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紅の挽歌 ~佐久間警部への遺書~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
変えられぬ結末
12/28

小箱の行方(2024年編集)

 ~ 東京都荒川区 日暮里駅  ~


 佐久間と山川は、二小節目の舞台になりそうな、千葉県成田市へ向かっている。


 昨夜、遅くまで、捜査方針を探っていた佐久間だったが、推測の域だけで、所轄外に、大勢の捜査員を、送り込む訳にはいかない。千葉県警察本部に、それなりの仁義を切る必要もあり、現在の状況下では、それは不可能だと、苦渋の決断をした。尾形弁護士の捜査にも、人員を割かなければならない為、まずは、二人だけで、舞台となる印旛沼周辺を、下見する事に、切り替えた。


「流石に、良案が絞れなくてね。警視庁が抱えている事件を、他に漏らしたくないのも、事実なんだが、仮説上の捜査で、千葉県警察本部(県警)に、迷惑を掛けたくないしね」


「分かります、空振りした時、ダメージが、でかいですから」


「そうなんだ。今回は、条件が合いすぎてね。警察組織(我々)の読みが、九条大河の上を行ったのか、実は、これ自体が、罠なのか、疑心暗鬼になってしまったよ。心理戦は、得意な方だと思うのだが、九条大河は、本物の、ミステリー作家だと思ったよ」


 日暮里駅から、京成スカイライナーで、印旛日本医大駅に向かう事にした。京成スカイライナーは、日暮里と成田空港第二ビルを、最短三十六分で結ぶ、戦略を打ち立て、成田空港への集客に、貢献している。愛好家(マニア)の山川には、堪らない。


「不謹慎ですが、ついに、この時が来ました。捜査で、この列車に乗車するのが、夢だったんです。見てください、この安定したシート。全く、揺れません。車内の音も静かで、快適過ぎます。流石は、京成電鉄が、究極の乗り心地を、追求した列車です!!!」


「確かに、新幹線のような、乗り心地だね。…着くまで、あと三十分か。折角だ、駅弁を楽しもうじゃないか」


 着いたら、色々な箇所を、探索する事になる。体力を、温存しなければならない。


「警部、成田市に着いたら、どのような場所を、探索するおつもりですか?昨夜、小説を読んでみましたが、印旛沼は、広大です。隈無く歩くと、それだけで、日が暮れます」


 佐久間は、印旛沼周辺の地図を、山川に見せる。


「探索ポイントは、幾つかある。小説に登場する場所を、片っ端から、回るつもりだ。印旛沼の周辺は、朱橋と、印旛沼大橋。瀬戸地区から吉高地区については、吉高の大桜。北須賀地区から船形地区については、甚兵衛公園と、甚兵衛機場、県立印旛沼公園。最期に、宗吾霊堂を訪れようと思う。それと、注意したいのは、九条大河が、『荒野の疾走』と、銘打った地点だ。文中から、実際の地図で、照合してみると、該当しそうな場所を見つけた」


「どこですか?」


「印旛沼の北東部さ。船形干拓から長門川の間が、イメージが重なるんだ。甚兵衛機場の水門から、出た排水が、支流の印旛沼へ合流するし、おそらく、九条大河も、作品作りの下見をした時に、この区間に、目をつけたと思うんだ」


「警部が仰った、北東部以外にも、似た箇所があります。北西部の、吉高干拓は、違うのですか?」


「この場所は、直近に、印旛沼大橋があって、交通量が多いんだよ。したがって、作品のイメージからは、外れた。馬が、駆け抜けるのは、交通量が少なく、雄大なイメージが、求められるからね。だから、北東部の方にしたんだ」


「なるほど、理に適っていますな。では、そこから、探索しますか」


(………)


「少々、気が重いけれどね。作品の舞台では、その名の通り、主人公が、荒野を疾走しながら、犯人を追い詰めている。でも、二小節目の詩では、『馬で走るが、間に合わず、夢と一緒に折れるだろう』と、告げている。悲しい結末に、なっているんだ」


「もしやとは、思いますが、既に、事が終わっていると?」


「『馬で走るが、間に合わず』が、仮に、警察組織(我々)の事だとすると、捜査の手が届くと、予想した九条大河が、先手を打って、対象者を、殺した可能性が高い。まだ、犯行が行われていない事を、祈るだけだよ、…こればかりはね」



 ~ 印西市 印旛日本医大駅 ~


 佐久間たちは、印旛沼に行く為、最寄りの、印旛日本医大駅で下車した。開札を出ると、鉄道の両脇を走る、幹線道路が、目に付く。案内図を見ると、近年開通した、北千葉道路のようだ。効率よく、探索する為、この日は、タクシーで移動する事にした。


「どちらまで、行きますか?」


「まず、印旛沼の北東部、船形干拓と、呼ばれる場所へ、行きたいのですが」


(………?)


