第7話 母親はすべてお見通し? 新人賞、身内バレの修羅場
明日16日(水)0時は更新がありません。次回は17日(木)0時の投稿予定です。
今回は、賞ストーリーには欠かせない身内バレについてです。
ぶたにんは一人っ子ですので、兄弟バレがありませんが、意外に深刻な身内バレ。
最近は、成人で事情があれば、身内バレにも配慮されるところが多いらしいです。
ぶたにんは、未成年ですから身内バレは必至です♪
それでは、今回もどうぞよろしくお願い致します。
俺は、部屋に入って思わず不満の声を上げる。
「なにしてるんだよ……」
母親は画面に集中していて目もくれない。
「ちょっとパソコン借りているだけよ。ご飯は下にあるわよ……」
どうやって、ノーパソを開いたのか分からないが、事実、目の前で俺のノーパソが無体にも、うちの母親に弄くられている。
「なんで、勝手にヒトのパソコン使うんだよ。信じられねぇ」
俺は当然の抗議をする。今どき、ヒトのスマホを弄くるのですら、かつての家宅侵入罪並に咎められているというのに、ノーパソを弄っているってどうなの? もう、強盗事件だよ、コレ。
しかし、母親は、あたかも自分は悪くないかのように言う。
「ヒトのって、別にあんたのお金で買ったわけじゃないでしょう。進学祝いに、それも、高校で勉強するのに要るからって買ったんじゃない。これで勉強はちゃんとやっているの?」
勉強は……していない。
進学祝いで買ってもらった日から、提督とか、審神者ならやっている。
特に鎮守府には毎日、顔を出して演習に勤しんでいる。
そういうことは、さておき、俺はもう一つ気になっていることを訊く。
「パ、パスワードはどうしたのさ?」
「あぁ、あんたの使っているパスワードって、『タケタニ』と『ケモミミ』しかないんだもん。あとは組み合わせっていうか……」
恐るべし、俺の母親。
俺が今まで、人生で使ったパスワードをほぼ知っているようだ。
しかも、俺的には最高強度の暗号『ケモタケ』が突破されていようとは、何たる不覚。
さらに、予期できない出来事が次々に発覚する。
周囲を注意深く観察すると、ベッドの周りや上下に積まれていたプリントや本がキレイに本棚に整理されている。
しかも、ケモミミ・ディストピアの控えの応募原稿までもエントリーシートと一緒に、丁寧に積み直されている。
……やばい、俺、軽く死んだわ。
ほかにも『とらのわな』で入手した薄い本とかも丁寧に高さ別に揃えて書棚に積まれ、顔から火を吹きそうな思いをする。
その感情はすぐに、勝手に部屋に侵入した母親に転嫁される。
「ちょっと、勝手に部屋の中に入って掃除するなって言ったのに……」
「ケモミミ、テロ父、エルロワ基地ってなに?」
ひぃいいっ。
全俺の汗腺から、ぬるい体液が分泌され、谷川のように流れ落ち、背筋を滝になって落ちていく。
ひるむな、俺。おそらく、母親には中身までは読まれていまい。
「そ、それは、現国の課題の読書感想文だよ。か、勝手に見るなよ」
「どうして、これだけ念入りに必勝英単語の下のフォルダに隠れているのよ? 似たような名前のファイルが幾つもあるし、ねぇ、あーくん」
あーくんとは、ぶたにんの家の中での別称である。
家の外で呼ばれても決して反応しないが、家の中ではそうも行かない。
しかし、ファイルを念入りに隠すには隠すなりの理由があるわけで、俺としては黙秘権を行使せざるを得ない。
「別に……」
別にのあとに、言いたい言葉が隠されていることはない。
強いて言えば、『別に言いたいことはありません。お引き取りください。以上』の略だと思って頂いていい。
全日本の母親に告げる。男子高校生が『別に』と言った以上、それは誰がなんと言おうと、黙秘なのだ。
それ以上は触れすに未来志向で、次の話題に進んでやるというのが賢母というものである。
「……それに、部屋だけじゃなくてデスクトップも散らかしてるじゃない。たかだか、楽田ポイントを移すのに二時間もかかっちゃったわ」
それって、下のタブレットでも出来るんじゃね。
もう怒りを通り越して言葉を失う。
まあ、怒る前には口数が少ないので、結局、どちらに転んでも、俺からそんなに言葉は出ないのだが。
「で、ばきゅううん? くも? なんて読むのよ。馬丘雲って、あーくんがやっているんだよね」
ばきゅうーん……銃撃なの? まあ、違うけど、俺的には即死だ。
筆名がバレた。なんでそこまで見切ったんだよ。
俺の母親って、すべてお見通しだったのか……
はい、サブタイトルもばっちり回収したし、もう思い残すことはない。おわり。
いや、まずい、ここで止めるとバッドエンドだよ。
しかし、筆名は由来も含めて超恥ずかしいし、胡麻化そうにも母親がどうやって筆名を割り出したか訳分からないし……
こんな時は、なんて言えば良いんだよう。
「別に……でも、どうして?」
何度も言うようだが、別に、のあとに続くべき言葉は予定されていない。
「だって、このメールに馬丘雲先生、括弧、武谷新樹様って書いてあるわよ」
