第11話 大改稿?ケモミミ!ビフォー・アフター
先日、公共放送でも報じられた通り、信長を扱った歴史本で少なくとも30箇所以上の誤記が見つかり、回収刷り直しとなる事故がありました。出版社が校正を入れてなかったのでは? との指摘もありますが、出版不況の今、校正を外注したり、社内に新進気鋭の校閲ガールがいたりすることのほうが少ないのが実状です。
結局のところ、編集者が校正も校閲も行っているのがふつうで、経費節減の風潮から、校正・校閲の品質は確実に劣化しています。今回の事故も年末進行のさなか、元請けと下請けの編集者の間で校正情報について意思疎通がうまく行かず、年末ギリギリの納品ということもあり、最後のチェックがなおざりになったのではと言われています。
さて、本日は3400字となりました。どうぞよろしくお願いします。
【遠景カット】
ナレーション:東京都千代田区神田神保町。古くから出版社が集まり、古書店も軒を連ねる文化の薫り高い街。ところが、その一角には難しい出版の悩みを抱える人々がいました。
【近景カット】
ナレーション:太陽系出版社第二編集部。この編集部では、売出し中のあるアイドルを応援するため、ライトノベルの出版を企画したのですが、なんということでしょう、そのライトノベル作品は作風が暗く、理屈っぽい作りでアイドルを苦しめていたのです。
【インタビューカット01】
アイドルTさんの話:(音声は変えてあります)なんていうか、ファンタジーあふれる中世異世界モノとか、胸キュンキュンの恋愛モノとか考えてたんですよ。でも、破綻した近未来が舞台で出てきた瞬間、もう無理っていうか。あと……SFって言うんですか、なんだかラノベでイメージしてたものと違うものが出てきて、あーしとしても参ってるっていうか。
【インタビューカット02】
事務所マネージャーの話:(音声は変えてあります)作品自体は悪くないと思います。ですが、アイドルというのはイメージが命なので、その作品イメージが決定的に違ってると本人のイメージに悪影響が出てしまってマズイんですよ。非常にマズイです。納得できませんね。
【インタビューカット03】
制作担当編集者の話:(音声は変えてあります)◯◯◯さんのことはとても応援してます。今回は、ちょっと、行き違いになってるところはあるんですけど、締切まで時間はありますので、ギリギリまで頑張らせてもらいます。
ナレーション:しかし、出版の締切は残り16日。これを過ぎると予定される10月25日の刊行日に本が書店に並びません。太陽系出版社、絶体絶命のピンチ。【SE:匠の登場】この問題に立ち上がったのが、ケモミミを語らせると右に出るものがいないと言われる編集作家、武谷新樹。新進気鋭のケモミミ愛好家の彼のことを、人は『ケモミミ空間の代弁者・ぶたにん』と呼びます。さて、今回の作品に潜む問題を匠はどのように解決してくれるのでしょうか。
【インタビューカット04】
ぶたにん:今回は時間との戦いです。締切まで日数がありませんので、作品本体をなるべく温存しながら、いろいろ見え方が変わるようにアクセントを付けていく、というか、見えていない部分を見えるようにしていく、というか、いろいろなテクニックを使って決められた日数で仕上げていきます。
ナレーション:さて、ケモミミ空間の代弁者、ぶたにんによる作品リフォームのスタートです。
俺の頭のなかで、赤と白の矢印が反転しながら、いつものオープニングが流れてくる。
そして、司会者を中心に作品解説という名のコキ下ろしが始まり、問題点が次々に明らかにされる。
容赦ないが、落としてから上げるのは常套手段だ。今は耐えるしかない。
結局のところ、俺は川絵さんに言われた2つのポイントに対応していくしかないのだろう。
ナレーション:太陽系出版社の第4会議室。3年前、会議室不足が叫ばれたときに無理やり作られた狭小地の会議室。問題はこんなところにもありました。窓なし、空調不十分、席は4人分。しかも、コンセントは1個口しかない現代の座敷牢。夏には会議ができません。
【インタビューカット05】
編集長の話:(音声は変えてあります)私の若い時分には『カンヅメ』が流行りました。締切が迫ってるのに作品ができない。そう言うときに作家さんを一時的にホテルに軟禁状態にして、作業に追い込むために使います。
スタッフ:効果はあるんですか?
