婚約破棄された公爵令嬢。実は転生者で――【後編】
後編の投稿です。後日談は今後次第で。
あー、ハウルド殿下とメリッサ嬢だけじゃなく、他の御子息と他全員が唖然としている。そりゃあそうだよな。令嬢のあるまじき言葉遣い以前に、今までの社交場のミスティル・ヘルズスじゃないもんな。でもそれも話す合間に言ってしまおう。
「どした? せっかく処断できるような馬鹿がいるんだぞ? 追い打ちはかけないのか?」
「……ミスティル。その言葉遣いは」
「こっちが素だよ。貴族だし、公私の使い分けはずだろう。でもな殿下、あんたがその反応をするのはおかしいだろ? 初めて会った時、この顔は見せた筈だろ?」
「あ……」
「忘れてたのかよ。いや、覚えていればまだ早めに破棄をしてるな、うん」
閉じた扇を片手で遊びつつ、そして相手を挑発してるかのように扱う。と言っても俺の本性を見てそのことに気づいていないようだけどな。動揺が大きすぎて更なる処罰を与える事がなくなってるみたいだな。これ以上の挑発はかえってより修羅場になるな、うん。
「まぁ破棄はいいさ。――で、メリッサ嬢」
「なっ、なんですか?」
怯えるように動揺してるな。俺の本性に驚いた、って感じじゃねぇな。どちらかと言うと巨脚本が乱れて台詞がわからない感じか。前から女優みたいな少女だとは思ったが、まさにその通りか。となると俺の行動が前もって知っていたんだろか。予知能力者か? どっちにしろ、確認しないとな。
「あんたが何を想い、何を考え、何を願ってこの場面に導いたのか。それは別に構わない。ただ、この先はどうする?」
「この先って……」
「当たり前だろ。まだこの場の決定としてもこれだけの目のあった場所だ。私にとってはこれ以上のない恥だし、そんな女を娶る物好きな男もいないだろうよ。そんな私を踏み台にしてあんたは何を掴む」
「それは……」
流石に『俺』とは使わず、『私』を使って振る舞う。そしてそんな俺の質問にメリッサ嬢は目を泳がせながら言葉に詰まってる。ふむ……。
「ちょっと確認したいのがあるから待て。――で、殿下」
「なっ、なんだ?」
「この場で私の婚約破棄をする決断をしたのは、彼女の言葉か?」
「それがどうした?」
「いや、確認しただけ」
殿下はメリッサ嬢の言葉ならすぐに行動に移す。それだけ彼女に心を奪われた訳だ。真面目な王子さまだったんだけどなぁ~。恋は盲目、って事か、うん。ここで色々と看破してもいいが、そこは国王陛下の裁量に任せるか。
でも、国を背負う未来があるお前らには一つ、絶望を与えないとな。
「ま、とにかく私は身を引くことにする。それでいいだろ?」
「……待ってくれ」
「ん、なに?」
「先ほど、自分を娶る男はいないといったな。なら修道院に入るのか?」
「いやいや、なんで自分の家と言われる場所に行くんだよ」
「なに?」
その答えは、今ここで示すさ。
さて、こんな事が起きた訳で忘れかけてるやつが多いかもしれねぇが、今日は新年を迎えるパーティーで、そしてさっき新たな年を迎えた訳だ。再誕歴1500年目。ロマンがある言い方なら神伐歴1500年目でもある。
1500年前、世界の創造神たる主神・フェアルボルンが討たれた日でもある。こいつは創造神なのは確かなのだがこの神、世界をあまりにも弄び過ぎた。
