卒で入社しています」
(では、この出版社で、起こった事案だ)
「中途採用者ならば、前職の事案かと、躊躇しましたが、問題ないようなので、事情を説明しますが、守秘義務が発生します。口外厳禁ですが、それでも、お聞きになりますか?」
(………)
飯島は、黙って頷いた。
「では、お話しましょう。実は、九条大河が亡くなって、数日後に、九条大河の代理者が、私宛に、犯行声明の手紙を、持ってきたのが、事の発端です。九条大河は、自身の、最期のミステリーと評し、計九名の、殺害予告をしています。馬場さんは、二番目の被害者です。九条大河は、自分の作品に準じて、確執があった、編集長・副編集長・評論家・作家を、粛清すると、考えています」
(------!)
飯島は、驚きを隠せない。
「…何という事だ。あの九条大河が、そんな、大それたことを。耳を疑います」
「馬場さんの事で、飯島さんが、ご存知な事があれば、情報提供頂きたい。普段、見かけない人物や、不審な人物が、来社したとか、九条大河の担当者は、馬場さんの、他にもいるのか、どんな些細な事でも、構いません」
(………)
「馬場は、過去に一度、九条大河の担当をしていました。真東文芸社から、初版が発売されましたが、馬場の態度や、販売戦略の最終調整で、九条大河の機嫌を大きく損ない、重版については、他社からとなりました」
「その作品は、『荒野への疾走』で、間違いありませんか?」
(------!)
「よく、ご存じですね。既に、捜査済みなんですか?」
「九条大河は、作品に準じて、粛清する事に、固執しています。二小節目に書かれた、詩の内容が、『荒野への疾走』でした。犯行に使われそうな作品を、絞り込んでいて、今回の事件は、作品の舞台が、成田市だと予想して、今朝、下捜査に赴いたのですが、間に合いませんでした」
「…そうだったんですか」
「もう少し、早く手が打てれば、救えたのかもしれません。その点は、歯痒く思っています。話を、元に戻しましょう。初版のみであれば、そこまで、売り上げに、ならなかったのでは?重版は、どの出版社が、担ったのですか?」
「それがですね、……誰だったかな」
(………)
(………)
飯島は、やっと、何かを思い出したようだ。
「お持たせしました。確か、二月の中旬に、尾形という弁護士が、来社しました。馬場が、九条大河の信頼を回復する為に、生前の作品に関連した、企画販売をするので、社として、馬場のバックアップをして欲しいと、依頼されたんです。九条大河の遺言で、上手くいけば、重版を認めると」
「興味あります。具体的には、何を求められたのですか?」
「四月になったら、企画を開始するので、馬場に、一ヶ月間の、取材許可を与えるようにと。それと、当該月は、馬場が、専念出来るように、接触・連絡は、余程の事がない限り、控えて欲しい。…だったかな」
「なるほど、そんな条件を、付けられたのですか」
(他の対象者にも、同じように打診したのだろう。これなら、複数いても、互いに、接触を避けられるし、合理的で、理に適っている)
「要約すると、真東文芸社では、九条大河の作品は、馬場さんのみ担当しており、作品は、一作品で、初版のみ販売した。重版を出す為には、企画協力が必要で、九条大河の遺言で、二月中旬に、尾形弁護士が、打診してきた。それだけですね?」
「はい、間違いありません」
「答えられる範囲で、お願いしたいのですが、九条大河の担当者になる為に、他の出版社と、水面下で、調整したり、忖度したり、あるものなんですか?この質問は、公共工事とかでは無いので、談合などとは違い、捜査の対象にはならないので、ご安心ください」
「真東文芸社は、中堅ですから、あまり相手にされません。この作品だって、二年くらい、九条大河の事務所に通って、お手伝いを重ねて、ご機嫌を取って、やっと、卸して貰えたんです。大手の出版社は、過剰な接待を、しているのだと思います。この世界は、出し抜くか、出し抜かれるか。互いに、騙し討ちするので、協力は無いですね」
(………)
「そうですか。情報提供、ありがとうございます。これで、お暇しますが、くれぐれも、ご内密に。では、また、何かあれば、伺います」
「馬場の仇を、何とか、お願いします」
二小節目の犯行は、単独殺人であると確信し、警視庁へ向かう。
~ 七月、警視庁捜査一課 ~
馬場 公が、成田市で、この世を去ってから、既に、三ヶ月が経過している。あれから、九条大河の犯行は、鳴りを潜めているが、警視庁捜査一課では、三小節目の詩に備え、静岡県・山梨県の警察本部に、捜査協力を依頼している。
二件の殺人事件を鑑み、予告殺人の時期を絞り込み、阻止する事にしたのだ。見えない犯行に、予算を充てて、捜査員を配置する事は、警視庁はもとより、警察庁でも、議論の的となったが、根気よく、犯行の特異性と、詩の内容の、解読が進んだ事を訴え、期間を限定する条件付けで、認められたのである。
