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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART6 ケモミミの行方
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第14話 ケモミミの行方

 先日取り上げた『岐阜信長』歴史本の30箇所以上の誤記載について毎日新聞が続報を出しています。記事の趣旨は元受K社が全面的に非を認めHPで謝罪。しかし下請P社は顕名でP社に責任がないと言っていないコトに不満があるとのこと。なお、P社は編プロの中でも校正に優れる編集校正プロダクションなのでコダワリは強いものと思われます。


 本来、『岐阜信長』で校正校閲がどのように行われる予定だったかは以下の通り。

①下請P社が原稿を纏めカラーの初稿に朱入れを行い、データと朱入れ済み初稿を納品

②元受K社が朱入れ済み初稿を校正して二校を作成、さらに二校校正を行い三校を作成

③最終チェックの後、元受K社が岐阜市に納品


 今回、手違いを生じたのは、②の朱入れ済初稿を二校にする際『P社の朱入れを修正せず』二校を作成し、その結果、多数の誤記を生じたとのこと。

 商業雑誌の三校にもなると『廃グレードホテル』なる記述が生き残るのは難しいのですが、実際の作業では初稿チェックが活かされず、二校をおそらくK社編集者はかなり下請けのP社を信頼し『ざっくりとした二校チェック』をしたものと思われます。でなければ、K社からP社にそれなりに苦情が出るはずですので…(この事件も無かったかも)

 さて、本日はPART6ラストで4500字となりました。どうぞ宜しくお願いします。

「ちょっと、マンタたんま。あーしの前に勝手、言わないで」


 まんたたんま?