気紛れには天変地異を呼び起こし、遊び心で世界的脅威を送り込んで来たり、唾をかけて蟻を溺死させる様に生物を殺し、息を吹きかける様に不幸を与える。生きるすべての者の運命はまさに神の手の平の上だった。そして人々はそれを知らず、そして一部は彼の神を信仰する。欲に溺れた者に天罰も与える事もなく。しかしある偶然でフェアルボルンの破滅のカウントダウンが始まってしまった。
世界が創造されて万を超える年月が過ぎたある日、一人の子供が奴隷として生きていた。いや、違うな。生まれた瞬間は奴隷とは言えなかった。ただし、神を信奉する最高位の教皇の不貞の子でなければ、幼いその赤子は奴隷にはならなかっただろう。
赤子は境遇を受け入れて歳を重ね続けた。奴隷ながら聡く、その反面に主人には反抗的で明日の太陽など見られない程に痛めつけられた。しかし不思議とこの子供は神を信仰した。なぜなら子供の親兄弟にして奴隷仲間たちが信仰していたからだった。死後は救ってくれると教わった子供は自然と、そして純粋に思い同じ様に信仰した。そんな子供が世界の秘密に知ったのは偶然でだった。
神はある日、死にかけた人間に真実と自分にたどり着く方法を神託した。これはたまに行う気紛れであり、今までも死にかけたこそ誰にも真実は漏れなかった。今回もそうだと思い、確認はしなかった。そしてそれは、まさに死にかけようとした子供に与えられた。
子供は絶望した。信じていたものはまやかしだと。
子供は憤怒した。親兄弟たちが信じたものは嘘だと。
子供は決意した。死んでも必ず神を殺すと。
死にかけてもう死ぬ運命を、隣で死んだ同胞を頬張ってでも子供は覆した。
それからは子供はすぐに自由を手にする。力をつけ、仲間をつけ、神を殺しに向かう。苦難としか言えない旅路を、子供は進んでいく。傷つけられようとも、騙されようとも、子供はそのすべてを超えていく。
力の代償に、寿命は大きく縮んだ。難関の対価に、仲間たちを手に入れた。神を信じる者、神に従う者を打ち倒し、神への玉座に向かう。子供は少年と呼ぶほどの歳でその域まで達してしまった。
流石のフェアルボルンも動揺した。気紛れだった事が自分の寝首を掻きに来るまでになるとは。その深刻さに気付いた時には単純な物量で押し潰すことが出来なくなってしまっていた。しかし自身は創造神。自分が作り上げた物の末端に負けるはずがないと。その傲慢を持って立ち向かうことに。
しかしフェアルボルンの誤算が生まれた。少年は名無しであり何者であるかなど考えていなかった。自分で自分の存在が曖昧であり、周囲も少年の評価は千差万別。確固たる存在を主張がなかった。フェアルボルンからすれば少年は未完成であり、それゆえに完成とする創造のフェアルボルンの影響がなかった。故に、少年には主神と呼べるその神の力などは意味をなさなかった。
そして三日三晩、神は少年とその仲間たちの手によって討伐された。そして未完成だった少年はこの瞬間を持って完成された。
名は神伐者。そして世界の管理を継承したこの世界の最も尊ぶべき存在となった。そしてその誕生が、元旦として長く続けられた。
まぁ、ミスティルの前世なんだけどね。
「ミストル様ぁああああああああああああああ!!」
生後17年目にして初めて神伐者の力を使ってここ一帯に神気を解放した途端、そいつは蛇の様に現れた影から出現した。そして俺の前世の名前を叫びながら突進してくる。あ、コレ痛いかな?
