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神田神保町の高校生あちゃらか編集手帳  作者: 錦坂茶寮
PART6 ケモミミの行方
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第9話 王室大祭司がはいさいタップに大熱中!

 電子雑誌読み放題を謳う「dマガジン」、電子雑誌書籍読み放題を謳う「キンドル・アンリミテッド」、どちらも出版業界に大きな影響を与えましたが、業界の捉え方の違いに雑誌と書籍の持つ違いが見て取れます。

 雑誌は電子版で閲覧できる記事に制限を加えたり、定期的に新刊が出て在庫が置き換わるため、電子版発行の影響を出版社側でコントロールできます。そのため、出版社側では電子版の売上を副産物的にみており、紙の雑誌に加えて、追加的に儲ける機会ができたと感じているようです。

 一方、書籍・コミックは読み放題で提供する場合、雑誌のように出版社がコントロールできる部分が少ないため、電子版の売上を紙の書籍の販売機会のロストとしてネガティブに捉える向きが多く、著者との権利関係を処理した挙句に、紙の書籍の在庫が増える恐れに怯えているようです。また、キンドル・アンリミテッドが書籍売上報奨金予算をオーバーしてダウンロードされた出版社の書籍を、一方的に取り扱わないこととしたため、出版社側とのしこりも残ってしまいました。

 さて本日は3300字となりました。どうぞよろしくお願いします。

 二編に戻ると編集長が「ちょっと、向こうで話せるか」と執筆ブースを指差して、川絵さんと俺に指示をする。

 いつもは誰も居ないはずの執筆ブースに、珍しく土野湖つちのこ先生の中の人、小鮒こぶなさんがいたが、こちらには目もくれずに何か作業をしている。おそらく、同じ10月刊の作業の追い込みに違いない。


 そんな中、立ちこめる重い空気を払うように征次編集長が口を開く。

「川絵が鶫野つぐみのに話を吹き込んだのか?」

 何か犯罪でも犯したかのような問いかけにドキリとするが、これを予期していた川絵さんは聳然しょうぜんとして言い放つ。

「はい、締切までにまともに上げようと思ったら、二編で余力があるのはメグさんしか思いつかなかったんで」


「馬鹿ッ、鶫野に余力があるなら、一冊でも多く木盧きの加川かがわネームの売れ線作品を書かせるのが筋だろう。川絵も編集なら書かせるべき人、書かせるべきものを間違えちゃダメだ」


「はい、スミマセンッ。でも緊急事態でしたから」

「緊急とはいえ、そこそこ売れると分かっている鶫野の作品を外部に提供するのは、サンラ文庫にとって百害あって一利なしだ。売れるかどうか分からない作品だからこそ、他人のフンドシを借りて売り捌ければビジネスになる。言ってることは理解るか?」


 川絵さんは小さく首肯きながら、俺の度肝を抜くようなことを言う。

「そんなら、『ケモミミ!』は売れるかどうか微妙な作品なんですか?」


 その議論は、俺の前では控えて欲しいのだが、征次編集長も容赦はない。


「いや、売れる作品だよ。続刊が出てもおかしくない作品だ。だが、アイドルの名前を被せれば大きく化ける作品になる可能性がある。だからこそ、このビジネスの1号案件に推したんだ……本当はぶたにん君にも小鮒君にも、別口で書いて貰う予定にしていたんだが、営業部の部数減らしの話に対抗して少し前倒しにはなったのはボタンの掛け違いだったが」


 そう言えば、別口というのは、以前、恋愛モノを一本書いてみろ、と言われたアレだろうか。


「でも、『ケモミミ!』はぶたにんの渾身のデビュー作やったんですよ。他人に譲るつもりで書いたんやったら、もっと適当に書いてたはずやわ」


「適当に書いてた、か……そこは難しいところだ。涼子さんとも話したが、ゴーストライターが前提の話なら、手抜きしてもいいなんて思われると作品の質が落ちるのは避けられない。それでは長続きしない。だが、そんなコトがないように二編の分業システムで作品の質は担保する。そして名前が出ない作り手には、売れれば二編として賞与で報いる。悪いところはないだろう?」


 鵜野目涼子さんの言葉を借りながら、もっともらしく言う編集長に、川絵さんは屈するわけに行かないようで、華奢な体躯で立ち向かう。

「そ、そんなこと言うても『ケモミミ!』は最初から二編の分業システムでできた作品やないし、ぶたにんも割り切って書いたわけやないし、そんなん、後づけの理屈やわ」


「まあ、そこは本人に承諾をもらったじゃないか。気持ちの問題は理解る。だから、ゴーストライターになる場合は編集作家本人の承諾をもらう」


 俺としては、熟考の上、承諾したと言うより、つい衝動的に受けたような話なのだが。


「作り手が承諾したら問題ないって、それは母も言うてましたけど、作品に責任を持つんは作家やてメグさんは言うてました。そしたら、譲渡したあとの作品の続編を書くのは誰の責任なんです? しょうもない作品になっても自分の作品やからって責任を持つのは誰なんです?」