警察庁の許可を得る為、安藤が、警視総監の布施を説得。警視庁の総意として、警察庁へ上申し、全体会議で稟議が通った。
各警察本部には、警察庁より通達され、異例ではあるが、事件の発生前から、厳戒態勢を敷いたのである。九条大河からの、一通の手紙が、全国展開の事件へと、切り変わった瞬間でもある。
『富士山麓の麓には、自分を守る
しがらみが、友と儚く露となる』
佐久間は、この詩が、『青木ヶ原での復讐』の舞台となっている点、仲間内で、人間関係が崩壊し、犯人が、周到に練った、復讐計画に沿って、対象者を、一人ずつ粛正していく点に、刮目した。
次の犯行は、富士山麓、特に、山梨県側の青木ヶ原樹海で起こると予想し、佐久間は、山梨県側に、比重を重くした。
「警部、今回の対応は、タイトルのイメージで、この配置なのですか?樹海は、どちらの県にも、存在しますが?」
佐久間は、やんわりと、否定する。
「結果的に、タイトル通りになっただけだ。作品の中身から、場所を重視したんだよ。内容はこうだ。事件は、山梨県の鳴沢村出身の男Aが、十年の時を経て、帰郷した事から始まる。Aは、高校生の時、四人組で、よく連んでいた。このグループには、三人が、恋してやまない、女性が一人いて、Aもまた、密かに、想いを寄せていたんだ。だが、グループの一人、Bに、恋している事を打ち明けられ、困惑している時に、女性からも、Bが好きであると、告げられ、Aは、いたたまれなくなって、逃げるように、東京に、家出した。だが、風の噂で、『本当は、この女性が、Aの気持ちを試す為に、ついた嘘』だと、知り、十年ぶりに帰郷した。故郷を捨てても、片時も、忘れられなかったのだろう。だが、帰郷したAが、目にしたのは、覚せい剤で、廃人と化した、女性の姿だったのさ」
「恋い焦がれた女が、覚せい剤ですか。それは、ショックですな」
何故、女性は、覚せい剤で、廃人と化したのか?
「当然の疑問に、駆られたAは、探偵を使って調べた。すると、直ぐに、結果が判明する。女性を、変わり果てた姿に、変えたのは、連んでいたBと、Cだったのだよ。昔からAは、力もあり、リーダー的な存在だったから、BとCは、Aが怖くて、女性に手を出せなかったんだ。だが、Aがいなくなった事で、BとCが結託し、女性を、強姦する為に、覚せい剤を入手して、無理矢理、投与したと、探偵の口から、告げられた。逆上したAは、直ぐに、BとCを呼び出し、復讐しようと決意したが、探偵に止められてしまう。『怒りにまかせて、復讐すれば、直ぐに、足がついて、あんたは、逮捕される。そうなれば、誰が、この女性を、守るんだ?』とね。そこで、Aは、別の手法を、考えたんだ」
山川は、生唾を飲んだ。
「Aが、どんな復讐をしたのか、先が気になります」
「完全犯罪を目論むAは、探偵に、即効性の高い毒物と、遅効性の毒物を教えて貰い、BとCを、違う場所へ呼び出し、使用する事にした。しかも、Bを毒殺する時には、Cを臨場させ、Aの現場不在証明を証明させる、徹底振りだ」
「という事は、Cが、即効性で、Bの方が、遅効性ですな」
「その通りだよ。Aは、まず、『A・B・Cの三人で、久しぶりの再開を、楽しもう』と、酒宴を設けた。居酒屋で、Cが、トイレに行く為、席を外し、かつ、Bが、よそ見をするタイミングを見計らい、毒物を混ぜる。酒宴が終わり、店から出た瞬間、Bは、毒が回って心肺停止。司法解剖から、当然ながら、毒物が検出され、AとCは、任意ながら、事情聴取を受ける。でも、Cは、Aが、毒を盛っているところを見ていないし、当然の様に、無実を主張する。店内にいた、店員・客からも、不審な点は、無かったと、裏が取れ、二人は、直ぐに、無罪放免で釈放された。これで、まずBを始末した。次の対象者は、Cだ。連続して、毒殺したのでは、Aの関与が濃厚で、間違いなく、疑われる。そこで、探偵に依頼して、今度は、Aが居酒屋に、Cを呼び出し、わざと遅刻する。先に飲み始めたCは、いつまで経っても、現れないAに、憤りを感じながらも、トイレに行く為に、席を外す。その隙に、探偵が、エタノールと、目薬成分を混ぜた毒物を、スポイトで、数滴、混入させたら、会計を済ませ、店を後にする。トイレから戻ったCは、席に戻り、酒を飲んだ途端、意識を失い、救急車で搬送されるが、死亡が確認された。当然、Aは、この日、居酒屋には行かず、他の店で、バイトをしていたので、現場不在証明があり、怪しまれない」
「完全犯罪じゃないですか。不謹慎ですが、爽快な気分です」
ここで、佐久間は、ほくそ笑んだ。
「違うんだ、山さん。九条大河の、作品だぞ。完全決着じゃない」
(………?)