「ぶふっ!!」
と思ったらそいつの頭上に落下物が落ちて床に叩きつけられる。ああ、懐かしい。
「久しぶり、ニクス。それにユルムルもな」
「はい。ミストルも――おっと」
「お久しぶりです我が愛しき主様!! ところで女性になったんですね?」
「まぁそれはこの後な」
踏みつけられた少女はユルムル、踏みつけた女性はニクス。2人とも俺と共にあのクソ神討伐についてくれた仲間だ。ニクスはこの一帯を管理してるからわかるが、ユルムルはここから遠い魔族が住む大陸から来たんだからその察知と行動は相変わらず尊敬する。褒めないけどな。おお、残りの三人も来たな。
「マエル、パイ、アクーラ。一足遅かったな」
「………」
「ああ、アクーラを拾いに行っていてな。我らの中で鈍足だから」
「皆さんと比べないでください! と言うか姉さん置いていかないでよ!」
「追いつけ!」
「そんな無茶な!」
行動を予測してアクーラを拾いに行ったパイにその回収されたアクーラ。マエルは相変わらず寡黙か。俺に次する立場の面々が揃って地上の一か所に集まるなって、何百年以来だろうな。
「ところでミストル様、此度はどうしたのですか? 一度、人間としての一生を味わいたいと言って転生されたはずですが?」
「ああ、あとでな。流石に生まれた故郷で迷惑をかける気はないからな」
そっと視線を王子たちに向ける。
今、この場は人には呼吸すら困難になる神気がただ取って動くことすらできていない。ただ嬉し誤算だったが神気を広げた瞬間に異物を感じ、そしてそれがメリッサ嬢だと気づいた。
彼女もまた転生者だった。しかも異世界の魂で、だ。世界と世界の間に綻びがあったのかもしれないな。ただうっかりその時の思考を読んじまったんだが。
『やっぱりアイツも転生者だったけど、何なのこの息苦しいのは!? アイツだけチートでもあったの? だったらなんでヒロインに転生してる私が持ってないのよ!!』
と、これ以外はきったねぇ言葉だったから割愛したが、どうやらメリッサ嬢はこの世界をゲームと言う遊戯の世界に来たと思っていたみたいだな。しかしTVゲームとはなんだろ? そこまで読まなかったからわからん。ただ殿下たちを射止めたのはそのTVゲームで出てる殿下たちそっくりな登場人物と悩みが心の隙が一緒だったからとか、馬鹿らしい。しかもそのTVゲームの筋書きが、この場面と一緒なわけがないし。
でもそろそろここのみんなの限界か。なら行くとするか。でもその前に……。
「少し待っててもらっていいか?」
『『『もちろん』』』
よし、と俺は殿下の前にやってくる。何か言いたそうな顔だが、悪いがお前に聞く言葉ないんだよ。
「ハウルド殿下、これがミスティル・ヘルズスとして最後にお伝えします。私の正体は家族にも教えていません。人の世で私の力は過大ですのでミスティル・ヘルズスとして生きている間は決して使わないとしておりました。故に私を育てて下さった家族は変わらず陛下の忠臣です。そして秘して力を使わずとも私は未来の貴方様を支える覚悟でした。ですがその役目がなくなった以上、私は神伐者に戻ります。――そしてこれを」
動かない殿下の腕に、手に持った扇を握らせる。
「幼少に殿下から頂きましたこの扇、お返します」
かつては大きすぎて身の丈に合わなかった、思い出の品をここに置いていく。これで、すべての関係を清算するよ。
「それでは、さようなら」
最後の言葉を告げると、殿下が泣いているように見えた。
――でも、もう過ぎたことだよハウルド。
「帰って来たなー」
「はい、お帰りなさいませ主様! 早速私を――」
「「「アクーラ」」」
「姉さん失礼!!」
「いっ、コラァ離せぇえ!!」
ユルムルはアクーラに拘束されて暴言を吐きながら抵抗を始めた。しばらくは大丈夫だな、うん。
「ではミストル、何があったのか話しを」
「ああ、わかった。でも終わってもあの国はニクスが管理する南にある。対応はニクスだぞ」
「わかりました」
