第14話 ここを先途と……
『とと姉ちゃん』『重版出来!』と出版業界モノが映像化される背景の分析です。
かつての出版モノは熱血が売りでしたが、最近は斜陽産業化が売りのようです。
厳しい出版業界での人間模様が、不況の中、視聴者の共感を生んでいるとのこと。
さて、本作も斜陽な面が……(*>_<*) ゲフンゲフン
さて、本日は3,800字となりました。よろしくお願いします。
「なんだ、灰江奈君らしくないねぇ。五年前は、ラノベのカバーとタイトルを付けて出しゃ、新刊でもどんどん売れる、ヒット作はさらに売れるんだって、ガムシャラだったのに。今となっては、懐かしいねぇ」
饒舌さで役員会議室を圧しながら、福楼営業部長は、灰江奈ブロック長に状況を聞いて、こちらに向き直る。
「征次編集長もラノベ業界、長いんだから、お理解りでしょう。今や、毎月200タイトルも出るラノベだが、盛り上がるのは一握り、一将功成りて万骨枯る状態だ。5月は9点刊行して、鎌内先生の『とあるシリーズ』以外ほぼ全滅の当社も例外じゃない」
「5月は二編の火浦、金崎は健闘したでしょう」
「しかし、二点とも重版保留だから、黒字貢献は鎌内先生だけね。1勝6敗2分け。しかし、傍からは、こんなの売る前から判ってるとも言われている。『ラノベのヒット作は偶然、不振作は必然』とは言ってくれたものだが、営業部としては必然の不振作なんて見たくも聞きたくもないねぇ」
「いや、勝負は下駄を履くまで分かりませんよ」
征次編集長の言葉を受けて福楼取締役営業部長の、柔らかな目つきが急に鋭くなる。
「しかし、勝負にいっては負け続け、朝霞の倉庫は不良在庫の山だ。いったい、責任は誰が取るんだと、私が役員会で悪者扱いだよ」
大仰に責任を主張する取締役営業部長に、征次編集長が正論を言う。
「部決は営業が主導権を持っているんですから、最後は営業部の責任でしょう」
「そうだな。営業部が売れない本を、売れるからと刷った結果が、昨年度のサンラの非重版本返品率58%の原因だとね。この話をネタに役員会の満座の席上、社長にこっぴどく叱られたよ。売れない本は、売れないと営業部からしっかり編集部局に云ってくれないと困る、とね」
なぜか社長の話になると、福楼営業部長の目が川絵さんを見ているような気がしたのは俺だけだろうか。
「営業部の持つ唯一の発言権が部決。それを社長が文庫新刊は6,000部にすると決めたんだから、営業部としても抜かずの宝刀にする訳にはいかない。しかし、12,000部と比べて半分、なまじ強力すぎて困るんだ」
営業部の権限が強くなって、手放しで喜んでいるわけでは無さそうな福楼営業部長は、話を続ける。
「編集会議では営業部は企画について何も知らされていないから、待ったをかけるのは部決のタイミングしか無い。ただ、部決で突然6,000部ですと言っても、編集部局の納得は得られないだろうから、少し早くニュアンスだけでも伝えるように配慮しているんだよ」
そんなニュアンス伝えられても、そこから企画を面白くできる訳がないので、困ったものだ。
入試の前日に、試験科目が保健体育だと教えられるに等しく、対応のしようがない。
「そんな……お言葉ですが、リスクを感じたら6,000部での部決は、営業部の責任逃れとしか思えません。会社全体のためにもならない。それでは、営業部は編集部と違う判断基準をお持ちなんですか? 何をもって売れる売れないを判断して6,000部と決定されるんですか」
「実績、タイトル、話題性……消費者目線で総合的に判断する」
俺は、以前、新人賞の審査基準、エンターテイメント性について聞いたときのことを思い出していた。
征次編集長の答は、最後は編集部としてレーベルで売れるか、総合的に判断するということだった。
今、営業部長も似たようなことを言っているのだが、納得のいかない征次編集長は声を荒げて言う。
「そんなもの、詭弁にしか聞こえません。そんな基準で、実績のある作家さん以外を6,000部に切れば、営業部は、さぞラクができるんでしょうねっ」
征次編集長はそこまで言うと、言葉が過ぎたことに気付いたのか自重する。
「結果として、そうなったら、編集部で練った企画がそこまでだったんだよ……征次編集長、営業部も売る努力はするけど、売れない本を、売れる本にすることはできない。それは、ラクをする、しないとは次元の違う問題だよねぇ」
この福楼営業部長、恐ろしいことに、何となく場の流れを攫っていってしまった。
しかし、身内が敵に回るとは恐ろしいものだと思い知らされる一幕ではある。
そして、この流れに乗って、美々透主幹が言う。
「二編の皆さん、売れない本をたくさん刷ろうとするほうが、非っ道い話なんです。売れる分だけ刷ると云うことが、会社の利益になるんですよ」
なんだろう、福楼営業部長に納得させられた気持ちが、手のひらを返したように反感に変わっていく。
俺も、言い返したい気持ちは山々なのだが、川絵さんのほうが先に口角泡を飛ばす。
「会社の利益とか言うんやったら、利益の出る企画書を書きいや。印刷会社、泣かして無理やり6,000部でトントンの企画書作ってる出版社が利益やって? アホなことも休み休み言いや」
