第8話 どうしてラノベの挿絵はエッチなの?
前回の身内バレを受けて、ぶたにんの受難が続きます。
余談ですが、倫理基準について(以下、なろう基準です)
【15禁】=性行為及びそれを想起させる描写、性器及び性行為を指す伏字を意図的に繰り返す行為
【18禁】=性的感情を刺激する行為の直接的描写、性描写全般、大衆向け辞典(広辞苑等)に掲載されていないアダルト用語が使用された作品
*伏せ字には敏感なのが、なろう基準の特徴かと思われます。
当然、出版社も倫理基準を各社で持っていますが、新◯魔王の契◯者など、取り扱いが微妙な場合も多いようです。
それでは、今回は次回へのつなぎの回、文字数は3000字少しオーバーです。
どうぞよろしくお願い致します。
母親が高校生の息子の部屋を掃除するってシチュエーションは、ベタでよくありがちだが、展開も極めてベタだ。
男子高校生必須アイテムのエロ本が、必ずと言っていいほど家具の隙間から露見し、しかも集積され、不幸な場合には捨てられるというのが鉄板である。
俺が不満に思うのは、なぜか正義は母にある、ということだ。
そして、被害者側であるはずの男子高校生には、せいぜい『それぐらいの年頃になると仕方がないのかなあ』という、何ともやるせない言葉がかけられるのみだ。
ふつうの母親は、そうしたエロ本を発見し、お目こぼしをする場合には、綺麗に本棚に整理した上で『母は見た』という強烈なメッセージを発するのである。
大人しい男子高校生の純粋な心はこの行為で、ズタボロになることを全国百万人の男子高校生の母はご留意いただきたい。
お目こぼしが残酷なのは、エロ息子の反応が遅れることによって、「僕はそんな汚れた子じゃないんだ、ただ、友達から借りただけなんだ」という弁明の好機を奪う効果がある点だ。
そして、エロ息子に悶々とした日々を送らせることになる、というところまでがデフォである。
まあ、一昔前の「こんな不健全な本を見ているだなんて、どういうつもり?」と目を吊り上げて、息子の目の前でエロ本を開いて問い詰めるようなシーンは、最近は、見られない。
俺もそれを信じたかった。
しかし、俺の母親は一昔前のタイプのようで、俺の前でため息まじりに言う。
「なんだか、とても割高だけど、本当にあーくんが買ったの? 持っていても大丈夫なの? その、児ポ法とかで逮捕とかされたら……母さん、父さんになんて説明したらいいか」
えぇっ、中を見たの?
……児ポ法って、なんで俺、よりによって性犯罪者扱いなの?
確かに薄い本は表紙に十五禁と書かれてあり、俺の理解では、十五歳は見ちゃいけない本ということは理解している。
なんだかストライクゾーンが異常に狭い意味不明な規制なんだけどさ。
その本の登場人物のイラストは、異常に胸が豊かか、まったく無いかのどちらかで、みんな可愛い女の子ばかりと言う感じだ。
ただ、それだけで、不自然なところなんて一つもない。
まあ、ちょっとぐらい大事な部分が見え隠れするのは、ふつうの高校生へのサービスカットだ。
「あの本はさ、大通りの『とらのわな』っていう本屋さんで買っているちゃんとした本だから、法律に違反している訳ないよ。もしダメだったら、その本屋さんが捕まっているはずだから」
不正な二次創作は著作権法に抵触しているはずだが、それは今、重要な問題ではない。
今、問題なのは児ポ法に抵触しないことである。
母親は十五禁の薄い本について、率直な感想を述べる。
「そうかしら、あまりにも可愛らしい絵柄なのに、その……エッチっぽいから心配になるじゃない。あーくんね、もし、今度から、その……ぎりぎりどっちか分からない本を買うときは、その、母さんに相談するのよ」
「ぎりぎりどっちか分からないって、なにがさ?」
「違法かどうか分からないってことよ。いざとなったら、母さんの大学の時の友だちが弁護士になっているから聞いてあげる」
そんな、十五禁でぎりぎり微妙な本ならソッコーで買うんだけどね。そもそも、そんな本を買う相談は母親には決してしないと誓っていえる。
それに、『ここのコマで胸部に触っているのか、揉んでいるのか、よく分からない部分はどう判断しましょう?』なんて相談、マジで弁護士とかにしないでくれよ。
ちょっと待て、弁護士に相談に行く時点で買ってるよね、その微妙な本。
「うん、もう、分かったから……母さんも用事が終わったら出ていってよ」
「ちょっと、ちょっと、父さんが帰ってきたら進路のことは話すから、その時はあーくんも、リビングに下りてきなさいよ」