編集長の話:どうでしょう。気分的なものかもしれないかな(笑)。
ナレーション:なんということでしょう。編集長は設備の不備を逆手に取って、神田神保町に代々伝わる伝統の技『カンヅメ』を用いるようです。
【カット:第二編集部】
二編のホワイトボードには、その第4会議室のリソースに3人が『カンヅメ』よろしく、集まっている。
『編集長:第4』
『川絵:第4』
『◯ぶ:第4』
続いて、最初の見せ所はスクラップ・アンド・ビルドのスクラップの部分だ。
冒頭、コキ下ろした作品をぶち壊し、爽快感を演出するため、派手なアクションが要求される。
ナレーション:会議の冒頭、作品の冒頭にカーソルを持ってきたケモミミ空間の代弁者、ぶたにん。すると匠は、おもむろにデリートキーを連打し始めたではありませんか。なんということでしょう。序章で語られる世界観が骨組みを残して8割がカットされ、暗いディストピアへの入り口が跡形もなく消えてしまいました。そして、大きく空いた隙間には匠の秘伝の材料、ウサミミがビッシリと投入されます。これから始まる冬にピッタリのもふもふ感に誰もが癒されるという、匠の素敵な配慮です。
緩やかな吹奏楽の優雅なBGMをぶった切って、怒声を浴びせるのは川絵さんだ。
「あちゃー、ぶたにん、これはアカンわ」
「まったく、世界観、ぶち壊しじゃないか」
川絵さんからも、編集長からもダメ出しされて、さすがに俺の妄想も止まる。
「え、ダメですか?」
「最初の部分で、メチャクチャひどい世界観を出しといて、主人公と周囲のキャラで救いを出してるのに、バランスが取れてないやん」
「いきなり、ウサギが大量発生する辺りから、読者がついていけなくなるぞ」
俺は、どうにか並べられた素材の説明をして抗弁する。
「そこは、生物研究機関で使用されていたウサギが逃げ出したということで……」
そう言う俺に、川絵さんは極めて懐疑的だ。
「こんなコロニーの食料も不足気味やのに、大量のウサギを使って誰が何の研究をしてるんよ?」
「それは、最終戦争前の賢者の遺産の一部ということで……」
「なんで、将来に研究中の遺産を残すんよ。実験動物なんか遺産でもなんでもないやん」
川絵さんの厳しいツッコミを不憫に思ってか、征次編集長が話を制する。
「まあまあ、考えようによってはウサギも食料にはなるだろう。どう飼育されていたとか、目的は分からんが」
『ケモミミ!』で最初に出てくるもふもふ感あふれるウサミミを食するとは何事だろう。
かと言って、苦し紛れに別のケモミミを投入したところで何の解決にもならないことはわかった。
俺は、プランAを変更して、プランBを提示する。そもそも、プランは2つしかないのでこれが最後の手段ということになる。
ナレーション:『ケモミミ!』の大改造もいよいよ終盤。匠が持ち出したのは大きな扉のようなもの。そこには、依頼者の想いを叶える素敵な仕掛けがありました。そう、中世異世界への扉です。物語の動線を考えて扉は最終章の一番奥に設置されることに。これで、いつでも憧れの異世界に飛び込んでいく伏線ができました。さて、最小限の予算で取り組んだ今回のリフォームを果たして依頼者は喜んでくれるでしょうか。
「……唐突やな」
「ここで、ぶっこんでもダメだろう」
依頼者以前に、味方スタッフの裏切り感が半端ない。
「異世界への扉が、残り10ページで出てきた辺りで続刊対策臭がしてくるわぁ。しかも、これまでの話と何の絡みもないやん」
「そこは、第2巻で転がしていきますから」
「いや、ぶたにん君、少しは前フリとして中世異世界の勢力がどんな意図を持ってるとか、何か話を作っっておかないとさ」
「うん、1ミリも転がってないで、中世異世界」
非道い、非道すぎる。なんでもいいから持って来いと言ったのは、そっちじゃないのか。
しかも、改編は最小限で、可能性を仄めかすだけでもいいとか言っておきながら……
「編集長、そろそろ、お昼ですけど」
「そうだな、この会議室は息が詰まる。午後からは執筆ブースに移ろうか」
こうして、『ケモミミ!』大改編会議の前半は、不発に終わった。
ナレーション:大改造の途中で、建屋の大黒柱が大きく折れ曲がり、設計図は炎上。匠はやる気をなくしてしまうという、とんでもないハプニング! 果たして、第二編集部の問題は解決されるのでしょうか。
【提供読み:アオリ;ここで新たな鮫肌の匠が立ち上がる】ぇ? しかし、俺のメンタルは虫の息だ。