川絵さんが猛然と逆襲に転じるが、美々透主幹は頑然として言う。
「字衆館印刷はクラウド印刷で低コスト化を実現したんですよ。環境が変わったんです。そこは社として対応しないとねぇ。そんな、我が社が弱い者いじめでもして利益を上げるなんて貶めないで下さいよ」
「環境が変わったって、そんなん、印刷不況に乗じてよう言うわ。クラウド印刷なんて所詮、キワモノやん。サンラが月に出す10点を全部6,000部にしてもクラウドで受けれるんか? コミケやパンフの出る繁忙期にサンラが出版できへん事態にはならへんのんか?」
川絵さんも場を攫ってしまうことにかけては、福楼営業部長には負けていないようだ。
福楼営業部長も、味方に美々透氏のような敵がいることほど、恐ろしいことは有るまい。
獅子身中の虫の自覚が足りない美々透主幹は、川絵さんに対抗すべく、身近な灰江奈ブロック長を引きずり出す弱者の戦法を展開する。
「ふ、ふんっ、字衆館印刷は無理が効くんだよ。伊達に灰江奈ブロック長の先輩が立ち上げた会社じゃないんだ。ねぇ、ブロック長?」
促された灰江奈ブロック長は、心なしか申し訳無さそうに、口を開く。
「字衆館印刷は無理が効くのは確かだよ。6,000部で10点を期日までに上げろといえば、死に物狂いで上げてくる。なんせ再外注会社だからね」
美々透主幹は自慢気に鼻を大きく広げ、嵩にかかって言ってくる。
「ほうら、時代は変わったんだよ。環境に……」
美々透主幹の言葉を遮って、灰江奈ブロック長は言う。
「しかし……しかし、無理が効く分、コストに跳ね返る。川絵君の言うとおり、無理を言うと彼らはイノイチ印刷にも声をかけて刷らせるだろう。そして、その跳ね上がった外注経費は全て我が社がかぶることになる」
「ほらほら、我が社に利益が……ええっ、灰江奈ブロック長、外注経費の見積もりは万全だって仰って」
「美々透君、9月はコミケが終わって印刷会社も閑散期なんだ。だから10月刊の見積もりなら万全なんだ。しかも、1点、6,000部限りだ。2点以上になると時価と言われている。実際に11月以降は零細印刷所も年末の繁忙期に入る。9月と同じ値段で請けてもらえる保証はない」
「ほら、見てみ。キワモンは、所詮、キワモンやんか」
ふしぎな気もするが、川絵さんに勝利の凱歌が上がっているようだ。
機を見るに敏な征次編集長は、ここを先途と、譲歩案を提示する。
「福楼営業部長、今使ってるイノイチにぶたにん君が掛け合ったところ、七千……何部だったっけ?」
「7,794部です」
「そう、7,800部なら損益トントンで出せるんです。字衆館印刷には悪いんですが、クラウド印刷は品質と情報管理の面で外注先を完全にコントロールできるか判らない……ですから……」
しかし、海千山千の福楼営業部長は、素直に応じる様子ではないようだ。
「しかし、役員会の決議の意味は大きいよ……営業部がダメ玉を6,000部でバッサリ切って、損益を改善してくれると社長も期待している。ここで仮に7,800部なんて中途半端な部決をしたら、私の立場がなくなる」
なんだか、四の五の言い始めた福楼営業部長を追い詰めるのは、この人しかいないと俺は思っている。
「そんなら、父にこの見本刷りを返すときに、字衆館印刷の、お粗末な見積もりについて灰江奈ブロック長の録音と一緒に返そうかなあ」
怖いことに、赤いLEDが点きっぱなしの取材用のIC録音機が、机にポンと出される。
取材帰りの川絵さんの鞄に入っていても可怪しくないアイテムだが、灰江奈氏は仰け反っている。
「ひ、卑怯だぞ。録音だなんて……社内がそんなに信じられないのかねっ」
「録音切るん忘れてたんですわ。でも、エラいもん録ってしもうたなあ。こんなん、社内不信が加速するわ」
最近のIC録音機の連続録音時間は軽く一日はある。
スイッチを切り忘れると、電池の続く限り録音をするので、要注意である。
「しかし、中途半端な8,000部とかは常務会に諮るにしても、どうして6,000部にしなかったと社長に怒られるだろう。トオハンとも再協議をするのに、6,000部しか売れない本を、また8,000部に引き上げるのかとクレームもつくだろう。ほかに10月刊で、8,000部引き上げ、なんて都合のいい企画はサンラ編集部には無かったよなあ」
煮え切らない福楼営業部長は、一人で泣き言を言い始める。
そんななか、川絵さんはノリノリで録音状況を確かめている。
「灰江奈さんの声、めっちゃ、男前に録れてるやん」
灰江奈ブロック長が、川絵さんに泣きついている間に、征次編集長が俺の横に来てこう尋ねてきた。
「おい、ぶたにん君、予定を繰り上げたい。依頼してた恋愛モノのプロットは、もういいから『ケモミミ!』を西木坂46プロジェクトに回せないか?」
前の日に、恋愛モノを自由に書けと言われていたプロットが、西木坂46プロジェクトに繋がる予想はしていた。
しかし、まさか、俺の血と汗と涙の結晶である『ケモミミ!』に食指が伸びてくるとは思ってもみなかったことだ。
「お、俺、『ケモミミ!』でラノベ・アイドル・グループ入りですか?」
西木坂46への移籍まで決意した俺に、征次編集長は超クイックで返してきた。
「いや、『俺』は付いて行かなくていいんだ……」