「どういう事ですか?完全犯罪が、見破られたとでも?」
「Aは、女性を救うため、BとCを、毒殺した。だが、女性は、長らく、覚せい剤の虜だ。欲しがれば、好きなだけ、打ってくれる、二人を奪った男を、誰が好きになる?薬が切れ、自我喪失した女性に、結局Aは、逆恨みされ、刺殺されてしまうんだよ。そして、全てを失った女性も、樹海の奥へと消えていき、二度と、村に戻る事はなかったんだ」
「…言葉に、なりません」
「うん、同感だ。正直、この作品を読んで、誰がために鐘は鳴るのか、虚しさだけが、残った。話が逸れてしまったね、先程の問いだが、これまでの犯行から、九条大河は、犯行が、作品と同じような展開で、実行されるよう、発動条件に、拘っている。作品と違うのは、殺害の手法だけだ。実際は、その部分も、同じように、したかったと思うのだが、警察組織が、小説を熟読して、犯行を邪魔するのは、九条大河も、分かっているからね。そこは、現実的に、遂行出来る手法を、取ったのだろう」
「九条大河も、強かな女ですな」
「対象作品は、山梨県富士河口湖・鳴沢村に、跨っているんだ。この犯行は、間違いなく、山梨県側で起こると、確信してるよ。村の居酒屋、民宿、樹海。どこかで、起こるはずだ。出版社関係の人間を、見つけ次第、確保出来れば、ここで、事件は終わる。何とか、見つかってくれる事を、祈るだけだよ」
~ 山梨県、厳戒態勢での、青木ヶ原樹海 ~
青木哲男と原田守は、七月に入ると、早々に、青木ヶ原樹海に赴き、現地調査する事にした。県道71号線から、青木ヶ原樹海に入ると、本栖風穴脇を通過し、大室山を目指して、探索している。樹海に入る前、大室山西展望台で、大室山の位置を、登山用のコンパスに、セットした。二人の目的は、大室山の真裏、神座風穴の蒲鉾穴に、行く為である。国指定の文化財に登録された場所で、洞内には水、氷がなく、また、風通しがよく、洞内外に大きな、温度差がない為、九条大河の小説の一部が、隠されるとすれば、最も、条件が合うのである。
「なあ、青木。やけに、警察官がいるが、何かあったのかな?」
「分かりませんし、興味もありません。でも、本当に、青木ヶ原樹海に、九条大河の、一小節があるんですか?期間的に、余裕もあるし、もう少し、安全対策をしてから、臨んだ方が良いのでは?樹海を、舐めてる服装ですよ、どう見ても。何故、短パンに、サンダルなんですか、怪我しますよ。蛇だって、出るだろうし、本当に、知りませんからね」
(青木の癖に、生意気な)
原田は、青木の頭を、軽く叩いた。
「だから、お前は、おっとり、青木なんだよ。攻める時は、攻める。落とす時は、落とす。仕事も、女もだ。ここは、何としても、お宝を奪取して、お前も、局長になれよ」
肉食系の、原田らしい発言である。
「原田さん、それはただ、性に、貪欲なだけでは?樹海に来た目的を、忘れないでくださいね。本当に、評論家なんでしょうね?九条大河に対しても、そうです。もう少し、真面目な評価をしていれば、作品も、もっと売れただろうし、世間の受けも、良かった。僕の立場も、考えて欲しかったです。まあ、今更、愚痴っても、仕方が無いですが、とりあえず、お宝は、真面目に探してくださいね。きっと、神座風穴に行けば…」
(------!)