 回文のような呪文でマンタ氏の言を封じると、ミイナ様は場を鎮めてから言う。

「あーしさ、生まれて初めて小説、全部読んだんだ。教科書ですら無理だったのに。難しい言葉はスマホで調べてさ」


 おお、全部読んでの感想なのか。序章だけの前回とは違って、この判断は重い。


 俺は祈るような思いで見ているが、さすがに編集長は鷹揚おうよう自若じじゃくとして動じない。


「やっぱり、三男ってサイコーだよ。思いが通じるって凄いなって、ちょっと泣いた」


 なんですと……ミイナ様の『全米が泣いた』級の感想が、俺の隣の小鮒さんに注がれている。


 小鮒さんが土色の顔を少し顔を赤らめていると、ミイナ様は川絵さんに抱きつく。

「川絵、あーしのためにありがとう。こんないい話、あーしの名前で出せるんだって思うとサイコーだよ」


「いや、私はそんな……お礼やったら、隣の原作者の小鮒さんに言ったってや」

「うん、でも、ありがとう」

 なかなか、小鮒さんのターンにはなりそうにないが、ミイナ様と川絵さんのハグは俺的には目の保養に良い。


 ところで、問題は解決したのかと目を転じると、編集長とマンタ氏の目が緩んでいる。


「それでは、原稿はこのまま校正を進めても大丈夫ですか?」

 改まって編集長が尋ねると、マンタ氏はミイナ様の様子を呆然として見ながら言う。

「はい……何より本人がイイ感じなんで、それでお願いします」

 なるほど、ミイナ様が自分の名前で出すと言ったことが何よりの証だと安心する。


「それでは、作品表題タイトルはどうしましょう」


 その編集長の言葉に反応したのがミイナ様だ。

 ちなみに、まだ川絵さんに抱きついている。


「小鮒センセ、タイトルは?」


 急に声をかけられた小鮒さんは、ドギマギしながら名刺を差し出す。

「私、太陽系出版のこ、小鮒鉄郎です」

 しかし、ミイナ様は差し出された名刺には目もくれない。川絵さん名刺破棄事件に続く、小鮒さん名刺無視事件の発生に俺は少し変な汗をかく。


「だから、小鮒センセ、タイトルは?」


 サラリーマンの頼れる武器である名刺が通用しない上、ミイナ様に手を握られて小鮒さんの緊張感も振り切れているようだ。

「げ、原題は王室第三……もとい、『三男妻室が一妻多夫で炎上中』です。愛称は『ササササ』いや『ササイタ』です」


 なにげに昔の俺を見ているようで、俺まで変な汗をかいてしまう。


「なに、『三男妻室が一妻多夫で炎上中』で『ササイタ』? ウケる……マンタはどう?」

 腹筋を直撃された感のあるミイナ様が、笑いながらマンタ氏にお伺いを立てる。

「特に問題はないかと」


 編集長もこちら側の意見を集約する。

「それで良ければ……小鮒くん、川絵、何か問題でもあるか?」


 当然、小鮒さんも、川絵さんも異議はない。


 その後、マンタ氏の依頼で情報解禁日をサマーイベントの日に合わせることや、打ち合わせ場所は西木坂劇場以外ではしないことなど、細かいことを取り決めて会議が終わる。

 そして、この瞬間、俺の『ケモミミ!』は元の鞘に収まって、10月25日刊行、12,000部刷りになったはずだ。



 最後の難関は営業会議だが、こればかりは、編集長でなければどうしようもない。

 解禁日前の営業会議で、うまく通しおおせるか、祈るような気持ちで会議の終わりを待つ。


 会議が終わるまでの間、川絵さんは俺に気を使ってか、ある秘伝の術を授けてくれるという。


「ぶたにん、こんな風に横に髪が盛り上がってたらアウト、綺麗にシュッと整ってたらセーフやで」

「川絵さん? ふつうのヘルメット・ヘアと乱れた髪型の違いが理解らないんですけど」


 川絵さんがノートに少女漫画のようなヘルメット・ヘアを描いて教えてくれる。

「ほら、ここが不自然に横に出てるやろ。これが髪をむしったあとやから、これで、編集長の仕事がうまく行ってるかどうかを見極めなアカンねん」


 川絵さんから、編集長の仕事がうまく行ってるかどうかを、髪型だけで見極める秘術を俺は学ばされていたのだが、どうやら俺はその奥義を極めることができないらしい。


 小鮒さんはサポートブースで、手隙の茶烏氏と次の作品のアイディア出しをしている。

 そこに、営業会議から征次編集長が戻ってきた。


「……」


 無言で二編に現れた編集長の髪型は、明らかにしもぶくれのヘルメット・ヘアだ。

 営業会議で差し替えが認められなければ、小鮒さんが土野湖名義で『オサイタ』を出すことになる。

 それより、何より、俺は地鶏ヶ淵ミイナ名義で『ケモミミ!』を出す詐欺的行為に加担することになる。


「好機と危機は紙一重。しかし、思うように行かないものだな」

 俺を犯罪者に仕立てそうな一言に、川絵さんがツッコむ。

「編集長、どうだったんですか? 営業会議は」


「うん、すまんが小鮒君も呼んできてくれ」

 事態の重さに気付いた川絵さんが、小鮒さんを呼んでくる。

 俺も含めて3人で編集長を囲むように立つ。


 編集長は3人を見回し、手帳を開いて、おもむろに口を開く。

「まず、タイトルと著者名の差し替えについては認められた」


 なんだよ、このあと、ドッキリが控えているのかと思ったけど、順当じゃないか。

「10月25日、地鶏ヶ淵ミイナ先生の『三男妻室が一妻多夫で炎上中』部数未定で、あと……」


 編集長が俺の顔を伺うように見えたが気のせいだろうか。

 何か悪い予感がするが、その予感はスルーすら許さない。


「あと同じく10月25日、天城あまぎゴエ先生の『ケモミミ!①』12000部で差し替え決定、明後日の8月11日に情報解禁、ただし、出版案内も次のホームページ更新も通常通り8月25日に刊行予定に加えられる」


  天城ゴエ…… 天城ゴエ…… 天城ゴエ……


 俺は手帳を覗き込んで、最初『天』の字から始まることに不安なものを感じていたが、まさかそんな斜め上から降ってくるとは思わなかった。


「と言うことで、ぶたにん君の二編での筆名は、天城先生になったからよろしく頼む」


 いや、これをハイそうですかと受ける訳にはいかないだろう。


 なんせ、名前がゴエだ。

 ゴキブリとハエを足して2で割ったような名前なんて非道(ひど)過ぎる。


「天城先生か、エエ名前やん。片仮名でゴエってインパクトあるし、棚差しでも見つけやすいわ」

 いや、川絵さん。

 なんだか、割り切っていらっしゃるようですが、ゴキブリですよ、ハエですよ。


「だろう、福楼ふくろう部長がぶたにん君の将来性を買って、銀座の高名な女占い師に決めてもらったらしい。断る理由も無かったから、そのまま編集長権限で決めてきたが、いいな」

