男たちの会談
貴族の館の応接間としてふさわしい優雅さを備えたそこに、魔術師の杖を持ち白いひげを胸まで伸ばした小柄な老人と、同じく杖を持った壮年の男性、そして、全身を黒いローブで隠した人物の三人が立っていた。
「長官殿、わざわざのお運び申し訳ありません。用がありましたらこちらから参りましたものを」
銀のローブの足元へ跪いて礼を取ると、魔術師庁長官オスヴァルト・ハルトムートの手を固く握った。エルウィンが心から信頼する数少ない人物の一人である。
「お久しぶりじゃのう、エルウィン殿」
お互いに固く握手をすると、隣で待つ壮年の男性に向かい合った。
「これは、ギーアスター卿。わが屋敷へようこそおいでくださいました、歓迎いたします」
同じ深緑のローブを纏ったヨーナス・アードルフ・ギーアスター卿には同輩として軽く腰を折る。年上であっても同じ深緑の使途、膝を突くまでの礼は必要ないからだ。
「ああ、大事な話があっての訪問だ。突然の非礼は許されよ」
どう聞いても見ても、悪いとは思ってもなさそうな相手だが、ここは大人になって黙って頭を下げておく。
「こちらの方は?」
明らかに身元を知られたくない為のローブ姿に問いかければ、オスヴアルトに静かに首を振られた。問うなということだろう。
「どうぞ、お座りください。ウォルター、お茶を」
客人に席を勧めて自分も腰を落ち着ければ、主の命にウォルターが頷いてメイドを招き入れる。お仕着せに身を包んだメイドが、静々と庭のハーブで作った香草茶に、料理長自慢のプラムの砂糖漬けを各人にサーブしていく。
「突然訪ねてきてすまんのう、エルウィン殿」
メイドが部屋を辞したのを見て、長官殿が話し始めた。長いひげを撫でるのは癖らしい。
「いいえ、お越しいただけて嬉しく思います。ハルトムート師匠」
オスヴァルト・ハルトムート伯爵は、魔術師師団を束ねる魔術師庁長官で、王にも直答を許されている重臣である。温厚な人柄で知られ、後進を育てることにも熱心で、エルウィンもその教えを賜った一人である。
「そなたにそう呼ばれるのはなんとも面映いのう」
変わらず穏やかな微笑みを浮かべる師匠の姿に、知らずエルウィンの表情も穏やかなものに変わっていた。厳しい師匠でもあったが、温かい人でもあったのだ。
「さて、前置きもなく本題に入るのを許してもらいたいのじゃが、どうやら弟子を取るという話を聞いての。どういうことかと思っておったら、ヨーナス殿から詳しい話を聞いて驚いた。弟子は弟子でも平民から探すと言うではないか」
「長官殿もさぞ驚かれたことでしょう。私も、思わずこの耳を疑いました。平民を、それもうら若き乙女を一人前の魔術師まで養成しようと言うのですから。私自身、魔術を修める身ではありますが、そのような魔法はとんと思い当たりませぬ。是非、クライフ卿には一手ご教示願いたいものですな」
完全にエルウィンの退路を塞ぎに来たらしいギーアスターの、勝ち誇ったような笑みにエルウィンのこめかみがピクリと引きつった。ギーアスターからしてみれば、年も家柄も己より下のエルウィン・クライフに同輩として並ばれることすら侮辱であるらしい。
貴族以外が魔法を操れるようになる等と嘯いたエルウィンを辱しめて、蹴落としてやるためにここまで来たのだ。どんな手段を使ってでも平民を押し付けるつもり満々だ。
「素晴らしいことだよ、エルウィン殿。そなた程の教養と実技の技があれば、そのような偉業もなしえることができるだろうて」
「いえ、そのような事は…。私もランスロットに話を聞いて、一体どういうことかと頭を抱えていたところだったのです。いかにしてこのような話になったのでしょう?」
絶対にこんな面倒くさい話には乗ってやるものかと、冷めた眼差しでギーアスターを睨み付ける。大体、うら若き乙女って何のことだ。弟子にする相手まで決められているのか。と、エルウィンの苛立ちが着々と積み重なっていく。
「おや、クライフ殿。卿はまさか、長官殿の期待を裏切るというのかね? 卿の人柄、実力を認めた上で、こう仰られておるのだぞ。それとも、卿は師の恩を仇で返すような忘恩の徒なのか?」
「そのような事は思ってはおりません。ですが、私の聞き間違い出なければ、うら若き乙女を弟子とせよと仰せだったような。私のような独身者がそのような若い娘さんをお預かりするのは如何なものかと思いますが」
さあどうする?とギーアスターを見返してみれば、そんなことは最初から分かっていると言いたげに、唇の片方だけを吊り上げて笑われた。
「おやおや、クライフ卿がそんなに女性に餓えておいでだったとは、知らぬこととはいえ失礼をいたしました。まさか平民の小娘にまで手を出すほど飢えていたとは知りませんでしたな」
「なっ!……」
エルウィン・クライフ。自慢ではないが、女性に不自由するようなご面相ではない。26歳という若さで魔術師師団の深緑の使途に選ばれるほどのエリートで、美貌もそこそこ。家柄だって伯爵家の長男である。女性が放っておいてくれないことはあれど、相手に恵まれなかったことなどない。
自尊心を狙い撃ちしたいのであろう発言に、声を荒げて反論するのも大人気ない。ズキズキと痛み始めたこめかみを指先で押さえながら、相手の勘違いを訂正しようと口を開いた。
「ギーア…」
「これ、美味いな。クライフ、土産に持たせてくれないか?母上に食べさせてやりたい」
読んでいただきありがとうございます。
まったりとした進みですが、気長にお付き合いいただけると嬉しいです。