「え? なんでメールまで……」
見ると、とっ散らかったデスクトップの最下層の方にあったブラウザが、メールを表示したまま放ったらかしになっている。
そして、そのアカウントに太陽系出版社編集部から第四次審査の通過のお知らせが来ていたのだから、誰でも分かる。
その次に来ているメールも太陽系出版社からなので、おそらく最終審査のお知らせのメールなのだろう。
「あーくん、まさか新人賞に応募とかして、小説家になりたいなんて言うんじゃないでしょうね」
お、お母様、少々、お声が高い。近隣住民の方にご迷惑がかかるレベルですよ。
俺も、まさか、こんなところから身内バレするパターンは予期していない。
しかも、母親の口調からすると、予想される対応は九十九パーセント、反対だ。
ここは、黙秘だろう。この場で『別に』以外、俺に切れるカードはない。
「べ、別に……」
「あっそう、別にいいのね」
いや、違うくて……その『別にどうでもいいでしょう。あなたには関係ありませんよね』の略で使ったんです、ええ、そう思って下さい。
あと、全日本の母親にも、お伝えしておこう。男子高校生が『別に』と言うときの事情というのは、その場の状況に応じて拡大解釈してやって頂きたい。
そうしている内に、母親が、やおらノーパソの方に向かってキーボードを叩き始める。
「なによ、この変換ソフト、頭がオカシイんじゃなあい? 『こんにちは』の変換候補が『ひゃーい、ふもふも』ってなんなのよ」
それは、ケモミミ語の挨拶で、『親愛なる誰々さん』の意味なのだが、それはまだ可愛い方だ。
ユーザー辞書を開けられると、それはそれは、死にたくなるような変換候補が山のように出てくる。
ところで、いったい俺の母親は、ノーパソに何を打ち込んでいるんだろうね。
なになに、俺が横から覗き込んだ画面から、もう半分ほど完成した返信メールが目に飛び込んでくる。
ひゃーい、ふもふも、蟹江様。
このたびは審査のご通知、ごろごろふもっぴございます。
シオシオぶみー気分ながら、選考は辞退させてぐぅぐぅぱっぴょ!
ケモミミ語を解さない人のために参考までに邦訳すると、次のとおりだ。
こんにちは、蟹江様。
このたびは審査のご通知、有り難うございます。
残念ながら、選考は辞退させていただきます。
ええっ、通知をくれてたの蟹江さんだったんだ。
よし、ソッコー辞退だ。
母親も立たせているだけじゃなくて、使うと役に立つこともあるものだ。
よしよし、送信だ、送信……
いや、違うな。俺自身、まったく辞退なんて納得してないし。
ならば、ブラウザを強制終了だ。
俺は横からキーボード・ショートカットで、ブラウザを強制終了させる。
「こらっ、あーくん、母さん、あんたのためを思って、メール書いてあげているのに、なにしてるの?」
「勝手なことは、やめてくれよ!」
この一言の口ごたえが、非道い結果を生む。
かつての帝国陸軍野戦砲兵部隊は、弾薬に余裕があっても決して米軍相手には発砲しなかったという。
俺もお返しが怖いという戦訓は、知識では知っていたが、知識の実践を怠ると血を見ない訳にはいかない。
「それなら、あーくんは新人賞もらって小説家になれると思うの? 母さんは絶対、無理だと思うわ。だいたいね、部屋の掃除も出来ないのに、小説なんて書けるわけないわよ。そうでしょ。それに、あーくんは熱中しているのは最初だけで、途中ですぐに、飽きたって放り出すんだから。分かってるでしょうけど、人生のやり直しは効かないんだから……そうそう、進路調査票もどうするか考えたの? 提出いつまでだっけ……」
「そんなに、ポンポン、言うなよ。俺はさ……」
やべえ、豆腐メンタルの今の俺には、母親の脈絡もなく俺の短所を、進路問題に絡めてくる近距離人格攻撃を凌ぐ手段がない。
そうだよ、俺なんて言われなくっても、新人賞もらっても、それっきり。
どうせ一発屋で終わりだよ。
そもそも、俺の小説家の志望動機は、他にできそうがないことと、毎朝起きて会社に行くのが嫌だってことぐらいで、絶対に書きたいものって……ないよな。
「どうせ新人賞取って小説家なんて、あーくんには無理なんだから、諦めなさい。それより、ちょっと、本棚のあそこにまとめた、ああいった本って、あーくんが買ってるの?」
えっ、小説家より『とらのわな』の薄い本のほうが問題なんだ……
もう俺、心がポッキリ折れた気分だよ。
容赦なく叩き折れたよ。
でも、まだ俺、別のピンチだよ。
ピュアな俺の家族内イメージが問われる別のピンチだ。
「べ、別に……」
さあ、この『別に』の後ろには何が続くか予測を頂きたい。
俺は、もう、心ここにあらず、だ。
「あーくん、ちゃんと聞きなさいっ!」
「は、はいっ」
怒鳴られてキャンと鳴く俺に、母親の息子に対する愛のムチが振るわれる。
気絶したら、水をかけて拷問を続けたなんて、中世ヨーロッパの魔女裁判か、三流スパイ映画か……
いずれにせよ、今ではもう博物館でしかお目にかかれないシロモノだ。
俺の新人賞受賞の高揚感は、はるか記憶の彼方に追いやられていた。