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魔法使いと出会いました

一話丸ごと書き直しました。

 魔獣に襲われて、炎に包まれて、死を覚悟したサラシャールは、石牢の中に閉じ込められていた。

 石積みの壁は冷たくて、唯一の出入り口は硬く閉ざされてる。明り取りの窓はあまりにも高いところにあって、今が日のある時間だということくらいしかわからない。


 なんでこんな所にいるんだろう。


 あの時死んだと思ってたのに。


 目が覚めてから、ずっと同じことばかり考えていた。思考はループして、一向に先に進まない。

 答えのない問いに疲れ果てても、扉が開く気配はなく誰かの訪れもない。

 明り取りの窓から零れる明かりと、差し入れられる食事でなんとか三日を数えた。


「ねぇ!お願い!ここから出して!」


 誰にも応えてもらえないまま、石牢のなかで朽ち果てるのではないかという恐怖に、サラシャールの目には涙が浮かんでくる。

 四日目の朝、ようやく待ち望んだ人の気配が感じられた。

 コツコツと石畳を歩く足音に、期待をしてしまう。いつも食事を運んでくれるのは兵士のようで、ガチャガチャと鎧が擦れる音がするのだが、今は衣擦れの音が聞こえた。


「出して!お願い、ここから出して!」


 何度目か分からない、また応えてもらえないかもしれない、それでも一縷の望みに縋るように、サラシャールは扉を必死に叩いた。


「さあ出ろ!」

「きゃっ!」


 ガチャリと鍵が開く音がして、牢屋の扉が開いた。扉を叩いていた勢いのまま、身体が床へ叩きつけられる。


「いた…い…」


 打ち付けた膝を庇いながら起き上がると、深緑のローブを着た男が立っていた。元から尊大なのか、平民であるサラシャールを見下しているのか、男の視線はどう好意的に見ても、虫けらを見ているようにしか見えなかった。 

 説明などされなくても、目の前に立つ男が貴族であることはすぐに分かった。

 手入れの行き届いた髪、襟の汚れていない服。つるりとした手。その全てが労働とは無縁だと告げていたからだ。

 彼の他にも灰色のローブを着た男性が数人、看守らきしき人が後ろに控えていた。

 どうして貴族階級の人間がこんな所へやってくるのだろうと、訝いぶかしむサラシャールの手が、灰色のローブを着た男に問答無用で掴み上げられた。


「え?なに?」


 抗う間もなく重い音を立てて、荒れたサラシャールの手に手枷が嵌められた。


「きゃぁっ!」


 鉄でできたそれはまだ少女の域を超えないサラシャールの手には重すぎて、床に膝を付いてしまうほどだった。


「立つんだ」


 手枷に付いた鎖を引かれ、無理やり立たされても、その重さに身体は前に傾き、前を見ることすらできない。


「忌々しい」


 ゴミ芥を見るような視線を向けてくる男に、全身怖気が走る。

 この男の機嫌を損ねたら、問答無用で殺される。サラシャールの本能がそう叫んでいた。それくらい、男の視線は冷ややかだった。


「あのっ…」

「口を開くな小娘」


 手にしていた長い杖がブンと唸りを上げ、サラシャールの頬を殴り飛ばした。


「っ!…」


 痛みが脳天を突き抜け、目の前がチカチカと点滅する。口の中に鉄の味が広がって、切れたことを教えてくれた。

 本気で殺される、口を開くことすら許されない。そんな自分の立場に涙が零れ落ちる。

 自分は何もしていないのに。どうしてこんな扱いをされないといけないのか。

 疑問は山のようにあるのに、口にしたらまた殴られる。いや、殺されるだろう。恐怖は全身を支配し、声すら出なくなったサラシャールの頬を、涙だけがポロポロと伝い落ちていった。

