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魔法使いは怒る

「まったく、お前はいつも面倒なことを持ち込んでくる」


 目の前でお茶を飲む金髪碧眼の、見た目だけなら完璧な美男子であるランスロット・ウィルモットの暢気な顔を忌々しげに見下ろして、エルウィン・クライフは目頭をきつく押さえた。


「そうは言うが、ああいう選民思想の輩は嫌いなんだ」


 血筋が全てと思い込む、貴族第一主義のことを言っているのだろうことは、容易に想像ができた。この男は、自分も貴族のくせに貴族だけが偉いと思う輩が嫌いなのだ。前にも「平民は自分たちの為に働く蟻だ」とかなんとかランスロットの前で言った貴族と、取っ組み合いの喧嘩になったくらいだ。


「だからって、なんで俺を巻き込む?お前とギーアスター卿とのやり取りの尻拭いなどごめん被る」


 湯気が立つお茶をゆっくり味わいながら、あえて睨み付けるようにランスロットの青い目を見つめ返す。

 よく手入れのされた庭は秋の花が咲き乱れ、実に美しく目を楽しませてくれている。本来お茶の時間というのは、景色を楽しんだり、穏やかな会話をするものではないのか?と、厄介な問題を持ち込んできておきながら、悪いとも思っていないランスロットの態度に、エルウィンの眉間の皺が一層深くなる。


「あいつらは、なんであんなに貴族ってだけで偉そうなんだ?」

「そういうお前だとて貴族だろう?」


 そう返されたランスロットはベッタリとテーブルに上体を伏した。完全に拗ねるつもりだ。


「そうだけど、ああいうのと一緒にされるのは嫌なんだよ」


唇を尖らせて、言い訳じみた言い方をする姿は、怒られたときに言い訳する子供と何ら変わらなく見える。


「俺は確かに貴族だけど、貴族ってだけで優れた騎士になれるわけじゃない。同じように、騎士団の中には平民だっている。貴族のお坊ちゃんより余程できのいいのがいるんだ。それなのに、平民ってだけで上にはいけない。隊長クラスまで出世できれば良いほうだ」


 確かにそれはランスロットの言うとおりだ。平民出身の兵士が騎士団に入れるだけでも相当優秀でなければならない。兵士だけで編成される歩兵連隊の隊長に上り詰めたら、それはもう村一番の勇者扱いの出世頭だ。


「そうだな」

「それでも、兵士として騎士団でがんばれば、叙勲だってもしかしたらあるかもしれないし、男爵令嬢当たりと結婚できれば騎士としての道も、抜け道としてならある。けどな、魔術師は結局『血』だって言われるだろ?」


 そう言って見上げてくるランスロットの目は、まっすぐな子供のようだ。


「まあな。魔力は血に宿り、尊い血の方が魔力が強いと言われている。それが本当かは、俺としては眉唾だが。世間の貴族はそういうものだと信じているな。まぁ、だからお前にそんなことを言ったんだろうが」


 ランスロットが持ってきた厄介ごとが、まさにそれで、魔術師としての資質が『血』のみで、貴族であることとは関係ないと証明してみろ。などという厄介極まりない内容だった。


このオルランディア王国では、魔法を使うのは魔力を宿した血を持つ者のみと言われている。血があればいいかと言えばそうでもなくて、魔力を操るにはそれなりの教養が必要になってくる。そうすると、一般の平民では知識がついてこない。識字率自体が低いのに、魔道書を読んでソレを理解するなんていうのは、貴族でもきちんと学んだものだけに限られる。よって平民に魔術師はいない。魔力を持つものはいるが、それを操れないからだ。


「俺だって一応は我慢したんだぜ?でもさ、お前は魔術師ってのは血筋が全てで、平民なんか魔力があるだけ無駄な生き物だって言われて、腹が立たないのか?魔力だけを自分たち貴族に提供できるのであれば、飼ってやってもいいとか抜かすような奴らだぜ?剣を抜かなかっただけ褒めて欲しいくらいだ」


 ぷうっと頬を膨らませて、盛大に拗ねてみせる幼馴染の姿に、お前はいくつの子供だと頭痛がしてくるようだった。

 ランスロットは正義感が強い青年だった。弱きを助け強きを挫く、騎士道精神が服を着て騎士をやっているような男なのだ。

 自分の関係ない、酒の席での戯言ですら憤ってしまう、いい奴なのだ。だが、いつも尻拭いをさせられるエルウィンにしてみれば、いい奴では済ませたくない。

 今回だとて、自分がその場にいたら腹を立てるだろうとは思うのだが、なんでこんな面倒なことを持ってきたと、頭の一つも殴ってやりたくなる。


「で、尻拭いと言っていたが、具体的に俺にどうしろと言うんだ?」


 忌々しいと思いながらも、ランスロット話の続きを促した。


「だから俺は言ってやったんだよ、平民だってちゃんと教育して教えてやれば、お前たちくらいには魔法を使えるようになるって」

「おい!まさかその教育って、俺がするのか?俺に弟子を取れと言っているのか!」

「おーさすが魔術師師団、深緑の使途様だ。正解だぜ」


 満面の笑みで、正解だ、すごいな、と繰り返すランスロットの一切悪びれない態度に、エルウィンの堪忍袋の緒がブチリと盛大な音を立てて切れた。


「お前な、弟子を育てるのがどれだけ大変か分かっているのか?」


 ガタリと椅子が倒れるのも構わずに立ち上がったエルウィンの背後に、青く燃える炎の幻が見えた。ゆらりと揺らめく青い炎はエルウィンの全身を包み込み、あれ?俺不味い事言っちゃった?とか言いながら、ポリポリと頭をかいているランスロットをテラスの端へと追い込んでいく。


