第10話 西木坂シアターライブ
本日は、趣向が変わってアイドルグループの話です。2017年現在、日本では1300組以上のアイドルユニットが活動していると言われ、かつてないアイドル戦国時代とも呼ばれています。
地方名に48を付ける例のグループなどはメジャーアイドルグループに属します。そして、地方限定であえて全国区を避けるローカルアイドル、さらに、マスメディアとは一線を画し、ファンと緊密な雰囲気を重視するライブアイドル、ネット限定のネットアイドルなど、アイドルもその活動形態は多様化しています。
当然、トップグループに上がれば楽曲も振付も衣裳も定期的に供給されますが、活動範囲が狭くなるとオリジナル楽曲は数曲だけ、ダンスレッスン料も衣裳も自前とアイドルのヒエラルキーにも世知辛いものがあります。
さて、本日はキリの良いところまで3600字となりました。どうぞよろしくお願いします。
俺は、暫くの間、改稿しては戻し、怠けては勤しむことを意味もなく、繰り返していた。
そうして繁閑の間を漂って時間をいたずらに消費していると、編集ブースのほうから川絵さんが来る。
「ぶたにん、これから時間、空いてる?」
どうやら、今日の6時半からマンタ氏に貰った招待券が使える西木坂46のシアターライブがあるらしい。
改稿作業は進みそうにない上、川絵さんからのお誘いとなると断れない。
一も二もなくついて行くと、開場時間をとっくに過ぎていたせいで、西木坂劇場の周囲に人混みはない。
しかし、かえって劇場の中に入ってからの人の多さに酔わされる。
西木坂劇場と入っても客席に椅子はなく、太い鉄棒にクッションを巻いた仕切りでオープン区画に分けられているだけで、収容人員も数百人といった小ぢんまりとした作りだ。
当然ながら入っている客層はほとんどが男性で、女性客の姿は圧倒的少数だ。
ちなみに、あてがわれた招待券では最前列には行けないようで、後ろに控えて開演を待つ。
今日は西木坂46の『西グループ』の公演日のようで、最前列にはサイリウムを手にブチミイを待ち受ける熱心なファンもいる。
聞いたことのあるような、無いようなBGMでリズムを刻みながら、みんな思い思いに開演までの時間を過ごしている。
鼓膜に響く大音量のSEのお陰で、川絵さんとも意思疎通すらまったくできない中、幕が上がる。
しかし、客席から舞台のほうを見てみると、思った以上に近いのが驚きだ。
本当に手が届くところに、雑誌のグラビアから出てきたようなアイドルが手を振っている。
舞台も会場同様に狭く、仮にアイドルが46人出て来ると溢れ出そうだが、数えてみると14人しかいない。
しかし、錯覚というのだろうか、同じコスチュームのアイドルが所狭しと動き回っていると、14人でも大盛りのお得感を醸し出している。
メンバーは、既にヒートアップしている最前列のファンにレスを送りながら、マイクを通じてテンションの高い声を響かせる。
「こんばんはー! みんな来てくれて嬉しいよ。今日も西グループは目一杯頑張ってるよー」
メインのMCを務めるのはミイナ様ではなく、年末に卒業予定の霧嶌夕夏こと、きりしー様である。
「みんな、今夜も気合い入れて、かっ飛んでくよ。夏風邪のきりしーに負けるなよー!」
時々合いの手を入れる準メインの位置にミイナ様がいて、かなり目立つ存在だ。
続いて楽曲が始まると、そこは束の間、サバトと化す。
ファンがそれぞれ推しのメンツのパートで異様なノリで盛り上がる。
位置取りが悪いので、会場で何がおきているのか分からないが、なんだかテンションだけは上がる。
一時的に、ラノベの改稿作業のことを忘れる程度には楽しめてしまう。
ちなみに、ライブは系列事務所アイドルのカバー曲とオリジナル曲を交えて2時間ほどで終わった。
川絵さんも異文化交流を堪能していた、というか縦ノリで、やや上気しているようにも見える。
見せられたステージの熱量は相当なもので、俺なら口パクでもダンスだけで途中でぶっ倒れること請け合いだ。さらに、最前列のファンに至っては水分補給をしながら精魂果てるまでペンライトでヲタ芸を繰返している。
本人の意思とは言え、送っているケチャや推しジャンの運動量が、ステージから帰ってくるレスに見合うものなのか、他人事ながら心配になってくるほどだ。
そして、舞台の後、案内放送に従ってロビーに出ると、そこは物販会場となっており、更に大サバト、ヴァルプルギスの夜かハロウィンかという状態だ。
しばらく経つと、物販会場はステージから降りたばかりの西グループメンバーも手売りで入るなどしており、人気メンバーのグッズはみるみるうちに捌けていく。
中でもミイナ様と、トップのきりしー様の物販コーナーは盛況で長い列ができている。