 閉じ込められていた石牢は、地下にあったようで、引き摺られるように上らされた階段は随分と長いものだった。


 逃げられないように前後を男たちに挟まれて上る階段は、弱り果てたサラシャールの足には辛かった。

 食事が出されたと言っても、硬くなった何日も前と思しき小さなパンと、具などどこにもない水と変わらない様なスープがほんの少し。それも一日に二回だけ。

 若くて健康な娘だったからこそ、まだ階段を自力で登れるだけの体力が残っていたが、年老いた者だったら歩くことすら困難になっていたかもしれない。

 息が上がって足が止まれば、鎖を引かれ、後ろから突き上げられる。座り込んでしまいたい身体をどうにか叱咤して、階段を登りきった。

 薄暗がりにずっといたサラシャールの目には、外界の明かりは酷く眩しく映った。光にクラリと視界が揺れた。


「ギーアスター卿!」


 階段を登りきった広間に、先頭を歩く貴族の男と同じ、深緑のローブを着た若い男が立っていた。 


「おお、クライフ殿」


 名前を呼ばれたギーアスターは、さっきまでの忌々しそうな表情を消して、最初に見た尊大な顔でエルウィンに対峙していた。


「随分と遅いので迎えに来たのですが、何故このようにその娘は罪人(つみびと)のような扱いを受けているのですか?」


 ツカツカと歩いてきたエルウィンは、サラシャールの手に嵌められた手枷を見て嫌そうに眉を顰めて見せた。


「ああ、城の中で魔力の暴発など起きては困りますからな。予防措置ですよクライフ殿」


 神経を逆撫でするような笑みに嫌気を覚えながら、表面上は穏やかにエルウィンはソレを外すように要求する。


「この子は私の庇護下に入るのですから、今すぐその手枷を外してください。私が保護しますので魔力封じの手枷など必要ありません」


 成り行きを見守っていたサラシャールは、この手枷を外してもらえそうな予感に胸をドキドキさせて、新たに現れたエルウィンの顔をそっと見上げた。

 貴族の顔をまっすぐに見たりしたら、また殴られるのではないかと恐れたからだ。


「おお、そうでしたな。この娘はクライフ殿の弟子になるのでしたな。ではこれは、お渡ししましょう。それでは私はこれで」


 灰色ローブの手から鎖を受け取ったギーアスターは、その鎖を犬猫の子を渡すようにポイとエルウィンの手に乗せた。

 その先に繋がれているサラシャールなど、何の価値もないと言わんばかりの行為に、今度こそエルウィンの眉間の皺がくっきりと刻まれた。


「このようなものは要らないと申しましたが。外してはくださらないのですか?」


 仕事は終わったとばかりに帰ろうとする背中に向けて、努めて冷静に手枷を外して欲しいと要求するが、応える気はなさそうだ。


「私の仕事はこの娘を貴殿に引き渡すまでですからな。これ以上は関与いたしかねる」


 外したければ自分で外せば良かろうと言わんばかりの態度に、些かエルウィンの堪忍袋の緒も切れかけそうだった。

 なんの罪も犯していない娘の手に、こんな重い手枷を掛け、しかも家畜を連れ歩くような姿に胸中はずっとモヤモヤしていたのだ。


「では、私が外しましょう。手を」


 重い鉄枷の嵌った手を持ち上げるように促され、サラシャールはなんとか痺れた手を持ち上げた。

 ギーアスターと同じような長い杖が目の前に出されると、蘇る恐怖にサラシャールの身体がビクリと竦みあがった。


「大丈夫だ、なにも怖いことはない」


 声を出す事はできなくて、分かったと示すために何度も頷いて見せた。

 手枷に当てられた杖の先端がポウッと小さく光りだして、サラシャールはその様子に子供のように目を丸くした。


アンク(解除)


 エルウィンの口から発せたれた一言に呼応するかのように光は強さを増し、パリンとガラスが割れるような音と共に、サラシャールの手を戒めていた手枷がガラリと床に転がり落ちた。


「っ…」


 本来長々しい呪文が必要な解除魔法を、たった一言で完成させてしまったエルウィンの技巧に、ギーアスターの眉根がギュッと寄せられた。

 簡単に解錠できないように、何重にも魔法を重ねがけしておいたそれを、簡単にないものとしてしまったエルウィンの規格外さに、ギーアスターの機嫌が急速に落ちていく。

 驚いていると思われるのが癪で、余裕の笑みを浮かべてその場を後にしたが、ギーアスターの腸は物凄い勢いで煮えくり返っていた。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

ようやく、魔法使いと少女が出会いました。

堅物の魔法使いと、何も知らない少女のこれからを楽しみにしていただけると嬉しいです。

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