「鶫野もメールで同じようなことを言っていた。正直、今は単品限りの試験販売ってところだ。『ケモミミ!②』を出すかどうかも、状況次第で細かいところは追々決めていく。だから、鶫野には今のところ、この件には関わらせるな」


 なんと、『ケモミミ!②』が状況次第とは知らなかった。まあ、誰の名義で出そうが、続刊には同じ問題はあるのだが。そして、直面する喫緊の課題について川絵さんが触れる。


「無断でメグさんに当たった件は謝ります。でも西木坂事務所が今から書き直しやって言うてるのは暴論ですわ。単純に原稿渡して終わりやと思ったのに校了直前になって大幅改稿やなんて」

 さすがに言われてみると、編集長も分が悪いのか、少し言い訳じみて歯切れが悪くなる。


「今回は、オーダーメイドというわけには行かなかったから、先方の要望と多少の食い違いがあるのは、やむを得ん。もし、要請があるなら、改稿も含めて、歩み寄って妥協点を探ってくれ。あと、ぶたにん君も鶫野には頼らず、出来る限りの対応を頼む。私もできるだけのことはするから」


 川絵さんは、やんぬるかなと言った風で応じていたが、編集長は、今度は俺の方を見ている。

 出来る限りの対応とは言っても、歩み寄ってくれそうな相手なら良いのだが、はなから平気で全面改稿を求めてくるのだから如何ともし難い。

 しかも川絵さんとは、過去に感情的にも食い違うところがあるようでやりにくい。


「編集長、今朝、川絵さんと西木坂事務所に行ったときに、参考までにとマンタ氏から先方の希望作品の便概をもらったんですが、見れば見るほど、歩み寄れるのかどうか疑問です」

 俺はそう言いながら、ミイナ様の走り書きを手渡す。


「中世ヨーロッパの異世界モノで、貴族ハーレムものか。それだと、同じ10月刊の『オサイタ』とカブるぞ……なるほど、わかった。向こうの言いなりで世界観まで書き換えないように、直しはほどほどに頼む。それじゃ」

 え、それだけですか。それに『オサイタ』って何?


 話は終わったとばかりに編集長が席を立つ。

 続いて川絵さんも席を立つ。ひょっとして、俺、放置プレイですか?



「あの、ぶたにん君?」

 しばらくして、後ろから声をかけてくれたのは、小鮒さんだった。


「さっき、僕の作品の話をしてなかったかい。あと、アイドルがどうとか」

「小鮒さんの作品、王室ハーレムの……『王室大祭司がはいさいタップに大熱中!』でしたっけ」


 それを聞いた小鮒さんの表情が、少し強張っているのは気のせいだろうか。

「いや、『王室第三婦人が一妻多夫で炎上中!』なんだけど、長いから略して『オサイタ』ってね」


 果たして何がどう略されて『オサイタ』なのか、その略称が根付くのかどうかは別にして、作品名を間違えたのは非常にまずい。どうにかして、俺は、話を強引に元に戻す。


「じつはさっきの話、『ケモミミ!』の作品が、西木坂46の地鶏ヶ淵ミイナさんって言うアイドルが書いたことにして売り出そうということになってるんですが、問題があって……」


「え、西木坂46のブチミイに作品をって、いつの間に?」

 小鮒さんがいなくなったスキに開かれた会議で決まったとは言いにくい。

 ゴニョゴニョと言い訳のように話していると、小鮒さんがうまい具合にまとめてくれた。


「結局、僕のいない間に部決ヒアリングがあって、営業部が10月刊の部数減らしを二編に持ちかけてきた。それを征次編集長がラノベアイドルの奇策を使って切り抜けたってこと? そして、たまたま居合わせたぶたにん君の作品がスケープゴートにされたってことかい?」


「いや、俺は俺でその、出版部数が増えればと思っていたんでOKしたんですが」


「ムリはしなくていい。僕だってアイドルとは言え、他人に作品を譲るのは勘弁してほしいからね……」

 小鮒さんはそう言うと、何か話を続けたがっていたようにも思えたが、深入りを避けたのか、校正作業の続きをするため作業ブースに戻っていった。


 俺も改稿作業をと思ってミイナ様の福音書デスノートを広げるが、全く面白くない。


 批評には二種類あって、深い示唆を含んでいて、聴くことによって作品の質が高められるものと、単に場当たり的に感情を吐露しているだけで、作品の質を左右しないものに分けられる。


 この福音書デスノートの言葉の99%までが後者で占められていることに鬱々としながらも、絶対神であるミイナ様に逆らうことができない状況に、俺の改稿作業は暗礁に乗り上げてしまった。

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