(------!)
(何で、ここに、警察官が?)
樹海に入って、四百メートル程、進んだ地点で、巡回中の警察官に見つかり、職務質問を受ける。
「おい、君たち。そこで、何をしている?止まりなさい」
(------!)
(------!)
「おい、青木。見つかったじゃないか?とにかく、この場は、誤魔化すぞ」
「原田さん、もっと、小声で。聞こえます」
原田は、満面の笑みで、警察官に近づく。
「どっ、どうも、ご苦労様です。実は、テレビ企画で、青木ヶ原樹海の、探検ツアーを予定していましてね、今日は、その企画の、下見をしているんですよ」
(………)
警察官は、表情を崩さない。
「放映許可申請を、見せなさい。それと、入山申請書もだ」
(この警察官、詳しいぞ、まずいな)
「……それが、まだ、申請中でして、管理事務所の、回答待ちなんです」
(言い訳として、苦しいか?『管理事務所名はどこだ?』、と言われたら、終わりだ)
「なら、立ち入りは、ダメだ。速やかに、立ち去りなさい。事故が起きては、ダメなんだ。君たちも、報道に携わる者なら、分かりますよね?青木ヶ原樹海は、普段でも、事故が起きやすいから、許可が要るんだ」
青木は、警察官の、注意を逸らすため、別の質問をする。
「直ぐに、引き上げます。でも、何故、こんなに、警察官が多いんですか?事件でも、あったのですか?」
(………)
「詳しくは話せないが、ミステリー小説事件の、舞台となるみたいだ。出版関係者が、来るはずなんだが、もし見かけたら、直ぐに、通報を。まさか、君たちでは、あるまいな?」
(------!)
(------!)
疑いの眼差しが、二人に向けられる。
「まさか!どう見ても、ただの、しがない製作会社ですよ。原田が、制作総監督で、青木が、制作監督です。でも、光栄です、出版関係者に、見られるなんて、ねぇ、原田さん?」
「ああ、光栄だな。貫禄が、出てきたのかな」
(…不審な点もあるが、テレビ業界というのは、こうなのだろう。さっさと、追っ払うか)
二人の発言と、風貌、所作から、警察官は、詮索をやめた。
「ふん、早く出ていきなさい。私は、君たちが出て行くまで、ずっと見張っているぞ」
警察官の視線に怯え、逃げるように、県道71号線へ引き返す。警察官の視界から、逃れたところで、二人揃って、深い溜息をついた。
「おい、青木。さっきの発言、どう思う?どう見ても、俺たちの事だよな?俺たち、警察に追われているのか?お宝って、警察も探すくらい、ヤバイの?」
「質問、多すぎです、原田さん。四つも、同時に、聞かないでください。…とりあえず、原田さんが、売れっ子の、評論家でなくて良かった。今回だけは、セクハラ親父で、助かりましたよ」
(青木の癖に、生意気な)
またしても、青木が、小突かれる。
「阿呆か、誤解を与える、発言をするな。あまりにも、変な発言をすると、お前の担当小説は、全て、最低の評価をつけるぞ。前から、言おう言おうと、思ってたんだがな、お前は、俺の凄さを、知らないだろう?俺は、天下の、原田だぞ?」
青木は、全く動じず、聞き流す。
「それは、後で聞きます。とりあえず、今日は、宿に戻りましょうよ。腹が減りました」
(………)
「仕方がない。今夜は、早く寝て、明日は、朝一で、樹海入りするぞ。分かるか?警察官が、来る前にだ。そんな事より、頼んでおいた、幻の地酒は、宿にあるんだろな?」
「ちゃんと、届いていますよ。あまりにも、しつこいから、自腹で、用意しました。高かったんですからね、幻の地酒」
(青木の癖に、生意気な)
原田は、ふて腐れる青木を、また小突く。
「出版社の経費で、買えば済むじゃない、青木くん。本当に、君は、クソ真面目だね。まあ、でも、お互い、億万長者になるから、許してやろう。宿で、チビチビやるぞ」
「分かりましたよ。言っておきますけど、大事に、飲んでくださいね」
「はいはい、チビチビやりますよ」