「漁業関係者の方ですか?それなら、水産センターですよ。船形干拓に行っても、何もありません」


 タクシー運転手は、首を傾げている。


「いいえ、漁業関係者では、ありません。まず、船形干拓に行って、それから、甚兵衛公園や、吉高の大桜、宗吾霊道など、順番に見たいと、思いましてね」


(そう言う事か)


 タクシー運転手は、観光だと思ったようで、親切に、助言を始める。


「観光とは、この時期に、珍しいですな。吉高の大桜なんて、四月と言えども、まだ、蕾の段階で、開花してませんよ。吉高は、あまり、お勧め出来ませんね。まあ、それでも、行けと言われれば、こちらも、商売ですから、行きますがね。…そんな事より、最初に行くと仰った、船形干拓なんですが、今日は、通行止めらしいので、直接は、行けません。手前までで、良ければ、遠回りになりますが、それでも、構いませんか?」


(通行止め?…交通規制か)


「……ああ、工事ですか。近くの道路を、舗装でもしているのですか?」


「いいえ、工事じゃなくて、事件らしいです。朝の、八時くらいかな。『北千葉道路の北須賀交差点、船形交差点、市道の北須賀大竹線が、封鎖されたから、注意してください』と、無線連絡が入ったんです。船形干拓に行くには、北千葉道路の北須賀交差点まで行ったら、一度、南下して、国道464号から、裏道を経由して、現地まで、行くしかないです」


(------!)

(------!)


「……警部」


(また、先を越されたか)


「運転手さん、その事件があった場所に、行ってください。無線連絡で、場所の特定は、出来ますか?」


「お客さんも、物好きだねぇ。行こうと思えば、行けますがね。途中で、警察の検問があるかもしれないし、手前までしか、無理ですよ」


 佐久間は、微笑する。


「大丈夫ですよ、そのまま、行けます」


「そのままって、…まさか、手前で降りて、歩いていくつもりですか?それは、やめた方が良い。印旛沼は、広大だ。いくら何でも、疲れますよ?」


「そうでは、ありません」


 佐久間は、胸元から、警察手帳を出した。


(------!)


(警察手帳って事は、この二人、刑事か?…失礼な事、言ってないよな?大丈夫だったよな?)


「どうしましたか?」


 タクシーの運転手は、満面の笑みを浮かべる。


「……んほん、了解。現場に、急行します!!…この台詞、実は、一度で良いから、実践したかったんです。赤色灯を回して、信号なんかも、お構いなしに、飛ばしてみたいんですがね」


(------!)

(------!)


 年甲斐もなく、ツボにはまり、山川も、笑いを堪えている。


「お気持ち、よく分かります。でも、法定速度、ギリギリで、お願いしますね」


 タクシーは、最短ルートで、現場を目指す。二十分程で、規制線の手間に、到着した。


「さあ、着きましたよ。ここは、甚兵衛機場といって、農林水産省が、管理する施設です」


(…確か、探索するリストに、入っていたな。…すると、やはり)


「運転手さん、ここで、一旦、降ります。帰りも、お願い出来ますか?長居は、しませんので」


「構いませんよ、今日は、客足がありませんから。一時間くらいなら、平気です、ごゆっくり」


 タクシーを降車すると、千葉県警察本部の関係者が、初動捜査を引き継いでいる。



 ~ 成田市、甚兵衛機場 ~


「関係者以外、立入禁止ですよ」


 規制線前で、警察官に止められると、佐久間たちは、警察手帳を提示した。


「警視庁捜査一課の、佐久間と申します。こちらは、同僚の山川刑事です。捜査の検分に、同席させて欲しいのですが」


 佐久間は、大まかに、事情を説明した。


(------!)