「俺の今までの苦労を、お前の正義感でダメにされたってわけか?お前の脳みそにはなにが詰まってる?ん?脳みそまで筋肉か?」

「お、おい、待て!そんなに怒ることか?優秀な魔術師が一人育つかもしれないんだぞ?良い事じゃないか、な?」


 燃え盛る炎を見たら、砂をかけて消火するのは正解だが、油を注いだら勢いが増すことをランスロットは知らなかったらしい。ランスロットの呟きは、盛大に燃えているエルウィンの怒りにさらに煽る結果になってしまった。


「いっぺん、死ね。死んでしまえ。死ぬ寸前で回復してやるから、反省するまで死ね!」


 本気でやりかねない怒りを感じて、ようやくランスロットは逆鱗に触れたことを悟った。触れたどころか、逆撫でしたようなものだが。

エルウィンとて弟子を育てることは、必要なことだと分かってはいる。分かってはいるが、自分の時間を()いてまで育てたいと思う相手が見付からなかったし、そもそもが、四六時中他人を側に置いておくというのが生理的に受け入れられないのだ。

 そんな自分に弟子を取れとか、拷問以外の何物でもない。

 杖を握り締めたエルウィンからは今にも魔法が発動しそうな気配が濃厚で、ランスロットは本気で死を覚悟した。


「エルウィン様、お客様でございます」


 今まさに突き出された杖の先端からパチパチと火花が散った瞬間、穏やかな執事の声が割り込んできた。


「ウォルター、今、忙しい」

「はい、存じております。ですが、魔術師庁長官殿のおいででございます。居留守は些か不都合かと」


 シルバーグレーの頭髪を綺麗に撫で付けた頭を優雅に下げて、いっそ慇懃とも取れる態度で主人に進言するウォルターに、エルウィンはチッと盛大な舌打ちをして杖から魔力を霧散させた。


「逃げるなよ?」

「お、おう…」


 腰を抜かしたかのようにテラスの欄干に寄りかかったままのランスロットを一睨みすると、エルウィンはローブを翻して去っていった。


「怖ええな、お前の主人は」

「いいえ、とてもお優しい主でございますよ?ランスロット様」


 白手袋を嵌めた手を胸に当て、明らかに慇懃無礼な態度で頭を下げると、主の後を追って去って行くウォルターの後姿を見ながら、主従って似るんだなぁと呟くランスロットだった。









  カツカツと磨きこまれた廊下を足早に歩く背中に、ウォルターが付いてきていることを気配で察したエルウィンは、振り返りもせずに問いを口に乗せた。


「用件はなんだ?」

「はい、ランスロット様のお話に関係があるようでございます。詳しくは…おっしゃられませんでした。お客様の数は四名様。魔術師庁長官のオスヴァルト・ハルトムート伯爵、深緑の使途のヨーナス・アードルフ・ギーアスター侯爵に黒いローブをお召しになったお連れの方が二名でございます」


 用件までは伝えずに、先触れも無く突然の訪問という事は、貴族ではタブー視されている。何事も遠回しにという貴族のやりようを無視すると言うことは、ランスロットの戯言を本気の契約にするつもりとみた。

 エルウィンは魔術師としては優秀だ。26歳という若さで『王直属魔術師師団』の深緑の使途、という職についている。魔術師師団には、銀の使途を筆頭に、紫紺の使途、深緑の使途、と王国内に各3人づつしかいない魔術師の役職があり、その下に、赤の使途、青の使途、白の使途と続いて見習いの灰色の使途がある。


 年齢が若いために深緑の使途に収まっているが、実力だけなら紫紺の使途に名を連ねてもおかしくないだけの力を持っているエルウィンだが、役職が上がれば、責任も面倒も多くなる。自分を磨く研鑽には努力を惜しまないが、他の雑事は少ないほうが好ましい面倒くさがりなのだ。よって、今の役職以上に上がりたいとは思っていなかった。


 しかし、本人の思惑とは別に回りはエルウィンを放っておいてはくれない。彼の技を踏襲し、補佐する弟子を持つようにと、再三に渡って打診されていた。そんな親切めかした言葉の裏に、透けて見える思惑があることも分かっている。

 弟子を操ってエルウィンにしか使えない魔法を探らせたり、もっと直接的にエルウィンを蹴落とそうと狙っている者もいるだろう。もちろん、そんな馬鹿相手に出し抜かれたりするつもりは無いが、面倒は最初から避けて通りたい。

今までは未熟者ですからと、心にも無いことをさも当然のように並べ立てて逃げてきていたのに、ランスロットの馬鹿のせいで、全て無に帰そうとしていた。


「内容次第では、マジで死なす」

「人目に付かぬところでお願いいたします」


 やるなと言わないところが、良くできた執事と言うべきか、この従にしてこの主あり、ということだろうか。


 応接間の前に立ったエルウィンの衣服の乱れを、流れるような手さばきで整えたウォルターは、静かに扉を開け放った。



男の人の口げんかを書くのって好きです。女同士の喧嘩みたいにグチグチしてないし(笑)


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