これで安全は大丈夫だな。ニクスは比較的に温情が深いからな。殺してしまう事はないだろうし、挽回の機会も与えるだろう。もっとも俺の方から顔を出す事にもなるだろうし、もうしばらくはあの国とも付き合いが続くか。
令嬢が実は転生者で、それが神を殺した存在なんて普通はないよな。
登場人物
≪ミスティル・ヘルズス≫
乙女ゲーム『SHINING Life』における悪役令嬢。聡明であるが家族のすれ違いが続いた日々のせいで心が捻くれており、婚約者の第三王子に言い寄るヒロインを影で嫌がらせをする陰険系ヒロイン。最後はパーティーにて婚約破棄を突き付けられ修道院に入るが、王子の思いは純粋だったので数年で衰弱死する。(王子ルートのみ。他ルートでは第二王妃になる)
本作では神を殺し、全能に近い力を得た神伐者の転生者。記憶を取り戻した彼女は家族の問題を解決し、兄の手伝いをする。普段は冷めた令嬢の仮面を被っているが皆には優しいのでその評価は好意的。精神的には男性であるが元々の精神が不安定だったので性別は関係ない考え方だったので第三王子には好意的だった。
余談だがゲーム開発の際、『実はミスティルはすごい存在の生まれ変わりで、死んだ後にそれを思い出して王子に迷惑をかけたお詫びに国を豊かにする』と言う裏設定があった。
≪ハウルド・シェルツ・チェルグラウン≫
乙女ゲーム『SHINING Life』の攻略対象。第三王子だが第一王妃の第一子であるために継承権第一位の立場にあり、武芸より政治の才が目覚ましい指導者系ヒーロー。自分の全ては国に捧げ、己は殺すべきとしてきたがヒロインと恋に落ちる事で人らしい心を取り戻す。
本作ではゲームと同じであるが唯一、聡明だがミスティルがどこか違う世界を見ている疎外感を感じており、それが延長して無意識に彼女に対する拒絶を作っていた。そこをヒロイン(転生者)に誑かされ、愚行にも公の場で婚約破棄をしてしまう。しかしミスティルの正体を知り、そして初めて彼女が自分を一途に思っているた事に後悔の念を抱く。
≪メリッサ・シュミナイト≫
乙女ゲーム『SHINING Life』におけるヒロイン。本編開始の一年前までは貴族の庶子とは知らず孤児として教会に住んでいた。実父に認知されて保護されたのち、一年間の教育を施されて学園に通う事となる。そしてそこで運命の男性を出会う。
本作では異世界の転生者。そして『SHINING Life』をプレイしており、カッコいい第三王子を狙って水面下で準備する。他にも転生者がいる可能性を考慮し、何より婚約者であるミスティルを確実に立場から転落させる為、孤児時代に裏組織を作っちゃった上にヘルズス伯爵の力を削ぎたい貴族と結託してミスティルの評価を下げる裏工作をしっかりしちゃった人。でもそれさえも覆すミスティルの正体に結局、ざまぁされる運命が決まった。
≪マエル≫ ≪パイ≫ ≪ニクス≫ ≪アクーラ&ユルムル≫
ミスティルの前世、神伐者から付き従う四天王的存在。神を討伐した後、ミストルの眷属扱いとなって東西南北の土着神に似た立場になる。『SHINING LIfe』でもこの設定はそれとなく公式に載っている。
マエル:無口で武人気質な男性。獣人たちが多い東の世界を管理している。年に一度の極東武人大会ではエキシビジョンマッチ枠で参加するほどに親密。
パイ:隻眼モノクルで体中に傷跡を持つ女性。精霊とエルフが隠れ住む西の世界を管理している。知識人だがその気性は暴君であり、四天王一の破壊者。
ニクス:貴人の如き美しき女性。人間たちが住む南の世界を管理している。もっとも最弱とされているが奇跡の力を持つ慈悲深い為に皆のまとめ役となっている。
アクーラ&ユルムル。褐色肌と黒髪と身長以外は真逆の双子の姉弟。数少ない魔族がいる北の世界を管理している。姉ユルムルはミストル至上主義で弟アクーラはその後始末をする苦労人。双子の為に派閥があり、その二つが過激化する前に”おしおき”をしている。