俺は母親を追い出して、気持ちを入れ替えてから、改めて何が起きたのかを整理する。
とりあえずは、被害状況の確認のため、ゴミに分類されたと思しき部屋の隅の、紙ゴミの袋の中をのぞき込む。
まず、将来のお宝候補になること間違い無しの『ケモミミ・ワールド・クロニクル』が出てくる。
年代記は、俺が去年の春休みに作ったケモミミ・ディストピアの重要事件を書き込んだ歴史設定書だ。
第三者がみれば、厨二な落書帳にもみえそうだが、ソッコーで救出する。
次に俺が一学期に書き溜めた『ケモミミの世界』が出てくる。
これには、登場人物相関と当時の世界秩序が書かれている。
ケモミミの美しさの基準と、色や紋様との相関なども収録したケモミミスト(ケモミミを愛する者)垂涎の一冊だ。
第三者がみれば、厨二な書類かも知れないが、ソッコーで救出する。
さらに、俺が夏休みに入る前の連休に書いた『ケモミミ語会話初級編』が出てくる。
当然、愛くるしいケモミミ語解説が書いてある唯一の書で、初級編しか残されていない稀覯本だ。
第三者がみれば、痛い厨二病患者の殴り書きかも知れないが、ソッコーで救出する。
残るはキャラクター・デザイン設定だが、それを書いた紙が見当たらない。
キャラクターは「ケモミミ、テロ父、エルロワ基地にて」に出てくる八人と、さらに本編で未収録の十六人にスピンオフとショート・ストーリーで使う七人を収録してある。
お蔵入り覚悟だが、ケモミミストの端くれとして、心をこめて俺は描いた。
まあ、お世辞にも上手いとは言えない絵で、ポンカン神にダリ、ムンク、胡子能収の風合いが混じった、ちょっと怖いキャラ絵が延々と続く。
俺ですら、見返すと恥ずかしい厨二満開の設定資料だ。
これは、俺がデビューした暁に、絵師にだけイメージとして見せようと心に決めている門外不出の品である。
俺の厨二の代表作なので、回収したいのだが全く見当たらない。
俺は積み上げられたほうの書類もくまなく探したがどこにも無い。
早速、俺は血相を変えて階下に駆け下りて母親に訊く。
「あのさ、漫画みたいな絵が描いてある、キャラクター設定書って捨ててない?」
「……漫画のキャラクター? そんな立派なもの、母さん、知らないわよ」
そういって母が台所のゴミ箱の蓋をあけて寒天状に固めた廃油を捨てると、チラリとゴミ箱の底にキャラクター設定書が見える。
「え”えぇーっ」
「どうしたのよ、死にかけたヒキガエルの叫び声の練習?」
「これだよ、キャラ設定書。なんで、部屋じゃなくて、台所に捨てるんだよ」
「だって、結構、油って温度高いのよ。固めたあとでも、スーパーの袋の上に紙を引いとかないと危ないでしょう」
俺はそんなことは聞いてはいない。
あわてて、キャラ設定書を救出するが、とき既に遅く、油が浸透して紙が透けている上、ベトベトだ。
これは、どこかに緊急避難の上、丁寧に広げて乾燥させないとマズい。
しかたなく、食卓の上に一枚ずつ広げると、母親にこっぴどく叱られる。
「何やってんのよ、あーくん。早く、その汚い紙をどけて、テーブルを拭くからっ。どうして、いらないことばかり、次から次へと……もうっ! 父さんが帰ってきたら、トコトン進路について話し合うわよっ」
急いで俺はキャラ設定書を重ねると、茶色く油で汚れた、どこか揚げ物の匂いがする香ばしいキャラ設定書を大事に抱え込んで、力なく部屋に戻る。
勉強机に腰掛けて悲憤に暮れた俺はポツリと呟く。
「俺、家を出ようかな。この環境じゃ傑作は書けないよ」
ちなみに、ケモミミ・ディストピアは別カウントだ。あれは魘されて書いたのであって、環境は関係ない。
「家を出ていくときに持っていくのは、ノーパソとスマホに充電器、あとは、お気に入りのラノベとコミック、広辞苑とお年玉ヘソクリと薄い本、警察対策に生徒手帳と……」
取り返しのつかない厨二と、笑わないでやって欲しい。こういうとき、ぶたにんは結構、本気を出しているのだ。
「Wi-fiも持って行きたいけど、コンビニでも代用できそうだからいいか。着替えは多めに、コートは羽織っていけばいいか。財布の中身は心もとないけど、お年玉ヘソクリでしのげば、新人賞の賞金が入ってくる」
そういえば、新人賞の賞金って幾らだっけ?
佳作が一〇〇万円だから、選外佳作も同じくらい欲しいなあ。
俺はそう思いながら、スマホを片手に、太陽系出版社の猪又さんの名刺の電話番号に、意気揚々と電話をかけはじめた。