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紅の挽歌 ~佐久間警部への遺書~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
プロローグ
1/28

記者会見(2024年編集)

 ~ 一月五日、二十時。東京都品川区 ~


 品川区の老舗ホテルで、緊急記者会見が、開かれている。


 会場には、出版社・新聞社・テレビ局など、大勢の関係者が駆けつけ、ごった返した。


 記者会見が始まると、司会者は、予め、上からの指示通り、事の概要について、簡潔に説明し、詳細は、質問形式で行う手法を執った。


「…それでは、質問の方に、移りたいと思います。質問のある方は、挙手をお願いいたします」


(------!)

(------!)

(------!)


 報道陣は、我先にと、質問をする。


「死因は、何ですか?」


「肺がんだったと、聞いております」


「いつから、先生は、肺がんに?」


「一昨年の、夏頃からです」


「最後の作品は、『遺作』として、発表されるのですか?これだけ、実績のある作者だ。日本のみならず、世界中からも、関心の目で、この中継を観られていますよ」


「…最後の作品は、『未完』であるため、残念ながら、お蔵入りすると思われます」


(------!)

(------!)

(------!)


お蔵入り(そこ)は、出版社の力で、何とかなりませんか?熱望する愛読者(ファン)の方も、多いんじゃないですか?」


 司会者は、首を横に振った。


「生前、先生は、類を見ない、完璧主義者でした。自分が生きている間に、完成しなければ、『決して、世には、出さない』と、仰っていました。そのため、遺志の通り、お蔵入りになります。その点は、ご理解を頂きたい」


「先生は、これまで、世間に対して、素性を隠してきました。九条大河は、男性ですか、女性ですか?」


「…性別は、生前に、公表の許可を得ていたので、お答えします。…女性です」


「ご結婚は、されていたのでしょうか?」


「…お答え出来ません」


「葬儀は、いつ、行われますか?」


「…日程については、お答え出来ません。近親者だけの、密葬で行います」


「お別れ会などは?希望する声が、多そうですが?」


「故人の強い希望により、行いません。性別以外は、『ミステリー作家らしく、荼毘に付したい』と、仰っており、契約出版社(我々)も、その遺志を、尊重いたします」


 最後の作品に対して、納得がいかない記者が、食い下がる。


「先程の質問なんですがね?やはり、お蔵入りにするには、早いんじゃないですか?少しくらい、教えてくれても。担当者は、内容を知っているんでしょ?誰かに協力して貰って、完成させるとか、弟子がいれば、その弟子が、何とかするとか。勿体ないと、思いますがね?」


(………)


 司会者は、表情を変えない。


「作品は、生き物です。九条大河(先生)の作品は、第三者に、加筆されるものではない。故人の遺志です」


「愛読者の方への、メッセージなどは?」


「『最後まで、自分の作品を愛してくれた、全ての方々に感謝する』と、手紙を預かっておりますので、ご紹介させて頂きます」


『 九条大河作品を、愛していただいた皆様へ

 このような形で、皆さまと、お別れする事となり、本当に残念です。

 自分の身体に、異変を感じたのは、最期の作品を、書き始めた頃でした。

 医師から、末期と言われ、執筆をどうしようか、最期の時を、自分らしく、

 どのように過ごそうかと、悩みました。


 でも、私は、ミステリー作家。


 最期の時まで、何とか仕上げたい、そう思い、鋭意努力しましたが、

 あと少しのところで、お別れとなりそうです。

 来世でも、また、お目にかかれると願いつつ、筆を置きます。

 これからも、私の作品が、皆さまと共に、生きていく事を信じて。

 皆さまの、ご健勝を、心より、お祈りいたします。

                           九条大河 』


 一通りの、質問形式が、終了した。


「…それでは、九条大河(先生)の死去について、記者会見を終了いたします。出版社として、九条大河(先生)は、稀代のミステリー作家であり、仕事を、ご一緒出来た事、誇りに思います。九条大河(先生)の、ご活躍を称え、全作品を、永久保存版として、特別編集する予定です。詳細が決まり次第、広報(アナウンス)いたしますので、刮目して、お待ちください。最後に、九条大河(先生)のご冥福を、心よりお祈りいたしまして、ご挨拶に、代えさせて頂きます。本日は、お集まりくださり、誠に、ありがとうございました」



 ~ 都内某所のラーメン屋 ~


「緊急記者会見だから、何事かと思ったら、ミステリー作家の死を発表しただけ。何故、こんな、演技めいた発表(パフォーマンス)を、する必要があるんですかね?性別しか、公表しない時点で、死亡ビジネスだけを考えていると、勘ぐりたくなりますな。生前、作家から、ぼったくれるだけ、搾取しておいて、死んだら死んだで、骨までしゃぶるかと、嫌いになりそうです」


 山川は、テレビに悪態をつきながら、ラーメンを啜ると、つまらなそうに、溜息をつく。


「ミステリー作家らしくて、良いじゃないか。九条大河(彼女)の作品は、読んだ事があるが、警察組織(我々)の、日常を描く表現が、現実的(リアル)だった。山さんも、読んでみると良いよ。最初は、半信半疑だったが、鑑識の手法など、取材成果が出ていて、読みやすかった。巷では、難解なトリック、鑑識を題材にした、作品や知識が、広まりつつある。警察関係に、興味を示す若者が、増えてくれると、嬉しい。テレビで放映された、サスペンス劇場も、面白かったし、密かな楽しみだったよ」


「警部が、特定の作家を褒めるなんて、珍しいですな。どんな作品が、多いんですか?」


「ミステリーが、多数かな。孤島、密室、列車内。捜査の足しになった事も、実はあるんだ。犯罪心理とかね。今だから、話せるんだが、作者の思考と、自分の思考が、重なった事もあったな」


「それは、確かに、凄いですな。今度、試しに読んでみますよ」


 強行犯の事件もなく、久しぶりに、定時に仕事を終えた二人は、警視庁近くのラーメン屋に、立ち寄っていた。店内は、九条大河の話題で、持ちきりである。


「何歳なのか、気になりますな」


「うん。年齢不詳で、性別しか明かさないのは、正に、ミステリー作家らしいね」


「それにしても、会見の最後に、さりげなく、永久保存版をアピールしてましたな」


「愛読者には、堪らないのさ。値段次第だが、私だって、欲しいよ」


(………)


「私には、良さが、分かりませんがね。出版社の儲け話に、利用されている気がします」


「死亡ビジネスかい?」


「はい。所属する芸能人が、間もなく死亡すると、察した芸能事務所は、その芸能人が、死んだ後まで、儲けてやろうと、企むじゃないですか?今回も、それと同じ臭いがするんで、素直に、感心出来ません」


(…一理あるな)


「山さんの方が、客観的に捉えているのかも、しれないね。参考になるよ」


「恐縮です。警部に褒められるのは、何だか、照れますな」


 他愛も無い、会話が続く。


 肺がんのため、この世を去った九条大河。


 この時点では、騒動に巻き込る事など、知る由もない。

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