 しかも、決定事項なのか。なんだよ、銀座の高名な女占い師って。


 精神状態が極度に耗弱したぶたにんモードの俺は、抗弁するのもままならない。

「おい、ぶたにん君、聞こえてるか?」


 編集長の問いかけに、カラカラに乾いた口の中に唾を足して、どうにか声を押し出す。

「は、はぃ」


「ぶたにん君、僕も最初は土野湖って筆名に馴染めなかったけど、名前がタイムドカン・シリーズの制作プロダクションに似てるって言うので、脚本家の筆屋先生とご縁が出来たり、時間が経つといろいろ慣れてくるよ」


 小鮒さんの言葉は、俺にラスト1マイルほど響いてこない。

 天城ゴエで仲良くなれそうな人って、演歌歌手とか、お笑い芸人以外に思いつかないし。


「あと、『三男妻室が一妻多夫で炎上中』が部数未定だが、重版決定らしい。解禁日のファンクラブの予約注文が一万部ほど見込めるのと、取次からの問い合わせの頻度から、書注もかなり出ると営業部は見込んでいる」

 編集長は手帳を閉じながら、なぜか、面白く無さそうな声で言う。

「正式には解禁日の注文状況を把握して4000部、そこから、在庫見合いで重版部数を積んでいって、最終的に初動でも重版を見込んでいるらしい」


「ほ、本当ですか?」

 小鮒さんが、信じられないようにして訊く。川絵さんも驚きのようだ。

「発売前重版に、初動で重版予定なんてサンラじゃ聞いたことないわ」


「おいおい、営業部の美々透君が担当だから、詳細は聞いてくるといい」

 美々透主幹の名前を聞いて、小鮒さんは驚くほど萎縮する。


「あ、そこまでは結構です」


 しかし、ここまでが前振りといえば、そうだったのかも知れない。

 征次編集長が身を乗り出して言う。 


「ただ、部数が増えて喜ばしい反面、背負った十字架も重い。サンラ文庫の新しいレーベルカラーを打ち出すべく、同様の芸能人文筆家をラノベ作家として発掘するよう、仰せつかった」


 川絵さんが、それを聞いて呆れ顔で言う。

「そんな、ブチミイみたいな素材がゴロゴロ転がってる訳でもないのに」


「まあ、まだ確たる数字も上がっていないし、希望的観測だよ。だが、準備は怠るなということだ」

 編集長はそう言ったが、俺への恋愛モノを書けという指示は撤回してくれなかった。





【於:マスティとくしま 当日収容人員:5200人・超満員】


「みんな、ラノベって知ってる? ブチミイ、ラノベ、出します!」


 8月11日からの西木坂46、サマーイベントで地鶏ヶ淵ミイナが声を上げた途端、全国の書店に注文が殺到した。

 また、アイドル情報には、にべもない地方紙も、書籍刊行となると取材に来るようだ。地方紙の文化面、社会面で記事になることで地鶏ヶ淵ミイナのラノベ刊行は、相当程度、知られるようになった。


 サマーイベント全国26会場を巡る過程で、ローカルニュースなどのマス媒体も面白がって『ラノベ』と『アイドル』の切り口で『若者の消費行動』を取り上げる。


 サンラ文庫では異例の2ヶ月半前に設定された情報公開日から1週間での書店経由の注文が8,997部、これが、ファンクラブ経由の10,221部とは別建てだから驚きだ。

 ファンクラブの注文も一人3冊に制限しての数字らしい。


 このスマッシュヒットに営業部も沸騰していて、美々透主幹はブックフェアにブチミイを呼べと無茶振りをしている。まあ、小鮒さんが出ていっても代打にもならないから悩ましい。


 8月18日の役員会で、累計20,000部までの追加重版が決定される。しかも、9月下旬の予約状況を見極めて、更なる追加重版10,000〜15,000部を余力に残している。


 アイドルファンの購買行動、ゆめゆめ侮るべからず、である。


 ちなみに、同日現在、『ケモミミ!①』の書店注文予約は13部(俺1部、含む)。

 もちろん、ファンクラブなどは無い。


 ケモミミの行方どころか、影すら見えない状況に俺は焦る。





(PART6 了)

 PART6、時間がかかってしまいましたが、読了頂きまして有難うございます。


 また、いよいよ佳境のPART7もインターバルを頂いて始めさせて頂ければと思います。


 引き続きお楽しみ頂けましたら幸いです。

                           錦坂茶寮 敬白

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