 警察官は、慌てて、捜査本部の人間を、呼びに行った。


「お疲れさまです。千葉県警察本部、捜査一課の、新田です」


「警視庁捜査一課の、佐久間と申します。こちらは、同僚の山川刑事です」


「何でも、警視庁で追っている、事件の関係者とか?詳しく、聞かせて頂けますか?」


「はい、勿論です。実は…」


 佐久間は、これまでの、経緯を話した。そのうえで、この被害者は、二小節目の対象者として、疑いが強い点や、東京在住の、可能性がある旨を説明すると、新田も、理解を示した。


「…なるほど、何とも、不思議な事件ですね」


「ええ、『荒野への疾走』では、条件が、この地域に特化していました。詩の内容の、『夢と一緒に折れるだろう』が、何を指すのか、不明ですが」


(------!)


「それなら、心当たりがあります。被害者は、首を折られて、即死でしたから」


(------!)

(------!)


「折られるとは、首の事だったのですね。という事は、夢とは、被害者の野望とか、報奨金かな」


「報奨金ですか?」


「ええ、先日、尾形弁護士が亡くなったのですが、亡くなる前、情報をくれました。九条大河は、自分の作品に関係した者を、粛清していくようです。その為、対象者を分散させて、死地に向かわせるのですが、その役を、尾形弁護士が担った。ただ、餌がなければ、誰も従わない。だから、何か、報奨金のようなもので、釣ったに違いありません」


「では、この被害者は、報奨金を得る為に、何かを探しに、ここまで来たと。…だとすれば、尚更、一緒に、見て頂いた方が、早い」


(………?)


 新田に案内され、被害者を検分する。側の立て札と、掘り返された跡も、気に掛かる。


(………)

(………)


「ほぼ、直角に折れていますね。背後から、もの凄い力が、掛かったのでしょうな。犯人は、男で間違いないでしょう。掘り返された跡が、気になりますが、何か、見つかりましたか?」


「いいえ。堀山の大きさから、小箱でも埋まっていたんだと、思いますが、特定は、出来ません」


「この、立て札は?……埋蔵金か」


「その通りです。昔、この場所で、埋蔵金が見つかり、大騒ぎになりました。その名残ですよ」


(だとすれば、被害者は、この場所が怪しいと踏んで、訪れた事になる)


「死亡推定時刻は、判明しているのですか?」


「鑑識官の話だと、昨夜の、二十二時三十分から、二十三時三十分の間だそうです」


(昨夜の、二十二時以降か。…ちょうど、屋上で思案していた時間帯だ。何故、そんな時間に?)


 機場付近の車両を、検分している捜査官が、何かを、発見したようだ。


「新田刑事、免許証が見つかりました。被害者は、馬場 公、三十歳。住所は、東京都世田谷区一丁目です。それと、社員証も、出て来ました」


(------!)


 佐久間は、直ぐに、駆け寄る。


「出版社勤務では、ありませんか?」


「…えーと、…そうです。真東…文芸社と、書いてあります。肩書きは、副編集長ですね」


(やはり、自分の推理は、合っていたんだ。…だとすれば、紛失した小箱には、九条大河の何かが、あったと、考えるべきだ。…あの大きさは、金塊か、宝石。金なら、五百万円分、といったところか)


「警部、間に合いませんでしたね」


「悔しいが、完敗だね。山さん、しっかり、検分していこう。馬場が、どのように、この場所を探しだして、殺されたのか。私の予想では、この場所ではなく、船形干拓の土手が、本命だった。『荒野への疾走』内で、この場所を、示唆した文章があるのか、再検証してみよう。立て札、小箱のような記述は、無かったはずだが、見落としていたのかも、しれない。場所の特定をする、という意味では、他の作品でも、参考になりそうだよ」


「本当ですか?」


「同じ人間が、考えるんだ。意識して、場所は変えるかもしれないが、深層心理では、物事を決める時には、特有の癖が、出るもんさ。傾向が分かれば、更に、精度が上がるしね」


「分かりました、よく検証してみます」


「新田刑事。これで、確信を持てました。ご迷惑を掛けましたが、警視庁で、捜査中の被害者です。事後処理は、後で手続きするとして、引き継ぎます」


千葉県警察本部(うち)も、色々と、立て込んでいるので、助かります。本部長(うえ)にも、その旨、報告しておきます。それにしても、警視庁捜査一課(そちら)は、至極、厄介な事件を追っていますな。千葉県警察本部も、お手伝い出来る事があれば、いつでも、協力しますよ」


「助かります。まだ、確定ではありませんが、もしかすると、今後、千葉県の違う場所で、類似の事件が、発生するかもしれません。その折りは、捜査協力をお願いします。…では、また」


「分かりました、その旨も、本部長に伝えておきます」


 佐久間は、関係者全員に、挨拶を済ますと、北須賀の地を、後にした。


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