宿に戻る途中、二人は、他の警察官たちと、目を合わせないよう、足早に、その場を去る。県道71号線を北上し、河口湖消防署付近で左折し、富士パノラマラインに入る。森の駅風穴を右折し、村道を抜け、西湖いやしの里を、目指した。湖北ビューラインに面した、宿に到着したのは、樹海を出て、四十分経過した頃だった。
「青木ヶ原樹海から、ここまで、四十分弱か。明日の朝一、五時だとすると、四時過ぎに出れば、大丈夫だろう」
「そんなに早く、出るんですか?真夏で、日が高いといっても、山中は、真っ暗だし、怖いですよ」
「だから、お前は、いつまで経っても、ダメなんだ。…まあ、飲むぞ」
宿の温泉に浸かりながら、二人は、九条大河の企画について、話合う。
「なあ、青木。お前は、この企画話、どう思った?…冷静に考えてみたんだが、美味しすぎると、思わんか?報酬が高いという事は、リスクも高いはずだ。警察官に、捕まりそうになったしな」
(………)
「僕も、怪しいとは、思いますよ。でも、ミステリー作品の、最期のパーツを揃えて、完成させる。この部分は、現実的で、ありえる話だと、思います。疑って、参加しないより、参加して、後悔した方が良いと考えました。僕は、幼少から、そうやって、親からも、教えられて生きてきたんです。…尾形弁護士も、有名な方だし、信憑性も高い。あなたも、評論家なら、信じても、良いのでは?」
「なるほどね。流石は、腐っても、編集長だ。大した、考察力だ。俺も、賛同するか、しゃーねえな」
(………)
(………)
踏ん切りをつけるように、原田は、湯船に、勢いよく、顔を沈める。そんな原田を見て、青木は、腹に収めた、言葉を口にした。
「実は、青木ヶ原樹海に来る前から、『あそこかな?』と、思う場所があるんです。…どこか、分かりますか?」
「…お前も、臭いと、思うか?」
「…はい。『青木ヶ原での復讐』で、佐助が、仲間を一人ずつ、粛清する前に、毒を隠した、あの洞窟です」
「物語的に、あの洞窟しかないだろう。俺も、お前も、『青木ヶ原での復讐』に携わり、あの場所しかないと思う。本当は、いけない事かも知れないが、同時に言って、確認しようぜ」
二人で、互いの掛け声で、思い描いた場所を、口にした。
「眼鏡穴」
「眼鏡穴!」
(------!)
(------!)
二人は、揃って、吹き出してしまった。
「良し!意見も、揃った事だし、行動に移そう。互いに、争いはせず、一億円は、手に入る。この分だと、他のグループも、指定された条件を、クリアするだろう。来年の一月に、全員で、恨みっこなしの、抽選と、いこうじゃないか」
「ええ、利害関係が、一致ですよ。最低でも、全員が、億万長者です」
「今日、青木ヶ原樹海で、最終目的地が、思い出せていたら、今頃は、祝杯だったかもな」
青木は、ほくそ笑んだ。
「まあ、良いじゃないですか。お宝の場所は、目星がついたんだし。前祝いです、派遣型風俗店でも、呼びますか。僕が、奢りますよ?」
(------!)
「お前は、……。世の中というものを、分かって来たじゃないか!今度の、青木監督作品は、何かの賞に、ノミネートするか?原田様の、全身全霊を持って、評価しておくぜ。星、五つだ!!!」
「…原田さんには、敵いませんな」
「…青木、お主も、悪よのう?」
こうして、意気投合した、二人の夜が、始まった。明日の成功と、約束された、明るい未来が、互いを高揚させ、この上ない、極上の時間が訪れる。
風俗嬢に、惜しみなく、チップを弾み、文字通り、酒池肉林を満喫した、濃い時間に溺れる。
「お二人さん。夜は、まだまだですよ。寝ちゃ、ダメよ」
「もっと、良い事しましょうよ。私、まだ、満足出来ないの」
泥酔する二人を、風俗嬢たちが、介抱するが、意識が飛んでいく。
「原田さぁぁん。このまま、死にたいくらい、気持ち、良いで---す。極楽浄土にいるみたい」
「本当だなあ、生きてて、良かった。今日は、最高だ---!」
二人とも、幸せ絶頂のまま、互いに、深い眠りに、ついたのであった。
そして、眠りについた、その時間が、そのまま、永遠の夜となったのである。