やがて眺めていた列が消え、物販終了のアナウンスが流れ始めた時、やおら川絵さんがミイナ様の物販コーナー前に進み出る。
「なに? 来てたの」
制服のステージ衣装で驚くミイナ様をよそに、川絵さんは感想をぶっちゃける。
「きょうは、なんか、メッチャ感動したわ。気合い入れて応援しようと思って記念にチドリン……じゃなくてブチミイのグッズを買って帰りたいんやけど」
川絵さんの言葉に、既にソールドアウトの貼り紙を出しているスタッフが困ったようにしている。
「へぇ、川絵って意外と悪いヤツじゃないんだ」
「そんなこと分かるん?」
「だって、ふつうの女子、チケット貰っても、こんなトコまで来ないよ」
改めて周囲の客を見ると、川絵さんの違和感が半端ない。
「編集の仕事は好奇心、躊躇も妥協も許されへんって……まあ、これは先輩の受け売りやけど」
それに報いようという訳ではないのだろうが、ミイナ様が言う。
「悪いけどあーしのグッズ、売り切れてるからチェキでもどう?」
ちなみにチェキとはポラロイド写真のミニ版で、撮影の後、アイドルがペンで一言書き込むレアものだ。一般的には、撮影イベントでもない限りなかなか手に入れるのは難しい逸品になる。
相場は1枚千円から二千円だが、ツーショット写真にサインが入るとなると、なかなか手に入らないプレミア品となる。さっそく、スタッフがどこからかチェキを持ってくると、ミイナ様と川絵さんの極上ツーショット写真が出来上がる。
「チドリン、歌も踊りも凄かったわ」
「あーし、西チームじゃ最強だからね」
そう言いながらミイナ様はチェキにサインを入れる。
「せやな、あと、中学の時のことは気ぃつけへんかってゴメンな」
「中学の時のことは、あーしのせいだから川絵が謝るのはオカシイよ」
そして、握手を交わしてスタッフの包んだチェキを、ミイナ様が川絵さんに手渡す。
「なら、謝るんなしやわ」
「でも、ラノベの件はちゃんと仕上げて。もう難癖はつけないから。あーしを総選挙で勝たせてよ、川絵」
「ミイナさんッ、正面玄関前、お見送りお願いしま〜す」
会場スタッフが有無を言わさずミイナ様の腕を、何処かへ引っ張って行く。
おかげで、ミイナ様の問いかけに対する川絵さんの答えは返されることはなかった。
西木坂劇場を出て、地下鉄の駅に向かう途中で川絵さんにさっき撮影したチェキを見せてもらう。
「なあなあ、二人とも滅茶苦茶可愛く撮れてるやろ。それにこれ、私のこと担当編集って認めてくれたんかなあ」
川絵さんは、チェキの下に「川絵さん、ラブ100%のラノベ♡よろしく!!」と書かれているところを指差して言う。
俺は、恐る恐る言う。
「これは、もう逃げられないってことですか?」
「ちゃんと仕上げたら、難癖は無しみたいやけどなぁ」
俺と川絵さんは顔を見合わせて、少々、複雑な面持ちになる。
なんせ、本気で改稿したくても、『ケモミミ!』が中世異世界モノにはなるはずがない。
校了まで18日しか無い中で、俺は気が気ではない。
「ぶたにん、とりあえず、チドリンの要望は2つや。序章の部分の暗い雰囲気を変えるんと、中世異世界モノの恋愛要素を取り込むこと。そして、肝心なんは、『ケモミミ!』の作品の物語部分はあんまり触らんことやな」
そんなに簡単に言われてもと思うが、川絵さんの指示は端的で的確だ。
「序章の部分の雰囲気を変えるって言うと……」
「まあ、序章はディストピアから始まるから暗くて怖いんはしゃあないんやけど、ケモミミをピョコピョコ登場させるとかして、少しでも雰囲気を明るくするとか……」
「それじゃあ、中世異世界モノの恋愛要素ってどうやって取り込むんですか」
「そうやねんなあ。未来世界が中世ヨーロッパ風やったら良かったんやけどなぁ。まあ、続刊対策で最後に伏線を張っといて言い訳しよか」
それ、マジで書き直しすると1ヶ月はかかりますよ、川絵さん。
「ぶたにん、この2点だけでいいから、ダメ元で手直ししてみて。どうしてもアカンと思ったら編集長に、対応できへんって言わなあかんから」
とりあえず、その日の夜はステージの興奮と、書き直しのイライラが昂じて、正直、まったく原稿が手につかなかった。
俺が、ケモミミの大改稿に着手したのは翌日からになる。
それも、突貫工事に手抜工事を足して二で割ったような、ライブの盛り上がりに申し訳ない出来合いの改稿作業になったのはやむを得ないことと言えよう。
果たして、これを披露するのかと思うと気が重い。世に送り出すとなると有り得ないほどだ。
そんな状況でありながら、その次の週には川絵さんと編集長に、俺は大改稿の進捗状況を説明することになる。
次回、『第11話 大改稿?ケモミミ!ビフォーアフター』は2月14日(火)0時の投稿です。
どうぞ宜しくお願いいたします。